85話 オガの目にも涙
イロハの妹さんの捜索と救助のためにダンジョンに来ている。
妹さんが所属している、モグラという連中が掘った穴を見つけて、そこに突入。
数々の強敵と対峙した。
イレギュラーな階層なので、なにがあるのかまったく解らない。
レイスが出てきたので、6層相当かと思っていたら、リッチまででてきた。
リッチは7層の魔物だ。
そして俺たちの前に立ち塞がる黒く巨大な魔物。
どうやらデーモンらしい。
レッサーじゃなくてその上位種だが、皆の連携により完勝。
戦闘の影響か、イロハはちょっとおかしくなってしまったがな。
なぜか、ダンジョンの真ん中で無制限1本勝負になってしまったが、とりあえずやらないことには、イロハも収まらないというのなら、仕方ない。
姫も一緒に加わっているし。
ただ、サナには手を出すつもりはなかったんだがなぁ……。
彼女のまっすぐな真剣さに、これ以上はぐらかすのも、無理だと悟った。
俺も男――据え膳食わぬは、ナントカって言うじゃない?
男の欲望に素直に従うなら、なんの問題もないのだが、彼女のような女の子に手を出すのは保護者としての葛藤がある。
ああ、オッサンのアンビバレント。
俺が色々しでかしてしまったので、すでに保護者ではないが。
まぁ、手を出すといっても――色々としてしまうと、彼女の回復の力がなくなってしまうので、そういうことはしてない。
気になったのは、サナの背中に黒い模様を見つけてしまったこと。
姫やイロハも気づいたようだが、黙っている。
やはりここは、聞けないよなぁ……。
そんなわけで、女の子たちと無制限1本勝負をしていると、なにか聞こえるような気がする。
俺の上に乗っているイロハを止めて、耳を澄ます。
『……ザケンナァ……』
聞こえる――やっぱり人の声だ。
「人の声だぞ?!」
「なんだって?! あたいには聞こえねぇけど……」
「いや……確かに聞こえた。人の声を真似る魔物もいるから、油断はできないけどな」
半端な所で終わってしまって、イロハは不満のようだが、そんなことを言っている場合じゃない。
とりあえず、ありったけの大声を出してみる。
「生存者がいるのか!! 救助に来たぞ!!」
「本当に聞こえるのか?」
「しっ!」
皆に静かにさせて、耳を澄ませる。
『……ホントウニ……タスケテ……』
「ダーリン! 私にも聞こえたぞ!」
「本当か?!」
どうやら、イロハには聞こえないようだ。
ここらへんは、個人差があるのか?
「待ってろ!! そっちに向かう!!」
もう、色々とやっている場合ではなくなった。
皆で慌てて装備をつけて、出発の準備をする。
食事は勝負をしている最中に交代で摂っていたから、問題はない。
「ダイスケさん、入口が閉じてしまってますが……」
サナが壁を指した。
俺たちがやって来た入口は、閉じてしまっていた。
それにしても、魔物のあの凄まじい攻撃を食らったのに、壁も壊れていない。
おそらく、不破壊属性がついているのだろう。
壊して逃げられたら、中ボス戦にならないからな。
入口はなくなっていたが、魔物を倒して出口が開いたのだろう。
先に通路が続いていた。
「多分、出口が開いたので、生存者の声が聞こえてきたのかもしれない」
「なるほどな……」
イロハは不機嫌だ。
気持ちは解るが、相手は妹さんだろう。
もうちょっと喜んであげてもいいのでは?
