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88話 脱線


 行方不明になったイロハの妹さんを無事に救助して、俺たちは6層の安全地帯に戻ってきた。

 俺たちだけなら自転車のスピードで、あっという間に地上なのだが、今は救助した妹さんたちがいる。

 4層まで行けば鉄道があるから、そこまで行けばなんとかなるだろう。


 とりあえず危機は去ったし、焦る必要もない。

 ちゃんとした食事も摂りたいので、6層で一休みすることにした。


 食事をしたあと、俺はイロハが倒した敵がドロップしたアイテムのことを思い出した。

 アイテムBOXから取り出してみると、姫が装備しているビキニアーマー真っ青な、マイクロビキニの装備。


 恥ずかしがるイロハに、装備を試させてみた。

 そりゃ、ほとんど裸みたいな格好だから仕方ないのだが、すごい装備だったらもったいない。


 試した結果――防御力のアップや耐魔法特性ははなし。

 パワーアップやスピードアップのバフを確かめるために、装備をつけて走り回っていたイロハが興奮したように大声を上げた。


「おい! こりゃスゲーぞ!」

「なんかすごいバフがあったのか?」

「動いているだけで、スゲー体力が回復するぞ!」

「ああ、なるほど。自動回復のスゲーバージョンなのか」

「みたいだ!」

「それを装備をして戦闘しているだけで、体力無限じゃないか」

 まぁ、実際にはそうはいかない。

 体力が回復しても、腹が減ってくるからだ。

 高レベル冒険者は、力の維持に高カロリーが必要だし、このドロップアイテムも万能ではない。


「あはは! こりゃあたいにもツキが回ってきたってことか!」

「その格好がなければな」

 姫が、イロハの装備を見て、ボソリと呟いた。


「そうでもないぞ、姫」

 俺はアイテムBOXから、ノートとペンを取り出した。


「どういうことだい、ダーリン」

 イロハも俺のノートを覗き込む。

 ほとんど裸の彼女が迫ってくるので、すごい迫力だ。

 エロ過ぎる。


「こういう装備って隠すと、性能が下がるだろ?」

「そうだな」

 姫に確認すると、そのとおりらしい。

 ローブなどで装備を隠すと、本来の性能が引き出せない、意地悪な仕様のようだ。


「それなら――その装備を隠さないような、特注のアーマーを作ればいい」

 俺は、拙いが絵を描いて彼女たちに見せた。


 姫のビキニアーマーは、肌が露出しているが防御力アップのバフがついており、彼女の珠肌に傷一つつかないが――。

 イロハが引いたマイクロビキニは、防御力ゼロだ。

 それを補うための、別のアーマーがいる。


「なるほど。こいつが隠れないような、鎧を作ればいいわけだな」

「どちらにしろ、エロ装備には変わりないがな」

「エロ装備って言うんじゃねぇ!」

 イロハは、姫の嫌味に反応した。


「防御力アップのバフがついたアイテムなどを併用することで、いけるんじゃないのか?」

「ダーリン!」

 イロハが俺を持ち上げると、灼熱の抱擁とキスをしてきた。

 毎回完全に宙に浮いてしまうから、こうなるとなにもできん。


「まてまて! 人前だからな!」

「これをつけてダーリンと勝負すれば、やりまくりじゃねぇか」

「まぁ、そういうことになるか……」

 戦闘じゃなくて、そっちにいくか?


