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23話 湧き


 また新しくギルドメンバーが増えた。

 こんどはキララという大人の女だ。

 年の功というか、ベテランらしく実力もあるのだが、借金を抱えてたりマイナス面も多い。

 美人のお姉さんなら俺も嬉しいのだが、どう見ても核地雷。

 わざわざ踏みにいくこともない。


 美人でスタイルもいいのに、残念。


 強力なメンバーが増えたということで、今日は5層まで降りてみた。

 エンカウントしてみて、戦えないようなら、すぐに逃げようかと思っていた矢先。


 幹のような太い胴体から無数の枝が出ている魔物と遭遇した。

 キララの話では、トレントという魔物らしい。

 トレントってのは木の魔物じゃなかったか。


 植物なのに、ワサワサ動くのがキモい。

 葉っぱが出ていたら、動くのに邪魔なんじゃ――と思ってたら、それが引っ込み始めた。

 葉っぱを自在に出し入れができるようである。


「うわぁ、なんかキモいな。動物っぽいぞ?」

「トレントは植物に擬態している動物よ!」

「え?! じゃあ――あの中に内臓とか入ってるの?」

「そうよ!」

「うわぁ……」

 ちょっと俺が引いていると、葉っぱを引っ込めた枝をムチのように振り回してきた。

 自在に動くってことは、枝の中にも筋肉っぽい組織があるってことか。


「……」

 無言で振り回してくる枝の範囲が、白い軌跡になって俺の目に映る。

 口がないから叫ばないのだと思う。

 逆にそれが不気味さを醸し出している。


「おっとあぶねぇ! へい! こっちだ!」

 アイテムBOXから投石器を出して、敵の胴体にデカい石を命中させた。

 木の皮らしきものが、辺りに飛び散る。


 敵が、ワサワサと俺のほうに向かって歩いてきた。

 ぞわぞわと鳥肌が立つのが解る。

 どうも、あの動きが俺は苦手なようだ。


 攻撃は躱せるが、どうやって攻撃したもんか。


「援護します! 光弾よ!」

 サナの周りに白い光が集まっていく。


我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 暗闇を引き裂くような光の束が魔物に向かう。

 魔法が衝突すると閃光を放ったのだが、木っ端が散ったようにしか見えない。

 防御力が高いのか、それとも魔法の耐性が高いのか。


「こりゃ、ヤバい! キララ、防御魔法で守りに徹してくれ」

「了解! むー! 聖なる盾(プロテクション)!」

 魔物が振り回したムチのような攻撃が、魔法によって作り出された透明な壁に阻まれた。

 その防御の中に、女の子たちが小さくなって固まっている。


 俺も一旦距離を取ると、アイテムBOXから単管ミサイルを出した。

 久々の登場だ。

 これを使うような強敵がいなかったからな。

 こいつが通用しないような敵なら、戦略的撤退をしよう。


