表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/112

41話 これって中ボスか?


 俺は、迷宮教団の女にダンジョンの深層に飛ばされて、そこで女性2人と知り合い地上を目指している。

 彼女たちも、迷宮教団の被害者だ。


 地上では、冒険者の行方不明者が続出していたから、それにも迷宮教団が絡んでいるのだろう。

 それだけではない。

 とあるギルドと組んで、迷宮に住み着いていた子どもたちにも被害を及ぼしている可能性がある。

 いや、可能性ではなく――俺が遭遇したあの場面からすると、確実だろう。


 奴らを告発するためにも、俺たちは地上に戻らなければならない。

 俺が迷宮教団とエンカウントする引き金になったレンのことや、連れ去られた子どもたちのことも気になるが――。

 今はどうしようもできない。


 今はひたすら、上を目指すしかない。


 数々の魔物を倒し、階層を隔てるダンジョンの壁を乗り越えてきた俺たちだが、再び大きな壁が立ちふさがった。

 俺たちが飛ばされてドラゴンとエンカウントした階層と、この階層はほぼつながっている。

 高い天井は共通で、地面が階段状になっているわけだ。


 だだっ広い空間が、ただひたすら広がっているダンジョン。

 これはこれで、自分たちが今どこにいるのか把握できず、攻略は困難を極めるだろう。


 俺たちだって一直線に地上に向かっているが、全部ハーピーのおかげだ。

 彼女がいなければ、脱出までなん日、なん週間、なんヶ月かかるか解らん。


 正攻法でやるとすれば、石碑やコンクリートの目印を置いて、徐々に攻略する感じだろうか。

 外から印を持ち込んでも、使っていないとダンジョンに吸収されてしまうし……。

 難儀な場所だよなぁ。


「ギャ!」

 ハーピーが、俺たちの眼の前にある壁の上に止まって鳴いている。

 壁が天井にまで到達しているように見えたのだが、隙間があるらしい。


 ここも攻略されておらず、ダンジョンとして整備されていない場所だ。

 整備されると、こういう場所が削られて階段やら坂道が作られるのだろう。


 機械は使えないから、人力か?

