35話 飛ばされる
原発跡地と、未整備のダンジョンを行き来して、処理水を片付けるという作業を繰り返す日々が続いていた。
片付けるといっても、ダンジョンの中に投棄しているだけだが。
アイテムBOXの中に処理水が入った巨大なタンクを収納して、ダンジョンの中に捨てる。
これだけだ。
文字で書くと簡単なのだが、俺がアイテムBOXなんてチートを持っているからできること。
これで大金をゲットできるんだから、人生イージーモードか?
――などと喜んでいたら、トラブルに巻き込まれた。
某国が特殊部隊を送り込んできて、俺の護衛をしていた自衛隊と戦闘になったのだ。
敵の目標は俺なのが解っているので、晴山さんや作業員たちなどは、離れてもらった。
銃火器で武装した敵も、俺のアイテムBOXを使って撃破。
道具は使いようによっては、強力な武器になる。
戦闘の結果、怪我人は出たが犠牲者は出なかった。
ダンジョンのゲートがあった近辺では、黒焦げになった重機や車の残骸。
敵が乗ってきたと思われるワゴン車が数台放置されていた。
おそらく盗難車だろう。
一段落して原発跡地の宿泊施設に一泊したのだが、朝になって特区からメッセージが来た。
相手はキララだが、「レンが宿からいなくなった」らしい。
いったいどうしたんだ。
メッセージに慌てた俺だが、ここからは簡単には帰れない。
車で帰ったとしても時間がかかるし、船にも乗らないと特区には渡れない。
それなら、早めにヘリを用意してもらったほうがいい。
俺はスマホを取ると、晴山さんに連絡を入れた。
「特区で急用ができて、すぐに帰りたいのですが、なんとかなりませんか?」
『承知いたしましたが、ヘリを用意するまで1時間ほどかかると思います』
やっぱり、すぐってわけにはいかないか。
車で帰ったとしても1時間以上かかって船もあるし、多少の時間がかかってもヘリのほうが早い。
「よろしくお願いいたします」
『承知いたしました』
彼女の話によると、しばらく作業は中止になるようだ。
まぁ、昨日の今日だからなぁ。
まだ警戒も必要だろうし、情報の収集も必要だ。
あの捕虜から情報が取れればいいが……。
某国に抗議しても、「そんなことはしていない」「いいがかりだ」とか言われるだろうし。
まぁ、100%認めることはないだろう。
日本で軍事行動して、敗北したなんてことになれば、彼らの面子が潰れるし。
なにより面子を重要視する国だからな。
それでも向こうにも情報が伝われば、どこの軍閥が先走ったのかで、疑心暗鬼になるだろう。
それを使って揺さぶりをかけることもできるし、失敗を恐れて二の足を踏むことも考えられる。
面子が重要だからねぇ。
準備をしてヘリを待っていると、連絡が来た。
ヘリポートに向かう。
そこに晴山さんもいた。
「晴山さん、落ち着くまでお仕事は休みみたいですから、しばらく会えませんね」
「は、はい……丹羽さんとお仕事できて、とても楽しかったのですが……」
「ははは、ありがとうございます」
「あの――仲間の方が行方不明なんですか?」
「そうみたいです。女の子なので、心配です」
「え?! 女の子なんですか?」
「ええ、冒険者になったばかりなんですよねぇ……」
「……」
いったいなにがあったのかさっぱりと解らん。
キララによると、朝起きるといなかったらしい。
ヘリがやってきたので、飛び乗る。
「それでは晴山さん。色々とありがとうございました。次の仕事の連絡をお待ちしております」
「はい! お気をつけて」
ヘリが飛び上がると、関東平野を飛び越えて、東京湾上空へ。
最初は、「空撮だ! すげー!」とかキャッキャウフフしてたのに、まさかこんなことになるとはなぁ。
またホテルのお姉さんのお尻を拝みつつ、特区の土を踏み、宿屋に戻ってきた。
「ただいま!」
部屋には、深刻な顔をしたサナとキララがいた。
こんな状況ではダンジョンに潜っている場合ではないだろう。
ミオは、学校に行ったようだ。
「ダイスケさん!」
「レンがいなくなったんだって?」
「はい、朝起きると、部屋にいなくて……」
扉には鍵がかかっていたので、誰かに連れ去られたのではないようだ。
「なにか言ってなかったか?」
「あの……やっぱり」