「行こう!」
俺は出口を指した。
「うむ!」
「姫、悪いが、分かれ道はサナに選んでもらうよ?」
「頑張ります!」
サナがドヤァって顔をしている。
「うぐ! うぐぐ……」
「姫の気持ちは解るが……」
「最初のT字で右に曲がっていれば、こんなことにはならなかったのでは?」
カオルコの正論が炸裂する。
「結果論だろ?! それに、この出口が開いたことで、生存者の声が聞こえてきたのも事実!」
「それもそうですけど……」
ここで言い争っても仕方ない。
先に進むことにした。
暗闇の中を進むのだが、ここまでの直線通路とは違う。
直角に曲がりくねっていて、分岐が多い。
まるで迷路のようだ。
T字路に突き当たる。
「サナ、どっちだ?」
「右だ!」
姫が叫ぶ。
「う~ん、左だと思います」
「よし、左だな」
「ダ~リン!」
「悪いが、人命がかかっているから」
「うぐぐ……」
姫はかなり悔しそうだが、そんなことを言っている場合ではない。
早く救助をしなければならないし。
再び、T字路に突き当たった。
生存者の位置を確認してみる。
迷路になっているから方向はイマイチ解らんが。
「お~い! 生きてるか!? 今、そっちに向かっている!」
『はやく、タスケテクレ』
「あ! 今度は私にも聞こえました! この声は……」
コエダが声に反応したのだが、サナとカオルコにも聞こえたようである。
「あの野郎……」
イロハが、胸の前で拳を鳴らした。
声の主に思い当たりがあるようだ。
「イロハ、もしかして――妹さんの声かい?」
「ああ、間違いねぇ」
筋肉をモリモリさせて怒っているようだが、嬉しそうだ。
多分、嬉しいほうが強いのだろうが、これで目的を達成できそうだな。
「コエダも、イロハの妹さんを知ってるのかい?」
「はい、たまに一緒に食事をしたり。ウチのギルドにも、遊びに来てくれますし」
「へ~」
「ダイスケさん、右だと思います」
「よし! 右だ!」
「わ、私は左だと思うがなぁ……」
姫の諦めが悪い。
なん回か、声を出して場所を確認していると、徐々に声がはっきりしてきた。
確実に近づいてきているようである。
「うぐぐ……」
サナの選択が合っているので、姫は悔しそうであるが。
「サクラコ様、いい加減にあきらめてください」
「カオルコ! お前はどっちの味方なんだ」
「そういうことを言っている場合じゃありません。いい加減にしないと、皆から嫌われてしまいますよ」
「うう……」
ムキになっている姫は可愛いのだが、そうも言っていられない。
「エンプレスの正論だな」
イロハはすでに、サナの選択に信頼を置いているようだ。
彼女がなんらかのスキルか、高いパラメータを持っているのは確かだろう。
ステータスが見られないので、それがなにかは不明だが。
暗く細い迷路を、皆で列をなして進む。
幸い、魔物とのエンカウントはないようだ。
もしかして――中ボスを倒したことで、ここの階層をクリアしたことになっているとか?
なにせイレギュラーな階層なので、まったく解らない。
かなり複雑な迷路を、サナの勘を頼りにやってきたが、果たして帰りは大丈夫だろうか?
いや、待てよ……?
生存者は、あの中ボスをクリアして、この迷路を進んで逃げてきたのか?
イロハの話では、彼らは高レベル冒険者ではないと言っていたが……。
最後、生存者がいる場所を確認した。
「おお~い! どこだぁ!」
「ここだ! ここだぁ!」
反響しているが、女性の声がはっきりと聞こえる。
「かなり近いぞ!」
「間違いなく、カガリさんの声です!」
「サナのお手柄だな!」
「えへへ……」
喜ぶサナと対照的に、姫はちょっと悔しそう。
「カオルコ」
「なんでしょう、ダイスケさん」
「姫って、ちょっと方向音痴気味だったり?」
「まぁ~そうですねぇ……」
「失礼な! 目的地につくのに、多少時間がかかるだけだ!」
姫は、あくまでも認めない。
声が聞こえたあと――直線の通路の先にドアが見えてきた。
「あそこか?!」
ずっと迷路だったが、ドアがあったのはここだけ。
なにかのトラップくさいが、生存者がいるってことは、問題ないのか?
「やりましたね!」
コエダも嬉しそうだ。
ドアの前にやって来た。
なんの変哲もない木のドアだが、閉じ込められているのだろうか?
