89話 ここが地獄の一丁目
イロハの妹さんの捜索と救助をするために、俺たちはダンジョンにやって来ていた。
無事に妹さんとモグラのメンバーを救出して、あとは地上に戻るだけだったのだが……。
「家に帰るまでが冒険です」
俺が言ったフラグを見事に回収してしまう。
4層までやって来た俺たちは、帰宅の時間短縮のためにダンジョン内の列車に乗った。
突然の衝撃と、耳をつんざく音とともに俺たちは、客車ごとシェイクされた。
どうやら列車が脱線したようである。
外に出て辺りを確認する――。
俺たちが放り出された場所は、まるでこの世の終わりのような異様な空間。
周囲を見渡しても、そこには景色らしいものは一切なく、ただどこまでも続く漆黒の闇が広がっているだけ。
地面と天井をつなぐようにそびえ立つ石柱がいくつか点在しているが、それ以外には何一つ目を引くものがない。
空間全体には冷たい空気が淀んでおり、肌に触れると冷気が骨の芯まで染み込むよう。
ここがどこなのか、どうして俺たちがここにいるのか――答えはどこにもない。
ただ底知れぬ不安だけが胸に広がる。
機関車でお湯を沸かしていた魔導師の女性によると、脱線の際に機関士が放り出されたらしい。
客車から姫とイロハを呼ぶと一緒に探してもらう。
なにが起こるか解らないので、武器も渡した。
俺も準備をしよう。
雷を出す剣に魔力をチャージして、デカい魔石にもチャージする。
魔法が使えない空間だが、魔力のチャージはできるようだ。
なんらかの理由で、魔法の発動が阻害されているんだろうな。
サナ以外は――。
「いたか~!?」
「いないぜ?!」
「こちらもだ」
周囲50mほど、後方を100mほど探してみたが機関士は見つからなかった。
そもそも、後方にも前方にも線路が見当たらない。
それどころではない。
後方は壁で遮られていた。
ちょっと絶望しながら、客車の場所に戻る。
「申し訳ないが、機関士は見つからなかった。ここがどこか解らないから、あまり遠くには行けないし」
「そうですか……」「わ、解ったわ……」
車掌と魔導師の女性が肩を落とした。
「それと、遥か後ろにも線路は見当たらなかった。それどころじゃないぞ――壁で塞がれていた」
「マジかよ!」
イロハが叫んだ。
「俺たちは機関車ごとどこかに転移させられたんじゃないか?」
「それじゃ、運転手は転移したときに、放り出されたのか?」
イロハの言うとおりだとすると、転移を免れて元の場所に放り出されたままかもしれない。
すべて仮定にすぎないが。
「転移というと――また迷宮教団か?」
姫が嫌そうな顔をする。
「モグラが掘った階層を脱出するときに、深手を負わせたから、しばらくは襲ってこないと思ってたが……」
「それじゃ、これはなんだよ?」
イロハは暗闇を指した。
「なにか転移トラップみたいなものにひっかかったんじゃないか?」
俺の考えてたことを姫とイロハに話す。
「ありえるな……」
姫が俺の言葉に頷いた。
「それじゃ、とんでもない深層に飛ばされたかもしれないってことか?」
「その可能性もあるが……俺と姫が飛ばされた9層や8層とも違うように思える」
「うむ、私もダーリンの言うとおりだと思う」
俺が姫の目を見ると彼女がうなずく。
「ああ、それから――彼女の魔法も使えないようだ」
俺は魔導師の女性を指した。
「そうか……」
「ったく面倒なことになったな!」
イロハは不満げな表情で吐き捨てたのだが――姫の顔は、いつになく深刻だ。
やっぱり魔法に頼れないってことが大きいのだろう。
「サナの魔法だけが頼りだな」
「なぜ、サナの魔法だけ使えるんだ?」
イロハの言うとおり、それは少々不思議なことだが――普通の魔導師と彼女と違うことといえば、ただ一つ。
「安全地帯で話していた、背中の模様が関係しているんじゃないか?」
「ああ、もしかして紋章隊と同じ力かもしれないってやつか?」
「そうそう――紋章隊っていう連中は、ダンジョンのない所でも魔法が使えるんだろ?」
「そう聞くぜ?」
「もしかして、ダンジョンの魔法とはなにか違う原理で動いているのかもしれない」
「それなら、サナだけが魔法を使えるということにも、頷ける」
3人の会話に、魔導師の女性が入ってきた。
「あなた、もしかして――桜姫さんでしょ?」
魔導師が姫のことに気づいたようだ。
「そうだ」
「こんなわけのわからない場所で、トップランカーがいるのは、すごく心強いわぁ」
