37話 焼き肉パーティ
転移魔法なのか、それともトラップなのか。
レンの行方を追って、迷宮教団の女に接触したのだが、俺はダンジョンのかなり下の層に飛ばされてしまったようだ。
なぜそれが解るのかといえば、ドラゴンのような巨大な魔物の存在だ。
こんなデカい魔物がいるのは、かなりの深層ということになるだろう。
役所で配られているガイドブックには、中層までしか載ってなかったし、ネットにも深層の情報はほぼなかった。
それも信用できるのかも怪しいが、6層までは情報があるようだ。
到達している冒険者が少ないのと、ダンジョンの踏破を狙っているガチ勢は、自分たちのデータを秘匿している。
そんな深層なのだが――正直、ここに飛ばされた他の連中が生き残っているとは思っておらず、孤軍奮闘してどうやってここから脱出しようかと考えていた。
悩んでいると、なに者かが戦闘している音が聞こえてくる。
俺がそこに駆けつけると、眼の前に現れたのは――巨大なドラゴンと対峙しているビキニ鎧の美女。
有名なトップランカーの女性だった。
俺は助太刀に加わり、ドラゴンを倒してほっとしていると、駆け寄ってきたビキニアーマーに押し倒された。
「あなた! 子作りに興味ないか?!」
「ハァ?!」
彼女の美しく柔らかな髪が、そよ風のように優雅に俺の顔をなでた。
切れ長で宝石のような目が俺の顔に近づいてくる。
それと一緒に刺激的な香りが漂ってくるのだが、それが彼女の体臭だと気がついた。
「子作りだよ! 子作り――にゃぁっ!」
彼女が奇声を上げて、突然飛び上がった。
「姫――男性を押し倒して、いきなりそれはないでしょう?」
やって来たのは、魔導師の女性だ。
金糸の刺繍が施された緑色のローブ。
大きな胸が強調された緑色のロングワンピース――スリットから太ももが覗いている。
胸の大きさなら、ウチのサナも負けてはいない。
いやいや、そんなオッサン思考はさておき、この彼女は、ビキニ鎧の女性とペアでトップランカーに載っていた方だ。
「カオルコ! なにをする!」
彼女がビキニ鎧のお尻を蹴っ飛ばしたようだ。
「なにって――初対面の殿方に抱きついて子種のおねだりをするなんて、淑女としてはしたないことを咎めただけですけど……」
「!」
魔導師にそう言われて自分のやっていたことに気がついたのだろう。
彼女が慌てて俺から離れた。
「それに姫は、興奮すると――」
「!」
彼女が顔を赤くして、脇を締めた。
それにしても、彼女は姫って呼ばれているんだ。
まぁ、確かに髪型は姫カットだし、姫騎士とかそんな感じである。
彼女の黒く長い髪は、真夜中の闇に溶け込むような深い色合いを持ち、光の中で微かな輝きを放っている。
その髪は滑らかで、顔立ちもまた神秘的で美しい。
瞳は星のような輝きを宿し、鼻筋は高く通り、唇は艷やか。
身にまとうビキニアーマーは、彼女の美しさを一層引き立てている。
鎧は赤く光沢のある素材で作られており、彼女のアスリートのような鍛えられた美しさを見事に強調していた。
彼女は美しさと力強さを兼ね備えた存在――その姿はまるで神話の中から抜け出した戦いの女神のよう。
「ああ……」
そんな美しき彼女だが、においが非常に特徴的だ。
「あ、あの――申し訳ない。私は、興奮したりすると、その――」
要は、隠された腋から、そのにおいが噴出しているわけだ。
「いやぁ、美人のにおいなら、それはもうご褒美みたいなものですよ、ははは」
「そ、そうなのか?」
「それに――相手のにおいがよいにおいと感じるときには、遺伝子的に相性がいい――なんて、話も聞きますしねぇ」
「!」
話を聞いた彼女が、また飛び込んできて俺を押し倒した。
「ちょ、ちょっと」
なにをするのかと思いきや、俺の首すじや腋を、クンカクンカしている。
美人なのだが、相当な変わり者じゃなかろうか?
