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74話 マッドサイエンティスト


 ダンジョンの攻略に失敗した俺たちは地上に戻ってきた。

 いきなり狙撃されたりと、面倒なことも多くなってきた今日このごろだが、いかがお過ごしでしょうか?


 ――イロハたちと、ホテルでどんちゃん騒ぎの打ち上げを行った、次の日の朝。


 姫に起こされたと思ったら、彼女の双子の姉――カコだった。

 ここになにかを設置するという。


「設置? ――というと、なにか機械か?」

「ええ、ホログラム装置よ」

「へぇ、ホログラムっていうと、役所にあったやつだな。確かに政府関係者と簡単に通信できるのは便利だ」

「それもあるだろうけど、ひいおばあさまからのお達しなので……」

「ひいおばあちゃん? 八重樫グループの? つまり姫のひいおばあちゃん?」

「そうだって言ってるでしょ?!」

 つまり、八重樫グループが使うから、ここに設置するということなのだろう。

 それにしても、ひいおばあさんってすごいな。

 いったい何歳なのだろうか?


 俺が幼稚園の頃に、曾祖母に会ったことがあったな。

 山の中にある、昭和の初期から建ってそうな木造建築に住んでいた。

 祖母の時代までは、子どもがめちゃ多かったから、孫、ひ孫も沢山。

 ひ孫は100人ぐらいいたはずだから、俺もその中の1人だったろう。


 カコの合図でドアが開き、ドカドカとグレーのツナギを着て帽子を被った作業員たちが入ってきた。

 透明なビニル袋に包まれた、謎の機械が次々と運び込まれてくる。

 ここは八重樫グループのホテルなので、本社からの命令じゃフロントなども素通りだろう。

 どうやら部屋の奥のほうに設置するようだ。


 部屋の中心にはソファーやテーブルがあるので、スペースがあるとすればそこしかない。

 あの装置は暗くしないとだめだと思うのだが――確かリモコンの遮光カーテンがあったな。

 真っ暗にはならないとは思うが大丈夫か。


「あ、そうそう――あなたが連絡不明になってる間に、お金の振込が終わっているから」

「はい、ありがとうございます~」

 例のエリクサーの代金だ。

 彼女には、会社の口座しか渡してないので、そこに入っているのだろう。

 さて、税金もあるから全部は使えないが――まとまった金が入ったぞ。

 動画の収益もどんどん入ってきているしな。


 作業を見ていても仕方ないので、俺は朝飯を用意をすることにした。

 今日はお客さんもいるしな。

 コエダも、着替えて居間にやってきた。


「な、なにが始まるんですか?」

「部屋の隅に、ホログラム装置を設置するらしい」

「え?! すごい! すごく高い装置ですよね?!」

「そうなのか」

 みんな知ってるのか?

 そういうものがあるって話をチラリと聞いたことがあったが、ド田舎じゃ縁がないからなぁ。


 コエダが興味津々なのだが、俺は飯を作る。

 いつもの3人なら、パンとかでいいだろうが、客がいるからフレンチトーストでも作るか。


 アイテムBOXから材料を出して、シンクに並べる。

 人数が多いから、沢山作らんとな。


 ボウルに牛乳、卵、砂糖をドバドバ、バニラエッセンスを少々。

 バットに移して、それに食パンを浸して焼けばいいのだが、焼く手間がかかるな。


「手伝います!」

 俺の所にコエダがやってきた。


「それじゃ、食パンの耳を切ってくれ」

「はい」

 2人で耳を落として、卵液の中に浸していく。


「コエダちゃん、温め(ウォーム)の魔法は?」

「コエダでいいです――使えます」

 そりゃいい。

 卵液に浸した食パンを取り出して、魔法で加熱する。

 最後にバターを塗ったフライパンで焦げ目をつければいい。

 こりゃ簡単だ。


「コエダは、料理ができるのか?」

「あの、少しですけど……」

「はは、それはよかった。ウチのお姫様たちは、まったくだめだからなぁ」

 部屋の中に香ばしい香りが、立ち込めていく。


「……」

 カコが黙って俺の所にやってきた。


「なにか?」

「それって、私の分もあるわけ?」

「ええ」

「そう」

 彼女が安心したような顔を見せた。

 朝飯を食べてないのだろうか?