「やっぱり、姫は有名なんだな」
「そりゃ、桜姫といえばなぁ――」
そう言ったイロハだが、ちょっと悔しそうだ。
「こちらは、ギルドゴーリキーの人だよ」
「もしかして、その大きな身体って、ゴーリキーのオガさん?!」
「まぁな」
「トップランカーが揃っているんじゃ、こんな場所もすぐに抜け出せるでしょ?」
「解らん!」
楽観的な女性の言葉を、姫が遮った。
確かに、ここがどんな場所なのか、まったく情報がない。
姫の頭には、9層から帰還したときの苦労が頭をよぎっているのかもしれない。
「食料はあるが――なにせ人数が多いから、あまり長期間は保たないかもしれないぞ?」
「うむ」
救助した4人プラス、車掌さんと魔導師の女性、合計で6人増えている。
とりあえず客車に戻ることにした。
眼の前には、横倒しになったまま、腹を見せている鉄の車輪。
連結器は千切れてしまっていて、脱線の衝撃を思わせる。
そんな中でも、高レベル冒険者は傷も負わない。
多少の打ち身ぐらいだろう。
「ひっくり返ったままじゃ、出入りが面倒だな。俺たちで客車を起こせるんじゃないか?」
横倒しのままだと、天井になっている窓からの出入りになる。
まぁ、アイテムBOXにハシゴがあるから、それを使えば簡単だが……。
「ダーリンの言うとおりだぜ! いっちょやるか!」
「そうだな」
中に人がいると動かせないので、一旦全員外に出てもらう。
俺のアイテムBOXから出したハシゴが活躍する。
「それって、もしかしてアイテムBOXなの?!」
魔導師の女性が声を上げた。
「そうだ。官報に載っていたろ?」
「ああ、あの人なのね!」
名前は知られていないが、俺もそれなりに有名人らしい。
一応、アイテムBOXの人で通っているっぽい。
サナが出した魔法の明かりに照らされて、俺と姫、イロハの3人で車体の下に潜り込む。
「ダイスケさん、大丈夫ですか?!」
サナが心配しているのだが、問題ないはず――多分。
「大丈夫、大丈夫!」
「「「いちに~の、さん!」」」
鉄板が軋む音が空気を引き裂くように響き渡った。
動きを止めて倒れていた客車が、まるで目覚めるかのようにゆっくりと起き始める。
金属同士が擦れ合う音、ガラスが割れる音を出しながら、その大きな車体が不安定なバランスを取り戻そうともがく。
何かが歪むような鋭い音を放つとともに、客車はついに起き上がった。
「やったぁ!」
コエダが大声を上げた。
「ふ~、そんなに重くなかったな」
「あはは、もしかしてダーリン1人でも大丈夫だったのかもな」
イロハが笑っているのだが、「俺に任せろ!」って1人でやって、失敗したら恥ずかしいじゃん。
なにはともあれ、客車には普通に出入りできるようになった。
車体は起き上がったが、車輪は割れているし、車軸は曲がっている。
もう使用不可能だろう。
元々、中古の車両を再利用していたものだから、すぐに代わりがやってくると思うが……。
多分、アイテムBOXを持っている俺の所に、鉄道再建の話が来ると思う。
車両やレールを収納して、手伝ってくれ――みたいな話が来るだろうな。
外に出ている皆を見回す。
「けが人がいなくてよかったな」
「あちこちぶつけましたが……」
男の1人が泣き言を言っているのだが――。
「それで死にはしないから我慢してくれ。これからどうなるか解らんから、魔法も回復薬も節約しないといかんし」
「ダーリンの言うとおりだ」
「とりあえずのキャンプ地はできたが――姫、これからどうする?」
「周囲がどうなっているのか、確認する」
俺が後方100mまで行って、壁で塞がれていたことを、皆に話す。
「線路はなかったんですか?」
サナが手を小さく挙げた。
「そうだ、いきなりここに放り出されたらしい」
「そうなんですか……」
俺や姫、カオルコは、こういうのは経験済みだし、イロハチームもベテランだ。
サナや、モグラのチームは、恐怖心がモロに顔に出ている。
フォローを入れて、パニックなどを起こさせないようにしないと。
「それじゃ――俺が確認してくるよ。魔物が湧かないとも限らないからな」
「ダーリンなら、どんな魔物でも大丈夫だしな。任せてしまうぞ」
「OK!」
俺はアイテムBOXから、自転車を出した。
俺は単身でも、カメラの明かりがあるからな。
皆に合図をすると、俺は暗闇の中に自転車を漕ぎ出した。
まずは、車両の左手の方角である。
どんな魔物が――などと考えていると、俺の考えは逆の意味で裏切られた。
