44話 秘密の横穴へ
俺たちは、地上への帰還中に、ダンジョンの中で温泉を見つけた。
魔導師であるカオルコが消耗していることもあり、一泊することに。
お湯に浸かっていると、ハーピーが飛んできた。
途中、壁を壊したり、ドアをアイテムBOXに収納してイベントを突破したりと、色々とインチキをした。
正規ルートを進んでいるのかちょっと心配していたが、彼女がやってきたということは、このルートは間違っていない。
この先は地上に繋がっており、俺の心配も杞憂だったということだ。
ハーピーは湯気の向こうからやってきたので、脱出ルートがあるかもしれない。
お湯の中を進むと、崖の上にショートカットできるかもしれない通路を発見した。
高さ1mぐらいなので、なんとか人間も進めるようだ。
ハシゴを設置したので、一泊したあとに、ここからの脱出を試みることになるだろう。
俺は姫たちの所に戻った。
「ダーリン!」
「崖の上に通路を見つけたよ。多分、この迷路をショートカットできると思う」
「さすが、ダーリン!」
「いやいや、全部ハーピーのおかげだよ」
「そんなことはない! 全部、ダーリンのおかげだ!」
彼女は、どうしてもハーピーのことは認めたくないようだ。
「それで、ハシゴを設置してきたので、そこから脱出を試みようと思うんだが……どうかな?」
「無論だ!」
「カオルコはどう?」
「ええ、私も早く地上に戻りたいですから」
「しかしなぁ――中がどうなっているのか、解らないんだぞ?」
「その畜生が通っているということは問題ないのだろ?」
「魔物は魔物を攻撃しないようだし……」
「ギャ!」
魔物の死体があっても、共食いをしている様子はない。
ハーピーに食べ物をやると食うので、食欲がないわけではないと思う。
「魔物ってのは、腹が減らないんだろうか?」
「魔物を解体しても、お腹から内容物が出てくることはあまりないと聞きます」
カオルコも、そこら辺は気になって調べたりしているようだ。
「それでも活動しているということは――なんらかのエネルギー源があると」
「それが魔石であり、ダンジョンからの力をエネルギーに変換しているのではないかと……」
一応、そういう研究も行われているらしい。
ダンジョンと魔石からエネルギーを受けているなら、ハーピーが食事をしなくても飛び回れる理屈も納得できる。
それにハーピーは人の食い物を奪う習性があるみたいなので、他の魔物とちょっと違うのかもな。
もしかして飯を食わせればテイムできるのか?
それとも、この個体だけが特殊なのか?
そこまでは解らない。
「なるほど、それなら魔物には身体に見合った魔石があるのにも納得できる」
「ダンジョンに長くいると、人間の身体にも魔石ができて、魔物化するみたいな話もあるぞ?」
姫の話は聞いたことがあるが、そういう事例があるのだろうか?
「それは、都市伝説ってやつだろ?」
「しかし、グールなどで冒険者が魔物化するのは確認されているだろう?」
「ああ、俺も映像で撮ったことがある」
「え? 映像?! ダンジョンの外にグールがいたのか?」
通常ではダンジョン内の撮影は不可能だからな。
「アイテムBOXのバグをついて、ダンジョン内をカメラで撮影できるんだよ」
「そうなのか?!」
「ええ?! ――それじゃ、いままでの私たちの戦闘も?」
「ああ、あちこちで撮影してたが、動画サイトにアップするときには、ちゃんとカットしたりするよ」
「カオルコは知らんが、私はその必要はないぞ?」
「ビキニアーマーでもいいのかい?」
「今までも戦闘中に見られているし、写真集は出しているし、いまさらだな」
「相変わらず、男前だなぁ……」
「……」
姫は問題なさそうだが、カオルコはちょっと恥ずかしそうである。
まぁ、乳暖簾はどうかなぁ……。
さすがに、人前に出すのはちょっと可哀想な感じが。
俺でもそう思う。
「大丈夫だよ、カオルコが出るところは、カットするから。まぁ、珍しい魔物が映ってるだけでも、アクセス数は稼げるし」
「ありがとうございます」
俺の動画の件は、そこらへんにして、ショートカット通路の話になった。
「ダーリン、その通路の大きさはどのぐらいなのだ?」
