43話 ダンジョン温泉
ダンジョンの深層に飛ばされて、現在地上に向けて帰還中。
ゲームみたいなダンジョンだが、イベントクリアしたら地上に戻れる――みたいなシステムはないようだ。
これが本当のゲームなら、クソゲー間違いなし。
せめての救いは、地獄の底で美女2人と知り合いになれたことか。
その美女2人とダンジョンを攻略しつつ、地上を目指している。
グリフォンらしき魔物をカオルコの魔法で倒したのだが、魔力切れを起こして彼女が倒れてしまった。
仕方なく彼女を背中に背負って、先に進む。
そこで俺たちを待っていたのは、湯気が立ち込めている広場だった。
「すごい湯気だな」
姫が目の前の湯気を手で払っている。
「先にお湯があるのかもしれない」
「お湯ならいいが、この湯気だと熱泉かもしれないぞ?」
「それはあるな」
とりあえず、前に進んでみることにした。
10mほど進むと、水面が見えてきた。
眼の前が真っ白なので、どのぐらいの広さがあるのかよく解らない。
カオルコを背負ったまましゃがむと、お湯のにおいを嗅ぐ。
刺激臭はないから、毒という感じではないようだ。
火山性のガスなら、卵が腐ったようなにおいがするだろうし。
ダンジョンの中に火山地帯ってあるのか?
まぁ、どこにつながっているか空間がネジ曲がっているダンジョンだし、溶岩やら火山性ガスがあってもおかしくないが。
温泉っぽいが、地上にあるような普通の温泉ではない。
指先をちょっとだけ浸けてみた。
「ダーリン!」
「大丈夫だ」
高レベル冒険者なら、ちょっとやけどしたぐらいではすぐに治ってしまう。
放射能も平気だというなら、有毒ガスにも耐性があるのではなかろうか?
ゲームでも、状態異常耐性という項目があるぐらいだしな。
指先は平気なので、手のひらを入れる――問題なし。
「おお、こりゃいいお湯だぞ、ははは」
手に刺激も感じないし、ただのお湯だと思われる。
俺の言葉に、姫もお湯の中に手を突っ込んだ。
「お湯だ! すごい!」
「ゲームなら、こういう場所は回復の泉とかになっているんだがなぁ」
アイテムBOXからエアマットを出すと、カオルコを寝かせた。
乳暖簾から出る下乳がすごい威力だが、魔法の力でめくれることはない。
「ダンジョンの攻略がここまで降りてきたら、ここは名所になるだろうな!」
突然の温泉に、姫が興奮している。
タンクに残っていた処理水で身体を洗うよりは、かなりマシだろう。
「ああ、多分。宿泊施設が出きて、ここはオアシスになるかも」
「はは、すばらしい! 私たちの名前が、ここにも残るぞ」
姫がくるくると踊っている。
「そうだな――それより、カオルコがこれだし、今日はここで一泊するか?」
「ダーリンの言うとおりにしよう。魔導師が復活しなければ、どうしようもできない」
このまま担いで戦闘などもできないしな。
カオルコの様子を見るが――大丈夫だな。
「しかし、カオルコの魔法はすごかったな」
「最初からあの魔法が使えていれば……」
姫が悔しそうにしているが、いきなり深層部に飛ばされるというイレギュラーなことをしているからな。
「でも、現状で一発しか撃てないとなると、使いどころが難しいぞ?」
「そうだな……」
ドラゴンに通用したとしても、そのあと魔導師を担いで移動しなければならなくなる。
人数が多ければ、彼女に後方に下がらせることも可能だろうが……今回は、仕方ない。
「悪いが――この湿気だ。服と装備を脱がせてもらうよ。姫はビキニだからいいだろうけど」
「ダーリンが脱ぐなら、私も脱ぐか」
「そりゃ、構わんけど、いいのかい?」
「帰ったら子作りするのだぞ! 裸ぐらいなんだ!」
「男前やなぁ」
――と、言いつつ、素っ裸はお互い気まずいので、アイテムBOXからバスタオルを出して、身体に巻くことにした。
俺は腰にタオルを巻いて股間だけ隠している。
まぁ、このぐらいならいいだろう。
「私は裸でも構わんのだが……」
「ははは、俺も本当はそうしたいところだがなぁ」
「ならばいいではないか!」
「いやほら! カオルコもいるだろ?」
「彼女も裸にさせればいい」
「そりゃ、本人が納得するならいいけど……でも、装備を着たままじゃちょっとまずいかもしれないな」
「ダーリン、バスタオルはまだあるか?」
「ああ」
姫にタオルを渡すと、カオルコを脱がし始めた。
とりあえず後ろを向く。
それより、眼の前のお湯が気になるな……。
