54話 解剖
俺と姫は羽田に来ていた。
ダンジョンへのアタックに備えて、大量の食料を注文したので、そいつを受取にやって来たのだ。
途中で、魚から腕が生えた変な魔物に襲われてしまって、散々だったがな。
水のある所では、水棲の魔物が湧くんだな。
ダンジョンによっては巨大な池や湖があって、そこに水棲の魔物がいるのかもしれない。
なにしろ温泉があったぐらいだ。
池や湖があっても、おかしくない。
食料を調達完了した俺たちだが、仕留めた魔物の写真を大学のセンセに送ったら、すぐに持ってきてほしいということだった。
センセは、魔物の研究をしている生物学の専門家だ。
彼女の研究施設は、羽田にあるらしい。
魔物の研究をするなら、特区の近くにある羽田が都合がいいのだろう。
本当は特区内に置きたいのだろうが、場所がないだろうしな。
あそこは、電力の調達も中々大変だし。
姫の実家である八重樫グループみたいに金を持っているなら、どうとでもなるだろうけど。
センセから送られてきた座標をナビに入れて案内してもらう。
見えてきたのは、コンクリ建築の3階建てで、横に長いビル。
フェンスに囲まれているが、特に厳重な警戒などはしていない感じだな。
スライド式の鉄柵がある門を通ると、玄関らしき場所へ。
少々暗い建物の中にはいる――窓口があるので、そこで尋ねた。
「あの~、ここにいるセンセに魔物を持ってきてって言われてきたんですけど」
「なんて、センセ?」
濃いグレーの制服を着て、白髪が目立つ警備員が、対応してくれた。
「え~、あれあの人なんて言ったっけ……橋立だったかな? ソバカスで眼鏡をかけた」
「あ~はいはい」
警備員が引っ込むと、壁の電話でどこかに連絡をしている。
いまどき有線なのか。
まぁ、セキュリティからいえば、一番堅いかもしれないが。
「すぐに、いらっしゃいますから、お待ち下さい」
「はい」
しばらく待っていると、廊下の奥から白衣が駆けてきた。
「む……」
姫は、センセが女性だとは思わなかったようだ。
「ハァハァ……お待たせしました――そちらの女性は?」
「冒険者トップランカーの桜姫さんです」
「ああ! 知ってますよ! いつも、水着みたいな格好をしているので、解りませんでした! 私服はジャージなんですか?」
「ち、違う……」
センセに迫られて、姫が引いている。
「普通の格好だったんですが、海の上で魔物に襲われて汚れてしまって」
「血液ですか?」
「いえ、生臭いぬるぬるで」
「ああ、多分ムチンだと思いますけど……う~ん、魔物のぬるぬるは違うのかなぁ」
センセが、その場で顎に手を当てて考え込んでいる。
いやいや、その前にこっちをなんとかしてよ。
「それで、シャワーがあるなら、シャワーをお借りしたいなぁ……と」
「ああ、それで! 大丈夫ですよ、ありますから」
センセが、警備員の詰め所の中に入って、なにやらやっている。
戻ってくると、彼女が紐のついたカードを差し出した。
「これは?」
「外来用の身分証です。首からかけてください」
「はい」
姫と一緒にカードを首からかけて、通路の奥の方へ。
鍵のかかった扉に来ると、自動的に開いた。
多分、カードにチップなどが入っているのだろう。
薄暗い通路に、3人の足音が反響して、コツコツと返ってくる。
センセが白い扉の前に立つと、鍵が開いた。
ここも自動で施錠されるのか。
セキュリティがゆるいように見えるが、意外としっかりしているかもしれない。
中に入ると、ゆるいV字になっているコンクリの床――その上に大きなステンレス製のテーブル。
なるほど――汚れてもすぐに洗い流せるようになっているのか。
「そっちの扉の奥が、シャワールームになってますから」
彼女が緑色の鉄製の扉を指した。
「姫」
「うむ」
彼女にシャンプーやらタオルを再び渡す。
これですっかりと綺麗になるだろう。
姫が扉の奥に消えると、センセが「使用中」の看板をかける。
もう1つの扉から、5人ほどの白衣の面々が出てきた。
みんな若いので、多分学生なのだろう。
大学生なのに、ツインテールの女の子もいる。
「今、シャワー使っている人がいるから、気をつけてね」
センセが、学生たちに注意を促してくれた。
ありがたい。
「解りました」
「先生! それより、珍しい魔物ってどんなですか?!」「そうですよ!」「魚ですか?!」
「はいはい、みんな落ち着きなさい(キリッ!)」
キリッ! とかしているセンセが、一番興奮して顔を赤くしているのが、バレバレ。
「ここのテーブルに出せばいいですか?」
「はい、載りますか?」