「クンカクンカ――にゃぁっ!」
また彼女が飛び上がった。
「姫、まさか、そこで始めるつもりじゃないでしょうね?」
「やっちゃ駄目なのか?」
「当たり前でしょう? 今の状況を考えてください」
「それは――そうだが……」
「姫の奇天烈な行動に、殿方もドン引きしてますよ」
「まぁ、ビキニアーマーを着たこんな美人に乗られるなんて、いままでの人生で皆無だったから、これはこれで嬉しいのですが……なんで、いきなり子作りの話を?」
「よくぞ聞いてくれた!」
彼女が身体を起こし、得意げに胸を張った。
「いったい、どんな訳が……」
「私の興味は、高レベル冒険者同士で子どもを作ったら、いったいどうなるのか? ――だっ!」
「はぁ、なるほど――でも、そういう事例はあったみたいですし、研究もされていたと思いましたが……」
「私が言っているのは、本当の高レベル冒険者同士の話だ」
「それで私みたいなオッサンを? 高レベルというのも買い被りすぎじゃないですか?」
「なにを言う! ドラゴンをソロで屠るような男が低レベルだと言うのかい?」
「そちらの魔法による支援もありましたし」
「は! あんな小便みたいな爆裂魔法が?! 冗談はよしていただこう」
なんだか、上品なのか下品なのか、よく解らんお姫様だな。
「悪うございましたね……小便みたいな魔法で」
「カオルコは燃費が悪すぎるんだ! お前がほとんどの食料を食い尽くしたんだぞ!」
「だ、だって、魔法はカロリーを消費するんですよ……仕方ないじゃありませんか」
「おかげで――ぐぅ~」
ビキニアーマーの腹が鳴った。
「もしかして、食料がないんですか?」
「あ、そ、その、恥ずかしながら……」
「とりあえず、コレを食います?」
俺は、アイテムBOXから、カロリーバーを取り出した。
こいつは、非常用として箱単位で買ってあるからな。
芋もあるが、飲み物がないと喉に詰まる。
「やっぱり、アイテムBOXか!」
「そうです」
「それでは、役所の広報に載っていたアイテムBOX所持者というのは」
魔導師の女性は俺のことを知っていたようだ。
「それは私です」
「やはり!」
お姫様がカロリーバーを口に入れながら、頷く。
「そちらの魔導師さんも、アイテムBOX持ちだと、冒険者の特集で見たような」
「は、はいそうです。あまり入らないのですが……」
2人が、カロリーバーにかぶりついている。
「もしかして、腹が減って危機一髪だったとか?」
「そ、そにょまえに、モグモグ……ゴホゴホ!」
「姫、行儀が悪いですよ」
「こっちは、空腹で倒れる寸前だったんだぞ」
「そんなことを言われましても……」
「ああ、カロリーバーはたくさんありますから、慌てずに」
俺は、箱に入ったものを出した。
「あ、ありがたい! この礼は、きっと必ず果たす! 」
「いやぁ、その前にここを脱出して、地上に戻らないと」
「そうですよ!」
巨乳魔導師が叫んだ。
「その前に、聞きたいことが――いや、安全な場所を探しましょうか?」
「そうだな」
一息ついたので、3人で安全地帯を探す。
そういえば――ドラゴンを倒したというのに、レベルアップしないな。
裂け目に瓦礫を落として、事前にレベルアップしてしまったので、ちょっと経験値が足りなかったのかもしれない。
経験値なんて数値があるのかも解らんが……まぁ、なんらかの法則があるのは間違いない。
さて――安全地帯といってもな……上の階層に向かう通路があれば、そこが一番安地として確実なんだがな。
上層でも、その法則を使ってキャンプなどを設営しているし。
とりあえず、大きな柱を発見したので、そこにキャンプ地を作ることにした。
アイテムBOXに入っていた大きな岩を並べて壁を作る。
相手がドラゴンじゃ、こんなものは役に立たないだろうが、丸見えよりはいいだろう。
「天井がないですが、空を飛ぶ敵を見ましたか?」
「いいや」
「それじゃ、とりあえずここをキャンプ地にしましょうか」