俺は片足をちょっとだけ浸けてみた。
じ~んという感じで、足が温まる。
刺激やら、足に異常は感じないようなので、片足を底まで降ろしてみた。
深さは太ももの辺りまで、そんなに深さはない。
寝転がれば浸かることも可能だろう。
それに、ここまで攻略が進めば、この底を深く加工して、完全な温泉にすることもできるのでは。
おお~ダンジョン温泉か~夢が広がるな。
若い冒険者の女の子たちが、温泉でキャッキャウフフしている光景が目に浮かぶ。
妄想という温泉に浸りながら、縁に腰を降ろして両足も浸けた。
しばらく足湯をして、問題なければ身体も浸けてみよう。
お湯に入った途端に、回復がかかるとか全回復――みたいなイベントはない模様。
ただのお湯っぽいが、こんな所でお湯に浸かれるだけありがたい。
飲むのは――多分だめだろうな。
飲料水としては駄目でも、洗浄用の水として利用価値がある。
「ふ~、ダンジョンの中とは思えんなぁ……姫、そっちはどうだい?」
「脱がし終わった。ダーリン、彼女の服をアイテムBOXに収納してくれないか?」
「了解」
お湯から出て彼女の所に向かうと、タオルを身体に巻いたカオルコが寝転がっていた。
タオルの上からも、デカい2つの膨らみが解る。
サナの胸もかなり大きいが、やっぱりこちらに軍配が上がるだろうな。
寝転がる魔導師の隣に畳まれていたドレスをアイテムBOXに収納した。
「寒くないだろうか?」
「天然のサウナのようなものだし、問題ない」
まぁ、俺も裸だが丁度いいぐらいだし、室内温度30度ぐらいだろうか。
「せっかくお湯があるしな」
タンクを出してお湯をゲットしたいので、奥に歩いてみる。
ちょっと歩いてみるが――先が見えない。
どうも嫌な予感がする。
このまま進むと、別の所につながるという、このダンジョン特有の冗談ではなかろうか?
あまり進むと元にもどれなくなるかもしれない。
タンクを出すだけの十分な広さがあるのを確認できたので、それでOKだ。
俺は、湯船の上にタンクを出した。
高レベルパワーでタンクを傾けると、処理水を湯船の外に捨てる。
裸でこんなことをやっているとギャグみたいだが、ところがどっこい真剣である。
お湯を入れるのは簡単だ。
バルブがあるところを湯船に沈めれば、勝手にお湯が流れ込む。
まぁ、湯船の深さしかお湯は入らないが。
お湯が入ったタンクをアイテムBOXに収納した。
これで持ち運び自由なのだが、よく考えるとこれはとんでもないことなのだが。
「相変わらず、ダーリンのアイテムBOXは、すごいスキルだな」
いつの間にか、後ろに姫がやって来て、俺のやることを見ていたようだ。
「こいつは、考えようによっては、とんでもないチートだからな」
「たとえば?」
「このタンクを使った小型の水力発電機を作ったとしよう」
「ふむ……」
アイテムBOXを使って、高い場所にタンクを持ち上げて、水を流す。
当然、水力発電で発電ができる。
落ちた水は、タンクに流し込んで再利用。
「労力は、俺が高い所に登った分だけ」
完全に、投入したエネルギー<<<<取り出したエネルギーになるわけだ。
一種の永久機関ともいえる。
彼女と話しながら、元の場所に戻ってきた。
「そう考えると、各国がアイテムBOX持ちを狙うのも解るな」
「カオルコは狙われたことはないのか?」
俺は会話しつつ湯船に浸かってみた――問題ない。
姫も一緒に浸かり、俺に抱きつく。
ダンジョンで遭難している場面じゃなかったら、最高のシチュエーションなんだがなぁ……。
「数回あったが、私が撃退した」
「まぁ――姫は超有名なトップランカーだからな。手を出すのは割に合わないと悟ったんだろう」
その代わり、俺が狙われることになったわけだが。
相手はランカーでもないし、普通のオッサン。
赤子の手をひねるも同然――などと思われていたのかもしれない。
「ダーリンは? 狙われたことはあったのか?」
「俺なんて、某国の特殊部隊と戦闘になったぞ。自衛隊と一緒に撃退した」
「え?! 軍隊?!」
「そうそう、ははは。こんなオッサン1人にご苦労なことだよ」
「しかし、捕まったりしたら、なにをされるか解らんな」
「アイテムBOXの秘密を探るために、人体実験とかされそうだよな」
「人権などが怪しい所だしな」
姫と話していると、カオルコが目を覚ましたようだ。
「うん……」
「カオルコ、大丈夫か?」
湯船から出た姫が彼女に駆け寄る。