「おい、助けに来たぞ?!」
「早く助けてくれ!」
中から女性の声が聞こえる。
「モグラのカガリさんで間違いないか?」
「え?! なんで俺の名前を!?」
「ドアを開けてくれ」
「駄目だよ! 開かないんだよ! 壊せないし!」
「ダーリンどいてくれ」
イロハが前に出た。
「ああ」
「おらぁぁ!」
イロハが渾身の力で、持っていた剣をドアに向けて振り下ろした。
なんの変哲もなさそうな木の扉だったのだが、彼女の攻撃を跳ね返し、剣からオレンジ色の火花が飛び散る。
一瞬の明るさが、通路内を照らす。
「駄目ですねぇ」
コエダがドアの表面をなでている。
「部屋自体がトラップで、不破壊属性がついているのでは?」
「おそらく、カオルコの見立てとおりだと思うが……」
「おい! 早く助けてくれぇ!」
中から、男の声も聞こえる。
複数の生存者がいるようだ。
「くそ!」
イロハが、残念そうに吐き捨てたのだが、ここは俺の出番だな。
「俺に任せてくれ」
「ダーリン?」
「収納!」
この手のシチュエーションは、なん回か経験済みだ。
俺はドアそのものをアイテムBOXに収納した。
ドアがなくなり、魔法の明かりが照らすと、中に4人の男女がいた。
男が3人で、女が1人。
その女性が、イロハの妹さんだろう。
黒い上下のパンツスタイルで、上着の丈が短いのか、ヘソが出ている。
ショートヘアで、イロハほどではないが背が高く筋肉質。
いや、イロハがデカすぎるんだが。
ダンジョンで突然出会ったら、マジでオーガかと思う。
部屋の中にツルハシが置いてある。
あれを使って穴を掘るのだろうか?
普通の道具に見えるのだが……。
中を確認すると、イロハがズカズカと中に進んでいった。
「げっ?!」
女性が、イロハの正体に気づいて声を上げた。
「この大馬鹿野郎!」
いきなり彼女が、女性をぶん殴った。
「ぐぁあぁ!」
ゴロゴロと部屋の端まで転がっていく。
もちろん、イロハも本気ではないだろう。
高レベル冒険者が本気で殴っては、タダでは済まない。
「ねーちゃん、情けなくて涙が出てくらあぁ!」
「野郎じゃないし! な、なんで、ねーちゃんがここに!?」
俺も中に入った。
「そりゃ、君たちを助けにきたに決まっているだろ? 彼女は、あちこちのギルドに頭を下げて回ったんだよ」
そう言われて、妹さんもお姉さんの思いに気がついたようだ。
「ご、ごめん、ねーちゃん……」
イロハの大きな身体が、おおいかぶさるように妹さんを包みこんだ。
「よく生きてたな!」
「ごめん……」
妹さんは疲れているようだが、元気そうだ。
残りの男たちは、部屋の隅でぐったりしている。
「び、ビキニアーマー……」「桜姫だ……」「え、エンプレス……」
ぐったりはしているが、意識はあるようだ。
俺たちの正体に気がついたらしい。
「男たちはどうした? 怪我でもしたか?」
「ああ……出られないと解ったら、俺を襲おうとしたから、ボコった」
「そういうことか……」「最低……」「ひどい」
ウチの女の子たちからも、呆れられている。
「「「……」」」
男たちが、しょんぼりとうなだれた。
「んぁ?! あたいの妹に手を出そうなんて、いい根性だな?!」
イロハが立ち上がると、男たちにゆっくりと迫るのだが、身体中から湯気が出ている気がする。
ガチ怒である。
こんなに激怒している彼女は初めて見たかもしれない。
彼女の話では、たった1人の肉親らしいから、無理もない。
「ゆ、ゆるしてくれ!」「できごころなんだ」
ひどい言い訳だな。
できごころだからといって、やっていいことではない。
イロハがカガリの姉で、トップランカーの1人だと、彼らも知っているのだろう。
本気で殴られたら、死んじまうかもしれん。
「イロハ、気持ちは解るが――怪我を酷くすると余計なリソースが割かれることになる。それとも、こいつらを殴り倒して、ここに置いていくか?」
「た、助けてくれぇ!」「連れていってくれ!」「謝る! このとおりだ」
男たちが、皆土下座して、必死に頭を硬い床に擦り付けた。
まぁ、こんな所に放置されたら、確実に死ぬからなぁ。
「どうする?」
妹さんに聞いてみる?