 取り出したミサイルを投槍器にセット。

 その間にも、唸るムチのような枝が、キララの防御魔法を攻撃していた。

 植物の形をしていて口がないのか、黙々と攻撃を続けているのが恐ろしい。


 敵の前に立ちはだかる。

 心を落ち着かせ全身の力を集中させると、決意を込めて手に持つ武器を放った。


「オラァァァ!」

 ミサイルはまっすぐ――空気を震わせながら敵に向かって進んでいくと、そのまま敵の体に突き刺さった。

 かなり本気で投げた長いミサイルが、敵の身体に埋没する。


「ミシミシ……」

 敵の動きが止まる。

 植物っぽいので、叫び声などは上げないようだ。

 これじゃ、攻撃が効いているのか、否か? まったくわからん。


 俺は、収納から出した次弾を、投槍器に装填した。


「どっせい!」

 動きがとまっているトレントに、2発めを投げつけた。

 こちらも、根本まで敵の身体に埋没した。

 攻撃は止まっているようであるが、動きは止めていない。


「キララ! こいつには、火は効くのか?」

「効くって聞いたことがあるわ」

 中身が生き物なら燃えないだろうが、体表の皮――みたいな所は燃えそうではある。


「おりゃぁぁぁ!」

 俺は3発め、4発め、そして5発めをトレントに向けて打ち込んだ。


「ダイスケさん!」

「大丈夫だ! だが、腹が減った……」

 これだけ全力でやっていると、エネルギーを消費するのだろう。


 さすがにここまで階層を降りてくると、強敵がそろっている。

 敵の枝が、まだゆらゆらと動いていたのだが、太い胴体がその場に倒れ込んだ。


「ねぇ! もう大丈夫なの?!」

 キララも防御魔法を解いて、警戒している。


「まてまて、俺が確かめる」

 アイテムBOXから剣を取り出した。

 いつぞやのリザードマンが持っていたデカい得物だ。


 敵がくたばっているか簡単に調べる方法がある。

 アイテムBOXに入れればいい。

 死んでいれば、収納される。


 俺は剣を構えると、横たわる敵に近づいて叫んだ。


「収納!」

 一見すると転がった丸太が、目の前から消えた。

 収納されたってことは、俺が仕留めたってことだ。

 俺のレベルは49なので、このぐらいの敵を仕留めても上がることはない。

 それどころか、ここの敵を倒し続けてもレベルダウンする可能性があるし。


「ダイスケさん! 倒したんですか?!」

「アイテムBOXに収納されたってことは、死んでいるんだよ。生きていると入らない」

「そうなんだ!」

 レンは、このことを知らなかったらしい。


「え?! そうなの?!」

 キララも驚いているので、意外と知られていないのか?


 さて、それはいいが――これをどうやって運ぼうか。

 いや、アイテムBOXなら重さは関係ないのだが、キャンプ地で出すわけにはいかない。

 とりあえず、戦闘を録画していたカメラを収納した。

 今回は、アングルとか考えてる暇がなかったのだが、上手く撮れているだろうか?