こちらも100mほど進むと、すぐに壁によって塞がれていたのだ。
右にターンして、そのまま壁沿いに進むと、また壁に当たる。
再び、右にターンして進むと――壁に当たった。
「こりゃ、四方を囲まれているのか……」
途切れた場所や、扉、門があると困るので、ぐるぐると回ってみた。
やはり、壁で囲まれた閉じられた空間ということで間違いないようだ。
振り返ると、魔法の明かりが灯っている場所に戻った。
「ただいま」
「ダーリン、どうだった?!」
「だめだ、四方を壁に囲まれて、閉じられた空間だ」
「くそ!」
姫が汚い言葉を吐き捨てた。
諌めたいところだが、そんな状況ではない。
「ど、ど、ど、どうするんだよ、ねーちゃん!」
カガリが、かなり動揺している。
「どうしようもねぇよ! こんな場所でジタバタしても仕方ねぇだろうが!」
「そ、そんなことを言ったって!」
「うるせぇ! ダーリン、とりあえず飯!」
「そうか――なにが起きてもいいように腹ごしらえもいいかもな」
なんか食ってばっかりのような気がするが……。
俺の腹の塩梅を考えていると、魔導師の女性の腹が盛大に鳴る。
彼女が恥ずかしそうに、腹を押さえていた。
こんな状況で腹を鳴らすなんて、ベテラン冒険者らしく肝が据わっている。
「飯を食ってなかったのか?」
「こんなことになるなんて思ってもみなかったから、家に帰ってから晩ご飯にするつもりだったんだよぉ!」
「あの……実は私も……」
車掌さんが手を挙げた。
まぁ、そうだろうな。
そんな時間だ。
4層の駅では、時間になっても列車が到着しないので、騒ぎになっているかもしれない。
イロハと女性にアイテムBOXから出した弁当をやる。
「へ~、やっぱりアイテムBOXって便利だねぇ……」
女性が感心しながら弁当をぱくついている。
「食いたい人がいるなら、出すぞ。飲み物もある」
アイテムBOXから弁当と飲み物を出して、地面に並べた。
食料は節約しなければならないが、四方を囲まれているんじゃどうしようもできない。
「あのさ~」
弁当を食べていたカガリが手を挙げた。
「どうした?」
「俺のツルハシで、壁に穴を開けるというのは?」
「どこに繋がるか解らないが、一か八かって感じか?」
確かに、閉じ込められたここで座して死を待つよりはなぁ。
「うん」
「それは最後の手段にしたいが……ここじゃ、さすがにハーピーの道案内は無理だろうしなぁ……」
「むう……」
さすがの姫も、お手上げ状態らしい。
難しい顔をして、モクモクと弁当を食べている。
「サナは、魔力ポーションも飲んでおいてくれ」
「はい」
「ちょ、ちょっとまって! 魔力ポーションってなに?!」
魔導師の女性が入ってきた。
「魔力をゆっくり回復させる飲み物だよ。非売品だぞ」
「ええ~?」
彼女が残念そうな顔をする。
アイテムBOXに入ってるタンクの中には、ダンジョンのお湯がまだたっぷりと残っている。
すこし分けてやってもいいのだが……。
いや――こういうものをタダでやったりすると、「こっちにも」「私にも」みたいなことになりかねん。
ダンジョンができてから、日本も性善説が通じなくなってきているからな。
――と、言いつつ、サナたちにエリクサーを分けてやったりしてしまったが。
子どもが苦しんでいるなら、可能な限り助けてやるってのが、大人ってもんでしょうが。
あくまでも可能な限りな。
皆で飯を食っていると、突然辺りの雰囲気が変わる。
暗闇は突然、ざわつくような感覚を伴って変化し始めた。
周囲の空気が重くなり、心臓が締め付けられるような不安感が広がる。
その黒い闇の中に、ぽつぽつと赤い光が浮かび上がった。
それは初めは小さな点のようだったが、徐々に強さを増し、脈動するかのように明滅を繰り返す。
その光はやがてひとつにまとまり、血のような濃い赤色の輝きを放つ。
「なんだ?! ゲホッ!」
イロハが咳き込んで、食っているものを吐き出した。
「うわぁぁ!」
男たちから、情けない悲鳴が上がる。
「全員戦闘準備! 戦闘できない者は、機関車の陰に隠れていろ!」
姫の鋭い指示が皆に響く。
客車より、鉄の塊の機関車のほうが頑丈だ。
サナ以外の魔導師は魔法が使えない。
接近戦が苦手な者に、戦闘をさせるわけにはいかない。
俺のアイテムBOXから、皆の武器を出して手渡した。
俺も剣を取り出したが、魔法が使えないこの場所で、剣の能力は使えるのだろうか?