「感謝する」
魔導師が出した魔法の明かりが浮かぶと、彼女たちに缶コーヒーを出した。
「ありがたい! こんなものが飲めるとは!」
お姫さんが、喜んでコーヒーを飲み干した。
「とりあえず、食料の量はありますが、種類は多くありません」
「とんでもない! この状況で贅沢など言っていられない!」
「そう言っていただくとありがたい」
「落ち着いたので、改めてお礼を言わせていただきたい。感謝する!」
「いえいえ、こちらとしても生き残っている方がいらして、よかったのですよ。ずっと1人で帰らないとだめかなぁ――と、思ってましたんで」
「地上に戻れたら、最大限のお礼はする! いや、今払ってもいい!」
「今?」
「ほら! この身体を好きにするがいい!」
そう言って彼女が、両手を使ってビキニアーマーの胸をアップした。
「ちょっと、ちょっと」
「私だけでは足りないか?! それじゃ、こちらも一緒につける!」
彼女が、隣にいる巨乳魔導師の胸を揉んだ。
「あの――この方っていつもこうなんですか?」
一応、魔導師の女性に質問をしてみた。
「そうではないのですが、姫の理想の男性というのが、自分より強い方――という条件だったので」
「ははぁ、なるほど……」
「先ほども言ったが、高レベル冒険者同士の子どもがどうなるか、興味はないか?!」
再び彼女が目の前に迫ってきた。
「興味がないわけではないのですが……」
「わ、私では駄目か……?」
俺から離れた女性が、ちょっとしょんぼりしている。
「そういうわけではないのですが――こんな若くて美人で強い女性に好かれたことがなかったので」
「それでは問題ないな!」
「まぁ、問題ないといえば、ないですけどね」
「よし! 決まりだ!」
「なにが決まったんだろう……」
「申し訳ありません……姫は、こうと決めたら絶対に引き下がらないので」
巨乳魔導師がペコリと頭を下げた。
まぁ、そんな感じがする。
「順番がバラバラですが、自己紹介がまだでしたね。私は、丹羽ダイスケです」
「うむ! 私は、八重樫サクラコ! こっちは、八重樫カオルコだ」
「八重樫姓ということは、八重樫グループとは……?」
「うむ! 実家だな!」
八重樫グループといえば――世界が静止する前、世界を裏から支配していたという超巨大コングロマリットだ。
世界が静止して、巨大な損失を出してグループは崩壊したが、日本での影響力はまだまだ大きい。
「カオルコです。よろしくお願いいたします」
「はい、よろしく――お二方、名字が同じですが、もしかして親戚かなにかですか?」
姉妹などではないだろうな。
「はい、そうです」
「ははぁ、なるほど~」
姫は切れ長、魔導師はタレ目なので、胸の大きさも全然違うが、顔の輪郭や雰囲気などは似ている気がする。
「あの~丹羽さん、どうお呼びしたらよろしいでしょうか?」
「ギルドのメンバーからはダイスケと呼ばれていたので、ダイスケで構いませんが」
「それでは、ダイスケさんで」
「わかりました」
「それでは、私はダーリンで!」
腕組をしたビキニアーマーがふんぞり返って答えた。
「ええ?! 本気で?」
昔のアニメであった、だっちゃ星人かよ。
「無論だ! むしろ、ダーリンしかありえん!」
「いやまぁ、構いませんが……」
「それだ!」
彼女が俺を指した。
「え? どれ?」
「つき合うときまったというのに、堅苦しすぎる!」
「もっと、砕けた感じで?」
「うむ!」
彼女が腕組をして、胸を張る。
「それじゃ、呼び方はサクラコでいいのか?」
「無論!」
「よし、それじゃサクラコ!」
「なんだ?!」
「キスをしよう」
「……は!?」
戸惑っている彼女を抱き寄せた。
「さっきまで、子作りがどうのと言っていたんだから、キスぐらいいいだろ?」
「ちょ、ちょっと……まって」
彼女の顔が真っ赤で、耳まで真っ赤。
同時に彼女から刺激的なにおいが漂ってくる。