「ふふふ、いつも数時間でダウンするのに、大きく出たな」

 姫の言葉にイロハが反発した。


「それじゃ、24時間耐久やってやるよ!」

「望むところだ!」

「「ぐぬぬ……」」

 姫とイロハが睨み合っていると、カガリが叫んだ。


「ねーちゃん! ねーちゃん! 身内の生臭い話なんて聞きたくねぇんだけど!」

「しょうがねぇだろ! これだけは我慢できねぇ!」

「そりゃ、ねーちゃんにいい人が現れたのは嬉しいんだけどさぁ~。オッサンだけど、ガチで最強みたいだし……」

「ははは、イロハ――そろそろ降ろしてくれよ」

「あ、悪い」

「はは」

 苦笑いして、サナのほうを見ると――「プイ!」彼女に横を向かれてしまった。


「そろそろ、装備を元に戻さないと、彼らも可哀想だぞ?」

「おっと、そうか! あはは! あたいのを見ていいのは、ダーリンだけだからな!」

 イロハが元の装備に戻った。

 この装備も、十分に露出が高いのだが

 男たちは残念そうだが、仕方ない。


「いや~眼福だったなぁ、はは」

 イロハは筋肉ムキムキだが、スタイルはいいし。


「むう! 私も、ああいう格好をすればいいのか?」

「ええ? 姫はいつもビキニアーマーじゃないか」

「……もっと、布が少ないほうが……」

 彼女が顔を赤くしている。


「いやいや、裸も見てるし。イロハに対抗しなくてもいいから」


 レアアイテムからちょっと騒ぎになってしまったが、食事が終わったので、皆で仮眠を取ることにした。

 アイテムBOXから、エアマットを出す。


「うひょ~」「コレ、便利っすね~」「硬い地面とはおさらばだ!」

 俺の収納に入っているエアマットは、冒険者たちに評判がいい。

 通常は、ダンジョンアタックの荷物に占めるのは、大半が食料だからな。

 余計なものは極力減らさねばならないが、俺のアイテムBOXなら、余計なものを持ち放題。

 その気になれば、ベッドや布団も持ち込めるが、それはさすがに緊張感なさすぎだろうと思う。


 7層の温泉に宿を作って、そこにならベッドを置いてもいいと思うが。 


 皆で寝転がる――俺の両側には、姫とカオルコが陣取って、ほかを寄せ付けない。

 サナはちょっと離れた場所にいるのだが、虎視眈々とポジションを狙っているように思える。


「ギャッ!」「ギャ!」

 ハーピーたちがやって来て、俺の腹の上に乗った。


「お~い、さすがに2羽は重いんだけど」

「……」

 俺の言葉にも、彼女たちは俺の腹の上で丸くなった。


「なんで、当然のようにダーリンの上に乗ってるんだ!」

 姫が怒っているのだが、また喧嘩になるので止めた。


「姫――喧嘩すると、またウンコ爆弾になるから」

「ぐぬぬ……」

 そうなると、くさいから場所を移動しないと駄目になる。

 それは面倒だ。


「ギュ~」

 俺の腹の上にいるギギをなでてやる。


「うわ~、本当にハーピーを手懐けてる」

 俺とハーピーたちの姿を見て、カガリが驚く。

 イロハは、カガリ、コエダと一緒だ。

 俺の用意したエアマットに寝ている。


「彼女たちのお陰で、ダンジョンをナビゲーションしてもらって助かっているんだよ。君たちが掘った穴を見つけてくれたのも、ハーピーたちだし」

「そうなんだ」

「でも、他のハーピーたちが同じように懐いてくれるのかは、不明だな」

「ふ~ん」


 話をしていると――仲間がいないサナがポツンと1人。

 可哀想だ。


「サナ、おいで」

「……」

 彼女が黙って、俺の所にやって来ると、出してやったエアマットにストンと座った。

 両脇は姫とエンプレスに占領されているので、俺の頭の所に寝るようだ。

 サナがエアマットに寝転がった。


「ふぅ……」

 家に帰るまでが冒険なのだが――今回も大変だったな。

 イロハの妹さんを始め、生存者がいてよかった。


 寝ていると姫が上に乗ってこようとして、ハーピーたちと睨み合っている。


「姫……寝たいから、騒がないでくれよ」

「……」

 姫はなにか言いたそうだが、精神的に疲れたので、そのまま寝た。


 ――それから4時間ほど、仮眠を取る。


「ふわぁ! 冒険者になると、睡眠が自在になるのはいいよなぁ」

 イロハが、両手を上げると大きなあくびをした。

 寝不足なども状態異常になるので、回復薬ポーションや魔法などでなんとかなってしまう。

 高レベルになると、それすらなくなるし。


 軽く食事をすると、皆で5層に向けて出発した。