キララは、思い当たる節があるらしい。
「なにかあったのか?」
「前に話したじゃない。ダンジョンで迷宮教団と出会ってから様子がおかしいって……」
「それじゃ――やつらに会いにいったのかな?」
「解らないけど……他になにもないし」
「う~ん、まいったな……」
あんな連中と、まともに会話ができるとは思えん。
「ごめんなさい……」
キララがしょんぼりしている。
「べつに、君のせいじゃないだろ」
「でも……」
「わかった……俺がダンジョンに潜ってみるよ」
「私たちも!」
サナが立ち上がったのだが、レンが向かったのは多分――。
「彼女が向かった先は、以前に俺が裸の女を見たって話しただろ? 多分、あそこじゃないか?」
「あ!」
多分、あそこに行けば、あの女に会えると思ったのに違いない。
「あそこだとすると、サナやキララじゃ危険だ。やっぱり俺がソロで向かうよ」
「は、はい……」
サナも大人しく引き下がった。
自分のレベルが足りないと自覚しているのだろう。
「で、でも、あの階層は行方不明者がたくさん出てるってネットで流れているわよ」
キララが、自分のスマホの記事を見せてくれた。
以前からそういう話はあった。
高レベル冒険者たちも、巻き込まれているって話だし。
ビキニ鎧のトップランカーペアも、行方不明になっているらしい。
トップランカーすら行方不明となると、捜索隊などを出すのも躊躇してしまうだろう。
ほとんどがガチ勢ではなく、日銭を稼いでいる冒険者たちだしな。
そんなのには巻き込まれたくないはずだ。
準備はいらない。
装備は全部、俺のアイテムBOXの中に入っている。
それに、中には原発の瓦礫などが入ったままだ。
この機会に、捨てられる場所を見つけて、中を空にしたい。
捨てられる所があるとすれば、深層ってことになるんだが――果たして、いい場所があるかなぁ
俺は部屋を出ると、ダンジョンに向かった。
こんなことになったんじゃ、あの2人もダンジョンに潜る気分になれないだろう。
最近稼いでいたみたいだったし、資金の心配はいらないはず。
俺は、晴山さんにも連絡を入れた。
「お世話になっております。これからダンジョンに潜るんですが、なにかトラブルになる可能性もあるかもしれません。そのときには、仕事をお休みさせてください――送信っと」
すぐに返事が来た。
『大丈夫なんですか?!』
「解らないです。仲間が行方不明になったので、ダンジョンに捜索に行きます」
『多分ですが――今回の騒ぎで、しばらく作業は中断すると思いますから……大丈夫じゃないかと……』
「ありがとうございます」
一応、キララの連絡先も教えておく。
ダンジョンに入ると、連絡不可能になるからな。
『お気をつけて!』
「ありがとうございます」
さて、行ってみるか――と、その前に……。
ダンジョンの情報を収集する。
あの深層のマップが公開されているかもしれない。
発見したばかりなら公開されないが、宝箱を取り尽くしてしまったとか、あまり価値がなくなると、公開される。
それで情報料がもらえるしな。
マップを探すと、新しいものが公開されていた。
俺がミノタウロスと戦闘したあのホールから、だいぶ攻略が進んだようだ。
進んだ先に、玉座っぽい場所がある。
あてもないし、まずはそこを目指してみるか。
気合を入れて自動改札を通る。
ダンジョンに入ると、自転車を出した。
目指すは2層にある、深層への入口。
暗闇の中を進み、明かりがついた深層への入口へやって来たが、誰もいない。
小さな小屋と看板は、前のまま。
ここでトラブルが発生しているのだが、立入禁止などにはなっていないようだ。
すべてが自己責任の冒険者だからな。
どんなことが起こっても、当局は関知しないのだろう。
ドアを開けて暗闇を目を凝らして覗き込むと、不気味な音がそこから漏れてくる。
まるで遠くの闇から忍び寄るような、かすかな物音が耳をかすめた。
その音は、時折、深い息遣いのように聞こえたり、遠くで何かがゆっくりと動く音のように感じられたりする。
それはまるで、闇の中に潜む何かが、静かに手招きをしているように思えた。
「よし!」
気合を入れ直すと、通路を降り始めた。