防御のために岩で囲んで閉鎖空間なので、においが充満している。
俺は、カオルコに質問してみた。
「彼女のこれは、昔から?」
「少しはあったのですが、冒険者になってレベルアップしてから酷くなりました」
「ああ、レベルアップで、こういうところも強化されてしまったのか」
「うう……」
彼女は恥ずかしそうだが……強化されたってことは、なんらかのスキルのような気もする。
低レベルの魔物を寄せ付けないようにするとか……。
「確かに――人によっては、百年の恋も冷めるだろうなぁ。俺は平気だが」
「そんなわけで、姫より強くて、姫の欠点も気にならないとなると――ダイスケさん以外の相手は、考えられない状況でして」
「そう! まさに、運命と書いてさだめと読む!」
姫が目を見開いた。
「もっと、若くていい男ならよかったんだけどね~ははは」
「そ、そんなことはない! む、胸板もかなり厚いし……」
彼女が俺の胸をなで回している。
「自分の畑で農作業を10年以上やってたからな。毎日が筋トレみたいなもんだ」
「これは、実用的な筋肉というわけだな」
「まぁ、そんな感じ」
――とりあえず、こういう状態になってしまったので、キスはする。
「ちょっと、ちょっとまったぁ!」
「まだ、なにかあるのか?」
「……ここに飛ばされてから、歯も磨いてないし……」
「あ~、なるほどなぁ――。ここから早めに脱出しないと、色々なものにまみれてしまうってわけか。まぁ、1週間2週間、風呂に入らなくても死なないよ」
世界が静止してからしばらくは、燃料もなくて風呂にも入れなかったし。
海沿いに温泉があったりするのだが、そこまで行くのにも燃料が必要になるし。
川で身体を拭くぐらいしかできなかった。
石鹸やシャンプーも貴重品だったしな。
もみ殻や、木の灰で洗ってたりしてた。
普通に生活しているのに、毎日がサバイバル。
「それは、そうなのだが……」
「まぁ、色々なものにまみれて地上に戻ったら、みんなに驚かれるかもしれないが、あはは」
「ううう……私も一応、女なのだが……」
「そうだ――カオルコは、洗浄の魔法は使えないの?」
「持ってないんですよ」
やっぱり、人によって覚える魔法には、色々なパターンがあるんだな。
「そうなんだ。ウチの女の子は持ってたんだがなぁ……まぁ、彼女と一緒じゃ、ここはちょっとキツかっただろうし……」
「私も、洗浄がほしかったです」
「まぁ、こういう状態になるとねぇ」
アイテムBOXに水は入っているが、この状態で身体を洗ったりするために使うわけにはいかないな。
これからなにがあるか解らんし。
「どこかに水があればいいのだが……」
「たまに水場があると聞くが」
「ここにはマップがありませんからねぇ」
カオルコの言うとおりだが、ないものねだりをしても仕方ない。
地上に戻る途中で、泉があるかもしれないし。
「それじゃ、カオルコは攻撃魔法中心の構成なの?」
「回復も使えます」
「ほう――ということは、ゲフンゲフン……」
イカン、セクハラだ。
彼女が赤くなっているのだが、これもまた面倒な設定だよなぁ。
いつまでも冗談を言っているわけにはいかない。
彼女たちに確認しないと駄目なことがある。
「質問したいんだが」
「なにか?」
「ここに飛ばされた原因って、裸の女か?」
「そうだ! ダーリンも見たのか?」
「ああ、あの女は迷宮教団の関係者らしい」
「やはりそうなのか! 私たちがエンカウントしたときには、子どもたちが一緒だった」
「俺のときにも子どもがいたし、踊る暗闇っていうギルドのやつがいて、迷宮教団に協力しているようだった」
「なんだと! 黒い噂が絶えなかったやつらだが、やはりロクでもないやつらだったか……」
「戻れたら、やつらを糾弾しないとな」
「無論だ! ただではおかん!」
「まぁ、そのためには、ここから脱出しないといけないわけだが……」
女性陣が顔を見合わせた。
「正直、私たち2人では、もう無理だと思っていたのだが、ダーリンが加わって百人力になった」
