22話 クセが強い女冒険者
またギルドのメンバーが増えそうだ。
俺はイマイチ乗り気じゃないのだが、3対1の多数決じゃ仕方ない。
まぁ、なにか騒ぎを起こすようなら放り出すさ。
義理があるわけじゃないし。
さて、メンバーが増えたとなると役所に申請をしなくてはいけない。
学校に向かうミオを見送った大人な面々は、役所に向かった。
歩きながらキララと話す。
「さっきも言ったが、俺のアイテムBOXのことは極秘な」
「解ってるわよ」
「アイテムBOXを持ってても、黙っているやつらが多いんだろうな」
「色々と制限されて、国に管理されるって話だし――そりゃね」
「ダイスケさん」
サナが会話に入ってきた。
「どうした?」
「なんでアイテムBOXだけ問題になるんですか?」
「そりゃ、色々と隠したり、密輸したり、あれこれ悪さに使えるからだよ」
「たとえば、どんなものですか? 麻薬とか?」
「それもあるし、昔みたいな核兵器はもう使えないが、毒ガスなどはまだ有効だからなぁ」
「カクヘイキ?」
「そうか、知らんか。まぁ、知らないほうがいいよ」
この世界から半導体と一緒に核兵器が消えて10年――若い世代にゃ、もう知らない子たちがいる。
核兵器を知らない世代ってやつだ。
ダンジョンが現れて本当に困ったが、核兵器がなくなったのだけは、よかったかもしれん。
ただ、核融合じたいはまだ有効だから、それらを使った兵器がでないとも限らんが……。
それとも反射衛星を使った、強力なレーザー兵器とか?
「そういえば、ダンジョンに毒ガスって使えるのか? どこかの国が使ってそうだが……」
「ああ、局所的には使えないこともないみたいだけど、ダンジョン内に広がる前に吸収されてしまうらしいわよ」
そうか――ダンジョンは、なんでも分解吸収してしまう。
それは毒ガスでも当てはまることになるか。
それじゃ、ダンジョンを埋め立てたり、水没させたらどうか?
――みたいなことを、俺は考えていたのだが、それらも全部吸収される可能性があるな。
ネットをググっても、そうやって攻略されたダンジョンの話を見たことがないので、おそらく有効な手段ではないのだろう。
毒ガスと一緒で、ダンジョンに吸収される前に局所的には使えるだろうが。
「そういえば、男女混合のギルドで揉めるなら、女だけのギルドはどうなんだ?」
「……」
キララがすごい嫌そうな形相になっている。
「その顔だと、あまりいい所じゃないみたいだな」
「女だけのギルドとか最悪よ! すぐに派閥ができるし、裏に回れば陰口や悪口しか出てこないし」
「まぁ、そんなもんか、ははは」
サナも、女性専用の宿屋でいじめられたみたいだしな。
「だいたいね。私の目の前で人の悪口言ってるやつが、他に行ったら絶対に私の悪口言ってるし」
「あ~、いるいる、そういうやつ」
「そんな人間、信用できるはずないでしょ?」
「そうだな」
意外と、まともらしい。
欠点は見栄っ張りなところだけか。
話ながら役所に到着した。
皆で中に入ると、あの女性職員の所に行く。
他にも窓口があるのだが、キララと知り合いだというし、話が早いだろう。
「なんで、キララと一緒にいるの?!」
女性職員が驚いている。
「彼女のたっての希望で、ウチのギルドに入ることになった」
「そういうわけで~手続きよろしくぅ~!」
「なんで、ミイラ取りがミイラになっているのよ!」
まぁ、彼女の言うとおりだな。
「このオッサン、動画サイトですごく伸びてるのよ。おこぼれをいただこうかと思って」
「本人の眼の前で堂々と、そう言える性格がすごいよ」
「てへ♡」
彼女のポーズに俺の肌には鳥がピーチクパーチク鳴いている。
夢に出そうだ。
「……」
「なにか失礼なことを考えてるでしょ?」
「いや、全然」
「ふん」
俺のカードとキララのカードを、職員に渡した。
「こいつと知り合いってことは、職員さんも昔は冒険者だったんでしょ?」
俺はキララを指した。
「プライベートなことはお答えできません」
「そうよ~、昔は冒険者女子としてブイブイ言わせてたんだからぁ~あはは」
「昔の話は止めて!」
どうやら、職員のお姉さんには、冒険者時代は黒歴史のようだ。
「ヒナってば、すぐに引退して公務員試験を受けちゃったのよ」
お姉さん、ヒナって名前なのか。