 食べてるよなぁ。

 においがいいから、少し食いたくなったのかもしれない。

 まぁ、フレンチトーストは、ルームサービスにもあるから、それを食べてもらう手もある。

 そっちのほうが、プロが作った味だろうし。

 俺は素人のオッサンだしな。


「は~、腹減ったぁ! わぁ!」

 腹をボリボリと掻きながら、上半身裸でショーツ一丁のイロハがベッドルームから出てきたのだが、作業員がいるのを見て、慌てて引っ込んだ。

 そりゃ、驚くよな。


「なんだこれは?!」

 一緒に姫も起きていたのだが、ゆったりとした、シャツと裾の広がった薄いパンツを穿いている。


「姫、おはよう」

「おはようじゃない!」

 俺は黙って、カコを指した。


「お前か! 誰に断って、そんなものを置いているんだ!」

「文句なら、ひいおばあさまに言って」

 カコの言葉を聞いて、姫の顔が苦虫を噛んだようになった。


「う……ぐ……あの年寄は、どれだけ生きれば気が済むんだ!」

「今のセリフは聞かなかったことにしてあげるわ」

 姫が逆らえないという、八重樫グループの最高権力者か。


「やっぱり、そのひいおばあさんって人が一番偉い人なの?」

「そうだ!」

 姫が嫌そうに答えた。


「ひいおばあさんって、いくつなの?」

「……歳なんて恐ろしくて聞けないけど、120歳前後だと思う」

 これは、カコが答えてくれた。


「もちろん、八重樫グループの延命処置を受けているんだよね?」

「ええ――でも、延命処置を受けたのが、80歳過ぎてからなので、やっぱり老化を避けられなかったようで、最近は寝たきりのことが多かったんだけど……」

 若い頃から、少しずつ延命処置を施せば、かなり老化を抑えられるらしい。

 ――と、言っても、肉体の限界があるので、いずれ寿命はやってくるのだが。


「ったく、なんの気まぐれでこんなものを」

「あなたのダーリンを気に入ったんじゃないの?」

「え?! 俺?! なんで?」

 俺ってなにかしたっけ?

 ああ、エリクサーを売ったが、それのことだろうか?

 カコの話だと寝たきりだったということだから、俺のエリクサーで調子がよくなったとか?