「高さ1mぐらいなので、しゃがめば大丈夫だと思うが――中が極端に狭くなっているとかそういう場所もあるかもしれん」
「それでも、この迷宮の中をさまようよりは、時間を節約できるのではないか?」
「そうだな」
明日への展望が見えたし、身体も温まった。
食事にすることにした。
もう、昼飯なのか晩飯なのか解らん。
寝て起きても、朝なのかも解らないし。
アイテムBOXの中に入っていたドラゴンの肉を使う。
こいつは中々美味かったからな。
カオルコの魔法で鍋を加熱して、スープを作る。
これだけの湿気の中だと、ファイヤーボールも消えるのではなかろうか。
温泉のお湯を使うのは怖いので、アイテムBOXにあった飲料水を使った。
野菜は、アイテムBOXに入ってた芋だ。
自分で作っていた芋も、毎回食い切れなくて配ったりしていたが、ダンジョン特区にやってきてからは、減りまくりだな。
あとは、パンにした。
「アイテムBOXに備蓄していたパンの残りも少なくなってきた」
「肉なら山程あるだろう。飢えることはないはず」
姫が肉を頬張っている。
「まぁ、芋も沢山あるから、あとは肉と芋を食いまくるしかないぞ」
「多分、この階層を抜ければ、知っている階層に近い所まで行けるのではなかろうか」
「サクラコ様のおっしゃるとおりかと……」
カオルコが頷いた。
「ギャ!」
ハーピーを抱いて、パンを食わせてやる。
「む!」
なにを思ったか、姫がバスタオルを取ると裸で体当たりしてきた。
「おわ!」
「ギャ!」
ハーピーが驚いて、バサバサと飛び立つ。
「なんだ?」
「あ~ん!」
彼女が口を開けている。
「……」
「あ~ん!」
「はいはい」
パンを千切ると、姫の口に入れてあげる。
「はぐはぐ」
「ギャ! ギャッ!!」
餌場を追われたハーピーが抗議をしているのだが、これはまぁ当然かもな。
「うるさい!」
「……」
ハーピーと姫の喧嘩を、カオルコが白い目をして眺めている。
「ふん!」
彼女が俺の上から降りないので、結局、お腹いっぱいになるまで食わせてあげた。
まぁ、いいけどな。
身体を抱いても触ってもなにも言わないし――俺もいい思いができるし。
腹いっぱいになったので、エアマットを敷いて、寝る。
長時間ここにいるが、魔物が湧く気配もない。
やっぱり、ここは安地のようだ。
湿気がすごいので、裸で寝ないと駄目なのが玉に瑕だが。
服を着てても、風呂の中で服を着ているようなものだしな。
温かい白い霧の中、湿った空気が全てを包み込むように広がっていた。
その中に、3人と1匹が互いに寄り添い、まるで一つの塊のように固まって眠る。
薄暗い霧の中では白いヴェールが静かに俺たちの存在を隠し、外からは見えないだろう。
3人は重なり合うようにして横たわり、それぞれの体温を感じながら眠りについた。
俺の上には、ハーピーが丸くなって寝ている。
柔らかな羽根が霧を弾き、冷たい水滴となって俺の上に落ちる。
俺はバスタオルを出して腹の上に敷くと、その上にハーピーを乗せた。
霧が全てを包み込み、音も匂いも全てを吸い込んでしまったかのような静寂の中で、俺たちは安らぎのひとときを過ごした。
この静かな瞬間が、俺たちにとって何よりも貴重な休息となる。
――白い霧の中で眠った次の日。
本当に次の日なのか解らないが、とにかく次の日になった。
皆で集まって、芋とカレーを食う。
「あ~ん!」
俺の膝の上に裸で姫が口を開けている。
どうやら、この位置がデフォになってしまったようだ。
「ギャ! ギャ!」
定位置を取られたハーピーが怒っているのだが、姫に敵うはずがない。
そんな食事をしているうちに、パンはついに品切れになってしまった。
芋を煮てから潰して焼けば、餅のようになるし、コメの備蓄はまだある。
ご飯を炊くのは少々面倒だが、広い安全地帯があれば、それもできるだろう。
その前に、鉄道が通っている階層に到達できれば、すぐに地上に戻ることができるし。
「ふう……俺の勘だと、あと数日の我慢だな」
「私もそう思うし、この先、敵はどんどん弱くなるしな。私とダーリンがいれば、ものの数ではないし」
「多分な――カオルコ、魔力の回復は?」
「すごいです! 満タンですよ」