「え~と、大きさ的にちょっとはみ出すかも……」
とりあえず出してみることに。
「「「おおおお~っ!」」」「魚?! 魚なのか?!」「腕が生えている、キモ~い!」
女の子もキモいと言いつつ興味津々で、指でツンツンしている。
さすが、こういう所の研究施設にいる女の子は、魔物の死体ぐらいじゃびくともしないか。
「ううう――構造はどうなっているんだろう……早く解剖したい……」
センセの目が血走っている。
「もう1体ありますけど、下に置いちゃっていいですかね」
「ええ、それじゃ――そっちの扉が、冷蔵、冷凍庫になってますから、中に入れてください」
学生にドアを開けてもらうと、ひんやりと涼しい場所に、もう1体の魔物を出した。
「ありがとうございます」
学生から礼を言われた。
「いえいえ」
冒険者は社会常識もぶっ飛んだ、荒くれ者が多いからなぁ。
今の時代に大学に行ってるということは、家がそれなりに金持ちなんだろう。
姫を待っていると、センセたちが緑色のビニルのような服とエプロンに着替えた。
なんか手術シーンで見たような格好だ。
魔物を取り囲むと、さっそく解剖が始まる。
コンクリの部屋に、大型のメスが肉を切り開く音が響くのだが、レザージャケットを切るような音。
みんな真剣な眼差しで黙々と作業をしているので、余計に音だけが強調される。
大きなメスは特注品だろうか?
白い腹を切り開くと赤い臓物が、生きているヘビのように出てきたのだが、どう見ても魚のそれに見えない。
どちらかと言えば、故郷で獣を解体したときのような。
「あの……」
それを見た俺は、思わず声をかけてしまった。
「なんでしょう?」
「なんか――魚というか、中身は動物のような」
「魚も動物ですが、これは哺乳類っぽいですね……」
「おもしろー!」「エラ呼吸する哺乳類?!」「すごいっすね!」
みんなでスマホで写真や動画を撮り始めた。
魚の身体に腕がついているから、それを動かすように準拠した構造になっているということだろうか。
「は~、これって全部機能しているのが、すごいかも……」
センセがつぶやいたが、生物として生きて行動しているわけだからな。
「それじゃ――その魚の頭の中に哺乳類っぽい脳みそが入っているってことですかね?」
「単純に、これだけ大きければ脳の容量も増えるでしょうから、魚の脳でもなんとかなりそうではあります」
そう言うとセンセが、頭蓋を兜割りし始めた。
なんか、マグロの頭とかでこういう料理があったような気がするが……。
「これは――やっぱり哺乳類の脳に近い気がします」
「おもしろー!」「へ~」「魚の形をしたエラ呼吸の哺乳類か……」「これで機能しているのがすごい」
学生たちが、興味深そうに割れた頭蓋の中を覗き込む。
それがマジなら、凄いよな。
魔物って本当にこんな感じで、生きて動いているわけだし。
解剖を見ていると、姫がシャワーから出てきた。
だいぶさっぱりした顔に見える。
「綺麗になった?」
「ああ」
とりあえず、抱き寄せてクンカクンカしてみる。
「大丈夫だ」
「うわ! 女子が!」「誰?!」
男の子たちが、突然の美人の登場に動揺している。
魔物の死骸やら内臓は平気なのに、人間の女の子は苦手なのか。
「女子って、私と橋立センセも女子でしょ?」
ツインテの女の子が、男子たちに詰め寄っている。
「この魔物を仕留めてくれた、冒険者の方よ」
センセが学生たちに紹介してくれた。
「あ~! もしかして、桜姫さん!」
女の子が姫の正体に気がついたようだ。
「ああ」
「すごーい! 一緒に写真撮ってもいいですかぁ?!」
血まみれの彼女が迫ってきたので、珍しく姫がたじろいている。
突然意味不明な行動をされると、結構フリーズするよな。
「こ、困るんだが。汚れるし」
「大丈夫っす! 触りませんからぁ!」
彼女がニコニコ顔でスマホを取り出した。
姫が断り切れずに、一緒のフレームの中に収まっている。
いつも無双な彼女にも苦手なことがあるんだな。
ちょっと可愛い。
「いぇーい!」
Vサインを出して、女の子が姫と一緒に自撮りをした。
姫が解放されたようなので、一緒に解剖を見学することに。
「外見は魚だけど、中身はエラ呼吸の哺乳類っぽい構造みたいだよ」
「う~む、なんとも奇妙な……」
姫もまじまじとエラの部分を見ている。
「まぁ、トレントも、見た目植物なのに、中身は動物だったしな」
そこにセンセが入ってきた。
「そうなんですよ! トレントも面白かったですね~!」
彼女もトレントを調べたことがあるらしい。
もしかして、俺がしとめた個体だろうか?
