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76話 タコ? イカ?


 ダンジョンのアタックから帰ってきた俺は一休み。

 魔物とのエンカウント動画をアップしなければならないが、さすがに大変になってきた。

 金はあるし、無理に自分でやらなくてもいい。

 編集を外注に出すことにした。


 動画編集の発注をしたあと、姫と一緒に市場へ。

 アイテムBOXに溜まっていた魔物や魔石などを換金した。


 その中でも、赤い肌のレッサーデーモンは金にならないらしい。

 やっぱり――というわけで、大学で魔物の研究をしているセンセに画像を送ったらすぐに見たいという話になった。


 姫と一緒に羽田にある研究施設に向かう。


 彼女と二人、波止場に向かって歩く道は、賑やかな街の喧騒に包まれていた。

 澄み渡る青空の下、太陽の光が明るく差し込み、建物や通りを温かく照らす。

 海から流れてくる磯臭い風が吹き抜ける。

 街行く人たちの、笑い声や店からの音楽が混ざり合う。


 街路に雑多な看板やディスプレイが立ち並び、多くの人々が楽しそうに買い物をしている。

 行き交う人々は様々な方向に歩き、背中に荷物を背負う人、スマホを見ながら忙しそうにしている人もいれば、友人同士で会話に花を咲かせている人もいる。


 波止場へ向かうにつれて、海の潮の香りが少しずつ強くなった。

 波の音が遠くからかすかに聞こえ始め、街の喧騒が徐々に和らいでいく。

 姫の横顔をふと見ると、太陽の光が髪を輝かせ、優しい微笑みが浮かんでいる。

 二人で歩くその時間は、ダンジョン内の暗闇や過酷な戦闘と違う、特別な瞬間が流れているようだ。


 姫と一緒に船に乗る。

 沢山の人々と一緒に乗り込むと、ポンポンという音を鳴らしながら船が出発した。


「今日は晴れているのに、波が高いな」

 姫の言うとおり、船が結構揺れている。


「天気晴朗ナレドモ波高シ――ってやつだ」

「?」

 彼女が不思議そうな顔をしている。

 知らなかったか……まぁ、仕方ない。


 そのまま波の高い中を船は進み、ちょうど中間辺りに差し掛かった。


「きゃあ!」「うお!」

 船が立っていられないぐらいに揺れる。


「なんだ?! 風があるわけでもないのに、なんでこんな揺れるんだ?!」

「ダーリン!」

 姫が聞き耳を立てている。

 俺も耳を澄ますと、騒々しい風と波の音の中に、なにか甲高い音が混じっているような……。


「え?! もしかして、また湧き?!」

「かもしれん」

 姫がちょっとうんざりしたような顔をしている。

 まさか、彼女に寄ってきているわけじゃないと思うがなぁ。


 そんなことを考えていると、船が激しく揺れた。


「「「きゃあ!」」」「うぉぉぉ!」

 たくさんの乗客から、悲鳴が上がる。


「ありゃ、なんだ!」

 姫と一緒に船の手すりに掴まっていると、乗客の1人が大声を上げた。

 彼が指す方向――海面から長いなにかが顔を出している。

 白っぽくて、デカい吸盤らしきもの。


「タコぉ?! イカぁ?!」

「いや、白っぽいから、イカじゃないか?!」

 それを見た姫が叫ぶ。


「クラーケンとか、そういうやつか?」

 俺も彼女の意見に同意した。

 これは戦闘になるかもしれないし、相手は珍しい魔物だろう。

 動画を撮らなくては――俺はカメラを準備して撮影を開始した。


 ほかにテンタクルズというのもあったと思うが、違いが解らん。

 そんなことをやっているうちに、デカい腕が船体に巻きついてきた。

 船体の側面には、接岸の際にクッションにするために古タイヤが括りつけてあるが、それと同じぐらいの大きさの吸盤が張りつく。


「海に引き込まれるぞ!」

 操船していた船長らしき男から、叫び声が上がった。


「きゃあぁぁ!」「うわぁぁ!」

 こりゃ、なんとかしなくてはならない。

 このままじゃ、海の藻屑ってやつだ。


 俺はアイテムBOXから、武器を出した。


「姫!」

 彼女に長剣を手渡す。


「おう!」

 彼女が振り上げた刃は鋭く、光を反射して冷たい輝きを放つ。