「魔力って、通常も一晩で回復するのかい?」
「あんな感じに魔力切れになると2晩はかかるのが普通です」
「それじゃ――」
俺は湯気が立ちのぼる、湯面を見た。
こいつには、もしかして魔力の回復効果があるのかもしれない。
「あの凄い魔法を使うような敵はもう出ないだろうしなぁ」
「そうですね。浅い階層でドラゴンなどは出ないでしょうし」
「迷宮教団のあの女が出たら、有無を言わず、ぶっ放してほしい」
「そのとおりだ! 私たちを、こんな目に遭わせた償いをしてもらわんことにはな! 腹の虫がおさまらない!」
「そんな格好で、そういうことを言われても……」
カオルコは、姫が俺に抱っこされたままなのが気になるようだ。
「そう言ってあげるな。いきなり地底の底に飛ばされて、ドラゴンと戦ったりして怖かったんだよな」
彼女の頭をなでなでしてやる。
「うん……」
彼女が抱きついてきた。
半分冗談だったのだが、やっぱり彼女には相当なプレッシャーになっていたようだ。
「ほらほら、俺がいれば大丈夫だから」
「……」
姫がひっしと抱きついて離れない。
「カオルコも来る?」
「遠慮いたします」
「ははは」
「そ、それに――私は、ダイスケさんの背中のほうが……」
「ん?」
「ん! な、なんでもありません!」
飯は食ったし、一晩休んで体調は万全。
俺たちは、ショートカットを使うべく、お湯の中を進み始めた。
もちろん、みんな裸――というか、バスタオル一枚。
こういう場所があるなら、水着を用意するべきだろうな。
この迷路までダンジョンが攻略されれば、冒険者の装備に水着が必須になるに違いない。
「途中から、すごく深くなっているから、注意してくれ」
「承知した」
「ここでお風呂にすればよかったかもですね~」
「いや、足がつかないぐらいに深いから溺れるぞ」
「極端すぎるな」
姫の言うとおりだが、作った風呂じゃないからなぁ。
深くなっている場所までやってきたが、俺はあることを思いついた。
せっかく深くなっているんだ。
タンクを全部沈めて、満タンにしたい。
タンクが、お湯で満たされれば、全部で100トン。
通常じゃ持ち運びなんてできる重さじゃないが、アイテムBOXなら関係ない。
俺はお湯にタンクを沈めて、満タンにしてからアイテムBOXに収納した。
水は色々と使い道があるからな。
姫の風呂にも使えるし。
それに――さっきのカオルコの話からすると、このお湯には魔力の回復効果があるっぽい。
これは利用できる。
「あの~ダイスケさん、ここからどうやって進むのでしょう?」
「エアマットを浮かべるんだよ」
タンクを出してもいいけどな。
動かすのが大変だ。
「なるほど! エアマットをイカダにするわけだな!」
「そのとおり」
2人をエアマットに乗せると、俺はお湯に飛び込んでバタ足で押すことにした。
プールのビート板みたいな感じだ。
目の前に美女のお尻が2つもある、超贅沢なビート板だが。
「ギャ! ギャ!」
白い霧の中から、ハーピーの鳴き声が聞こえる。
彼女は崖の上にいるだろうから、あの声がする方向に進めば間違いない。
そのうち、ヒカリゴケに包まれた黒い崖が見えてきた。
「ほら、ここだ」
「あ、ダイスケさんのハシゴがありますよ」
「なんとか設置できたから、あれを使ってくれ」
「はい」
彼女たちを崖に渡し、俺もお湯から這い上がった。
俺は素っ裸なので、カオルコが後ろを向いている。
泳いだらタオルなんて脱げちゃうから仕方ない。
服を着たまま泳いだりもできないしな。
「収納」
エアマットをアイテムBOXに戻した。
「よし! いよいよ脱出だな」
姫が拳と掌をパチンと胸の前で打ち合わせた。
「ここだと濡れるから、上で着替えたほうがいいだろう」
俺のアイテムBOXに入っていた、2人の装備をカオルコに渡す。
彼女もアイテムBOXを持っているので、渡された装備をその中に一旦収納した。
「うむ! よし! カオルコ! 行け!」
「ええ?! 私が最初ですか?!」
「私が下で押さえているからな」
「まぁ、俺たちなら落下したとしても、なんとかなるし」
「ダーリンの言うとおりだ」
「あ、あの……で、でも」
彼女が手で股間を隠している。
「上は見ないから大丈夫だよ」