「サクラコ様……え!? なんですか、その格好?!」
「私だけじゃなくて、お前もそうだぞ」
「え?! えええ?!」
自分が裸でバスタオル一枚だと、やっと気づいたようだ。
身体を起こすと、両手で胸の部分を隠し――周りをキョロキョロしている。
「ここは、ダンジョンで見つけた温泉地帯だ」
「温泉ですか?」
「ああ、いいお湯だぞ」
俺は手のひらでお湯をすくってみせた。
「ダンジョンの中にこんな場所があるなんて」
カオルコも驚いている。
「将来、ここまで攻略が進んだら、休息と宿泊のための一大拠点になるんじゃないかと、姫と話していたところだ」
「私もそう思います」
「身体は動くか?」
「……ちょっとつらいですが……」
カオルコが自分の身体を確認している。
「どうした?」
「あの装備をつけていると、ゆっくりですが、体力と魔力が回復するようでした」
「そうなのか?!」
「はい。魔法を使ったときに、完全に魔力が尽きてしまいましたが、今なら光よぐらいは……」
「それでは、あれを使うしかないな!」
まぁ、姫の言うとおりだろう。
「ううう……」
カオルコは踏ん切りがつかないようだが、HPとMPの自動回復する装備なんて、このダンジョンでは聞いたことがない。
ゲームでは見かけるがな。
「それはさておき」
「きゃあ!」
姫がカオルコをお姫様抱っこで抱えあげると、一緒に入って湯船に浸けた。
さすがに高レベル冒険者だ。
普通ならこんなことはできない。
「ああ……本当にお湯なんですね」
ちょっとビクビクしていたカオルコだが、普通のお湯だと解って安心したようだ。
お湯の感触を楽しんでいるように見える。
「そうなんだよ。一応、毒やら刺激やら確認したから大丈夫だと思うけど……」
「まぁ、多少のただれなどを起こしても、回復薬もありますし」
「それに俺たちは高レベル冒険者だしな」
「はい――あのこの湯気の向こうは?」
カオルコが白いカーテンの向こうを指した。
「少し進んでみたが――ヤバそうなので止めた」
「ああ、ダンジョンですからね」
「そういうこと」
まぁ、彼女たちも察してくれたようだ。
ここは物理法則がひん曲がっている空間だし、なにが起こってもおかしくない。
いきなり異世界につながっていた――とかな。
異世界にいっても、俺のアイテムBOXやらレベルがそのまま使えるなら、なんとかならんこともないと思うが……。
そんな都合のいいことがあるのか?
でもなぁ、いまさらネットもない所に行くのはなぁ……。
食い物にも苦労しそうだし……。
ありもしないことを心配しても仕方ない。
彼女たちと一緒に風呂を楽しむことにした。
足を伸ばして、全身をお湯につける。
少し寝そべらないと、全部浸からない――微妙な湯面だ。
これが商業の温泉なら設計ミスだろうが、天然だからしかたない。
探せば、深くなっている場所があるかもしれないが……。
「ふう~」
お湯に浸かっていると、俺の上に姫が乗ってきた。
「ちょっとお嬢様、いいのかい?」
「帰ったら子作りするのだろ? このぐらいはどうってことはない」
「叔父様と叔母様が見たら、卒倒するようなシーンですね」
一緒にお湯に浸かっているカオルコがこちらを見ている。
「親は関係ない!」
いいのかねぇ……まぁ、もう成人しているから、本人の自由だろうけど。
「それはいいけど、こんな浅いのに上に乗ったらお尻が出ちゃうだろ?」
実際、彼女の魅力的なヒップが湯面から出てしまっている。
「む~」
自分でもそう思ったのかもしれない。
彼女が俺の上から降りた。
急がなければならないのは解っているが、カオルコの魔力が回復しないことには、戦闘もできない。
俺たちは通常の攻略の逆を行っているから、ここからドンドン敵は弱くなるし、俺と姫がいればなんとかなりそうではある。
それでも、なにがあるのか解らんのが、このダンジョンだ。
迷宮教団のあの女は、ダンジョンの中を自由に移動できる能力を持っているかもしれない。
そうなると、再度やつとエンカウントする可能性もある。
やはり態勢は万全に越したことはない。
「ふ~」
お湯にギリギリまで沈んでみる。
実にいいお湯だが、こんなにゆったりしててもいいのかねぇ……。
ジタバタしても始まらないのだが……。
「……」
「ん?!」
「どうした、ダーリン?」
「いや、なにか聞こえたような……」
「……」
「なんだ? 気のせいか……?」
音が反響しているので、よく解らんが――なんだろう?