 せっかくトレントという新しい魔物にエンカウントしたんだから、換金したいよな。


 それよりもだ――。


「う~ん……」

 俺はもう一度トレントの死骸を取り出した。


「ダイスケさん、どうするんですか?」

 ちょっと離れた場所でサナが、心配そうにしている。


「とりあえず、打ち込んだミサイルを回収しないと」

「ミサイル?」

 俺はトレントに乗ると、根本まで埋まったミサイルを引っこ抜こうとした。


「ぐぐぐ……む、無理か……」

「ミサイルって、その鉄の棒ですか?」

「そう、爆発はしないけどな」

 ダンジョンで火薬は使えないが、中にタンクと圧搾空気を詰め込んで内部で噴き出すようにすれば、大ダメージを与えられるかもしれない。

 特殊部隊のナイフで、そんなのを見たことがあるような気がする。


 ミサイルは抜けそうにないので、そのまま放置することにした。

 次は、こいつの運搬だ。


「ダイスケさん、今度はなにをするんですか?」

「ちょっと、こいつを運べるか、試してみようかと……」

 俺は魔物の下に潜ると、大木のような身体を持ち上げた。


「ええ?!」

「ぬおおっ!」

 恐らく、重さは1トンぐらいか。

 持ち上げられないこともない。


 ステータスが底上げされる魔法のアイテムなどがあれば、もっと簡単なのかもしれないな。


「ちょ、ちょっとあなた、人間なの?」

「ふう!」

 俺は大木を放り投げた。


「わ!」

 レンが驚いて、飛び退く。


「ちょっとレベルが高いだけで、人間だよ」

「さっきも聞いたけど、どのぐらいあるの?」

「それは秘密」

「もう!」

 俺が相手にしないので、キララがジタバタしている。


 それよりもだ――一応担げるようなので、4層と3層の間にあるキャンプ地で売ってみるか。

 近くまで行ったら、いつものようにアイテムBOXから出して担げばいい。


「よし! ここで一応戦えるのは解ったが、ちょっと魔物が強力過ぎるな」

「こ、怖かったですぅ」「ビビったぜ……」

 女の子たちには、ちょっと無理だったか。

 レベル20とかいう、キララも防戦一方だったしな。


「とりあえず仕留められたので、引き上げよう」

「解りました」「よかった……」

「もう! ちょっと無理し過ぎよ?」

 キララの言うとおりだが、準備をしっかりとすれば俺1人でもなんとかなりそうではある。

 まぁ、俺の目的は、短期間で金を稼いで「FIRE!」するのが目的だからな。

 別にこのダンジョンを制覇するつもりもないし、名声を得るために深層に飛び込むつもりもない。


 たとえば――「ナントカの魔物の素材が欲しい! 1000万円出す!」みたいな依頼があれば、俺1人で飛び込んでもいいと思うが。


 アイテムBOXから自転車を出すと、皆で乗り込んだ。


「レン、キララを乗せて、坂道だけど大丈夫か?」

「多分、大丈夫」

「よし! それじゃ引き上げよう」

 皆でやって来た道を引き上げ始めた。


 奥にやって来るほど、帰り道も長くなる。

 その時間も考慮にいれなくてはならない。

 時は金なり――そう考える冒険者たちが、ダンジョン内でキャンプするのも必然と言える。

 俺は宿に帰りたいから、非常時以外は、そういうことはしたくないけどな。


 レンの自転車が心配だったが、問題ないらしい。

 レベルアップの効果が出ているようだな。

 3層と4層の間にあるキャンプ地の手前までやってくると、俺たちは自転車を止めた。


 周りに人がいないのを確認してから、アイテムBOXからトレントを出した。

 1層や2層に比べたら、人がウジャウジャいなくて神経を使わなくてもいいので、楽だ。


「おりゃぁぁ!」

 トレントの巨木を持ち上げる。

 クソ重い魔物の死骸を背中に載せて、俺はあることに気がついた。

 ああ、そうだ――植物っぽいけど、こいつも動物って話だったな。

 ――ということは、中には内臓が詰まっているわけだ。

 それを取り出したほうが、簡単に持ち上がったんじゃないか?