 目の前には船体にしっかりと絡みついた巨大な脚が蠢いていた。

 その肌はぬめりとした光沢を帯び、吸盤が張りついて離れようとしない。

 彼女の目が鋭く光り――狙いを定めると、躊躇することなく銀色の刃を振り下ろした。


 刃が魔物の脚に触れた瞬間、皮膚がスッと割れ、白い断面が姿を現す。

 切られた脚が船体にくっついたまま、グネグネと動いている。


「きゃあぁ!」

 それを見た女性たちから悲鳴が上がる。

 脚を一本切り落としたので、敵は逃げるかと思ったのだが、次の脚が船体に絡みついてきた。


「こりゃ、キリがないぞ」

「全部切ればいい!」

「そりゃそうだが、イカの脚は10本だぞ?」

「全部切れば、敵も逃げるだろ?!」

 姫の言うとおりだが、なにか――。

 俺はアイテムBOXから、瓦礫と投石器を取り出した。


「おおい! この中に魔導師はいないか?!」

「あ――あ、はい!」

 黒い長い髪が印象的な、ちょっと太めの女性が小さく手を上げた。

 私服なのか、冒険者の格好ではない。

 まぁ、こんなところでそんな格好をする必要がないわけだが。

 俺も姫も、私服だしな。


「ここで魔法はどうだ?!」

「かなり弱まると思いますけど……」

 ダンジョンから離れてしまうと、魔法の効果が減衰する。


爆裂魔法(エクスプロージョン)とか使えない?!」

「む、無理です! そんなすごい魔法は使えません」

 女性がブンブンと手を振っている。


「それじゃ、補助魔法は?」

「あ、それなら……」

「こいつで代金を払うから、俺にかけてくれ!」

 俺はアイテムBOXから出した拳ぐらいの魔石を彼女に投げた。

 小さくても売れば数万円ぐらいになる。


「魔石……」

「早く!」

「う~ん! 筋力強化(フィジカルアップ)!」

 筋力強化か――ちょうどよかった。


 周りが明るいのでよく解らないが――投石器を回す俺の身体に、魔法の青い光が染み込んでいく。

 やはりダンジョン内での魔法に比べて効き目が数段落ちるようだ。

 それでも、ないよりはマシ。


「ダーリン!」

 姫が指す方向に、巨大な白い触手が立ち上がった。


「おらぁぁぁ!」

 加速した投石器から瓦礫が放たれた瞬間――なにかが爆発したような破裂音が辺りに鳴り響く。


「きゃぁぁぁ!」「うわぁぁ!」

 乗客たちの悲鳴と同時に、海面から突き出ていた白い腕が途中から吹き飛んだ。

 破裂音は、瓦礫が音速を超えたものと思われる。


「おっと、いけね。ちょっとセーブしないと」

 衝撃波で、乗客たちに被害が出るかもしれない。


 次の攻撃に備えて姫と周囲を警戒する。

 遠距離は俺が攻撃、船体に巻きついたものは姫が切る。


「うわぁぁ!」

 今度は反対側からやって来たようだ。

 船体にデカい皿のような吸盤がくっついている。

 姫が横に一閃すると、皮一枚つながった触手が海に引っ込んだ。


 海に出た腕なら、俺の出番だ――投石で吹き飛ばす。

 千切れ飛んだ、白い触手が波間に漂っているが、多分魚の餌になるんだろう。


「ふう……」

 合計6本の腕を屠ったところで、羽田の桟橋が見えてきた。

 撮影も終了する。


「桟橋だ!」「やったぁ!」

 恐ろしい思いをした。

 10本の腕のうち、6本を失ったんだ――これで逃げると思うんだが……。

 それにここは水深が浅い。

 巨大な魔物には、動きづらいだろう。


「ダーリン、魔物は逃げたみたいだが、このまま海にいるのだろうか?」

「その可能性はあるが、海なら他の餌も沢山あるから、そっちに行くんじゃないか?」

「なるほど」

「まぁ、ダンジョンの周辺じゃなけりゃ、通常の武器も使えるし。大丈夫じゃないか?」

「それもそうだ」

 海中なら、護衛艦から魚雷か爆雷を落とせば、巨大な魔物だろうが、さすがに一発だろう。

 船体にくっつていた白い腕をアイテムBOXに入れた。


「あ! 消えた!」

 魔物の腕を見ていた子どもが叫ぶ。


「アイテムBOXだよ」

「すげー!」

「アイテムBOXって――官報に載ってた……」「ああ、いたねぇ」

 ひそひそ話が聞こえる。