「俺も、1人で上に戻るより、2人がいたほうが心強いよ」
「ダイスケさんは、戻るのは無理だと思わなかったんですね」
「まぁ、ここに飛ばされてきたばかりってのもあるんだけどな、ははは」
もしかしてここは、上に通じる穴がない閉鎖空間かもしれないし。
それはここでは言わないでおこう。
「あの……」
カオルコが手を挙げた。
「なんだい?」
「私も質問、いいですか?」
「はい、どうぞ」
「ダイスケさん、ドラゴンを倒したのに、レベルアップしませんね」
「ああ、俺もそう思ったんだが、事前にレベルアップしてたんで、ドラゴンだと経験値が足りなかったのかもしれないなぁ」
「え?! いったいなにを倒したんですか?!」
「それがよく解らなくて――はは」
俺は裂け目に瓦礫を落としたことを、彼女たちに話した。
「大容量のアイテムBOXを持っているから、できる攻撃ですね……」
横すわりしている彼女が考え込んでいる。
ちょっとした仕草も上品だな。
やっぱり、こういうところに育ちってのが出る。
「まぁ、そういうことなんだよ」
とりあえず、食事にしよう。
彼女たちはカロリーバーに喜んでいたが、それだけじゃ味気ない。
アイテムBOXに入っていたパンや、おにぎりも提供した。
隠れているからにおいは大丈夫だと思うし、デカいドラゴンの死骸がある。
においとしてはそっちのほうがデカいだろう。
死体に集まるスカベンジャーがやって来るだろうか?
ダンジョン内の生物ってそういう生態系がないみたいな気がするんだよな。
共食いなどもしないみたいだし。
「ふ~、落ち着いたぁ」
「まさか、ご飯がお腹いっぱい食べられるとは思いませんでしたね」
「まったくだ。さすがに、もう駄目かと思っていたし……」
カオルコの表情からすると、姫は普段はこういうことを言わない人なんだろうなぁ――とは思う。
「さて、それじゃ――あのドラゴンをどうにかしたいな」
「どうにか――というと?」
「あれは素材としても貴重だろ? 地上に持って帰りたい」
まぁ、劣化ウランやら、腐食のナイフを使っちゃっているけど。
肉は駄目でも、鱗は使えるはず。
あれだけ硬い鱗なら、色々と使い道があるはず。
「え?! 無理だろう?」
「それをなんとかする」
皆で、岩の囲いから出ると、ドラゴンの屍の場所に向かう。
まだ他の魔物などは寄ってきていないようだ。
「魔物が他の魔物を捕食しているシーンとか、見たことある?」
「いや、ないな」「私もないです」
「それじゃ、この死体には魔物は寄ってこないかな……」
「こんな巨大なものをどうするんだ?」
「アイテムBOXに入れるんだよ」
「こんなものが本当に入るのか?!」
「いや、最初に試したが入らなかった。でも、尻尾の部分で切断すれば入ると思う」
「本当か?」
「多分」
カオルコがどこからか長剣を取り出すと、姫に渡した。
姫の武器が見当たらないと思っていたら、アイテムBOXに入れていたのか。
「剣でどうする?」
「こいつで尻尾を切ればいいのだろ?」
「切れるのか?」
「解らん!」
彼女が胸を張る。
「がくっ!」
俺はずっこけた。
「まぁ、本当にドラゴンを両断できるなら、俺の助けがなくても大丈夫だったかな?」
「いや、もう体力とスタミナの限界だった。カオルコも魔力が尽きかけてたしな」
「はい」
要は食料が尽きたんで、エネルギーの補給ができなかったんだろう。
高レベル冒険者の体力は、飯さえ食えれば――無限みたいな感じだし。
もちろん、限界はあるだろうけど。
一旦休憩して、切り落としたドラゴンの肉を食って――みたいな感じなら戦い続けることもできたかもしれない。
まぁ、そんなの敵が待ってくれないだろうが。
それはさておき、とりあえずドラゴンの尻尾を切ってみることにした。
姫がドラゴンの尻尾の上に乗ると、呼吸を整え精神を統一する。
「やぁぁぁ!」
振り上げられた剣が、一閃した――が!
