81話 ハーピーたちは頼りになるぜ
俺たちは、イロハからの依頼を受け、ダンジョンの深層にまたアタックしている。
彼女の唯一の肉親である妹さんが、暗闇の中で行方不明だという。
消息を絶っている女性は、冒険者ではなく、モグラというダンジョンに穴を開けるのを生業としている。
ダンジョンの新しい階層を発見して、一番乗りをしたり、役所からの報奨金で商売をしているわけだ。
誰も知らない階層を見つければ、お宝やレアアイテムを独り占めできるかもしれない。
当たればデカいが、この捻くれているダンジョンがどこに繋がるか解らない。
かなりリスクを伴う商売と言えるだろう。
俺たちは、自転車を使って魔物たちをぶっちぎると、6層までやって来た。
いつもは戦闘したがる姫も、今日は空気を読んで、魔物とのエンカウントを避けている。
彼女の号令で、車列を停止させた。
「ここで一旦、休息しよう」
「自転車でぶっ飛ばしたから、腹が減ったな」
「……」
いつもなら、真っ先に飯にやってくるイロハが静かだ。
やっぱり妹さんのことが心配なのだろうか?
肉体労働をしたアタッカーたちは腹を減らしているが、後ろに乗っていた魔導師たちは魔法を一発撃っただけ。
あまり腹は減っていないかもしれない。
「イロハ――食欲がないのかもしれないが、食ったほうがいいぞ」
「いや、食うよ。食えるときに食わないと、いつ食えるか解らねぇし」
「そのとおりだ」
世界が静止した10年を過ごした世代は、こういう考えの子が多い。
そのぐらい、食うのに困ったってことだ。
こういうときのためにカレーを作りためているので、カレーにする。
大勢で食事となると、好き嫌いがあったりするのだが、カレーを嫌いという人にはあまり会ったことがない。
肉、野菜、炭水化物、全部摂れるし、スパイスは漢方薬でもある。
「ダイスケさん」
サナが俺の服を引っ張った。
「ん? なんだい?」
「私も食べていいですか?」
「え、もちろん」
「私も食べますけど……」
「カオルコは夕飯食べたばっかりじゃ?」
「さっき魔法を撃ったので、お腹が空きました」
魔法って、光弾が一発じゃん――と思うのだが、まぁ別に食ってても構わない。
イロハも言っていたが、「食えるときに食っておく」のだ。
アイテムBOXからカレーを出して、皆で食う。
皿は、紙皿にした。
ゴミはまとめて置いておけば、ダンジョンに吸収される。
「ハグハグ!」
サナがえらい勢いでカレーをかきこんでいる。
飯を食っていないのだろうか?
レベルは上がっているし、稼ぎはそれなりになっているはずだが……。
「ギャギャ!」「ギャギャ!」
「ハーピーたちか」
食事のにおいに釣られたのか、2羽のハーピーが降りてきた。
「なんだ、やっぱりチチも一緒か」
「ギャ」
「それより、今日はカレーなんだぞ? 前に辛くて悶えてたと思ったが……」
「ギャー!」
どうやら食うらしい。
においを嗅いで以前食ったものだと解っているだろうし。
俺はハーピーたちのために用意していたものを、アイテムBOXから取り出した。
地面に置かれた赤い台とそこに埋め込まれた皿――ペット用の食事台ってやつだ。
彼女たちをペット扱いするのは悪いと思うが、こちらのほうが食いやすいと思う。
俺は、食事台にご飯とカレーを盛ってやった。
混ぜたほうが食いやすいだろう。
「ギャー! ギャー!」
やっぱりギギのやつが、身悶えて面白い格好をしながら食べている。
辛い食い物だってのは、覚えているようだ。
それより美味さのほうが勝っているのだろうか。
「ギャーッ!」
今度はチチが騒ぎ始めた。
やっぱり変な格好でジタバタしながら、食べている。
面白いやつだ。