 まぁ、俺の正体がバレてしまったが、貴重な魔物の資料だ。


「ちょっと旦那! 他の脚もアイテムBOXに入れてくれねぇかい?」

 船長が困った顔をしている。

 処理が面倒なのだろう。


「ああ、わかった」


 入れる前に、ちょっとにおいを嗅いでみたが、アンモニアくさい。

 この手の巨大なイカは、浮力の足しにするためにアンモニアを溜め込むらしいから、この魔物も同様の仕組みを持つのだろう。


 ダイオウイカは不味いみたいだし、こいつも駄目だろうな。

 骨折り損のくたびれ儲けの魔物ってやつだ。


「これも、センセに見せてやろう」

 多分、喜ぶぞ。

 既存のダイオウイカなどと同じものかもしれないが。

 特に魔法を使ったりとか、そんな感じではなかったしな。

 もしかして魔法に耐性があったかもしれないが、俺と姫は物理攻撃だったし。


 船が接岸した。


「やった!」「助かりました」「ありがとうございます」「冒険者の方だったんですね」

 船が揺れたので、ちょっと身体をぶつけたりした人は出たようだが、重傷者はいない。

 不幸中の幸いだ。


 ここで重傷者がいたら、病院の出番だ。

 回復ヒール回復薬ポーションは効き目が弱い。

 それか、ダンジョンに逆戻りして、魔法か回復薬を使うか。


 バフをくれた魔導師の女性の所に行く。


「助かったよ。ありがとうございます」

「あ、あの――トップランカーの方ですよね?」

「まぁ、オフなので勘弁してくれ」

「……」

 彼女は姫の正体に気づいているようだが、黙っててくれた。

 ここに桜姫がいるとなると、騒がれるからな。


 まぁ、特区は冒険者だらけだから、他にも冒険者がいたかも知れないが、トップランカーは限られている。


 船から降りると、姫と一緒に研究施設に向かって歩き始めた。


「あ、あの――どこに行かれるんですか?」

 さっきの魔導師の女性が小走りに話しかけてきた。


「羽田にある、魔物の研究施設だ」

「え?! そういう施設があるんですか?」

「もちろん――国でも研究しているって話を聞いたことがあるだろ?」

「ありますけど……」

「あそこの特区が一番デカいダンジョンだからな。魔物の種類も豊富だろうし、ここに研究所を作るのは理にかなっている」

「あ、あの! 桜姫様ですよね!」

 女性は、俺の説明をまったく聞いておらず、姫にアタックしていた。


「ま、まぁ……」

「ふぁ、ファンなんです! 握手してください!」

「うう」

 姫が困っているのだが、さっき手伝ってくれたし、握手ぐらいしてあげたら?

 ――と、姫に進言する。


「やったぁ!」

 姫と握手した魔導師は、手を振りながら、港のほうへ戻っていった。


「やっぱり、姫は人気があるなぁ」

「それはありがたいのだがなぁ――こちらは、まったく興味がないし……」

 そうなのだ。

 本人は、人気がどうなどというのは、まったく興味がない。

 自分の力試し、限界への挑戦――あるいは、自分より強いダーリンを探すために、ダンジョンに潜っているだけ。

 まぁ、それで俺がゲットされてしまったわけだが。


 以前、訪れたことがある研究施設に到着した。

 窓口の警備員に話をして、センセを呼び出してもらう。


 すぐに彼女が、白衣をハタハタとなびかせて廊下を走ってやってきた。

 サンダルのような履物で急いできたので、転けそうになっている。

 まぁ、運動神経はありそうに見えない。


「ハァハァ! 丹羽さん!」

 彼女が両手を膝に置いて、背中で息をしている。


「センセが廊下を走っちゃだめですよ」

「そんなことより、行きましょう!」

 彼女に腕を掴まれた。


「センセ、姫の分も――」

 入館許可証がいるはず。


「帰っていただいて、結構ですけど……」

 俺の言葉に、彼女がちょっと拗ねたような表情をした。


「そうはいくか!」

「センセ、お願いしますよ」

「もう、丹羽さん1人で来てくれればいいのに……」

「じ~っ」

 姫が俺を疑いの目で見ている。

 いやいや、こんな親しい仲ではなかったのだが?

 まさか、一回勝負しただけで?