 まぁ、中を見たことがないし、どういう生きものか、さっぱりと解らないから、仕方ないか……。


 地面を踏みしめて、明かりの輝く方へ歩いていく。


「うわぁ!」「なんだ?!」「魔物か?!」

 突然、デカいものがやって来たので、キャンプにいた連中が警戒をしているようだ。

 武器を用意しているような音も聞こえる。


「まてまて! 魔物じゃない! 冒険者だ! 獲物を持ってきたんだ!」

「ええ?!」「なんだと?」

 警戒しているキャンプのすぐ近くまで行くと、トレントを背中から下ろした。

 魔物が地面に転がると、足元に振動が伝わってくる。


「下の層から、トレントを持ってきた! だれか買ってくれないか?!」

「トレント!?」「マジで?!」

 キャンプにいた冒険者や買い取り人が、わらわらと集まってくると、トレントの身体を吟味している。

 外から見ただけだと、本当に木にしか見えない。


「こ、これがトレントか……」「木にしかみえないが……血らしきものが出てるし」

 あまり出回らない獲物なのだろう。

 5層には、ゴーレムもいるらしいのだが、素材としてはまったく使い道がない。

 魔石が大きいが10万円ぐらいにしかならない。

 苦労をして倒して10万円じゃねぇ……。


 そりゃ、みんな4層より先に行きたがらないわけだ。

 ワイワイと魔物見物している中から、1人のオッサンが歩み出た。


「ウチで買い取ってもいいか? あまり高くは買えねぇが……」

「どのぐらい?」

「そうだなぁ――なにせ加工に金がかかるんだよ、こいつは?」

「加工?」

「ああ」

 話を聞くと――毒抜きしてから、干物を作る技術が確立されているらしい。


「毒があるのか?」

「まぁ、微弱なものなんだが、毒が旨味にもなっているんだよ」

 そういえば、毒キノコの毒も強烈な旨味になっているものがあったな。

 ああいう感じか。


 加工に手間がかかるが、知る人ぞ知る高級珍味として取引されるらしい。

 俺だって、トレントの干物なんて聞いたことがなかったぞ。


 彼の話では魔石を入れて60万円だと言う。


「命がけで60万円じゃ、割に合わないじゃない」

 後ろで取引を見ていた、キララがブーブー言っている。

 あまり利用価値がないものは致し方ない。


「ゴーレムじゃなかっただけいいだろ」

 俺の言葉に買い取り人が反応した。


「ははは、それはそうだな。あれは、石か土の塊だからな。魔石の価値しかねぇうえに、防御力がすげー高いらしい」

「そうなんだ、情報ありがとう」

「いいってことよ」

 それじゃ、ゴーレムは逃げたほうがいいってことだな。


「ゴーレムはねぇ~魔石を壊せば、一発で機能停止するのよ」

 俺の所にやってきたキララが、ゴーレムの攻略法を知っていたようだ。


「素材も手に入らない、魔石も壊したら、骨折り損のくたびれ儲けだな」

「そうなんだよね~」

「他はどんな魔物がいるんだ?」

 買い取りのオッサンと話す。


「トロルと牙熊はたまに狩られているな」

「熊は熊だろうが、トロルって、黒い毛むくじゃらの魔物か?」

「そうだ」

 そういえば、列車で運ばれているのを見たことがあったな。

 人型で、真っ黒な長毛が生えている化け物だった。

 外に運ばれているってことは、あいつも食糧になっているのだろうか。


「あと、オーガもいるらしいが、肉が固くてマズいのと、人間に近いからまったく人気がねぇ」

 角の生えたデカい人間っぽい魔物らしい。

 オークでもちょっと抵抗があるのに、人に似てるんじゃなぁ……。

 まぁ、ゴブリンやリザードマンも似たようなものかもしれないが。


「オーガは、私も見たことがあるわよ」

 キララの話では、ゴブリンなどよりも人に似ているらしい。

 なんだそりゃ――ただの角の生えた人間だろ?

 違うのか?