「……ギャ! ……」
「いや、聞こえるような気がする……もしかして、ハーピーの声か?!」
「あの、ハーピーか?」
「おそらく……またどこかに抜け道があるのかもしれない」
「確かに――あの畜生なら、ダーリンの声やにおいに反応するかもしれん」
どうも、姫はハーピーが嫌いのようだ。
「そんなに嫌わんでも……」
「ダーリンのにおいに反応していいのは、私だけだぞ!」
「そんな無茶な……ほい」
一応、戦闘準備をするために、アイテムBOXから武器を出した。
彼女に渡した武器は、先の戦闘でグリフォンからドロップした剣だ。
「お役に立ちませんで、申し訳ございません」
カオルコがしょんぼりしている。
「いやいや、凄い魔法だったよ。ちょっと燃費が悪いみたいだが」
「最初からあの魔法が使えればな! もっと違う展開もあったかもしれん」
3人で湯船から出ると、カオルコを囲むように戦闘態勢を取った。
みんなバスタオル一枚なので、ポロリするかもしれない。
装備をつければいいのだが、俺の勘では、あの鳴き声はハーピーだと思う。
「いくぞ?」
「うむ!」
「お~い!! 誰かいるのかぁ!!」
「……ギャ!」
「やっぱり、彼女の声だと思う」
「ち……」
姫が舌打ちしたように聞こえる。
「あのハーピーなら、また案内してもらえるんだよ?」
「解っている!」
「お~い! ハーピーか!?」
「……ギャ! ギャ!」
返答があったように聞こえるな。
「お~い! こっちだ! 解るか?!」
「ギャ! ギャ!」
「なんか、近づいてきている気がするぞ?」
「私にも聞こえました」
カオルコにも聞こえたようだ。
「お~い!」
その場でグルグルと回ってみる。
音が反響していて、どこから音が聞こえているのかよく解らん。
「ギャ!」
湯船の白い湯気の奥から、なにかが飛び出してきた。
「おわ!」
突然のできごとに、思わず武器を構えてしまったのだが――俺の前にやって来たのは、やはり彼女だった。
「やっぱり、お前か?!」
「ギャ!」
彼女が飛び上がって俺につかまろうとしたので、思わず避けた。
「待て待て! 俺は裸なんだぞ! 今、お前に止まられたら、爪で穴だらけになっちまう!」
いつもは防具などがあるから平気だが、今は素っ裸。
彼女の鋭い爪が食い込んだら、流血必至。
水に落っこちた彼女を抱きかかえた。
「ゴメンな~、でも裸なんでかんべんしてくれ」
「ギャ」
「ハーピーが湯船の向こうからやってきたってことは、抜け穴が繋がっているのか……」
「また、壁の上に穴が開いていて、そこからやって来たのかもしれないぞ?」
「姫の言うとおりかもしれないが、すくなくとも、湯気の向こうが異世界に繋がってなかったことは確かだ」
「たしかに……」
「それじゃ、ちょっと行ってみるか」
「もう、脱出するのか?」
「いや、カオルコが回復するまで待つが、この湯気の向こうがどうなっているのか、確認するだけだ」
「承知した」
多分、ここは安地だとは思うが、姫には魔力切れの魔導師の護衛のために残ってもらうことにした。
「ギャ」
ハーピーを抱えたまま、白い霧の中をお湯に浸かりながら歩いていく。
温泉といっても天然ではないのか、硫黄のにおいなどはないし、ヌルヌルすることもない。
ただのお湯だ。
「おわぁ!」
「ぎゃー!」
俺は、ハーピーと一緒にいきなりお湯の中に放り出された。
足元が突然なくなっていたのだ。
慌てて泳いで足のつく所まで戻る。
「ダーリン!」
湯気の向こうから姫の声がする。
「大丈夫だ! 突然深くなっててな!」
「気をつけてくれ!」
「わかった!」
さて――どうしたもんか。
どこまで続いているのか解らんのに、泳ぐわけにもいかない。
「ギャ!」
バシャバシャしているハーピーを抱え上げた。
水鳥ではないので、泳げないらしい。
「お前は飛べるからいいんだろうけどな~」
「ギャ」
しばし考える。
さすがに浮き輪なんて持ってきてないしなぁ。
タンクを浮かべるか?
あれなら沈みはしないだろうが、移動もできないぞ?