火花を散らして、刃が弾かれた。
傷はついたようである。
さすがに一刀両断ってわけにはいかないか。
「くそっ!」
やっぱり敵わなかったことを理解できたのか、彼女は悔しそうである。
「それじゃ、俺のナイフをまた使ってみるか」
巨大な尻尾に飛び乗ると、アイテムBOXから取り出したナイフを突き立てた。
すぐに、ぐずぐずと鱗が腐敗を始める。
腐るってことは、いくら硬くても鱗は生物由来の物質なんだろうな。
「おおっ! それもドロップアイテムなのか?」
「ああ、傷をつけるとなんでも腐敗させるナイフだ」
「ふむ――鱗がなければ、私でも切断できると思う」
立つ場所を代わり、姫が剣を気合とともに振り下ろすと、肉が割れて白くて綺麗な断面が見える。
それから、3振りして巨大な尻尾が切断された。
「おお~っ! すげー!」
腹がいっぱいなら、やはり高レベル冒険者の戦闘力は凄まじいものがある。
驚いてばかりはいられない。
こいつをアイテムBOXに収納しなければならない。
土管のような尻尾に近づくと、収納を試みる。
「収納!」
眼の前から、ドラゴンの尻尾が消えた。
「すごい!」「本当に消えた」
「よかった……これなら、胴体のほうも入るんじゃないかなぁ」
本当は、内臓などはいらないから、ここに全部捨てていきたいんだがなぁ。
劣化ウラン弾とか使っちゃったし。
まぁ、放射能などはなくなっているけど、化学毒性は残っているはず。
解体している時間の余裕はないだろうしなぁ。
「収納!」
小山のような胴体のほうも無事に収納された。
「ダーリン、すごいな!」
姫が俺に抱きついてきた。
「これで食料には困らないぞ、ははは」
「まぁ、確かにそれはそうだが」
「ドラゴンの肉は美味いって都市伝説がネットにはあるだろ?」
「ど、どうだろうか?」
ちょっと姫は半信半疑である。
とにもかくにも、ここから脱出しなければならない。
時間が立つと、同じ種類のドラゴンがまたポップするかもしれない。
対抗できるのは解ったが、なるべく無駄な戦闘は避けたいし。
――ドラゴンを倒してから、2日ほどダンジョン内をさまようが、出口は見つからず。
「ああ、もう! ストレスマックスだな! こうなったら、ヤケクソで焼き肉でもするか!」
「さすがダーリン! そいつは名案だ!」「ほ、本当にやるんですか?」
姫も賛成なので、ドラゴンの尻尾を出して肉を少し削ぎ落とす。
すぐに収納し直すと、アイテムBOXから出した岩をカオルコの魔法で加熱してもらい、肉を焼く。
血抜きができていないが、味はどうだろうか?
岩の上でジュウジュウと白い煙をあげて、香ばしいにおいが漂ってくる。
においは美味そうだな。
アイテムBOXの中には、塩も醤油も味噌も入っているから、調味料には困らない。
とりあえず毒見で、俺が一口食った。
「お?! 美味いな!」
口の中に、甘みと肉の旨味が広がり、渾然一体となる。
素晴らしい香りも鼻腔から抜けた。
「本当に美味い! いくらでも食える!」「美味しい!」
俺の食べる姿を見て、姫たちも肉を食べ始めた。
「山のようにあるから、いくら食っても大丈夫だぞ、はは」
血抜きしてない肉が生臭くなったり不味くなるのは、雑菌が繁殖するからなんだよな。
仕留めた直後なら美味いってわけだ。
アイテムBOXに入っているウチは新鮮なままだし。
3人で岩を囲み、すごい勢いで肉を食っていると、上からなにかの鳴き声が聞こえてきた。
「ギャッ! ギャッ!」
「ハーピー!? ここにもいるのか?」
「食事を狙ってやってきたのかもしれん」
まぁこれだけいいにおいをさせていたら、魔物が寄ってきてもおかしくない。
俺たちはそれを知っていて、ヤケクソで焼き肉パーティをしていたわけだし。
カオルコが自分のアイテムBOXから武器を取り出して、姫に渡した。
ハーピーらしき影がしばらく上を飛んでいたが、近くに降りたようだ。
「ギャ」
とことこと歩いてきたハーピーに剣を抜こうとした姫を止める。
整った顔に、切りそろえられた髪。
「もしかして、お前なのか?!」
「ギャ!」
どうやら、これは天の助けのようだ。