 いや、原発跡地で使われていたような、蒸気で動く重機が使われるのかもしれない。

 魔導師を集めれば、ボイラーの加熱には困らないしな。


 それにしても、いったいここがどこの階層なのか、未だに解らない。


「ん~、高さは15mぐらいか?」

「そうですね~」

「また、よじ登るか?」

「う~ん、このぐらいの崖なら、魔法で崩せない?」

 カオルコは、ドラゴン戦で、爆発系の魔法を使っていた。

 そいつを使って発破をかける。


 半分でも崩せれば、上るのがだいぶ楽になる。

 上がどうなっているのか解らんが。


「……多分……いけるかも……」

「よし、やってみようぜ。将来、ここがこの階層攻略の橋頭堡になるかもしれんし」

「キョウトウホってなんですか?」

 カオルコはこの単語を知らなかったらしい。

 軍事用語っぽいからな。


「攻略の砦みたいな意味だよ」

「あ、なるほど」

 俺のアイディアに乗って、崖を崩してみるらしい。

 派手な大魔法のシーンなので撮影する。


「お~い! ハーピー! 魔法を使うから、離れていろ!」

「ギャ!」

 俺の言葉が解ったのか、彼女が飛び立った。


「虚ろな――」

 彼女の詠唱が始まると、青い光が彼女の前に集まっていく。

 俺と姫は、アイテムBOXから出した岩陰に隠れた。


爆裂魔法(エクスプロージョン)!」

 暗闇を切り裂くように、凄まじい光が閃いた。

 魔力の青い閃光がオレンジ色の爆炎に姿を変える。

 轟音が耳をつんざき、崖の表面が一瞬にして赤熱し、無数の火花と共に砕け散った。

 崖が崩壊するその光景は、まるで天と地が引き裂かれるかのよう。


 炎の光に照らされて、巨大な岩塊が空中に舞い上がり、重力に引かれて急降下する様子がはっきりと見えた。

 岩塊は次々と地面に激突し、衝撃音が闇の静寂を打ち破る。

 岩が地面にぶつかるたびに、大地が震え、砂煙と土埃が舞い上がり、辺り一面が一瞬にして濃い霧のように覆われた。


 燃えさかる炎の光がダンジョンを染め、岩の天井に揺らめく影を描き出す。

 崖が崩壊したことで露わになった地面には、大小さまざまな岩塊が無造作に散乱し、その一つ一つが爆炎の余韻を感じさせる。


 その光景は、魔法の力がもたらした破壊の壮絶さを余すところなく伝えていた。

 俺はカメラを止めた。


「うひょ~、こんな魔法の威力でもドラゴンは仕留められないんだからなぁ」

「あのときは、カオルコの腹が減っていて全力ではなかったが、深層の敵は魔法に対する耐性を持っているようだ」

 姫が辺りを確認している。

 近くに冒険者がいたら、これが目印にならないだろうか?

 それとも、魔物が寄ってくるか?

 いや、ここは階層の境目だから、安全地帯だと思うのだが……。


「そんな敵でも、俺のミサイルは防げなかったようだな、ははは」

「普通はあんな武器は考えないからな」

 まぁ、ゲームやら物語に憧れがある冒険者なら、剣を使って一刀両断――みたいなシーンをやりたいんだろうけど……。

 俺はそういうのはまったくないからな。

 とにかく、魔物を倒して金を稼いで、早期引退――この考えは変わっていない。


 崖が魔法で崩れたことで、登りやすくなった。

 カオルコをお姫様だっこして、崩れた崖をクリアする。


 崖を上ると、また天井が高くなり、そのまま奥まで続いていた。


「ええ?!」

 崖を登って、しばらく進んだ俺たちを待っていたのは、立ちはだかる一面の壁。

 越えられるとかそんなレベルではない。

 高い天井まで、壁が埋まっている――40mぐらいか?


「もしかして、行き止まりなのか?!」

「そんな馬鹿な!?」

 姫が叫んだ。


「それとも、前の壁みたいに上に隙間が――」

「ダイスケさん!」

 カオルコが空を飛んでいるハーピーを指した。


「そうか――彼女が上からやって来たってことは――やっぱりどこかに抜け道がある」

「多分、そうだと思います」

「彼女に聞いたほうが早いか――お~い!」

「ギャ!」

 ハーピーは短く鳴くと、天井の隙間に消えていった。

 多分、天井付近に抜け穴があるのだろう。

 さっきと同じパターンだが、より高く、難易度も高い。


「ええええ?! まさか、あそこしか通り道がないとか?!」

「あそこまで登らないと駄目か?」

 姫が天井を見上げている。


「壁伝いにある穴なら、なんとかなるかもしれないが、空中は無理だぞ」

 ハーピーが消えた場所は、天井の真ん中辺りだ。

 そこにやぐらのような足場を組まないと、あそこには登れない。


「ダーリンのアイテムBOXに入っているものでも駄目か?」

「う~ん、デカいタンクはまだあるが――」

 いままでは、平積みしていたが、タンクの大きさは10m✕5m✕4mだから、縦に積めば1辺が10mだ。

 確かに4つ積めれば40mになるが……。


「縦に積めるか~?」

 横になら多少ズレても積み木のように積み上がるが、縦となるとかなりシビアだ。

 それに10mの上に重ねるとなると、タンクによじ登ってから、アイテムBOXを使わないと駄目。

 そんな状態で、シビアなコントロールができるだろうか?


「難しいのか?」

「ちょっとなぁ」

 試しに、タンクを縦に出すチャレンジをしてみた。

 普通に出すと横にしか出てこない。

 まぁ、収納したときにそうなっているからなんだが……。


 なん度か挑戦して、なんとか縦に出すことができた。

 白いタンクが直立している。

 横にしても10個か――積めるか?