彼らのトラブルだから、俺たちが口を挟むシーンではないだろう。
冷たい対応だろうが、外でならともかく、ここはダンジョンだ。
こちらも危険を冒して、ここまでやって来ているわけだし。
「治療してやってくれ……連れて帰る」
「感謝する!」「ありがとうございます!」
「だが! お前らとは、もう仕事はしねぇ!」
「わ、解った」
まぁ、トラブルがあったあとに、元のように和気あいあいってわけにはいかないだろう。
連れて行くと決まったので、俺の回復薬を渡す。
魔法は、まだ戦闘があるかもしれないから、温存したほうがいい。
浅層まで脱出できれば、心配いらないだろうが。
「とりあえず、腹は減ってないか?」
「へ、減ってる! 腹が背中とくっつきそうだ!」
「どのぐらい食ってない?」
「食料が尽きて、1日ぐらいか……」
「それぐらいなら、大丈夫か」
俺はアイテムBOXから、カロリーバーを出した。
空きっ腹なら、本当はおかゆなどがいいのだろうが、あいにくそういうものがない。
「く、食い物!」「食い物だぁ!」「俺にもくれぇ」
俺の手から奪うように、みんながカロリーバーを取った。
「ゆっくり食ってな。慌てて食うと、腹が痛くなるかもしれんぞ」
飢餓状態で腹一杯食ったりすると死ぬことがあるからな。
戦国時代にそんな話がなかったか。
「美味い!」「うう……」
泣きながら食っているのだが、まさか助かるとは思っていなかったのかもしれない。
それで、女を襲うような行動に出たのだろうし。
「食い物はまだあるのだが、ここに留まるのはマズいんじゃなかろうか?」
姫に次の行動の指示を仰ぐ。
「ダーリンの言うとおりだな。この階層はイレギュラーすぎる」
「救助した人たちを抱えたまま、高レベルの魔物やらと戦闘は無理だぞ」
「うむ。承知している。一刻も早くここを抜け出して、6層の安全地帯を目指そう」
「わかった。イロハと、モグラの皆さんもそれでいいか?」
「そ、そちらに任せる……」「俺たちだけじゃ、どうしようもない階層だった」
男たちは、しょんぼりしているのだが、ちょっと準備と計画が足りなかったのかもな。
「イロハと妹さんは?」
「桜姫と、ダーリンに任せるよ」
「え?!」
イロハの話を聞いた、妹さんが驚いた。
「なんだ?」
「ねぇちゃん! ダーリンって――もしかして、さっき聞こえてきた変な声って……ねぇちゃんの……?」
「ち、違う! いや、ダーリンは違わないけど……」
妹さんのツッコミに、イロハが赤くなっている。
珍しい顔だが、これが身内に見せる顔なのだろう。
「オッサンじゃん!」
「ははは、毎回言われるなぁ」
「オッサンでも、あたいより強いし! アイテムBOXは持ってるし、金は持ってるし!」
「アイテムBOXって――官報に載っていた……」「ああ」
「ねぇちゃんから聞いていたけど、まさかオッサンとは……」
「全部が揃っているやつなんていねぇんだから、仕方ねぇ!」
まぁ、イロハの言うとおり。
若くて、甘いマスクで、金持ちで、しかも高レベル冒険者で強い。
そんなやつはいない。
いや、俺の眼の前にいる姫やエンプレスは、強くて美形で超金持ち――マジで天が二物を与えた子たちなんだが。
救助者にカロリーバーを与えて、治療をした結果――落ち着いてきたようだ。
「行けそうか?」
「うす!」
「なんとか」「……」「うう……」
妹さんは元気だが、男たちはちょっと頼りない。
心配だが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
ドアを開けてしまったから、通路とつながったってことになるだろうし、ここでも魔物とエンカウントするかもしれない。
出発すると決まると、彼らはツルハシを肩に担いだ。
多分、ドロップアイテムなんだろうが、気になる。
「それで穴を掘るのかい? ドロップアイテム?」
「そうそう! 俺の商売道具だよ」
妹さんが、得意げにツルハシを見せてくれたのだが、鉄の刃と木の柄――なんの変哲もないツルハシに見える。
「ちょっと掘ってみせてくれない?」
どんな感じに穴を掘るのか気になる。
地上なら、重機を使っても深い穴を掘ったりするのは大変なのに。
「でも、ここの壁は……」
彼女たちが閉じ込められていたこの部屋も、不破壊属性になっていたのだろう。