とりあえず、剣に俺の魔力を注入するが――注入はできているようだ。
「くそ! いったいなんだ?!」
カメラを回して撮影を始める。
赤い光が集まる場所では、周囲の空間が歪んでいるのがはっきりと分かった。
そこに、なにかがある。
姿はまだ明確ではないが、異質で禍々しいエネルギーがそこから溢れ出していた。
耳には聞こえないが、心に直接響くような不気味な低音。
やがて、その光が黒く十字に割れて、真紅の生き物が現れた。
人型でなく、4本の脚を持つ獣だが、4つの目が光る。
俺の記憶の中から似たような生物を探すと、犬や狼に近いと思うのだが――どうやら頭が2つある。
得体のしれない生物の出現に、魂が凍り付くような恐怖が押し寄せた瞬間――魔物の真紅の肌から火炎が噴き出した。
ジリジリと肌を焼くような熱気が伝わってくる。
燃えあがった炎は天井まで届き、足元の空気がホコリと共に魔物に引き寄せられていく。
炎を纏った、頭が2つある狼?
当然、初めて見る魔物だ。
「なんじゃありゃ?!」
武器を構えたイロハが叫んだ。
「似たような魔物を見たとか聞いたとかは?」
「いや、炎を纏っている生物なんて話は聞いたことがない」
ベテラン冒険者のイロハや姫が知らないなら、俺にはお手上げだ。
珍しい魔物ということで、大学のセンセは喜ぶだろう。
彼女の顔が浮かぶ。
センセはダンジョンの魔物は、生物として破綻していないと言っていたが、コレはありなのか?
常に燃えている生物なんて、ありえないだろう?
いや、それを言ったら、レイスやリッチも幽霊で消えてしまうのだが……。
あれも生物として、いかがなものかと思う。
「はいはい!」
後ろからコエダの声がした。
機関車の後ろに隠れていろって言ったのに、顔を出したようだ。
「隠れていろ!」
「あれって、ヘルハウンドじゃないですか?!」
コエダの声に、俺の頭にそれっぽい姿が浮かぶが、果たして燃えていただろうか?
「ヘルハウンド? ああ~、そういう魔物も聞いたことがあるような気がするが」
「あれがなにか解らんが――とりあえず、あいつはヘルハウンドということにする」
戦闘準備をしていた皆が、姫の言葉にうなずいた。
「それは、いいが――どうやって攻撃する?!」
燃えている魔物に近づくことすらできない。
「魔法を――」
サナが魔法の準備を始めたので、彼女を止めたのだが――もたもたしていると、魔物の炎が勢いをました。
「ヤバい! 姫!」
俺は、サナを素早く抱きかかえると、その地点からジャンプした。
魔物から出た炎の鞭のようなものが無数に伸びてくる。
俺のいた場所の地面を叩くと、そこに火柱が上がった。
さすがに高レベルといえども、燃やされたらダメージを食らうだろう。
それどころか簡単に死なない分、地獄のような苦痛が待っているかもしれん。
魔法が使えないこの場所で、そんなことになったら助からん。
まさに間一髪だが、姫とイロハも、さすが歴戦の戦士だ。
俺の動きに呼応して、敵の攻撃を躱していたらしい。
「ぐぬぬ!」
姫がこちらを見ている。
魔物の攻撃より――俺がサナをお姫様抱っこしているのが、気に入らないらしい。
「そんなことをしている場合じゃないだろ」
「くそ! この熱気じゃ近づけねぇぞ!」
イロハの言うとおりだ。
「相手が火なら、水をかければ――」
姫の言葉に、俺は閃いた。
「それだ!」
俺のアイテムBOXに、ヤツの攻撃に使えそうなものがある。
もったいねぇが――しかたない。
背に腹は代えられない。
サナをイロハに預けると、俺は敵の攻撃を避けて接近を試みる。
「ダーリン!」
姫の声が聞こえるのだが、心配してくれているのだろう――ありがたい。
こんなオッサンには、若い子の声援が最高の応援になるってもんだ。
俺は敵の炎の鞭を見据え、その迫りくる猛威に集中した。