「なんだか、可愛いですね」
コエダがやって来て、ハーピーたちを見ている。
「そうなんだよ。中々憎めないやつらだよ」
「理解できん!」
俺の言葉を否定するように、姫が吐き捨てた。
「そりゃ、姫はウ○コかけられたから、面白くないのだろうけど……」
「ぷ!」
もくもくとカレーを食べていたイロハが噴き出した。
「オガ! こいつらの糞は、とんでもなく臭いんだ!」
「ははは……解っているよ……ぷぷ」
「まったく、この畜生どもが……」
「姫も大概口が悪いよな……」
「こんなことをやっていたら、多少は悪くなるに決まっているだろ!」
「まぁ、そうかねぇ」
「叔父様や叔母様が聞いたら、腰を抜かしてソファーから転げ落ちますよね~」
カオルコの言葉に、姫が反応した。
「親は関係ないだろ! 親は!」
まぁ、それより――。
「イロハ、勢いで6層までやって来たが、妹さんが穴を掘っていた場所は知っているのかい?」
「正確な場所は知らないが、おおよその場所は聞いていた」
いつもは、大口で食事を豪快にかきこむ彼女だが、今日は普通に食べている。
――といえ、かなり大盛りだが。
「簡単に見つかればいいがなぁ」
イロハの話では、穴を掘っていることを人に知られたくないので、人通りの少ない場所で作業することが多いらしい。
それもそうか。
冒険者に知られたら、鳶に油揚げをさらわれる可能性があるしな。
「……」
俺は少し考えてしまった。
「ダーリン、どうしたのだ?」
「カオルコ――幽鬼が使っていた、圧縮光弾って魔法の正体は解ったかい?」
「はい」
「おお! さすが、エンプレス!」
「その呼び名は止めてください」
カオルコが嫌そうな顔をしている。
中々、素晴らしい二つ名だと思うんだがなぁ。
だって、「女帝」だろ?
まぁ、それはさておき――。
「サナに、その魔法を教えてやってくれないかな? 多分、役に立つと思うんだ」
「承知いたしました」
「え?! いいのかい? 反対されるのかと思ったが……」
あっさりと彼女が承諾してくれたので、俺も驚いた。
「いいえ、ここに来て出し惜しみをしている場合ではないと、私も思いました」
「私もカオルコの意見に賛成だ」
姫も賛成してくれたし、問題はなさそうだな。
「みんな、面目ねぇ!」
カレーを食べていたイロハが頭を下げた。
「気にするな。ここでしくじれば私たちの命も危なくなるのだからな」
姫の言うとおりだ。
「そのとおりです」
「コエダも教えてもらったらどうだ?」
「え?! ちょ、ちょっと私は自信がないのですが……それに私の光弾の魔法は覚えたてですし……」
魔法も使っていると、熟練度が上がって、威力がアップしたりするらしいからな。
まぁ、レベル1桁の光弾と、トップランカーの光弾の威力が同じわけがないのだが。
「それじゃ、魔力を使うことを前提に、今から魔力ポーションの温泉のお湯を飲んでおくか」
「そうですね。それがいいと思います」
アイテムBOXから出した、瓶詰めのお湯を3人の魔導師に渡す。
ただのお湯なので、一気飲みするのはツライだろうが、チマチマ飲み始めたようだ。
「これでコーヒーとかお茶を出せば、美味しく飲めるかもな~」
「レモネードみたいにしてもいいかもしれません」
「いいな」
カオルコの言葉にちょっと美味しそうな温泉のお湯を想像してしまった。
それよりも――姫やカオルコが浸かった温泉のお湯とかいって売り出せば――ゲフンゲフン。
もちろん、冗談だが。
食事が終わったので移動を開始する。
自転車の列の先頭にイロハを走らせて、彼女の妹さんから聞いた場所を目指してもらう。
冒険者の通りが多い場所から離れるとなると、やっぱりダンジョンの隅っこのほうだろうか?