 5層を横断すれば、4層には列車がある。

 ただ、到着する時間が遅くなれば、最終列車に間に合わない可能性があるな。

 そうなると朝まで待つか、夜なべして歩く羽目になる。

 それはちょっと面倒だ。


「姫、どうしようか。自転車は3台しかない。2人乗りでピストン輸送する?」

「いや、5層だけだ。このまま、突っ切る」

「了解」

 自転車を漕ぐのは高レベル冒険者ってことになるから、後ろに男を乗せたくないのかもしれない。

 まぁ、危機的状況なら一考するところだが、今はそうではない。

 このメンバーなら、5層は余裕だろうし。


 ただ、敵とエンカウントしてもレベルに関係ないから、戦闘が面倒なだけだが。

 このまま進んでも、最終列車には間に合うだろう。


 真ん中にモグラの連中を入れて、隊列を組む。


「お姉さんに魔物を倒してもらって、止めをカガリが刺せば、簡単にレベルアップできるぞ?」

「レベルアップしても、魔物と戦うわけじゃないから、すぐにレベルダウンしちゃうんだよ」

 モグラは、穴を掘るのが商売で、戦闘は雇った冒険者に任せてしまうし。

 魔物はどうでもいいわけだしな。


 途中、オーガやトロルなどと遭遇するも、一瞬で片付けて先を急ぐ。

 戦闘狂の姫はもの足りないようだが、そんなことを言っている場合ではない。


「スゲー!」「これがトップランカーか」「瞬殺なんだけど」

 男たちも、姫やイロハの戦闘力に驚いている。

 俺が戦ってもいいのだが、イロハは妹にいいところを見せたいようなので、譲ってやっている。


「さすが、ねーちゃん!」

「あはは! そうだろう」

 妹の前で活躍できて、イロハも嬉しそうである。


「サナとミオちゃんも、あんな感じになるのかね~」

「ミオが冒険者になるのは、まだ先ですけど……」

「まぁねぇ。サナの歳だと、1年はまだまだ長いのか~」

「え? なんですか? 1年に長いとか短いとかあるんですか?」

 俺はサナの言葉に、ちょっと落ち込んだ。


「それがねぇ――俺の歳になると、1年なんてあっという間に過ぎるんだよ」

「ダーリンの言っていることが、よくわかんねぇ」

「イロハの歳でも、まだ1年は早くないか、はは」

「ダイスケさん、そういうものなんですか?」

 カオルコも興味深そうに俺の話を聞いているのだが……。


「そうだなぁ……30過ぎた辺りから、毎年加速度的に1年が早くなるんだ」

「……信じられませんが……」

「まぁ、オッサンがそういうことを言ってたと、覚えておいてくれ」

「……」

「そのときがくれば解るから……ははは」

 コレばっかりは、若い子に説明をしても解らんだろうが、そのときがくれば――マジで解る。

 そして、気がついたら人生が終わってるんだろうな。


 若い子ばかりの中にいるオッサンは少し寂しくなってしまう。

 少々落ち込んでいると、5層の安全地帯が見えてきたので、そのまま階層の連絡通路を登り、列車の駅にたどり着いた。


「ハーピーたち、ここでお別れだぞ」

「ギャ!」「ギャ!」

 別れ際、最後のおやつをやる。

 それを平らげると、彼女たちは闇の中に消えていった。


「本当に懐いているんだなぁ」

 カガリが不思議そうにしている。


「可愛いぞ」

「むう……」

 ハーピーを可愛がると、姫の機嫌が悪い。

 いい加減、認めてくれてもいいのにな――と、思う。


「ふう、なんとか、最終列車には間に合ったみたいだぜぇ」

 ホームを見て、イロハがため息を着いた。


「やっと着いた」「これで帰れる……」「もう地上には戻れないかと思っていた」

 男たちが安堵しているのだが、ここはまだ4層だ。


「家に帰るまでが、冒険だぞ~」

「あはは、学校の遠足かよ!」

 俺の言葉にイロハが笑っている。

 このネタは今でも通用するようだ。


 簡素なコンクリート製の鉄道のホームに到着すると、ケミカルライトのわずかな明かりだけ。

 光が届く範囲は限られ、遠くは闇に沈んで見えない。

 ホームは、ひんやりとした冷たい質感が伝わるように灰色の影が幾重にも重なり合い、静寂が支配していた。

 外が暗くなっているから、外の光をダンジョンの中まで引き込んでいる光ファイバーも明るさを失っているのだろう。


 わずかな緑色の光の中に、白い息を吐き出す蒸気機関車と1両の客車が止まっている。

 半分が改造されて後方は貨車になっているようだ。

 地上に運び出すものだろうか?