「高いな!」

「こいつの上に、同じものを重ねないと駄目なんだが、できる気がしない」

「なるほどな……こいつを登って40m……いくら高レベル冒険者とはいえ、崩れたり落ちたりしたらタダでは済まんな」

 姫が腕組をして頷いた。


「それなら、入口を探したほうが早いかもしれません」

「カオルコの言うとおりだ。タンクの積み木は、最後の手段ということで」

「承知した」

 3人で壁の前にやって来た。


「さて、どうする?」

「よし! とりあえず、カオルコの魔法で崩してみるか!?」

 姫はいきなりの力技を提案した。


「え~?」

「ダーリンは反対か?」

 まぁ、崖も魔法で崩したし、流れでこうなるか。


「反対ってわけじゃないんだが……」

「ならばいいだろう?」

「姫、もうちょっと考えたほうが……」

 カオルコも少々呆れ顔をしているから、俺の感覚も間違ってなかったか。


「考えているだろう!」

 そうかな? そうかも……。


 まぁ、崩してショートカットできれば、それに越したことはない。

 さっき大魔法を使ったカオルコだが、彼女も問題ないようだ。


「虚ろな……」

 彼女の詠唱が終わったあと、壁が閃光に包まれ、紅蓮の爆炎が巨大な平面の一部を崩した。


「ほら! 私の言ったとおり、崩れたじゃないか!」

 得意げに指す姫の言うとおり、そこには黒い穴があいていた。

 ちょっとかがめば、人が通れるぐらいの道。


光よ(ライト)

 カオルコに魔法の明かりを灯してもらい中を覗くと、真っ暗な通路が奥まで続いている。

 3人で顔を見合わせて、中に入ってみた。


 暗い穴の中を進み始めて10mほど――背筋が凍りつくような感覚が襲う。

 周囲を覆う漆黒の闇が、まるで生き物のように息を潜めている。

 耳を澄ますと、自分の心臓の鼓動がやけに大きく感じてきた。

 背中に冷たい汗がじわじわと広がり、細かい毛が逆立つ――空気が重く、湿っぽくて息苦しい。


 頭の中では、これ以上進むべきではないという警鐘が鳴り響いていた。

 洞窟の奥からかすかな風が吹きつけてきて、その冷たさがさらに恐怖を煽る。

 次第に背中を得たいの知れないものが這っているような感覚と、何かが近づいてくるような気配を感じる。

 俺は、思わず姫のほうを向いた。


「おかしくないか?」

「ダーリン?」

「魔法で適当に崩した所に、とってつけたような通路とか」

「確かにそうです」

 カオルコも違和感を覚えているようだ。


「このダンジョンで穴をあけても、隣に繋がるとは限らないだろ?」

「これはモグラたちが開けた穴のようなものだと?」

 モグラってのは、ダンジョンに穴をあけて通路を探したり、ほかの階層を見つけたりする連中のことだ。

 俺が迷宮教団と接触した、あの階層も彼らが発見した。


「確信があるわけじゃない――ここを進むと、元に戻ることすらできなくなるかもしれない」

「サクラコ様、止めましょう!」

「そ、そうだな……」

 話を聞いていて、姫もこの通路は不自然だと思ったに違いない。


 俺たちは引き返し、穴を出た。


「ふう」

 外に出ると、嫌な感じはなくなった。


「どうする? 二手に分かれて探すか?」

「そうだな」

「それじゃ、姫はカオルコと一緒で右側を」

「承知した」

「俺は左側な」

 アイテムBOXから、自転車を取り出した。


「あ! 自転車!」

 カオルコが俺の乗り物を指した。


「ここは安全地帯みたいだから、使っても大丈夫だろう。姫たちは使ってなかったのかい?」

「私たちは、列車で移動してました」

「おおう、さすがお金持ち、ははは」

 まぁ、元から大金持ちの2人だからな。

 魔物を倒して日銭を稼いでいるわけじゃないし。


 いや、嫌味なんて言っている場合じゃない。

 入口を探さないといかん。

 俺は自転車にまたがるとダッシュした。

 平地なので、簡単に時速60kmぐらいまで出る。

 障害物などは見当たらない。

 ここらへん一帯が安全地帯ということになるのだろうか?