それっぽい場所をぐるぐると回ってみるが、中々見つからない。
まぁ、ダンジョンの中は暗いし、印があるわけじゃないからな。
「くそ!」
イロハが苛立っているのが解る。
気持ちは解るが、イライラしても見つからないものは見つからない。
「そうだ! 姫!」
「どうした、ダーリン!」
一旦、停止をする。
「またハーピーたちに探してもらうか」
「あの畜生どもにか?」
「姫が嫌いなのは解るが、ここは彼女たちの目や鼻を借りたほうがいい」
彼女たちの目は、猛禽類のようにかなり性能がいいはず。
それに、かなりの深層にいる俺のにおいを辿ってくるぐらいに鼻の性能も抜群。
これを利用しない手はない。
「ダーリン! あたいからも頼むよ」
自転車を降りたイロハが頭を下げた。
「ここまで来たんだ、頭を下げなくてもいいよ――お~い! ハーピー!」
「ギャ!」「ギャ!」
大きな翼を広げて、2羽のハーピーが降りてきた。
「よしよし、チョコをやるから」
「ギャ!」「ギャ!」
俺が出したチョコがなにか解ったようで、目を輝かせてやって来た。
「ほら」
「「ハグハグ!」」
2羽がチョコを脚で掴んで、食べている。
「ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「ギャ!」
「上から見て、地面の穴を探してほしい。下から空気が流れてくるような場所を見つけてくれ」
「ギャ」「ギャ」
「その畜生どもに、本当に通じているのか?」
姫の皮肉はもっともなのだが、ここは猫の手も借りたい。
猫はいないから、ハーピーを使う。
チョコを平らげたハーピーたちは暗闇に飛び立った。
「さて、俺たちも探そう」
「承知した」
「頼む!」
お互いに確認できる範囲で広がって、穴を探す。
ここで見失ったりしてしまったら、2次遭難になってしまう。
暗闇が見えないコエダは、イロハと一緒だ。
1時間ほど、暗闇の中で捜索。
「ギャーッ!」
「おっと? もしかして、見つけたのか?」
「本当か?!」
姫は信じていないようなのだが、俺はハーピーの野生の勘と能力を信じたい。
「お~い! 集まってくれ~」
皆を集める。
「ダーリン、どうしたんだい?」
イロハも俺の所にやって来た。
「ハーピーが、反応している」
「本当かい?!」
「彼女に案内させよう」
「わかった!」
イロハにしてみれば、藁にも縋りたい気分だろう。
他に、手立てがないのだ。
無論虱潰しにすれば見つかるかもしれないが、時間がない。
遭難したモグラの連中も、そんなに食料などは用意していないはず。
だいたい、アイテムBOXなどというチートを持っている俺が規格外でインチキなのだから。
「お~い! 多分ギギだな! 見つけたものの所に案内してくれ!」
「ギャ!」
皆が自転車に乗り、ハーピーのあとを追いかけていく。
先頭が俺で、後ろに乗っているサナにハーピーの進む方向をナビゲートしてもらう。
「ダイスケさん、右です」
「ヨーソロー!」
「なんです?」
「はは」
説明するのが面倒なので、そのまま進む。
暗闇の中を10分ほど進むと、さすがに姫が不安がってきた。
「ダーリン、大丈夫なのか?!」
「まぁ、任せてみようよ」
ハーピーが安全地帯などにナビゲートしてくれる能力があるのは解っている。
実際に俺たちが、彼女たちの案内で地獄から戻ってきたからな。
ここで迷子になっても、ハーピーの力で戻ることができるわけだから、心配することもない。
「ギャーッ!」
「あ、ダイスケさん! 上でくるくると回ってます」
「どうやら、目的地に着いたみたいかな」
「どうでしょう……」
皆で、ハーピーが指定した場所までやってきた。
「ここらへんらしいのだが、見当たらないか?」
「う~ん」
「ちょっと明るくしたほうが解りやすいかもしれない」
穴があるところに明かりを出せば、黒い影となって見えるだろう。
「それじゃ、私が――」
コエダが魔法を使ってくれるようだ。
「頼む」
「ん~光よ!」
ちょっと高い位置に明かりを出してもらう。
ダンジョンの奥深く、静寂と闇が支配する空間。
空気は冷たく湿っており、足元に広がる暗闇はまるで深い海の底のよう。
その闇を一筋の光が破った。
空中に浮かんだ小さな魔法の明かり。
その光は青白く鋭く、辺りを明るく照らし出している。
壁や地面に凹凸を浮かび上がらせ、闇の中に隠れていた形あるものを鮮明に映し出す。
「あ! あれですか!」
サナがなにかを見つけたようだ。
黒く影になり、その周りに岩が少々盛り上がっている。
俺たちは、そこに駆け寄った。
「これだ!」
穴を見たイロハが声を上げた。
直径は2mほど――近くに掘り起こされた場所があり、そこにロープが結びつけられている。
横倒しにした柱のような部分を掘って作り、そこに結んでいるようだ。
まるで石の彫刻だ。
余計な荷物を持たないように、ダンジョンにあるものを使っているのだろうが、こんな形状のものを簡単に作れるのだろうか?
それにこの穴もどうやって掘っているのだろうか?
なにか特殊な魔法があるとか?