「あれって、葉を収納できるところが面白かったですよ」
ここでも解剖して構造を調べたことがあるらしい。
そういえば、トレントといえば――俺もちょっと気になることがある。
「センセ、トレントには葉っぱが生えてましたが、あれって本当の葉なんですか?」
「はい、ちゃんと葉緑素もあるし、炭水化物を合成して代謝していると思われます」
「へ~」
「でも、葉緑素の構造は見たことがないものでしたが」
「ダンジョンの中って真っ暗なのに……どうやって利用しているのだろう」
「元々、明るい場所に生息していたものが、生殖能力をオミットされて送り込まれているかもしれません」
それで、生きていくための栄養をゲットするには冒険者を襲うしかないと……。
「ああ、なるほど」
誰によって――って話になるよな。
突然、ダンジョンに湧く=送り込まれているってことになるのかな?
あまりに都合よくゲームのような構造にする意味が解らんが。
そのほか、面白い話を色々と聞けた。
純粋に魔物を生物としてみても、多種多様な構造を持っていて興味深い。
「それじゃ、私たちは、ここらへんでお暇いたします」
「ああ、そうですか? なにもお構いできませんで」
「いえいえ、解剖のほうが重要でしょうし」
「あはは……」
「ありがとうございました」
センセが苦笑いしているが、新鮮なウチに色々と調べたいこともあるだろうし。
姫と一緒に、玄関の窓口にカードを返却すると施設から出た。
彼女の顔を見ると――心なしか、機嫌が直ったような気がする。
「ダーリン、私は誤解をしていた」
「誤解? なんの?」
「……」
彼女は黙っていたが、なんとなく察しはついた。
スーパーの店員が女性だった辺りから機嫌が悪くなったので、嫉妬なのだろう。
「オガさんと無制限一本勝負してもなにも言わないのに……」
「やつはいい。あんなやつに、私が負けるはずがないからな」
「それじゃ、店の女の子や大学のセンセには、脅威を感じているってことかい?」
「……」
そうなのか。
「どの角度から見ても、姫の勝ちだと思うけど」
「本当か?」
「ああ――そもそも、あのセンセは生物学の専門家だと聞いたから、俺たちの計画にちょうどいいかと思ったんだよ」
計画ってのは、新人類を生み出せるかもしれない人類進化計画だ。
「ふむ……」
彼女が歩きながら考えている。
「子どもができてどうなるのか、実際には解らんだろ? 専門家の知識やアドバイスは必要かと思ってな」
「ダーリンの言うとおりだが、それについては私も考えていた」
「え? 専門家に知り合いがいたのか」
「ウチの八重樫グループが、延命の事業をしているのを知っているだろう?」
「ああ――なんか噂では、聞いたことがあるなぁ。金持ちから大金を取って、20~30年延命や老化防止をしているとかなんとか」
「そうだ。その事業を担当している博士がいるんだが……」
「その人に頼もうかと思っていた?」
「……」
彼女が難しい顔をしている。
その人物にあまりいい印象がないのかもしれないが、八重樫グループでそんな重要な事業を任されている博士ならさぞかし優秀なのだろう。
まぁ、学者とか博士っていう人は、ちょっと変わった人が多い印象があるし、もしかしてそういう人物なのかもな。
「姫の苦手な人物なのか」
「ありていに言えばそうだ。優秀なのは認めるが、正直世話になりたくはない」
「さっきのセンセもちょっと変わってはいるが、人格が破綻しているとか、おかしな人ではないと思うし」
本格的に、つきあったわけじゃないから、本当はどうなのかは不明だが。
ちょっとしたトラブルに巻き込まれてしまったが、物資の確保はできた。
これで、また深層に飛ばされても平気だろう。
まぁ、飛ばされたくないけどな。
*いしのなかにいる*みたいなことになる可能性もあるし。
そのままホテルに帰った。
「姫! なんですか、その格好は!」
彼女がジャージなどを着ているから、カオルコがびっくりしている。
「海で魔物に襲われてな」
「もしかして、海で湧きですか?!」