 とりあえず、トレントの胴体にめり込んでるミサイルだけ取り出してもらうことにした。

 使えるのが解ったから、捨てるのは持ったいないし。


「なんだこら? 鉄パイプ?!」

「こんなものを武器として持ち込んだのか?」

 解体している連中がこちらを見ている。

 まぁ、不自然だろうが、もうとぼけるしかない。


 幹を切り開くとパイプは抜けたので、それを受け取った。

 すぐにアイテムBOXに入れたいが――じっと我慢。

 ちょっと離れた場所に置いておく。

 帰るときに回収しよう。

 こんなものを盗むやつもいないだろうし。


「あ! そうか!」

 トレントから抜いてもらわなくても、ミサイルだけアイテムBOXに収納すればよかったんだ。

 気がつかなかった……。

 まぁ、こうやって経験値を積んでいくわけだな。


「こんなの倒すなんて、あんた腕が立つな」

 トレントを解体しているオッサンがつぶやく。


「なんか苦労の割には金にならないが、他の連中はなんで深部までもぐっているのだろう……」

「そりゃ、ドロップアイテムを狙ってるに決まっているだろ」

 俺の言葉に、オッサンもちょっと呆れ気味だ。

 こっちは、まだ初心者だからな。


「そうか~なるほどなぁ」

 レアアイテムなど、超高額で取引されるし。

 金塊や宝石類なども出現すると聞く。

 宝石は、この世界で確認できていない種類もあるとか。

 確かに、それなら賭ける価値があるのか……。


 買い取りのオッサンと話していると、チラチラとこちらを窺っている連中がいる。

 下に行く前に、キララに絡んでいた連中だ。

 これだけの獲物を仕留められる相手だと、理解しただろう。

 まぁ、少しずつでも名前が知られて、絡んでくる連中が減ることを願う。


 いや、アイテムBOXとレベルを公表すれば、一発で有名になるのは間違いないけどな。

 それはちょっと勘弁してもらいたい。


 それはさておき、60万円の収入なので、1人頭15万円だ。


「ええ~さすがに、今日はもらえないです。だってなにもしてませんし」「そ、そうだよ……」

「キララをここまで運んだりしていたじゃないか」

「だって、自転車に乗ってただけだし……」

 さすがに女の子たちも気が引けたのか、15万円のうち、10万ずつを俺とキララに渡してきた。


「俺は別にいいんだぞ。動画で稼ぐつもりだし」

「私たちも、ギルドに役に立って稼ぎたいんです」「そうだよ!」

「う~ん、それじゃ――動画の製作を覚えてよ。素材渡すから、動画を作ってもらえば、俺の負担も減る」

「はい!」

「私は、素材だけ渡してくれればいいわよ。自分でサイトを持っているし」

 キララは自分で動画を作れるらしい。


「冒険者のサイトをやっているのか?」

「違うわよ! コスメとか、ブランド品の紹介とか、ホテルの紹介とか――」

「お前、そういうことしているから、金がなくなるんだろ?」

「ちゃんと案件だって来るんだから!」

「案件が来てるのに、なんで借金してるんだよ」

「それは、ゴニョゴニョ……」

 大方、収益以上の見栄を張って、赤字を食らっているのではあるまいか。


「じゃあ、冒険者動画のサブチャンネルでも作るのか?」

「そんな感じになると思うわ」

「サイトを作ったら、リンクを貼るよ」

「お願い~うふふ」

 なんだか彼女がニコニコしている。

 取らぬ狸の皮算用をしているのではなかろうか。

 こういう商売は水物だからな。

 駄目になるときには、ある日突然に駄目になる。


 よく解らん理由で、収益化を剥奪されることもあるしな。

 サイト運営の胸三寸で決まる。

 そんなものに、全額ツッパリは危険である。

 リスクは分散させないとな。

 投資の基本だ。


 今日は深部にまで潜って移動に時間を使ってしまったので、帰ることにした。

 ガチ攻略勢なら、一々戻っていられないから、ずっとダンジョン内に泊まり込みなんだろうな。

 こんな暗闇の中をずっと移動するなんて、精神的によろしくないような気がする。

 俺は、無理だ。


「みんな大丈夫か?」

 単管ミサイルを回収して、アイテムBOXに入れると、皆に声をかける。


「はい」「うん」

「大丈夫よ」

 皆で自転車に乗ると、暗闇の中を走り始めた。


 2層まで順調だったのだが、また狼に絡まれる。

 自転車で走っていても追ってくるから厄介だ。

 自転車から下りると、狼の相手をする。


「ギャイン!」

 3頭ほどボコると、残りは逃げた。


「まだ生きてるから、トドメはレンに刺させてやってくれ」

「はい」

「え~い! やぁ!」

 最初はビビっていたレンだが、トドメを刺すのも慣れたようだ。

 狼の胴体に短剣を突き刺している。