そんなことよりも、穴を見つけたのだ。
「やった! ほら、姫! ハーピーたちを頼って正解だったろ?」
「う~」
彼女は納得していないようだが、俺はハーピーを呼んだ。
「お~い! こっちおいで」
「ギャ!」
降りてきたのはギギだけだったが、抱き上げてナデナデしてやった。
「よ~し、よしよし! よくやってくれたな!」
「ギュ~」
頭をなでられて、ハーピーは目を細めて喜んでいるようである。
「ははは」
「ドーン!」
いきなり姫が俺たちに体当たりしてきた。
かなりの衝撃だったので、そのまますっ転んでしまう。
「ギャー!」
ハーピーも驚いて、上空へ逃げてしまった。
そりゃ、そうだろう。
「姫! 酷いよ」
「ふん」
どうやら、ギギを可愛がっていたので、ヤキモチを焼いているらしい。
自分で畜生だのなんだのと言っているくせに……。
「ギャーッ!」
突然急降下してきたハーピーによって、姫に白いものがぶっかけられた。
「ギャーッ!」
また、ハーピーのあの急降下爆撃に、姫がブチ切れている。
「先に攻撃したのは、姫だから、姫が悪いような……」
「ダーリンは、私の味方じゃないのか!」
「いやぁ、今のはねぇ」
「ぷ、ぷぷ……」「うふふ……」
姫の姿を見て、イロハとコエダが口を押さえている。
「姫、イロハの妹さんを見つけるために、そんなことをしている場合じゃないんだよ?」
「わかっている! 洗浄!」
彼女は自分で洗浄の魔法を使えるようになったので、ハーピーの攻撃も通じなくなった。
「洗浄の魔法はサナも使えるからな」
「はい、大丈夫です」
「私も使えますよ」
コエダが手を挙げた。
「おお、今回は汚れに苦しまなくて済むな」
「長時間潜っていると、本当にそれが大変ですよねぇ」
カオルコがしみじみと呟いた。
迷宮教団によって深層に飛ばされて、かなりツライ思いをしたからな。
「よし! それでは行くぞ!」
「イロハ、スマンな。早く、妹さんに会いたいだろ?」
「大丈夫だよ、ダーリン。普通は、こんな上手くいくことなんてないんだからさ。みんなダーリンのおかげさ」
「みんなが力を合わせているおかげだよ」
「妹が助かったら、あたいがなんでもするからよぉ……」
「お? なんでもかぁ~」
「うう……」
「まぁ、あんまり気にするな」
「でも!」
彼女が深刻そうな顔をするので、話題を変えた。
「あ、そうそう――彼女、サナも両親がいなくて、妹ちゃんと一緒に特区で頑張っているんだ」
「そうなのかい?!」
「はい、東京に祖父がいますけど……」
「本当は、俺がサナたちの面倒をみなきゃ駄目だったんだが、御免な~」
「い、いえ! いいんです! ダイスケさん、すごい人なのに、私たちがおんぶにだっこだったから……ミオの病気も治してもらったのに……」
「それは気にしてなかったんだが、地獄で姫と知り合ってしまってなぁ……」
俺たちの会話に姫が割り込んできた。
「人には、それに相応しいステージというものがある。ダーリンはお前と一緒にいるような人物ではない」
「……私がそのステージまで上がればいいんですね?」
「なんだと?!」
姫の顔が険しくなる。
「私が桜姫さんと並ぶまでレベルを上げればいいんですよね?」
「はははっ! やってみろ!」
姫が俺にも見せたこともないような恐ろしい顔をしている。
魔物と対峙してもこんな顔をしていないだろ?