「私のダーリンだぞ!」

「ひいおばあさまに、サクラコの理屈が通用するかしら」

「うぐぐ……」

 姫の顔が真っ赤だ。

 彼女にも苦手なものがあるんだなぁ――というのが、俺の感想だ。


「ふ~、焦ったぜぇ! 人がいるなら言ってくれよ!」

 革のパンツに裸に革ジャンを着たイロハが戻ってきた。

 豪快な彼女でも、男の視線は気になるようだ。

 ダンジョンの中なら、いいのかもしれないが、そういうところはやっぱり女の子だな。


「ほら、飯ができたぞ!」

「おい! あたいは寝ぼけてるのか? 桜姫が2人に見えるんだけど?」

「うんうん!」

 イロハの言葉にコエダが頷いている。


「彼女は、カコさんだよ。姫の双子のお姉さん」

「へぇ! 桜姫って双子だったんだ!」

「実はそうなんだよ」

「へ~」

 イロハが、2人をマジマジと見比べている。


「やめろ!」

 姫が不機嫌そうに、手を振る。


 まぁ、双子を見ると、ついついやっちゃうよな。

 どこらへんが違うんだろ? ――と、興味が出てしまう。

 たまに、服やら髪型までまったく同じにしている双子もいるが、彼女たちはまったく違う。

 一目で解るだろう。


 服や髪型を合わせたとしても、身体つきが違うしな。

 ダンジョンでの戦闘を繰り返した姫の身体は、1流のアスリートのような身体だし。

 対してカコは、普通の女性。

 見た目で違う。


「それより、飯にしよう」

 メニューは、フレンチトーストと、インスタントのコンソメスープ、それから俺の芋で作ったポテトサラダ。


「うひょ~、ダーリンが作ったのかい?」「わぁ~」

 俺の料理にイロハとコエダが喜んでいる。


「ああ、スープはインスタントだけどな」

「ダーリンに飯を作ってもらって、いいなぁ……」

「ゴーリキーの食事はいつもどうしてるんだ?」

「料理のできる子に作ってもらったりとか、屋台で売っているものを買ったりとか……」

「特区の屋台も、結構いろいろなものを売ってるからなぁ」

 惣菜などを売る店も普通にあるし。

 ダンジョンで戦闘して疲れているときなどは、食事の用意などをできないときもある。

 かなり需要があるようだ。


「まぁ、金さえあれば屋台の料理だけで暮らせるよな」

「そうなんだよ! 美味い店も多いしな」

「みんな魔物の肉だが、慣れれば臭みもないから、普通の肉よりはいいかもしれない」

「……」

 みんな和気あいあいと食事をしているのだが、姫だけはしかめっ面だ。

 起きたら、自分の部屋に勝手に上がりこまれて、なにやらわけのわからん装置を据え付けられているのだから、無理もない。


「機械のことは解らないからさておき――あたいがびっくりしたのは、エンプレスのことだよ」

 イロハがなにやら話し始めた。


「彼女が?」

「あんなにスケベだなんてなぁ! あはは!」

「うんうん!」

 フレンチトーストを頬張っているコエダも頷いている。


「ちょ、ちょっと、止めてください!」

 その話に聞き耳を立てていたのか、部屋の隅で仕事をしていた作業員たちの手が止まる。


「なにを言う。カオルコは、小学生の頃から裸の男が絡み合っているいかがわしい本を集めていた筋金入りだぞ」

 突然、姫からカオルコの過去が暴露された。


「え?! 小学生の頃からすでに、御腐れさまだったのか」

「ダイスケさんも、止めてくださいぃ!」

 彼女の顔が真っ赤だ。

 なぜか、俺だけがぶたれた。


「そんなことを言ったら、オガさんだって! あんな可愛い声を出して!」

「ちょ、ちょっと待てぇ! 仕方ねぇだろ! だって、ダーリンが、あんな所ばっかり責めるから……」

「そりゃ、戦いの基本は相手の弱点を責めることだからなぁ……」

「……」

 なぜか、姫も顔を赤くしている。


 手が止まった作業員たちに、カコの冷たい視線が突き刺される。


「ん!」

 彼女の無言の忠告に作業員たちが、慌てて作業を再開した。


「コエダ、お前も大変だな。こんな女がリーダーじゃ」

 姫の呆れたような言葉に、コエダが返した。


「いいえ! 私1人じゃなにもできませんけど、イロハ姉さんが引っ張っていってくれるおかげで、どんな場所にも行くことができて、とても感謝してます!」

「あはは! お前はいいやつだよな~」

 イロハが上機嫌に、コエダをなでなでしている。


「そうそう、1人で自発的に色々なことをするってのは大変だからな~。引っ張ってくれる人がいるってのはありがたい」

「うんうん!」

 コエダが頷いている。


 1人じゃ旅行など行かないが、旅行好きが一緒だと、行ってもいいかな~という感じになったりするし。

 それがダンジョンの中となれば、イロハの存在は頼もしいだろう。


 黄金の道のゴリラも、そんな彼にみんながついて行ったはずだ。

 それがあんなことになってしまったが。

 信用を回復して、復活できればいいがな。


 そんな俺たちの会話にまったく興味を示さず――。