「海でも湧くんだな。それでちゃんと水棲の魔物だったよ」
「え?! どんなのですか?」
彼女が見たそうな顔をしているので、写真を見せてやった。
「……キモ!」
まぁ、正直こいつはキモいと思う。
魚と人間っぽい腕、そしてデカい皿みたいな目。
どこから見ても、キモい。
可愛い要素が皆無だ。
「それで汚れてしまったんで、途中で着替えを買ったんだ」
「ジャージじゃなくてもよかったじゃないですか」
「動きやすくていいかな? ――と、思ったんだが……」
ああ、もしかして――姫はジャージが嫌だったのかもしれない。
「ええ~?」
「俺は可愛いと思うんだが……ダメか?」
「駄目ですよ」
「それじゃ、俺のアイテムBOXにも、姫の着替えをなん着か、入れておかないと駄目だな」
「それがいいと思いますよ」
俺とカオルコが話している間に、姫が着替えてやって来た。
いつものゆったりとした部屋着だ。
なんの変哲もない服なんだが、実は超高級品とかオートクチュールとかそういうのなんだろうか。
俺は基本的に、山奥に住んでいるド田舎者だからなぁ。
オッサンだから、ファッションも知らないし。
まぁ、服はカオルコが選んでくれるそうなので、彼女に任せよう。
「カオルコ――八重樫グループで延命とかやっている博士ってどんな人?」
「え?!」
彼女がすごい顔をして固まる。
「いや、姫が世話になりたくないっていうから、どんな人なんだろうなぁ~と」
「はっきり言って、奇人変人ですね」
「そんなにか?」
「つきまとわれると大変なので、関わり合いにならないほうがいいですよ」
その表情からもヤバさが伝わる。
あれか、マッドサイエンティストってやつか。
もしかして、魔物の研究とかもしているかもしれないな。
まったく未知のサンプルだし、ダンジョンで人間の身体が強化されるってのも、科学者なら興味を引くだろう。
「わかった」
「本当に、他に代えがたい才能の持ち主だとは思うんですけどねぇ……」
昔で言うと、モーツァルトみたいな感じだろうか。
姫が苦手って言うぐらいだから、相当なのだろう。
早速、今日撮った動画を編集して、サイトに上げた。
一応、キャプションをつけてある。
『この個体は、魔物の研究をしている施設に直接持ち込みました。解剖を見せてもらいましたが、外見は魚でも中身は哺乳類みたいな生き物でした』
みたいな感じ。
『うわぁぁ!』
『キモ!』
『クソキメェェェ!』
『目がぁ、目がァァ!』
コメ欄は、だいたいこんな感じである。
否定的なことばかりだが、かなり盛り上がっていた。
奇妙な一体感を覚える。
『魔物の肉がよく売っているけど、こいつの肉は食いたくねぇ』
このコメに、同意が多数あり。
俺もそう思うのだが、なぜだろうか?
オークや、ミノタウロスは平気で食うのに……。
やっぱり、魚に腕という、見た目のキモさだろうか。
『うぉぉぉ! 桜姫の私服!』
『素敵すぎる!』
『ビキニアーマーもいいけど、私服もいい』
なぜか、姫の私服が受けていた。
まぁ、美人だしスタイルもいいから、なにを着ても似合うよなぁ。
本人は嫌がっていたが、ジャージ姿も可愛かったし。
――数日あと、武器屋から注文した品が入荷したと連絡あり。
早速、取りにいくことにした。
「ちわ~」
「いらっしゃいませ~」
ミサイルと投石器の紐を受け取る。
紐は黒い素材のようだ。
ちょっと引っ張ってみるが、かなり丈夫で期待できそう。
「マーマンの動画見ましたよ」
「あれ、マーマンって魔物なんですか?」
「人魚ならよかったんですけどねぇ~――あれはねぇ~」
爺さんが、苦笑いしている。
面白いのだが、キモい。
確かに、上半身人間の人魚なら、見てみたい。
「上半身が人間なら、コミュニケーション取れますかね~」
「さてねぇ。一番人間に近いのはゴブリンだと思いますが、あれですし……」
「はは、そうですね」
――と、いいつつ、上半身が人間っぽい、ハーピーとはコミュニケーションが取れているのだ。
7層の壁の所にいた、彼女たちは無事だったろうか?