「私とダーリンしかいないのに、なにを恥ずかしがっている。今はそんな場合ではないぞ?!」
「そ、それは解ってますけどぉ……」
まぁ、女性ならそういうのが気になるのかもしれない。
逆に姫は、男前すぎだ。
今も俺の前で、素っ裸のまま仁王立ちだし。
「うう……」
姫に急かされて、カオルコがハシゴを上り始めた。
「ぎゃぁ!」
俺たちの前にバスタオルが上から落ちてきた。
バスタオルを巻いていたのだが、動いたので途中で外れてしまったようだ。
そりゃそうだ。
「そのまま上まで行け!」
「大丈夫、見てないよ」
「あ~ん!」
可哀想だが、とりあえず脱出するのが最優先だ。
押さえていたハシゴの反応がなくなった。
どうやら上まで登りきったようだ。
「よし、次は姫だな」
「承知した!」
彼女はカオルコとは違い、隠すわけでもなく、飛ぶようにしてあっという間にハシゴを駆け上がった。
つ~か、ハシゴがなくてもこのぐらいなら、ジャンプできるかもしれない。
「お~い、着替えが終わったら、呼んでくれ」
「そんなことをせずとも、上ってきてもいいぞ?」
「ぎゃ~! 止めてください!」
カオルコが必死に止めているし、俺も無理をして上るつもりもない。
しばらくすると着替えが終わったようなので、俺もハシゴを上って、彼女たちと合流。
上では、装備をつけた2人が待っていた。
なんだか久々のような気がする、ビキニアーマーと乳暖簾だ。
俺はハシゴを回収すると、アイテムBOXから自分の装備を出して、早速着替える。
湿度が高いので、ジメジメした感じ。
ちょっと動いただけで汗をかきそうだ。
「どうだ? 普通に通れそうな穴だろ?」
「うむ! もっと這って進むような穴を想像していたが、これなら問題ないのではないか?」
「この穴が、ずっとこの大きさならいいんだがなぁ」
「あの畜生が通れるスペースは間違いなくあるんだろう」
姫がハーピーを指した。
「まぁ、たしかに」
ここで悩んでいても仕方ない。
湿気が多いから、ドンドン濡れるし。
「光よ!」
魔導師が唱えた魔法の明かりが、真っ暗な横穴を照らし出した。
「ギャ」
真っ先にハーピーが穴に入る。
「俺が先頭を務めるよ」
ハーピーに続いて細く長い暗い穴に入ると、最初に感じるのは湿気とひんやりとした空気。
一歩一歩慎重に進む。
洞窟内は薄暗く、魔法の明かりだけが唯一の光源。
周りが岩肌ばかりなので、面白くもなんともない景色かと思いきや、光が壁に反射して、千差万別の異様な影を作り出す。
進むにつれて洞窟はさらに狭くなり、しゃがんで歩くことが難しくなる。
手をつき、体を低くして這いながら前進した。
手と膝を使って地面に体を押し付け、ゆっくりと進むしかない。
岩の表面は冷たく、手のひらや膝に硬さが伝わる。
進むたびに装備が岩に擦れ、洞窟の湿気が体に染み込んできた。
這いながら進むと、前方にわずかな広がりが見える。
ここで一息つくことができるが、周囲の暗闇は依然として不気味。
耳を澄ますと、水滴が岩に当たる音がかすかに聞こえ、洞窟内の静寂が一層強調される。
先に進むべきかどうか、一瞬迷うが、ここまで来たら行くしかない。
「ちょっとまった!」
「なんだ、ダーリン!」
「前方になにかいる――多分、スライムだな」
半透明のなにかが、穴の半分ほどを塞いでいた。
ハーピーはもう先に行ってしまっているので、やはり魔物同士は不干渉なのか。
「大丈夫ですか?」
後ろからカオルコの声が聞こえる。
「こんな深い場所にいるから、スライムでも強バージョンかもしれないが……」
「スーパースライムとかウルトラスライムとか……」
「解らんが――俺がやる」
スライムの核をやるなら尖っている得物のほうがいいだろう。
アイテムBOXから、いつぞやリザードマンから分捕った剣を取り出すと、近づく。
「ダーリン!」
「大丈夫だ! おりゃぁ!」
気合一閃! レベルがかなり上がっているので、目もいいし、集中すれば感覚も研ぎ澄まされる。
一発で、スライムの核を破壊。
「うっ?!」
スライムが破裂すると、穴の中に刺激臭が充満した。
「ゴホッ! ゴホッ!」
姫が咳き込む。
「なんだこりゃ、酸か?!」
「あ、アシッドスライムってやつでしょうか?」