 本当は、女の子がこういうことに慣れちゃイカンと思うのだがなぁ。


 そんなことを考えいると、レンが飛び上がった。


「やったぁ! 新しい魔法を覚えたぞ~」

「お?! やったな! なにを覚えた?」

「え~と――防御力アップ」

「中々いいじゃないか、パーティやギルドで重宝されそうな魔法だぞ? やっぱりレンは、サポート系の魔導師特性みたいだなぁ」

「え~?! 私も、もっと派手な魔法がいいのに!」

「そのまま、回復ヒールもレベルアップしていけば、聖女になれるかもしれないじゃないか」

 聖女という職業があるわけではない。

 ゲームを参考にして、回復ヒールの先に聖女の称号があるんじゃないかという――都市伝説だ。


「あたしが聖女なんて……」

「いやいや、可能性を否定してはいけないぞ」

「う、う~ん……」

 それよりも、外に出よう。

 遅くなると、ミオが学校から帰ってきてしまう。


 倒した狼をアイテムBOXに収納すると、自転車で1層に戻ってきた。

 人のいないところで、狼を3匹出して担ぐ。

 女の子たちもローブを被った。


「一々そんなことをするのは不便ねぇ」

「一応、アイテムBOXのことは秘密だからな」

 バレると監禁されるみたいな噂もある。

 公式に認められているトップランカーの1人の女性は、アイテムBOXを持っていると公言しているのだが、そんなことをされていない。

 あくまで噂ってやつだ。


 狼を担いで外に出ると、換金をする。

 1匹5万円で3匹で15万円――これを4等分だ。


「あの~、もうちょっと少なくてもいいんですけど……」

「多くよこせってのはいるけど、少なくてもいいってのは、あまりいないよな、ははは」

「で、でも……」

「いいからいいから、動画編集を早く覚えてくれよ」

「わかりました」

「ダイスケ、あたしもやりたい」

 レンも動画編集に興味があるようだ。


「それじゃ、ノートPCをもう一台買ったほうがいいかぁ。どうせ経費で落ちるし」

 そこにキララが入ってきた。


「そうそう! 冒険者は経費使えないけど、動画配信の収入なら経費使えるんだよね~」

「動画配信なら、キララのほうが先輩か」

「そうよ、なんでも聞いて?」

「でも、動画配信を使って冒険者で成功したアピールするぐらいなら、後進の育成などに貢献したほうがよろしくないか?」

「ええ~?」

「そういうのが、立派な人って言うんだぞ?」

「ふん!」

 タワマン住んでたり、高級車乗り回したって立派な人とは言われないからな。

 まぁ、稼いだ金と時間をどう使うのかは、人の自由だが。

 そういうことは、俺もやらない人だし。


 追加のPCをどこで買おうかという話をしていると、なにか妙な音が聞こえてきた。


「なんだ? この音? 鈴?」

 どこから響いているのか、解らないが、辺り全体から聞こえるように感じる。

 聞こえているのは俺だけではない。

 周りにいる人も、辺りを見回している。


 その中に、この音の正体を知っているのか、剣を抜いて構えている人の姿も見えた。

 これは危険な兆候なのか?


「ダイスケ! これは、湧きよ!」

「湧き?!」

 ベテラン冒険者のキララは、この音の正体を知っているらしい。


「ダンジョン外に、魔物が湧いてくるのよ!」

「ええ?! マジか?!」

「ほ、本当ですか?」「マジで?!」

「本当よ! 本当! 一度、これに遭遇したことがあるんだから!」

 彼女の言うことが本当なら、これは非常事態だ。

 どうしたもんか、アイテムBOXから武器を出すべきか。


 甲高い音が一段と高くなったかと思うと――地面に黒い穴が顕現して、周りの露店などが巻き込まれた。

 それと変わるように、黒い穴から漆黒の毛むくじゃらの化け物が這い出てきた。

 その毛は闇の深みに溶け込むような暗い色合いを帯びており、化け物の目はどこにあるか解らず、長い毛の中に埋没している。

 垣間に見える赤い目は深い虚無を映し出し、その黒い体は日常に這い出てきたまさに闇。


「こ、これはもしかして――トロル?!」

「そうよ!」

 ダンジョン内で、列車に積まれていた魔物と同じものだ。

 本当にトロルなら、第5層にいる強敵だ。


 外に出てきた魔物は、ところ構わず暴れ始めた。

 丸太のような腕の一振りで、露店がバラバラになる。


「うわぁ!」

 トロルの近くに冒険者がひっくり返っている。

 あれ? どこかで見たような――と、思ったら、ここに来るときに一緒だった望月君だった。


「くそ!」


 もう、やるしかねぇ。



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