「ふん、まぁまぁね」

 よこからフレンチトーストをつまみ食いしたカコが感想を漏らす。

 そりゃ、一流シェフのようにはいかん。


「ダーリンの料理に文句があるなら、食うな」

「あら、褒めたんだけど」

「双子なのに、全然性格が違うんだな」

 また、イロハが双子の姉妹をマジマジと見ている。


「そんなことはありませんよ」

 イロハの言葉をカオルコが否定した。

 彼女は2人とのつき合いが長いので、もちろん2人の性格も知っている。


「そうだなぁ。気が強いところとか、一度決めたら引き下がらないところとか、人に迷惑かけようがお構いなしとか――」

「こんなやつと一緒にするな!」「この子と一緒にしないで!」

 俺の言葉に2人がハモる。


「わはは! そっくりだ!」

 イロハはテーブルを叩いて笑っている。


「うんうん!」

 大女の笑いに、コエダが頷く。


「「どこが!!」」

 また、2人がハモった。


「「ふん!」」

 2人が同時にそっぽを向く。

 やっぱり、これで似てないはないよなぁ……。


 飯を食っている間に、ホログラム装置の設置は終わったようだ。

 通信の試験をするらしい。


 操作方法の説明は、カオルコが受けている。

 彼女はPCなどにも詳しいし、適役だろう。

 逆に姫は機械類は駄目な模様。

 スマホぐらいは扱えるが。


「これって通信は衛星を使ってるのかい?」

「そう! 八重樫グループの専用衛星よ」

 ええ? グループ専用の衛星まで持ってるのかよ。

 その衛星は、世界が静止する前に打ち上げられたもののようだ。


「このホログラムは、政府も利用していたから、民間の回線を間借りしているということになるのか」

「まぁね」

「なんか、今の政府って、八重樫グループに首根っこ押さえられてないか?」

「まぁ、今の総理も、ひいおばあさまの後ろ盾でなったぐらいだし」

 それはそれで、すごく問題がありそうな……。


 そんなことを話しているうちに、テストが始まるようだ。


「ちょっと暗くしますね」

 カオルコがリモコンを使って、でかい窓にカーテンを引いた。


「すご~い! 自動でカーテンが閉まるんですね!」

「おお、すげー」

 一斉に動くカーテンに、イロハとコエダが感動している。

 かなり昔からこういうのはあるが、必要かと言われればそうでもないからなぁ。

 朝、定時になったら、一斉にカーテンが開くみたいな使い方ができそうではあるが。


 暗くなった部屋で、カオルコが装置をいじっている。

 カコは、どこかに連絡をして、ホログラムの相手先にも準備を促しているようだ。


「それではいきます」

「わくわく!」

 コエダがすごく楽しそうだ。


 暗闇に白い影が現れて、それが次第に人の形になった。


「おお、すげー! 本当に立体的に見えるんだな!」

「イロハはホログラムを使ったことがないのか?」

「あるわけないじゃん、ははは」

 使ったことがある俺は、結構貴重な体験をしたらしい。

 それだけではなく、相手は日本の総理やらお偉いさんだったしな。


「「「え?!」」」

 暗闇に現れた人に俺と姫たちが声を上げた。

 ホログラムを見ていた、カコも一緒に驚いていた。

 多分、3人と俺とは、声を上げた理由は違うと思われる。


 そこに立っていたのは、白衣を着た背の高い女性。

 黒くて長いボサボサの髪と眼鏡とソバカス。


 あの魔物を研究しているという大学のセンセにそっくりだったのだ。

 もちろん、その本人ではないと思われる。

 髪型も違うし、彼女が八重樫グループに入ったとも聞いてなかった。


「え?! 博士?! 博士ですか?」

 真っ先に声を上げたのはカコだった。

 どうやら、以前に話を聞いた、八重樫グループで延命の研究をしている博士という女性らしい。


『そうですが――カコ様、なにか?』

 やっぱり別人だ。

 顔はそっくりだが、声が違う。


「なんだそれは! この前に会ったときより、明らかに若返っているだろう?!」

 姫も声を上げた。

 彼女の言葉からすると、若返っているらしい。

 なんじゃそりゃ、延命の研究から、若返りまで実現してしまったのだろうか?


「やっぱり、どう見ても若返ってますよね……」

 カオルコにもそう見えるらしい。

 彼女を知っている3人が、そういう感想を持つということは、間違いないのだろう。


「延命の研究で、若返りの方法も見つけた――ということなのでしょうか?」

 カオルコが唸る。


「わからんが――あのマッドサイエンティストのことだ、もしかして……」

『マッドサイエンティストは酷いですねぇ、サクラコさま』

「矢島博士、本当に若返りの方法を見つけたのでしょうか?」

 矢島博士というのか。

 大学のあのセンセは、橋立――だしな。

 あまりに似ていたので、一瞬関係者か? と、思ったのだが、やっぱり他人の空似か?