 荷物が積まれていた。


 機関車は小型のタイプで、客車が1両なのでこれで十分ということだろうか。


 足元のコンクリートには細かなひび割れが入り、その隙間からは苔のようなものがひっそりと顔を覗かせている。

 ホームの端には古びた注意書きの看板が立っているが、暗いし、文字は薄れ内容は読み取れない。


「もうすぐ発車です」

「うわ!」

 暗闇の中に黒い制服の車掌がいた。

 メガネをかけた女性だったが、まったく気づかなかったから、少々驚く。


 乗客は俺たちだけ。

 客車の前方を見ると、ケミカルライトの明かりで照らされた運転手。

 魔法でお湯を沸かす魔導師も見える。

 照明の当たりかたが、なんだかホラーっぽい。


 4層でこの時間に帰宅する連中はいないということか。

 暗闇が見えないなら、明かりも必要だしな。


「いつもこんな感じなんですか?」

 車掌さんに質問してみた。


「そうですね。暗いと色々と大変なので」

「やっぱりそうか。ある程度のレベルにならないと、夜目が利かないからなぁ」

「ひょっとして、桜姫さんとゴーリキーの方々ですか?」

「そのとおりだ」

 車掌の質問に姫が答えた。


「高レベル冒険の方は暗闇でも見えると聞きましたが、どんな感じなのでしょう」

 その質問には俺が答えた。


「ひたすら灰色の世界が広がっている感じだね。少しでも明かりがあると、カラーになるんだが」

「そうなんですねぇ」

 車掌と話していると、チンチンとベルが鳴った。


「出発で~す!」

 外にあったケミカルライトを手に持った車掌が叫んだ。

 白い蒸気を吐き出して、列車がゆっくりと動き出したのだが、燃料を燃やしているわけではないので、煙は出ない。

 出るのは、お湯から出る湯気だけ。


 漆黒の中を列車が進む。

 敵とエンカウントしなくて済むのがいい。

 いや、エンカウントしているのかもしれないが、機関車のスピードにはついてこれないだろう。

 4層より浅層には大型の魔物もいないので、衝突しても大したことないし。


「……」

 灰色の客車の中には、一筋の光も差し込まない。

 外は暗黒で景色は見えず、車内は薄暗いどころか闇そのものだ。

 その中で冒険者たちは無言で立ち尽くしている。

 彼らの姿は、仄かな灰色の光の中でぼんやりと浮かび上がるだけだが、不安な様子はない。


 外からは機関車が放つ規則的な音が響き渡り、重厚な金属が擦れる音が聞こえてくる。

 連結器が揺れる音、車輪がレールを叩くリズミカルな音。


 時折、客車全体が左右に大きく揺れるたび、冒険者たちの足元が不安定になる。


「おっと!」

 そのとき、やっとイロハが声を上げた。


「結構揺れるな。こういう場所だとあまりメンテもできないんだろうな」

 なにせ、機械はまったく使えず、全部人海戦術だし。

 ダンジョンの中でもなんらかの動力が使えるようになればいいんだが。


 魔法でものを動かしたりできると思うんだがなぁ……。

 未だにその方法は発見されていない。


 そのとき、耳をつんざくような金属が擦れ合う甲高い音が、客室の中に響いた。

 ただ事ではない音に、皆が緊張して手を繋ぎ合った。


「うぉぉぉ!」「きゃあぁぁ!」

 皆の悲鳴が、客室の中に響くと同時、激しい揺れが俺たちを襲う。

 まるで巨大な手に掴まれて全力で振り回されるかのように、体は瞬時に床から浮き上がり、重力も方向も見失った。

 まるで全身が宙に放り出されたような感覚。

 衝撃音が耳を叩き、車内は悲鳴や物が砕ける音で混乱の渦に包まれた。


 俺たちは全員がバラバラにシェイクされ、シートや壁、仲間と激突しながら、どうにかして自分を支えようともがいていた。

 目の前には後ろから飛んできた荷物や倒れた仲間、割れたガラス、破損した内装の無秩序な景色が広がっていた。

 それは、秩序が一瞬で崩壊し、混沌に飲み込まれる瞬間だった。


 音が途切れると、突然静寂に包まれた。

 車掌が持っていたケミカルライトの緑色の光で、車両が横倒しになっているのが解る。

 高レベル冒険者の俺たちは、このぐらいの衝撃はどうってことないが――。


 モグラの連中は、イロハの大きな身体で抱きかかえられていた。

 車掌の女性は、姫が保護していたようだ。


「みんな、無事か?!」

「ああ、どうにかな……」

 この声はイロハだ。


「もしかして、脱線ですか?」

 カオルコが立ち上がって、周りを確認している。


「おそらくな」

「なにかとぶつかったんでしょうか?」

 コエダも無事のようだ。


「サナは?」

「だ、大丈夫です。びっくりしました」

 まぁ、彼女もかなりレベルが上がっているし、ドロップアイテムを装備している。

 問題なかったようだ。


「暗すぎる! 魔法の明かりを」

 姫の声が客室内に響くと、カオルコが反応した。


「はい! 光よ!(ライト)