通路上にはなにもないし、冒険者とすれ違うこともない。
トラブルが起きているのに、わざわざこんな場所にやってくるのは、ガチの攻略勢かもの好きだけだ。
以前に訪れた下層のホールに出た――単管を使った階段もそのまま。
目を凝らすが、暗いホールの中には誰もいないし、冒険者が活動しているような明かりも見えない。
やっぱりトップランカーすら行方不明になっているというのが、デカいのかなぁ。
俺も、普通ならこんな場所には来ないのだが、レンが心配だ。
マップを確認すると、下に降りて広い空間を進み始めた。
直線の通路に差し掛かる。
マップにはなにも書いていないから、罠などはないっぽい。
それなら安心か――と、思ったら、奥からなにかやって来る。
「ブモォォォ!」
筋肉ムキムキマッチョマンの巨体に、牛の頭――以前に俺が対峙した、ミノさんのお出ましだ。
「悪いがまともに相手はしていられない――召喚!」
俺はアイテムBOXから、岩を取り出した。
魔物の上から、岩が次々と降り注ぐ。
いくら強力な魔物とはいえ、物理攻撃には耐えられまい。
ミノさんは岩の下敷きになって身動きが取れなくなっている。
人間なら潰れて死んでいるところだが、さすが魔物。
まだ生きていて、やる気満々だ。
「あ、そうだ!」
某国の特殊部隊と戦闘になったときに、ドロップアイテムらしきナイフを追い剥ぎでゲットしたな。
魔物に試してみるか――。
俺はアイテムBOXから、ナイフを取り出すと、ミノタウロスの身体に突き立てた。
「ブモォォ!」
徐々に魔物の身体が溶けて、崩れ始める。
うわ、やっぱりこうなるのか。
無機物や植物なら平気だが、動物の身体が腐敗するってのはヤベーな。
なんかにおいもひどいし。
改めて思う。
なるほど――こういう効果を持つ武器を持っていたから、一太刀浴びせてやろうと、俺たちに特攻を仕掛けてきたのか……。
確かに、俺たちも治療が間に合わなくて全滅する可能性があった。
これって、回復薬で治るのか?
やべーな。
こいつは強力だが、これを使ったら魔物が売り物にならなくなってしまう。
あくまで非常用だな。
「ブモッ! ブモッ!」
身体が崩れてミノタウロスも苦しそう。
いくら魔物といっても、ちょっと可哀想だ。
俺は止めを刺してやった。
「南無~」
剣を出すと、腐っている箇所を切り落とした。
多分、これでこれ以上は広がらないと思う。
この武器でやられたら、すぐに治療するか、咄嗟に切断するしかないってことか。
岩と魔物の躯をアイテムBOXに収納した。
腐敗する武器もしまう。
こんなの、あぶなくて使えん。
腕がなくなったりしても、エリクサーがあれば生えてくるのだろうか?
俺は自分が隻腕になったときのことを考えながら、奥を目指した。
暗闇の中で、再びミノタウロスとエンカウントする。
あまり深層に潜らなくても、ミノさんをゲットできるなら、いい稼ぎになる狩り場なのかもしれない。
普通なら6層の魔物のようなので、狩ることができるのは高レベル冒険者ってことになるが。
魔物を倒すと――真っ暗な通路の向こうに明かりが見える気がする。
俺はその方向へ向けて歩き出した。
徐々に明かりが大きくなり、通路の中にまで光が差し込む。
「なんだろう? 魔法の明かりか?」
俺は明かりの中に飛び込んだ。
突然、広々とした空間に出る。
ホール――いや、マップには玉座と書かれていたな。
高い天井、石の床――正面には、確かに背の高い玉座らしきものがある。
誰が座る椅子なのだろうか? それとも、なにかのトマソン?
見回していると、玉座の前に人がいるのに気がついた。
大人と子どもが数人――こんな場所に子ども?
1人は黒いローブに裸という以前出会った迷宮教団の女だ。
もう1人は――防具をつけているので冒険者だろう。
なぜ、こんな場所に?
迷宮教団内に冒険者がいるのだろうか?
それとも、冒険者の中に協力者がいる?
俺はこの場所の証拠を残すべきだと考えて、動画を撮り始めた。
彼らに近づき、話しかける。
「お前は、迷宮教団の女だろ? レンという女の子を知らないか?」
「……彼女は、お母さんと元気にやっているわ……」
レンの名前を知っているってことは、やっぱり彼女はここに来たのか?