そうしてないとトラップとして役に立たない。
魔法などで破壊されるかもしれないし。
まぁ、ダンジョンの壁に穴を開けても、隣に繋がるとは限らないのが、このダンジョンだが。
「俺がドアを壊したから、通路と同じ環境になったと思うんだが……」
「それじゃ――」
妹さんが、ツルハシを振りかぶって壁に振り下ろす。
想像と違う音を立てて、壁が崩れる。
「あ! 掘れた! マジでぇ~?!」
普通は岩を掘ったりすると、金属音やら高い音を立てて火花が散ったりするのだが――まるで発泡スチロールのような音を立てて、壁が崩れた。
それだけではなく、破片がほとんど出ていない。
岩を崩したら、それと同量の破片が出るのが普通だが、それがない。
どこかに消えてしまったようだ。
ここらへんも、まるでゲームのよう。
「そんな感じで穴が開くのか――そりゃ、違う階層まで掘り進めたりできるわけだ」
「鉄道を敷いたりするときに、壁を崩したりする仕事を請け負ったりすることもあるよ」
「なるほどなぁ」
鉄道に乗ったときに、そんな光景があったのを思い出した。
彼女たちが関わっていたのか。
こんな場所に蒸気で動く重機を入れたりして大変だろうな――と、考えていたのだが、ダンジョンはダンジョンなりの工事法があるってことだ。
魔法のツルハシの威力が解ったところで出発。
皆で通路に出ると、フォーメーションを組む。
中心に救護者たちを置いて、前後を冒険者たちで固めた。
狭い通路なので、左右から挟撃される心配はない。
「穴掘りをしていたのは、このメンバーだけかい?」
「……いや、あと2人いたんだが……見てないかい?」
「ここまで生存者は見ていない」
「そ、そうなんだ……」
――ということは、あと2人は絶望的だな。
「最初の部屋で、冒険者らしき装備が落ちていたんだが、一緒にやって来てた連中かい?」
「う、うん……」
妹さんが、力なく答えた。
冒険者がどうなったのか、解ったのだろう。
「あの冒険者たちも高レベルだったのに……」「駄目だったのか……」
男たちが残念そうに、顔を見合わせている。
「俺たちを逃がしてくれたんだよ」
「そうだったのか」
妹さんたちが、どういう状況でこうなったのか、徐々にパズルがハマって判明しつつあるな。
「さて――ここから引き返しても、中ボスの部屋は閉じちゃってるわけだろ? どうする? ――姫」
「あのさぁ」
妹さんが手を挙げた。
「右に行けばすぐに、俺たちが降りてきた部屋だと思うんだけど……」
「「「……」」」
皆で顔を見合わせて、妹さんから詳しい話を聞く。
俺たちも降りてきたあの部屋から、まっすぐに逃げてきて、右に曲がって左側に部屋があったから、そこに逃げ込んだらしい。
「「「じ~っ」」」
皆の視線が姫に集まる。
「それは、サクラコ様が左を選んでしまったから、盛大に遠回りしてしまったということですか?」
皆の言いたいことをカオルコが代弁してくれた。
「結果論だろう!」
確かにそうだが……。
「やっぱり、次からは選択肢があったら、サナに選んでもらおう」
「異議なし!」
イロハからも声が上がる。
「ぐぬぬ……」
ぐぬぬしている姫に、男たちが群がってきた。
「まさか、桜姫さんに助けてもらうとは」「光栄です!」「ありがとうございます!」
調子のいい中身のない賛辞に、姫も白い視線を彼らに送っている。
「こらぁ! 元気が出てきたからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「ぐあっ!」「ぎゃ!」「あだだ!」
男たちが、イロハから蹴りを食らっている。
妹さんが、彼らに襲われそうになったのを忘れてはいけない。
一緒に救助してやるのは、妹さんの温情なのだから。
脱出口に向かおうと通路を進み始めたのだが、途端に冷気が辺りに満ちてきた。
「くそぅ! やっぱり、簡単には帰してくれねぇのかい!」
「うわぁぁぁ!」「ぎゃああ」「ううう」
男たちから悲鳴が上がる。
女性陣はしっかりと戦闘態勢を取っているのに、あまりに情けない。
――と、そんなことを言っている場合ではない。
暗闇に白い影が漂い始めた。
レイスだ。
こいつらは簡単にやれるが、リッチまで出てこないことを願うしかないな。