 ここまでダンジョン攻略が進んだら、一大拠点になるかもしれないな。

 入口を探して右手を眺めつつ走っていると、すぐに壁が見えてきた。


「ここまでには入口らしきものはなかったか……ん?」

 行く手を阻む壁が、ダンジョンの側面とぶつかって途切れる所に穴が開いていた。

 こんな場所に入口があるのか?

 いや、普通は上から降りてくるから、ここが出口ってことになるのかな?


 ちょっと中を覗いてみる――真っ暗だ。

 これは魔法の明かりがいるだろう。


 俺は自転車に乗ると、引き返して2人の所に戻ることにした。

 魔法で開けた穴を通りすぎて進むと、壁の右端で姫たちが手を振って合図をしている。


「お~い!」

「入口があったぞ!」

 俺は姫の言葉に驚いた。


「え?! 俺のほうにもあったんだけど」

「ええ?!」

 俺の言葉にカオルコが驚いた顔をしている。


「それでは、両脇に入口があったということなのだろう」

 姫が腕組をして1人で納得しているようだ。


「そうなのかなぁ……中でつながっているとか」

「かもしれん」

 3人で、姫たちが見つけたという入口に向かう。


 どうも――俺が見つけたものと同じ形に見える。

 要は、壁の両端に入口というか出口があるのではなかろうか?

 多分、中でもつながっている?


 悩んでいても仕方ない。

 早速、中に入ってみることにした。


光よ!(ライト)

 カオルコの魔法で中が照らされ、入ってすぐに左に直角に曲がる。

 天井は高いが、いわゆる通路型のダンジョンで、ひたすらまっすぐ延びている。


「これってやっぱり、俺が見た反対側から伸びている通路と合流しているような」

「おそらく、そうだろう」

 通路型のダンジョンとなると、罠の警戒もしなくてはならない。

 アイテムBOXから出したメイスで、地面や壁を叩きながら進む。


 罠に警戒しながら慎重に進むと前方右側になにか見えてきた。

 幸い、この長い道はただの通路のようで、罠らしきものはなかったし、魔物ともエンカウントしなかった。

 もしかしてここも、安全地帯なのかもしれない。


「扉か?」

「扉っぽいな」

 さらに進むと、やはり巨大な扉が見えてきた。


「ほらぁ! サクラコ様! 外で崩した所が、中にないじゃないですか?!」

「やっぱり、あの穴はどこか他の場所につながっていたのかもしれないな」

 俺の言葉に姫が反論した。


「崩した場所が、ここじゃない可能性もある!」

「それじゃ、端まで歩いてみます?」

「ぐぬぬ……」

 姫がカオルコに押されている。


「まぁまぁ――とりあえず、眼の前に入口があるんだから、それはもういいだろ?」

「ダーリンの言うとおりだ」

「逃げましたね」


 とりあえず扉を押してみる。

 動く気配はない。


「おりゃぁぁ!」

「私も手伝う」

 姫と一緒にデカい扉を押す。

 高レベル冒険者2人で押して動かないとなると、普通の方法じゃ無理ってことではなかろうか?


「さて、どうやって開けたもんか」

「カオルコの魔法で吹き飛ばすか?」

「この通路でデカい魔法はマズくないか? 爆発に巻き込まれるかもしれないし、通路が崩壊するかもしれない」

「崩壊しても、扉は壊れるぞ?」

「そりゃそうだが……」

 いやいや、さっき魔法で崩した所を忘れたのか?