「レンを返してもらおうか?」
「彼女の意思で教団に来たのだから、それはお断りするわ」
そう言われてしまうと、俺には無理やり取り返す大義名分もない。
レンが誘拐されて軟禁されているとなれば別なのだが、彼女は自分の意思でここに来たわけだし。
「……わかったが、その子どもたちは?」
数を数えると5人――泣いている子どももいる。
「助けて! おじさん!」「うわぁぁん! 帰りたいよ!」
そういえば、ダンジョン内にいる子どもが行方不明になっているという話があった。
もしかして、迷宮教団が絡んでいる?
「おい! それは誘拐じゃないのか?」
「うるせぇ! てめぇには関係ねぇ!」
裸の女の隣にいる男が怒鳴ってきた。
ドロップアイテムらしきファンタジー防具を装備している、髪を逆立てた若い男。
「誘拐っていうなら関係があるだろ? 実際に子どもたちが助けを求めているし、私人逮捕できるぞ?」
「ちっ!」
男が舌打ちをした。
「ダンジョン内の子どもがいなくなっているって話だったぞ? これが明るみに出れば、教団もなんらかの処分が下ると思うが?」
「……」
女は黙って微笑んでいるのだが、不気味だ。
余裕の表情にも見える。
私は捕まらない――もしくは、人知を超えた存在なので、そんなものは関係ないとでも言うのだろうか?
俺はアイテムBOXから鉄筋メイスを出した。
「アイテムBOX?! てめぇが、最近ウチにちょっかい出しているオッサンか?!」
「ちょっかい?」
ウチってのは、ギルドのことだろう。
ギルドともめたといえば、あそこしかない。
「そうだ、ゴラァ!」
「ああ、もしかして踊る暗闇ってギルドか? お前はそこのリーダーか?」
「オッサンが粋がりやがって」
「粋がっているのはお前だろ?」
「うるせぇ!」
それじゃ、踊る暗闇が迷宮教団とグルってことなのか?
おまけに子どもの行方不明にも関わっているとか。
「それじゃ、因縁もあることだし、お前をぶちのめして、子どもたちも返してもらうぞ?」
「ははは! やってみろ!」
なんだか男は余裕の表情だ。
自分のレベルに自信があるのかもしれないが、トップランカーでもレベル40いかないぐらいだろ?
どう考えても、俺のほうが上だし、この前さらにレベルアップしたしな。
それとも、俺と同じようにレベルを秘匿している連中がいるのだろうか?
ここで逃げて、今撮影している証拠を使い、踊る暗闇というギルドを追い詰めるという手もあるのだが、眼の前には泣いている子どもたちがいる。
少々不気味だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「そういえば――お前の所に、キララのBBAがいるんだってな?」
敵が突然キララの名前を出した。
「それがどうした?!」
「あいつはBBAだけど身体はいいから、みんなで可愛がってやったんだよ、フハハ!」
「クソが!」
「ハハハッ!」
あいつも可哀想な女だったか……もうイジるのは止めてやろう。
武器を構えて近づくと、男がニタリと笑う。
俺は咄嗟に立ち止まって、攻撃に備えた。
「……*&^^」
気がつかなかったが、女がなにか唱えている? ――魔法?