 頼み込み、センセに2人分の許可証を出してもらう。

 それを首にかけて、奥に向かう。


 ここで姫だけ帰したら、あとでなにを言われるか解らん。

 まぁ、どうしても駄目だと言われれば、俺も帰るけどな。

 センセもそこまで言うつもりはないだろう。


 俺が姫といつも一緒だから、ちょっとおもしろくないだけなのかもしれないし。

 研究棟に入ると、セキュリティの利いた鉄製の扉をくぐり、長い部屋を歩いて、前に訪れた部屋にやってきた。


 がらんとした対象を解体して処理する部屋と、中心にステンレスのテーブル。

 それと繋がる研究部署。

 以前にやってきたときと同じだ。


「センセ、画像を送った魔物の他に、さっき海でも湧きまして――それも見ますか?」

「え?! 見ます見ます!」

 彼女が目を輝かせていると、すぐに他の白衣たちも集まってきた。

 男たちの目当ては、俺と一緒にやって来た姫のようだが。

 以前のときもそうだったし。


「ほらほら! ダンシィ! そんなことしている場合じゃないでしょ!」

 ツインテールの女の子が、手を叩いた。


「ここに美女が来るなんて滅多にないことなんだぞ!」「しかも、冒険者トップランカーの桜姫さんだぞ!」

「私と橋立さんは、美女じゃないんかい!」

 女性の研究員が、男子に蹴りを入れた。

 前にもこんなやりとりがあった気がしたが、2人とも十分に美人である。

 センセは、残念ながら身繕いをあまり重要だと考えてない節があるがな。

 今もほぼすっぴんだし。


 そんなことより、仕事をしなくては。

 部屋の中央にあるステンレス製のテーブルにテンタクルズの脚を出した。


「「「うぉぉぉぉ!」」」「イカ?!」「タコ?!」

「白いから、イカでしょ?」

 俺の言葉にセンセが教えてくれた。


「ほら、中央にギザギザがありますよね?」

「ああ、本当だ」

「これはイカですね。それに、イカは死んでいてもくっつくんですよ」

 そういえば、姫が切った脚も船体にくっついたままだったな。


「本当ですか?」

 学生の1人が脚を逆さまにしたら、ステンレスのテーブルにくっついてとれなくなった。


「なんてことすんのよ!」

「いや、学術的好奇心に勝てなくて」

 ツインテールの女の子に男の子が突っ込まれている。


「まぁ、気になるよね。俺も気になったから、実践してくれてよかった」

「やっぱりアンモニア臭もありますね……」

 センセが、切り口をクンカクンカしている。


「ダーリン、なんでアンモニアくさいんだ?」

「ああ――あいつと似ているダイオウイカなんかは、図体がデカいと浮力が必要になるんで、海水より比重が軽いアンモニアを体内に溜め込むんだよ」

「丹羽さんが仰るとおり、ダイオウイカ類似の魔物でしょうね? 大きさはどのぐらいでしたか?」

「どうかなぁ~? 身体全体は出てこなかったから――この腕からすると、50mぐらい?」

「うんうん……」

 一緒に姫が腕を組んで頷いている。


「これも、すごいサンプルです。初めて見ました。地球にいるダイオウイカなどとのDNAの照合が楽しみです!」

「頭足類はめちゃ頭いいから、もしかして魔法が使えたりしたかもしれないなぁ」

「可能性はありますね! しかも、身体の色も変えられますし!」

「あれが、魔法を使ってくるのか……? たまらんなぁ……」

「いるとしたら、ラスボスクラスってことになるか」

「ああ」

 姫と話していると、ツインテールが声を上げた。


「お父さんが持っていた昔の本に、地球が滅亡したあと――人類のあとを継ぐのは頭足類だって話があったな~」

「あ! それ、俺も読んだことがある!」「あったあった!」

 学生たちが、昔の本のことで盛り上がっている。

 たしかにそんな本があったなぁ。


「丹羽さん! 次のをお願いします!」

 お目々をキラキラさせたセンセが迫ってくる。


「はいはい」

 白い魔物の脚が片付けられたので、俺はテーブルの上に赤い肌の魔物を出した。


「おおおお!」「赤い?!」「なにこれ!?」「初めて見た!」

「冒険者たちの総意だと、レッサーデーモンじゃなかろうかと」

「デーモン?!」「悪魔?!」

 俺の言葉に学生たちが反応した。


「いや、本当に悪魔なのか解らんのですよ。創作物に出てくるそういう魔物に似ているから、そうじゃないか――という話で」

「はい、皆さん! 着替えて着替えて!」

「「「はい」」」

 皆、汚れてもいい装備に着替えて本格的に解剖などをするらしい。

 皆が、装備がある部屋に入っていく。


 ここで帰ってもいいのだが、中身がどうなっているのか。

 専門家から見た、こいつの意見を聞きたいので、もう少し残ってみることにした。

 どうせ、ホテルに帰っても、たいしてやることもない。

 ダンジョンにアタックするとしても、7層の攻略法を見つけないことにはどうしようもできない。