「う~ん、そうだ! エアマットを浮き輪代わりにできないか?」
海水浴でエアマットに浮かんでいるシーンを見たことがあるぞ。
俺はアイテムBOXからエアマットを出すと、その上に乗ってみた。
「だ、大丈夫そうだな……」
これならイカダの代わりになるだろう。
「ギャ!」
ハーピーといっしょにエアマットに乗ると、お湯の海に漕ぎ出した。
「本当に大丈夫なんだろうな? 気がついたら異世界とか勘弁だぞ?」
「ギャ」
彼女のナビで、真っ白の景色の中を進む。
真っ白というか、明かりがないので、俺の目には全面灰色にしか見えんけどな。
そのうち、水が落ちる音が聞こえてきた。
激しい流れか、滝のような音だ。
突然灰色の景色が黒くなり、一面が星空のようになった。
――ヒカリゴケに覆われた壁というか、崖だ。
「おい、どこに穴があるんだ?」
「ギャ!」
彼女がバサバサと飛び立つと、崖の上に留まる。
あそこに穴があるらしい。
高さは――結構あるな。
とりあえず、滝の脇を登ってみると、ハシゴが置けそうなスペースがある。
ここから登れないだろうか?
まずは足場を固めよう。
アイテムBOXから岩を取り出して足場を組む。
この岩は、色々と使い道があるな。
「ハシゴ召喚」
アイテムBOXからハシゴを取り出すと、伸ばして足場の上に置いてみた。
ちょっと不安定な気がするので、追加で岩を出して挟み込む。
これでがっちりとホールドされるだろう。
俺はハシゴを確認すると、上り始めた。
こいつは伸ばすと8mだから、作った足場を追加して10mほどの高さか。
「ギャ」
上でハーピーがこちらを見ている。
「よっしゃ!」
やっとたどり着いた場所は1畳ほどのスペース。
そこにぽっかりと横穴が開いている。
高さは1mほどだから、なんとか潜り込めそうだ。
ここからショートカットできるってわけだな。
ここはここで、大発見ということになるのではなかろうか?
なにしろ、ダンジョンをショートカットしていきなり温泉にやって来れるわけだし。
「しかし……」
この通路の中には、魔物は湧かないのだろうか?
ハーピーが無事に行き来できているということはその心配はないのか?
いや、魔物は魔物同士で、共食いはしないのかもしれないし……。
「ハーピーが潜り込んだショートカットは、途中で切れてたんだな」
そういえば、この温泉が中間地点だとすると、穴の反対側はどこにあるんだろうか?
「おい、ハーピー」
「ギャ」
「穴がもう一つあるだろ?」
「ぎゃ!」
彼女が足場から飛び立つと、そのまま上に向かい、崖の上に留まった。
俺のいる踊り場の反対側――さらに20mぐらい高い場所だ。
「ああ――その先が、俺たちが見た天井近い場所の穴につながっているのか」
「ギャ」
空を飛べると移動は自在だが、俺たちにはかなり大変なショートカットだな。
下を来て正解だったろうか?
ちょっと微妙だが……。
とりあえず、この通路は使えそうだ。
今日はここの温泉で一泊して英気を養い、ショートカットを使って、この迷路を脱出しよう。
俺は、ハシゴをそのままにすると、姫たちの所に戻った。
「お~い、姫!」
「ダーリン! 無事だったか?!」
「ああ、魔物などはいなかったよ。ショートカットに使えそうな、横穴を見つけた。人間でも通れるだろう」
「よし! これでまた地上に近づいたな!」
「よかったですね、サクラコ様」
「ああ、全部ダーリンのおかげだ」
「いやいや、全部ハーピーのおかげだよ」
「ギャ!」
俺の言葉を理解しているのか、彼女がちょっと得意げそうだ。
「……その畜生は、調子に乗っているのではないか?」
「彼女のおかげで助かっているのは事実なんだから、そういうことは言わないの」
「ギャ!」
「……」
実際、ハーピーがいなければ、俺たちはまだ深層でウロウロしていたかもしれないのだ。
「サクラコ様――子どもみたいなことを言うのは、恥ずかしいですから止めてください」
「カオルコはどっちの味方なのだ!」
「味方とかそういうのはどうでもいいんですよ」
「よくないだろ!」
姫はすねているのだが、この迷路から脱出する手がかりは掴んだ。
ちまちまとマッピングして、出口を探していたのでは、どのぐらいかかるのか解ったもんじゃない。
そもそも、この迷路がどのぐらい広いのかもわからないし。
無理をせず、それでいて急いで地上に戻らなければならない。