キララといい、そういう世代か。
「ちょ、ちょっと! キララ! 止めないと出入り禁止にするわよ」
「それって、職権乱用、公私混同~みたいな~」
「うるさい!」
「公務員なら堅実じゃないか。冒険者なんて商売、いつまでもできるわけじゃないし」
「そのとおりよ!」
お姉さんが、腕を組んでうなずいた。
「なによ! 私はここから一発逆転するんだから。公務員なんて顎で使ってやるからね」
「そう言って、一発逆転したやつを見たことがないんだが……」
「初めてが、私ってことね」
ああ言えばこう言う。
「一発逆転ってなにをするんだよ。ダンジョンの深層で、魔王でも倒すのか?」
「そんなのお金にならないでしょ?! 私が狙っているのは、『鑑定』よ」
「はぁ? そりゃ確かに『鑑定』がゲットできたら、食うには困らないと思うがなぁ……具体的に、なにか計画があるのか?」
「ないけど……」
「は~……女の子たち、これが駄目な大人の見本です。真似しないように」
「「は~い」」
サナとレンの返事が揃った。
「そこは、私の味方をしなさいよ!」
「ええ? なんで? マジで意味わかんないんだけど」
レンのほうがハッキリとものを言う感じだな。
「今のダンジョンの世代に、夢とか希望とかないから、超現実主義な子ばっかりだよ」
「そうそう」
女性職員がうなずいている。
「あ――いやいや、そんなことより、手続き頼むよ」
「も、申し訳ございません」
ペコリと謝罪したお姉さんが、奥に引っ込む。
「ニワさ~ん」
「はいはい」
「ギルドメンバーの手続きが完了しました」
「ありがとうございます」
「あ、あの……」
女性が、なにか話したそうだ。
「なんでしょう?」
「キララのことをよろしくお願いいたします」
「お姉さん――友だち思いなのはいいけど、あいつに通じるのかなぁ……」
「そこをなんとか……」
彼女がペコリと礼をした。
「公私混同だと思うけど――まぁ、時間の許す限り前向きの姿勢で取り組みますよ」
キララは友人に恵まれているっぽいけど、同僚には恵まれてないっぽい。
まぁ、本人のせいも多分ありそうだけど。
「さて、皆でダンジョンね!」
なぜか、キララが張り切っている。
心をいれかえて、やる気を出したのかもしれない。
「悪いが、2層辺りで狩りをしていてくれ。魔導師だけでも3人いれば大丈夫だろ?」
「ダイスケさんは、どうするんですか?」
サナがちょっと心配そうな顔をしている。
「俺は税理士の所に行ってくる。動画も収益化したし、みんなのチャンネルも収益化できるだろう」
冒険者は確定申告なしだが、動画の収益は申告しなければならない。
しかもかなりの稼ぎになりそうだし、青色申告となると個人でやるのはクソ面倒。
それに税理士の依頼料金も経費になるしな。
「そういうのは、全然解らないので、ダイスケさんにお願いします」
「え? 税金ってなんだよ? 冒険者っていらないんじゃなかったのか?」
俺の話に、レンが困惑している。
「冒険者はいらないけど、動画で収益したらそれは申告しないと駄目だから」
「わかんない……」
まぁ、俺に任せてもらうことにしたけど、大人になるってことは、こういうことを覚えないとだめなんだけどな。
「サナとレンはわかったが、キララは? お前も動画を撮るんだろ?」
「撮ってくれるの?!」
彼女の目がキラキラと輝く。
「そりゃ、ギルドメンバーになったし。お前の持っている魔法なら、派手な絵面が撮れそうじゃないか」
「やったぁ! これで一発逆転よ! 私をコケにした連中に吠え面をかかせてやるわ!」
吠え面ってなぁ。
「お前なぁ――とりあえずは、借金返済だからな?」
一応、念を押す。
「わ、解ってるわよぉ」
まぁ、解ってなかったら、ギルドから追い出すだけだし。
あのお姉さんから頼まれたが、本人に改心のつもりがないんじゃどうしようもない。
「それから、キララは動画で顔出しするのか?」
「もちろん!」
「躊躇ないな」
「その日のために、こうやっていつもバッチリ決めているわけだし」
そう言われればそうである。
これが彼女の矜持なのであろう。
一応、キララもベテラン冒険者だ。
4層からソロで戻ってこられるぐらいの実力があるってことだ。
女の子2人連れても、2層ぐらいなら大丈夫だろう。
「それじゃ、俺も一緒にダンジョンに入ってから、自転車を出すから」