 彼女が魔法を唱えたのだが、反応がない。

 青い光が集まらず、ケミカルライトの緑の光が虚しく灯るだけ。


「どうした? 魔力切れか?」

「いいえ――そ、そんなはずは……」

 よくわからない状態に、エンプレスも戸惑いを隠せないようだ。


「私が――光よ!(ライト)

 今度は、コエダが魔法を唱えたのだが、無反応。


「ええ?! どういうことだ? サナは?」

「は、はい! 光よ!(ライト)

 青い光が集まり、魔法の光に変換された玉が中に浮かんだ。


「ほっ、サナの魔法は使えるみたいだな」

「ええ?! そんなはずは……」

 カオルコが、なん回か魔法を唱えるのだが、まったく反応がない。

 コエダも同様だ。


「それじゃ、魔法が使えるのは、サナだけってことになるのか。こいつはマズいぞ……」

「ダーリンの言うとおりだ。攻撃魔法や治癒魔法も、サナ1人分しかない……」

 厳しい状況に、姫の表情も険しい。


回復薬ポーションはまだ在庫があるが……あ! アイテムBOX?!」

 とりあえず、アイテムBOXを使ってみた。

 魔法が使えなくなってるなら、アイテムBOXも使えない可能性がある。


 回復薬ポーションの瓶を出すと、ちゃんと目当てのものが出てきた。


「ダーリンのアイテムBOXは使えるようだな」

 皆で顔を見合わせていると、外から声がする。


「誰か!」

 女性の声だ。

 横倒しになっているから、足元と天井に窓がある。

 俺はアイテムBOXから毛布を出すと、窓枠にかけた。

 そこに鋭利なガラスの破片が残っているからだ。


「よし!」

 安全を確認すると――ジャンプして割れた窓から這い出る。


 外は漆黒で、周りにはなにもないが、ケミカルライトの緑色が辺りを薄く照らしている。


「なんじゃこりゃ?!」

 前後を見ても線路すらない。

 ぐるりと見合わすと、緑色の明かりを持っているローブが見える。

 おそらく、機関車のお湯を沸かしていた魔導師か?


「どうした?!」

「機関士の人がいないの!」

 やはり、機関士と一緒にボイラーのお湯を沸かしていた魔導師のようだ。

 俺は地面に飛び降りた。


「あんた、ボイラーを沸かしていた魔導師だろ?」

「そうよ」

 答えた女性は、暗い色のローブを着て帽子を被った中年の魔導師――おそらくは、俺よりは歳下か。

 戦闘は厳しくなったので、お湯を沸かして日銭を稼いでいるのだろう。


「仲間の魔法が使えないんだが、あんたはどうだ?」

「使えないわ! 明かりも出せない!」

「やっぱりか――機関車がひっくり返ったときに、機関士は放り出されてしまったのかもしれない」

「うう……」

 彼女の反応を見ると、仲がよかったのかもしれない。

 アイテムBOXからカメラを出す。


 一応、ひっくり返った列車などを撮影しておこう。

 これはこれで大事件だし。

 それにしても、線路が見当たらないし、周囲にはなにもない。


「なんだこれは……もしかして、どこかに飛ばされたのか?」

 ぐるぐると辺りを確認する。

 また迷宮教団か、それとも、転移トラップなどにひっかかってしまったのか?

 解らん。


「その明かりは? 魔法?」

 女性魔導師が、俺のカメラについている照明に驚いている。


「こいつはちょっと違うんだが……スキルみたいなもんだ」

「そうなの……」

 俺が下を見ていると、上から声がした。


「ダーリン!」

 俺と同じように窓から這い出てきた姫だ。


「運転していた機関士さんが、放り出されて行方不明らしい。イロハにも声をかけて探してみてくれ」

「承知した」

 姫が客車の中を見て、なにかを話しているので、俺は列車の周りをぐるりと回ってみた。

 放り出されたとすれば、後方になるのかな?


「ダーリン! 運転手が行方不明だって?!」

 イロハが首を出した。


「そうなんだ。周りを探してみてくれ! だが、周囲の様子が変だ。気をつけてくれ」

「周囲? ……なんじゃこりゃ?! どこだ、ここは?!」

 イロハが叫んだように、俺たちが列車で走っていた4層とは、明らかに違う。


 コレは、なにかよくないことに巻き込まれてしまったようだ。

 どうしてこうなった。


 やっぱり――家に帰るまでが冒険なんだよなぁ。



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