「そうかもしれん」
通路の中にも酸が広がってしまった。
かといって、倒さないと前に進めない。
中々に厄介だ。
「ダーリン、どうする?!」
「岩が溶けているようだから、結構強い酸だな…………そうだ」
俺はアイテムBOXから、アルミハシゴを取り出した。
今回は、ハシゴが大活躍だな。
特注でもっと長いハシゴを作ってもらってもいいかもしれない。
アイテムBOXなら重さは関係ないしな。
スライムの死骸の上にハシゴを置いて、その上を皆で渡る。
ハシゴの素材はアルミなので、少々溶けるかもしれないが、皮膚が溶けるよりはマシだ。
岩が溶けて、ジュワジュワと泡を立てている。
多少のガスが出ても、高レベル冒険者の俺たちなら大丈夫だろう。
症状が酷いようなら、回復薬もある。
皆で橋の上を渡り切った。
「ふう――よし! 収納!」
ハシゴをアイテムBOXに戻す。
まだまだ活躍してもらわないと。
「ダーリン、怪我は?」
「問題ない――君たちは?」
「大丈夫だ」「大丈夫です」
俺の装備は若干溶けたようだが、2人の装備はなんともない。
さすがダンジョンからのドロップ品だ。
魔物からの攻撃に耐性があるというのは、こういうことなのだろう。
「まいったな――この先にもまだこんなのがいるのか?」
「そもそも、このような穴もなにかの魔物が作ったのかもしれません」
「ああ、ゲームやフィクションだとロックワームとか、そういうのがいるなぁ」
「はい」
マジでそんなのがいるなら厄介だが、こっちは高レベル冒険者の3人パーティーだ。
勢いでなんとかなる――多分。
しばらく進む――なにごともないのだが、徐々に上りになっているのが気になる。
一息ついたところで、前方でなにか黒いものが動いたような気がした。
「なんかいるぞ!?」
「ダーリン!」
再び武器を出すと構えた。
相手がマジでロックワームなどなら、ミサイルのほうがいいかもしれない。
身構えていると、黒い波が俺たちの所にやってきた。
それは魔物なのか、それともただの――。
「む、虫!?」
「「ぎゃぁぁぁ!」」
女性たちの叫び声が響く。
「うわぁぁぁ!」
数え切れないぐらいの黒い虫が、あっという間に間合いを詰めて俺たちにまとわりついてきた。
「「ぎゃぁぁぁ!」」
さすがの姫も、虫は苦手のようだ。
「ひいいいいっ!」
どこからともなく、魔法の青い光が集まってきた。
カオルコの魔法だ。
「こんな場所で魔法は使うな!」
「きゃぁぁぁ!」
「く、くそ! ――そうだ!」
俺はアイテムBOXから、蜂用のスプレーを出した。
これも田舎から持ってきたものだ。
実家だと、ちょっと油断をすると蜂の巣ができるので、常備している。
相手が虫なのか、虫型の魔物なのか不明なのだが、これしかない。
あとは、一か八かでファイヤーボールでも使うか?
「くらえぇぇぇ!」
俺は、黄色いスプレーを辺りに噴射しまくった。
まずは、姫たちにたかっている虫に向けて白い霧を噴射する。
虫用のスプレーで効き目があるのか心配だったのだが、薬剤がかかった途端に、黒いうごめきがバタバタと落下し始めた。
「「きゃぁぁぁ!」」
「おらぁぁぁ!」
姫たちの身体から虫がいなくなったので、次は俺の身体だ。
全身にスプレーを噴きかける。
「「「ゴホッ! ゴホッ!」」」
3人で咳き込むが、全身を虫にたかられるよりは全然マシだ。
身体から追い払うと、穴の前方にいる黒い波にも全力噴射する。
薬剤が効いているのか、黒い波はひっくり返って、足をバタバタさせ始めた。
腹を見せている虫を見る――長い触角、黒くて腹に沢山の節が見える。
似ているが、Gではない。
こんな虫は見たことがないから、これもやはりダンジョンでポップしたものなのか?
手前から薬剤を噴射して、奥へと虫を追い立てる。
そのうちほぼ動くものがなくなり、俺たちは戦いに勝利したようだ。
「はぁ~」
俺がクソデカため息をつくと、姫が叫び始めた。
「うわぁぁぁぁん! もういやぁぁぁぁぁ! サクラコ、お家帰るぅぅぅぅ!」
彼女がペタン座りをして、子どものように泣き叫んでいる。
あ~、どうやら――あまりのショックに、姫が幼児退行してしまったようだ。