 緑色の帽子とエプロン、長い手袋をしたセンセが戻ってきた。

 その姿をじ~っと見てしまう。

 やっぱり、あの博士に似ているなぁ。

 まぁ、母娘なんだから当たり前だが。


「なんですか?」

 俺が見つめていたので、センセは気になったようだ。


「いや、なんでもありません」

「そんなことないでしょう?」

「いや~あの~」

「私気になります」

「ちょっとしたことなので――それにセンセが聞きたくない話だと困ると思うし」

「それを決めるのは私なので、とりあえずとっかかりだけどうぞ?」

「それじゃ――矢島博士という人に会いました」

 さっきまではしゃいでいたセンセがピタリと止まった。


「それは、私の母です」

 スンとしたセンセが、無表情に答える。


「博士に、それもお聞きしました」

「丹羽さんと母がつながっているとは、かなり意外でした…………いいえ、あの人は八重樫グループの研究所にいるから、その方の繋がりですか」

 彼女が姫を指した。

 やっぱり、頭がいいんだろうなぁ。

 少ない情報から一発で姫繋がりだと導き出した。


「まぁ、そうです」

 仕事の内容を言うことはできない。

 プライバシーの侵害ってやつだし、博士がやっていたアレも、社外秘だろう。

 外に漏らしていい情報ではない。

 大騒ぎになる。


「わかりました――わかりましたので、その名前は2度と私の前では出さないでください」

「はい」

 多分、聞きたくない話だろうなぁ――と、思ったらやっぱりそうだった。

 センセも父方の姓を名乗っているから、そういうことなんだろう。


 そのままレッサーデーモンの解剖が始まった。

 センセの話によると、二足歩行生物ではあるが、身体の内部構造がかなり違うらしい。


「それなら、DNAの構造なども、地球の生物などと違うということですか?」

「わかりません。それをこれから調べてみないと」

 悪魔というのが本当なら、そりゃ地球の生物ではないということになるが……。


 一通りの解剖が終わり、手袋を脱いでいるセンセの所に行く。


「実は、相談したいことがあったんですよねぇ」

「え?! なんでしょう?」

 人払いをしてもらい、3人で話す。


 俺と姫が、勝負しまくっているのに、色々とできないのがおかしい――というアレだ。


「……それはおかしいですね」

「姫だけじゃなくて、他の女性とでも同じ感じなんですよね」

「え?!」

 俺の言葉に、センセが固まった。

 そのあとの冷たい視線が突き刺さる。


「女性が代わっても同じってことは、やっぱり俺に問題が……」

「……」

 センセが黙って席を立つと――小さなビーカーを持ってきた。


「あ、あの――」

「行きましょう!」

 彼女が俺の手を引っ張った。


「え?! どこにですか?」

「調べるものがないと、調べられないですから!」

 センセがニコリと笑うと、ビーカーを掲げて左右に揺らす。


「え?! ちょっとちょっと!」

 女性に迫られて、ドギマギするような歳じゃないが、さすがにこれはビビった。


「させるかぁ!」

 俺とセンセの間に姫が入った。


「なにをするんです! 丹羽さんのものを調べるために、必要なんですよ!」

「よこせ!」

 姫がビーカーをひったくった。


「これに、出してくればいいんだろ」

 顔を赤くしている姫が呟いた。


 ――それから15分あと。


「ほら」

 姫が、白いものが入ったビーカーをセンセに差し出す。

 ここにはシャワールームがあるので、そこでアレコレしてきたわけだ。


「私がしたかったのに……」

「私のダーリンだぞ!」

「あ~ん」

 姫の言葉を無視して、彼女がビーカーに入ったものを舐めようとしている。


「私の眼の前で、そういうことは止めろ!」

 姫が怒るのも一理ある。


「なんですかもう……普通のと、どう違うのか気になるじゃないですか」

 違いが解るということは、普通のを舐めたことがあるのか。


「だから、私の前でするな!」

 センセの変態行為に、俺もちょっとあっけに取られてしまった。

 あの矢島博士もかなり変な人だったが、さすが彼女の娘だなぁ……。


「そ、それじゃ、よろしくお願いいたします」

 変態行為はともかく、俺のをしっかり調べてもらわないと困る。


「はい! 色々と検査をしてから、お知らせいたしますから」

「ふん!」

 姫の機嫌がすっかりと悪くなってしまった。

 センセとの仲も疑っている。


 まぁ、1回勝負しただけなんだがなぁ……だって据え膳食わぬはナントカって言うし……。

 1回でも、駄目だって? そりゃそうだ。


 あ、もしかして――変わった魔物を色々と持ち込んだので、好意からのプレゼントだと思われたのかも。


 そんなことある?



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