「やってみせます!」
恐ろしい桜姫に、サナも一歩も引かない。
「「ぐぬぬ……」」
2人が睨み合う。
「まてまて――若い女が、こんなオッサンを取り合うなんておかしいと思わないのか?」
「ダーリンは黙る!」「ダイスケさんは、黙っててください!」
「は、はい」
2人のものすごい気迫に、気圧されてしまった。
「だいたい! ダイスケさんは、胸が大きな女の子が好きなんですぅ!」
「キッ!」
姫が俺を睨む。
「言ってない、言ってない」
「はっ! この女はレベルが低い上に嘘つきだな。ダーリンは私を見て、お尻が可愛いと褒めてくれる――ゆえに、ダーリンは尻派だ!」
「それは――確かに言ったけど……」
「あたいの尻も褒めてくれたなぁ」
そういえば、イロハの鍛えられた尻も褒めた記憶がある。
「キッ!」
今度は、サナに睨まれてしまった。
「だいたいだな――胸の大きさなら、ウチのカオルコに敵うはずがないだろ」
「……あんな垂れた胸より、私のほうが……」
サナが小声で呟いたのだが――瞬間移動したのかと思う速さで、カオルコが胸自慢の魔導師に迫った。
「垂れてません」
「ひっ!」
カオルコの笑顔に、サナの顔が引きつる。
「垂れてません」
「ひぃぃ!」
「はいはい、カオルコ落ち着いて」
頭から角が出そうな彼女をサナから引き離す。
アホなことをやっていると、ハーピーの鳴き声が聞こえてきた。
「ギャギャ!」
「これはチチの声か?」
上を見ていると近くにハーピーが降りてきた。
「ギャ」
「おお~、ありがとうな~。お前も探してくれたんだよなぁ」
近くにぴょんぴょんしてきた、ハーピーを抱え上げた。
「ギャー」
「よしよし、ありがとうな~ナデナデ」
「ギュー」
「お前も、胸が大きいよなぁ~ははは」
「む~! ドーン!」
なにを思ったか、今度はサナが俺に体当たりしてきた。
彼女もレベルが上がっているので、結構痛い。
ギギのときと同じように、ハーピーが驚いて飛び上がってしまった。
「サナ! 君も姫の真似することはないだろ」
「う~」
なぜか、彼女に睨まれている。
「穴を見つけてくれたのは、ハーピーたちなんだぞ」
「そうですけど……ぶ~」
サナがむくれている。
「ギャーッ!」
「聖なる盾!」
急降下してきた、ハーピーの攻撃をサナが魔法で防いだ。
「ギャ?!」
攻撃を避けられたチチは、慌てて上空に避難した。
危険だと判断したのだろう。
「お? サナも防御魔法を使えるようになったのか?」
「はい……」
「やっぱり――こりゃ、かなりの戦力アップだったな」
「ダーリンの目に狂いはなかったってことになるな」
イロハはサナのことを歓迎しているのだが、姫は面白くないようだ。
「ふん」
姫とサナとの間に、なにか稲妻のようなものが飛び交っているように見えるのは気のせいか。
それはさておき――いつまでも、ここで遊んでいるわけにはいかない。
俺たちは、姫を先頭に列になり、穴の中に突入した。
「姫、先頭は俺が行こうか?」
「いや、私でいい」
「また、虫が出るかもしれないぞ?」
「う……だ、大丈夫だ! 今の私には、洗浄の魔法もある」
まぁ、グチャグチャで気持ち悪いのが、すぐに綺麗にできるなら、心理的な負担は軽減できるか。
穴は暗闇の中を30度ぐらいの角度で延々と続く。
かなりの急角度だが、中に垂らされたロープを掴み、後ろ向きになって慎重に降りる。
明かりは、カオルコが唱えてくれた魔法の明かりのみ。
見えるのは近くだけで、先は真っ暗。
まるで奈落の底まで続いているような気がする。
中に入って解ったが、下から風が吹き上がっているようだ。
ハーピーたちは、これを感じとったのかもしれないな。
「イロハ、この穴ってどうやって掘っているんだ? ロープを結んでいた場所も凝った作りになっていただろ?」
「ああ、ドロップアイテムのツルハシを使っているんだよ」
暗闇の中、穴の中に彼女の声がビーンと反響する。
「へ~、そういうものもあるんだ」
ゲームだと、マトックって名前ででてきたりするな。
一振りで地面に穴が開いたりとか、そういうアイテムか。
「そいつを使うと、簡単に穴が掘れたり、採掘ができたりするらしい」
「採掘もできるんだ。ダンジョンで鉱物が採れたりするのだろうか?」
「鉱脈が見つかるダンジョンもあるみたいだよ。この特区のダンジョンにはまだ見つかってないが」
「それじゃ、オリハルコンやら、アダマンタイトみたいな金属が見つかるかもな、ははは」
「ダーリンさん! ミスリル銀というのもありますよ」
コエダの声が聞こえてくる。
「そうそう! あるなぁ」
「ダイスケさん――なんでみんなダイスケさんのことを、ダーリンって呼ぶんですか?」
「ええ? 姫がダーリンって呼ぶから、それを面白がって、みんなが俺のことをダーリンって呼んでいるんだよ」
「そ、そうなんですね」
「でも、男までダーリンって呼んでくるのは勘弁してほしいなぁ」
嬉しくもなんともないしな。
「クスクス」
コエダの笑い声が聞こえてくる。
「いやもう、マジでさ」
冗談を交わしながら、俺たちは穴の中を降りていった。