「姫、脳筋発言は控えたほうが。ダイスケさんの心象が悪くなりますよ」

 カオルコが、ひそひそ話をしている。

 まぁ、聞こえているが。


「どこが脳筋だ! まっとうな答えだろうが!」

「さっき、崩した壁もそうだったろ? ここを崩して別の場所に繋がったりしたら、もう元に戻る通路はないかもしれない」

「そ、それじゃ、どうする!?」

「う~ん」

 首をひねった俺だが、いいことを思いついた。


「力ずくじゃなくてもいいかもしれないぞ」

「ダーリンにいい考えがあると?」

「まぁ、前に思いついたんだが、試してなかった」

 俺はデカい扉の前に立って、手をついた。

 冷たい扉の感触が伝わってくる。


「収納!」

 目の前のデカい扉だけアイテムBOXに入れたのだ。

 以前、つり天井のトラップにひっかかったときに思いついたのだが、やっぱり成功した。

 これが、ダンジョンの壁と同一判定だったら無理だった。

 扉が消えた途端、眼の前が明るくなる。


「消えた!?」

「ダイスケさん、すごい!」

「扉だけアイテムBOXに入れたのか? それは力技じゃないのか?」

「まぁ、消えたからありなんだろ?」

「解らんぞ? また別の階層に繋がったかもしれん」

「姫の言うとおりなら、ここで詰んだことになるけど」

 多分、アイテムBOXから扉を出しても、元には戻らないと思うし。

 まぁ、ここが駄目ならハーピーが飛んで入った天井の穴を目指すしかないが。


 とりあえず、中を覗くと――明るい。

 明かりが灯っているようで、天井の高いホールになっていた。


 警戒しながら中に進んで、天井を見上げると、上にはなにか複雑な模様が見える。

 床も、石のタイルでできていて、なかなか凝った作りだ。

 こういうのもなにかの建築に利用できないもんかね。

 まぁ、ダンジョンから運び出すのが大変だが……。


 3人で周囲を確認しつつ、真ん中に進むと、反対側にも俺が消したのと似たような扉がある。


「これから察するに――通常はあっちを開けて入ってきて、ここで中ボス戦が始まったりして?」

「そして、戦いに勝利すると、ダーリンが消した扉が開くと――」

「私たちは、反対側からやってきてしまったから、イベントフラグが立ってないんですね?」

「ゲームみたいなダンジョンだから、そういうギミックがあってもおかしくないだろ?」

「た、たしかにそうだが……」

 姫が訝しげな顔をしている。


「それにここは、嫌な感じがしない」

「そ、そうですよ! それです」


 なにも起こらない場所にいても仕方ない。

 俺たちは反対の扉に向かった。

 こいつもアイテムBOXに入れればいい。


「収納」

 眼の前から巨大な扉が消えた。

 その先には真っ暗な迷路型のダンジョン。

 これぞダンジョンって感じのダンジョンだ。


「うわぁ――これは抜けるのに、骨が折れそうですねぇ……」

 カオルコがうんざりした顔をしている。


「姫、このダンジョンに見覚えは?」

「ない」

「そうか――地上は、まだ遠いな……」

「そうですねぇ」

 3人で部屋を出たのだが、なにを思ったか、姫が引き返した。


「姫?」

「それでは――ここから中に入るとどうなるんだ?」

「ちょっとちょっと、ちょっと!」

 止めようとしたらホールの中が光り、白い霧が舞い始める。

 俺は慌ててカメラの用意をした。

 それが中央部分に集まり、竜巻のようにグルグルと回転して、なにかの形になる。


 赤く目が光る髑髏――金糸で刺繍され、宝石で飾りつけられている青いローブ。

 俺たちに向かって手を伸ばすが、そこには肉はなく、骨が顕わになっている。


「これはアンデッドだな?! え~と――」

 姫が魔物を見上げている。


「おそらく、リッチとか、ノーライフキングと言われる魔物です!」

 カオルコが魔物の正体を知っているようだな。


「ノーライフキングは長いから、リッチにしよう」

「はい」

「私がイベントエリアに引き返したので、通常のイベントが起きたのか」

「2人で考察してる場合か!」

 俺は、姫を抱きかかえると、ホールの外に出た。

 通常なら、入った途端に扉が閉じて閉じ込められるというパターンだろうが、あいにくその障壁は俺がアイテムBOXに収納してしまった。

 今は、逃げ放題だ。


「コォォォ!」

 これは、アンデッドの声か、鳴き声か。

 高い音が、ホールの中に反響している。


 逃げた俺たちを、魔物が追ってきたのだが、扉のあった所で止まってしまった。

 攻撃してくるでもなし、そのまま停止している。


「あ!? これはもしかして――そのホールから出られないとか?」

「チャンスじゃないか! ここから攻撃し放題ということにならないか?」

 姫はやる気だ。


「近接攻撃は危ないから、カオルコの魔法はどう?」

 俺の提案にカオルコが乗ってくれた。


「行きます! 光弾よ! 我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 彼女の前に集まった青い光が、輝く複数の槍になり、敵に向かって打ち出された。