遠距離用の武器に切り替えようとすると、いきなり目の前が白くなった。
「目潰し?!」
次の瞬間――眼の前は真っ暗。
部屋も玉座も女も子どももいない。
なにもない空間? 灰色の景色で足下は岩なのが解るが――上を見る。
上もかなり高いようで、よく見えない。
暗闇でも見えるのだが、光がまったくない所では、解像度も著しく低い。
どう考えても、さっきまでいた場所とは違うようだ。
「これって――もしかして転移トラップか?」
あの女は、転移の魔法を使えるのかもしれない。
それはそれで凄いが、完全に悪用しているだろ。
おそらく、エンカウントした高レベル冒険者たちを飛ばしまくっているに違いない。
それが最近、冒険者の行方不明が増えている原因だろう。
それにあの子どもたち――ギルドが迷宮教団とグルとか、大問題だろ。
子どもたちには申し訳ないが、この状態では助けることは不可能。
なんとか地上に戻って、今回のことを告発しなけりゃ。
踊る暗闇の男は、とぼけるかもしれないが、こっちには映像の証拠がある。
まぁ、戻れればの話だが……。
「ふう……」
ここはどこなんだろうなぁ。
場所もそうだが、「*いしのなかにいる*」にならなくてよかった。
ここが、単にダンジョンの別の場所ならどうにかなりそうだが、まったくの異次元空間などに転移したんじゃ帰るに帰れない。
「う~ん……」
とりあえず、落ち着ける場所が欲しい。
しばらく暗闇の中を歩いてみた。
テレポートで飛ばされたとすれば、飛ばされてきた先客がいるかもしれん。
出会うことができれば、この状況から脱出するために共闘すべきだろう。
絶対に地上に戻り、あの男をボコってギルドごと壊滅させないと気がすまん。
しばらく歩くと、飛び出た2本の岩の柱が見えてきた。
そこまで行くと、俺は座り込んだ。
「はぁ~」
アイテムBOXから、缶コーヒーを出して飲む。
食料ならアイテムBOXにたっぷりと入ってるから持久戦も大丈夫だろうが、他の連中はどこにいるのだろうか?
ついでに腹も減ったので、飯を食うことにした。
カレー鍋を出して、カレーを食う。
明かりがなくて灰色のカレーは味気ない。
「そうだ」
アイテムBOXのバグを使えば明かりを出すこともできるぞ。
そう思ったら、カメラを出しっぱなしだったのに気がついた。
バッテリーとメモリがもったいない。
まぁ、歩いたのは10分ぐらいだったか。
カメラを収納すると、俺はアイテムBOXのバグを使ってライトを出した。
上手く機能していて、地面を明るく照らしている。
これで、飯も上手く食えるってもんだ。
そのままカレーを食っていたのだが、地面に震動が伝わってくる。
「ん?! なんだ?」
ただ事ではない。
俺は慌てて、カレーをアイテムBOXに入れると、ライトも収納して消した。
岩の柱の近くにいると、どんどん震動が近づいてくる気がする。
これは、大型の生き物の足音だな。
岩陰に隠れて、足音のする方向に目を凝らすと――灰色の景色の中に、四本の巨大な脚の暗い影が見える。
その影は暗闇に溶け込み、四脚はどっしりと地面に根を張り、その存在感は圧倒的。
時折、その影が揺れ動くたびに鱗が見え、暗闇の中に立体的な存在が現れるかのような錯覚を覚える。
デカいトカゲ――いや、四脚を踏ん張ったドラゴンか。
俺が食っていたカレーのにおいを嗅ぎつけたか? それとも、明かりに向かってきたのか?
普通の生物なら、こんな真っ暗な世界では、目が退化しているはずだが、そんなことはない。
彼らは、ここでポップした生物なので、生物の進化とは無縁だ。
「あんなのがいるんじゃ、迂闊に飯を食ったり明かりを使ったりできないじゃないか」
倒すとしても、あんなのがどのぐらい生息しているのかも解らないし、こちらの物資も有限だ。
不必要な戦闘は避けねばなるまい。
俺は、岩陰に隠れて、息を潜めた。
自分でアイテムBOXの中に入れれば隠れ家としては完璧なんだろうがなぁ。
いや、中じゃ時間が超ゆっくりと進んでいるとすれば、浦島太郎になってしまうだろうか?
つまらないことを考えながら、巨大な敵がいなくなるのをじっと待つ。
向こうからは見えないはずだが、トカゲやヘビなら赤外線を探知できると聞いたな。
もしかして、それで見ているのか?
ドラゴンはグルグルと岩の周りを回っていたのだが、俺を見つけることができず、暗闇の中に消えていった。
「ふ~」
深呼吸をする。
あんなのがいるようじゃ、ここに飛ばされた他の連中は、ちょっと無理かなぁ。
アイテムBOXがなけりゃ、食料もすぐに尽きそうだしな。
いや、魔物やドラゴンを仕留められれば、肉は食えそうだが……。
火は魔法を使えばいいが、魔法が使えないパーティだったり、ソロだったりしたら――完璧にアウトだな。
くそ~。
まったくどうすりゃいいんだ。
とにかく――生存者を探すか?
俺は息を潜め、周りを確認すると、ソロリと動き出した。