『ええ、カオルコさま――少々特殊ですが、その方法を見つけて、自らを実験台にした結果がこれです』

「それじゃ本当に……」

「若返りかよ! すげー!」

 後ろで、イロハたちも驚いている。


『あら、部外者がいたとしても、サクラコさまたちの反応は少々迂闊でしたね』

 まぁ、博士の姿に無反応なら、イロハたちが若返りの情報を知ることもなかったということらしい。


「そんな姿で現れたら、お前を知っている者は驚くに決まっているだろ!」

『おほほ! 申し訳ございません。自分が若返っていたのをすっかりと失念しておりまして』

 こういう人は、ステータスを全振りしている人が多いから、他のことに関しては無頓着なのだろう。


「う~ん、それにしても……」

 センセに似ているなぁ。


『……そこにいる男性は、なぜ私を見て驚いたのですか? 私のことは知らないはずですけど』

「彼が、エリクサーをグループに売ってくれた人ですよ」

 カコによって、俺が紹介された。


『ははぁ、大変貴重なものをありがとうございました』

 エリクサーの話が出て、俺はピンときた。


「もしかして――エリクサーを使って若返りの方法を見つけた――?」

『あら、ご明察』

「なんだと! あれを使ったのか?」

『ええ、研究は私にすべて任されておりましたから』

「それでは、ひいおばあさまも、承知の上と?」

『もちろんでございます~。私の成果に、とてもお喜びでしたよ』

 まぁ、これがマジなら、大発見だからな。

 ノーべノレ賞間違いなしだ。


「は~い! 先生質問!」

 俺は挙手した。


『なんでしょう?』

「若返りを続けて、卵子まで戻すことは可能なんでしょうか?」

『……!』

 俺のなにげない質問に、博士の目が爛々と輝く。


「やっぱり荒唐無稽ですか?」

『いいえ、大量のエリクサーがあれば可能になるかもしれません』

「なんだと! そんなことになれば、世界がひっくり返るぞ!」

 これは姫の言うとおりだろう。

 特に、宗教と文化が密接に関係している国々からの反発が大きくなる可能性がある。

 人間の身体ってのは神様が作ったもの――それに手を入れるなんてとんでもない。

 そんな抗議が相次ぐだろう。


「はい! 先生、質問!」

『なんでしょう?』

「卵子まで戻らなくても、胚の状態で人間はあらゆる生物の進化の歴史をなぞりますよね? ある胚の状態から、成長を枝分かれさせることができたら?」

『ニヤ~』


 俺の質問に対する博士の反応は、異様なものだった。

 彼女の顔は突然ゆがみ、今までの冷静さや知識の深さを漂わせていた表情が、まるで闇に飲み込まれたかのような笑顔に変わる。

 その微笑みは歪んでいて、瞳には何か得体の知れないものが宿っていた。

 口元は不気味に引きつり、笑っているはずなのにその笑みからは何一つ温かさや安堵感が感じられない。 全てを知り尽くしたような傲慢さと、底知れぬ悪意がこもっているかのようだ。


 目の前にいるのは、もう知識を探求する学者ではなく、恐ろしい力に操られた別の存在に見える。

 俺は、自分がしてしまった質問の重さを理解し、後悔の念に駆られた。

 博士の得体の知れない笑顔を見た瞬間、自分が触れてはいけない何かに触れてしまったのだと感じたのだ。


 俺だけではない。

 その場にいた全員が、博士の笑顔に凍りついた。


「はいはい! すみません! 今のは冗談ですから!」

『あはは! 私も、今の話は、人としてどうかと思いましたよ』

 さっきの凍りつくような笑顔がなく、博士の顔が普通に戻った。


「お前が言うな……」

 ボソリと、姫が博士に突っ込んだ。


『それで、さっきの話に戻るのですが』

「さっきの話?」

『あなたが私の姿を見て、なぜ驚いたのか? ――と、いう話ですよ』

「ああ」

 すっかり忘れていたと思っていたのだが、そうではなかったらしい。

 ここらへんは、なにかものごとに関して偏執的ななにかを感じるな。


『ん?』

 彼女が俺の顔を見て、首をかしげた。


「博士の姿が、私の知り合いにそっくりでしたので、それで驚いたのですよ」

「え? ダーリン、そうなのか?」

「ああ」

『ははぁ――それは確かに――そういうことでしたか。私そっくりですか? それは興味深いですねぇ』

「まぁ、他人の空似という言葉もありますし。世界には、自分そっくりな人間が3人いるという都市伝説もありますしねぇ」

『私は科学を修める者として、都市伝説などは信じませんが――ちなみに、その方はどういう方ですか?』

「え~、個人情報なので、言っていいものなのか?」

『ん~? それでは、どういう職業の方でしょうか? そのぐらいの情報なら、大丈夫なのでは?』

「あの~、とある大学で魔物の研究をされている方なのですが……」

 この博士も有名人かもしれないし、もしかしたらセンセも知っている方かもしれないなぁ。


『ああ、もしかして名字は橋立ですか?』

 彼女が納得したように、呟いた。


「え?! そうです! もしかして、お知り合いですか?」

『ええ、私の娘です』


「「「ええええ~っ!」」」


 予想外の彼女の言葉に、皆の叫び声が居間に響いた。

 な、なんだって――!!


 そりゃ、そっくりのはずだよ。



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