「コォォォ!」

 そのまま魔物のローブに命中したのだが、四散してしまいダメージが入っているようには見えない。


「駄目か? あの青いローブが魔法を防いでいるとか?」

「ありえる……」

「僧侶系の魔法があればいいんですけど」

 ゲームっぽいダンジョンだが、僧侶系の魔法が発現している冒険者ってのは聞いたことがない。


「ターンアンデッドとか? そういえば、アンデッドって回復魔法が攻撃になるとかなんとか……」

「でも、私の回復魔法は、それほど強力じゃありませんし……」

「それじゃ物理攻撃か?」

 姫と左右に分かれて、壁の近くから挟撃することにした。

 ゲームで、安地からチクチク敵を攻撃するみたいな感じだな。


「やぁぁぁ!」

 剣を持った姫の肢体が踊り、振りかぶった切っ先が敵に向かって振り下ろされた。


「ムォォォ!」

 剣によって、青いローブが切り裂かれた。

 やはり防げるのは魔法の攻撃だけのようだ。


「お? なんか違う反応だぞ? 効いているのか?」

 彼女が剣を構え直した。


「ローブが切れて、怒っているだけに見えるが……」

 俺の言葉に姫が笑っている。


「これは決定打に欠けるな、ははは――さっきも話に出たように、本来は僧侶系の魔法を使って攻略するのだろう」

「それがないから、やっぱり力押しで――いや、待てよ」

 回復魔法がダメージになるなら、回復薬ポーションでもダメージ入らんか?


 俺はアイテムBOXから、タンクを取り出すと、その上に乗った。

 これは上から見下ろして、地の利を得たわけだ。


「ダーリン、どうするんだ?!」

「まぁ、見てろ!」

 俺は回復薬ポーションを取り出すと、一緒に出した投石器にセットした。

 グルグルと回すと、狙いを定める。


「狙いは、リッチの頭!」

 露出していて、確実にダメージが入りそうなのは、髑髏だ。


「おりゃぁぁ!」

 投石器から離れた回復薬ポーションが、時速数百キロでリッチの頭蓋に直撃した。

 打撃の威力もそうだが、薬の容器が割れて中身が飛び散る。


「ギャァァ!」

 まとわりつく薬で、身体から白い煙が上がっている。


「効いてる! 効いてる! 次! おりゃぁぁ!」

 これを、数十回繰り返す。

 回復薬ポーションなら、腐るほどあるからな。


 次々と打ち込まれる回復薬ポーションの瓶に、リッチへのダメージは確実に累積している。

 威風堂々としていた魔物は、徐々にその場にへたり込み、へなへなになり始めた。

 これなら、もう倒したも同然だろう。

 こんなインチキで倒されて、ちょっと可哀想でもある。


「あの~、ダイスケさん……」

「なんだい? あ、そうか! カオルコに止めを刺させたほうがいいか」

「いや、そうではなくて、ちょっと試していただきたいことが……」

 彼女が小さく手を挙げている。


「ん? なんだい?」

「アイテムBOXには、生き物って入りませんよね?」

「ああ――あ! アンデッドって生き物じゃないから、アイテムBOXに入るのか?」

「私も試してみたのですが、成功しませんでした。容量が少ないせいかと思いまして……」

「なるほど、ちょっと試してみるか~」

「成功すれば、アンデッド戦はかなり楽になると思います」

「そのとおりだよなぁ」

「お手数をおかけいたします」

 面白そうだし、俺も試してみることにした。


 床にへたり込んでいるリッチに向かって叫ぶ。


「収納!」


 眼の前から魔物が消えた!

 俺たちの考えは間違っていなかったようだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