あそこにいた冒険者たちによれば、みんな逃げたということだったが……。
武器屋の爺さんと世間話をしてから、店を出た。
ダンジョン内に逃げ込んだ、迷宮教団とギルド踊る暗闇と接触した冒険者は今のところいないらしい。
武器屋の彼の所には、たくさん冒険者が集まってくるので、一緒に情報も集まってくる。
ダンジョンの情報を知りたいなら、あの爺さんに聞くのが早いだろう。
情報がないか――いや、接触しても、また深層に飛ばされて、行方不明になっているだけかもしれないが……。
まぁ、これだけ注意喚起しているし、皆も警戒しているから、そう簡単には飛ばされないとは思う。
そういえばダンジョンは、ファンタジーのゲームみたいだが、エルフやドワーフなどは出てこないな。
エルフは魔法を使えるし、敵側で出てきたら厄介なことになりそうだが……。
見た目は本当に人だろうしな。
俺たちが飛ばされたのが9層だとすると、次の10層辺りで、最後だと思うのだが……。
地面の裂け目から出てきたアレが、ラスボスだとすると、エルフなどは出てこないか。
考えながら歩いていると、スマホのメッセージが入った。
『きちゃいました!』
誰かと思ったら、大学のセンセだ。
「来たってどこに来たんですか?」
『ダンジョンですよ!』
「ええ?!」
いきなりかよ。
連絡ぐらいしてくれよ――と、思いつつ、場所を聞くと、ダンジョンの入口にある自動改札の所らしい。
慌てて、そこまで行く。
「丹羽さん!」
自動改札の近くでセンセが待っていた。
ビニル素材のようなレインコート・ポンチョを着ている。
一応、ダンジョン対策はしてきているようだ。
「いきなり来ないでくださいよ」
「ちょっと暇ができたもので」
「それで、突然どうしたんですか?」
「前に、ハーピーと意思疎通ができたっておっしゃっていたじゃないですか?」
「ええ、まぁ……」
「見せてほしいんですけど」
「ええ?! いきなりですか?!」
「駄目ですか?」
「いや、駄目じゃないですが、事前に連絡をしてください。こちらにも色々と予定がありますから」
「わかりました」
そう言っているが、こういうマイペースな人は全然解ってないんだよなぁ。
「今日ダンジョンに入ってハーピーに会えるかどうかも解りませんよ。相手は魔物なので、狩られてしまった可能性もありますし」
「承知しております」
「だいたい、すぐにダンジョンに入れませんよ」
「そうなんですか?」
「まずは、役所に行って、冒険者の仮免許か入場カードをもらわないと」
「面倒くさいんですね」
学者って、専門的なことはすごいが、他のことはまったく知らなかったりするからなぁ。
「それじゃ、役所に行きましょう」
俺は彼女を役所に誘った。
「え? いいんですか?」
「まぁ、今は時間がありますから、いいですよ。でも、次になにかあるときには連絡はしてくださいよ」
「わかりました」
2人で役所に行くと、いつものお姉さんの窓口に行く。
「ちわ~」
「……」
お姉さんが白い目でこちらを見ている。
「なんですか?」
「また、違う女性ですか? キララたちのことは見捨てたのに……」
美人の冷たい視線はたまらんな。
「人聞き悪いなぁ――彼女たちから抜けたいってことだったので、了承したんですけど」
「……」
俺のことは嫌いなのかもしれないが、ここは役所で、仕事はベルトコンベアのように流さなくてはならないだろう。
そこに私情を挟むことは許されない。
「センセ、せっかくだから仮免許にしてみたらどうですか?」
「それにすると、なにかあるんですか?」
「ひょっとすると、センセにも冒険者の素質があるかもしれませんよ」
「本当ですか?」
「もしかして、魔法が使えるようになるかもしれませんよ? 面白そうじゃありませんか?」
「た、たしかに!」
センセの目が輝く。
彼女も乗り気なので、窓口のお姉さんの白い目もなんのその――冒険者の仮免許を発行してもらう。
俺はセンセと2人で、ダンジョンの入口へと向かった。