炎は空気を裂くような唸りを上げながら、蛇のようにしなやかに動き、俺を捕らえようとする。
最初の一閃が足元をなごうとしたその刹那、俺は全身の筋肉を弾けさせ、力強く跳び上がった。
灼熱の軌跡がすぐ下を通り過ぎ、足元を焼くような熱気を感じる。
着地した瞬間、次の鞭が今度は頭上を狙ってしなる。
俺は身体を大きく後方へ反らし、辛うじてそれを躱した。
まるで踊るように跳躍を重ねながら、俺は少しずつ敵との距離を詰めていった。
ついには、敵の攻撃範囲の内側に踏み込む。
「今度はこちらの番だぜ! 喰らえ! タンク召喚!」
俺はアイテムBOXから、白い巨大なタンクを取り出すと、燃える敵の頭上にみまった。
タンクの中には、ダンジョンの温泉から汲んだお湯がほぼ満タンに入っている。
温泉のお湯は、魔力を回復してくれるという貴重なものだが――背に腹は代えられない。
その効果はゆっくりとしたものだし、魔物にぶっかけても魔力が回復するということもないだろう。
とりあえず、眼の前の敵を撃破しないことには、次もない。
頭上に突然現れた巨大な白いものに敵も驚いたのだろう。
炎を鞭を振り回して、それを攻撃した。
敵の攻撃に真っ二つになったタンクから、大量のお湯が一気に降り注いだ。
「ギャイイイイン!」
金属っぽい敵の絶叫とともに、辺りが大量の水蒸気で満たされた。
炎によって真っ赤に照らされていた空間は、今度は青い光で満たされる。
これは火が消えたってことか?
「姫、後ろに下がってくれ!」
「ダーリン!」
俺はアイテムBOXから、プラの箱を取り出すと、その上に乗り――剣を両手で掲げた。
ここで使えるかどうかは解らんが――とりあえず、使う!
後ろを確認する暇はない。
姫たちが、退避してくれていることを願って、俺は叫んだ。
「喰らえ!! ナムサンダー!」
白い霧が辺り一面を覆い尽くし、視界をほとんど奪うほどの濃さで漂っている。
その中で、突然鋭い青い稲妻が霧を裂くように走った。
眩い閃光は一瞬のうちに霧を青白く照らし出し、地面に広がってお湯も青く光らせる。
俺がプラの箱の上に乗ったのは、このせいだ。
プラズマが敵に直撃しなくても、地面を覆うお湯からも感電するはず。
俺の剣の効果は有効のようだ――だとすると、あの腐敗する短剣も使えるはず。
「ギャイイ!」
再び、魔物の断末魔の叫びが聞こえる。
おそらくかなりのダメージを食らっているはず。
俺はアイテムBOXから、ミサイルを取り出すと、叫び声がする方向に放り投げた。
投槍器は使わず、そのままだ。
敵に反撃の時間を与えたくなかった。
「ギャ!」
命中したのか、魔物の叫び声が聞こえる。
続けざまに3発ほど放り込む。
なにしろ、水蒸気で満たされて、辺りは真っ白。
なにも見えない。
「うぉぉ!」
俺は剣を構えると、敵に向けて突進した。
最後の止めを刺すためだ。
立ち込める霧をかき分け進むと、灰色から黒く変わる巨大ななにかが現れた。
身体にミサイルが突き刺さり、地面に横たわる首が2つ、4脚の獣。
辺り地面が赤く染まり、息も絶え絶えに見える。
「止めだ、コンニャロメェェ!!」
地面を踏み切ってジャンプすると、掲げた白い刃を敵の首にめがけて振り下ろす。
切っ先が、魔物の黒い皮膚を引き裂くと、白い肉が姿を現した。
首が落ちると、赤い液体が噴き出したのだが、首はもう1つある。
俺は更に踏み込むと、振り切った剣を返して、下から切り上げた。
自分でも、こんな動きができるなんて、驚きだ。
まるで本物の戦士みたいじゃないか。
首が落ちれば、さすがの魔物も止めになっただろう。
「ふう……」
一息つきつつも、魔物の様子をうかがう。
「ダーリン!」「ダイスケさん!」
水蒸気のモヤの中、姫とサナの声が聞こえる。
俺も動かなくなった魔物に、安心していたのだが――。
今まで赤かった空間が、今度は緑色の光に包まれ出したのだ。