「は~い」「楽ちんだぜ~」
「疲れたら、キャンプ地にいるからね」
「わかった」
彼女たちと一緒にダンジョンに入って、暗闇の中で自転車を出す。
「はわ~、やっぱり便利ねぇ」
キララがため息をつく。
「まぁな」
「こんなインチキを使って、私を置いてきぼりにしたのね!」
アイテムBOXから出てきた自転車を見たキララが、憤慨している。
「それはお前が勝手についてきただけって、結論が出てただろ?」
「ふん!」
彼女が腕を組んでそっぽを向いた。
「あ、そうだ――サナ、自転車乗れるよな?」
「大丈夫です」
「暗闇で見える組が偏ってしまったが……」
「ライトの魔法があるので、大丈夫ですよ」
「そうか――それじゃ気をつけてな」
「はい」
サドルを調整してから、彼女に自転車を手渡す。
「私には言わないの?!」
「ベテランのお姉さんにはいらんだろ? それより、女の子たちを頼むぞ? 嫌がらせで、魔物の盾にしたりするなよ?」
「そんなことするはずないでしょ!」
「ダイスケさん、大丈夫ですよ」
「そうか、サナが言うなら……」
「なんで、その子の言うことは信じるのよ!」
「なんでって言われてもなぁ。キララもしっかりとやってくれれば、俺も言わなくなるぞ」
「ふん!」
まぁ、俺もちょっと言い過ぎか。
もうちょっと信用してやってもいいかもしれん。
彼女たちと別れると、俺だけダンジョンを出て、特区にある税理士事務所へ。
一応、ここにも税理士がいるというのは確認している。
俺のように副収入があるやつもいるのだろう。
ダンジョン内の動画はないけど、動画配信者もいるみたいだしな。
俺の動画サイトだが――相変わらず、「手を組みませんか?」みたいなメッセージが来る。
そんなことをしなくても十分に稼げるし、メリットがない。
税理士事務所を訪れると、今年の分からの申告を依頼した。
本当は、今からでも遅いらしいのだが、特別料金で入れてもらうことにした。
俺の収入がデカくなりそうだからだろう。
担当してくれたのは、スーツ姿でメガネをかけた女性の税理士。
荒くれとファンタジー装備ばかりの特区でスーツを見ると、なぜか安心するな。
なにか異様な風景ばかりを見ていると、もしかして――ここは日本じゃないんじゃないのか?
みたいな不安がよぎるのだ。
「動画サイトを拝見いたしましたが、これから想定される年収だと消費税も払う必要がありますし、青色申告になりますね」
「うわぁ、面倒くせぇ」
俺は頭を抱えた。
「2ヶ月~3ヶ月ごとの動画配信の収支と、クレジットカード、銀行通帳のデータを送ってください」
「紙の領収書もですかね」
「はい、カメラなどで撮影してくださればOKです。カードに記載されている分については、紙の領収書は必要ありません」
「今は現金で支払うことがないからなぁ」
「そうですねぇ」
「冒険者稼業でのデータも必要ですかね?」
「そちらは、完全に独立しているので必要ありません。でも、冒険者の申告で経費は使えませんが、動画配信の収入のほうへ入れられますよ」
色々なものを買っても、冒険者だと経費に入れられないが、動画配信者の収入のほうへ入れられるってわけだ。
なんだかよく解らんが、全部任せてしまおう。
とりあえず、クレジットカードと、銀行通帳のデータを定期的に送る。
すると、こちらで全部申告してもらえるってわけだ。
金はかかるが、楽ちんだ。
金を取るか、手間暇を取るかの二択。
俺は楽なほうを選んだ。
税理士との連絡はオンライン会議アプリを使うので、アカウントを交換する。
「よろしくお願いいたします」
税理士事務所を出ると、俺はダンジョンに向かった。
自動改札を通り、エントランスホールを抜けて暗闇の中に――。
自転車はサナに貸してしまったので、自分の脚で行くか。
俺は闇に向かってダッシュした。
当然、高レベルの恩恵があるので、猛スピードが出る。
測ってはいないが、時速60kmぐらいか?
100mを9秒で走ると、時速36kmぐらいらしいな。
今の俺なら、6秒ぐらいで100mを走れるのか。
これでもセーブをしているから、全力疾走ならどのぐらい出るんだ?
時速100kmぐらいはいくのか?
俺はスピードを上げると、暗闇の中を疾走した。
周りの光が踊り流れる――まるで星が夜空に煌めくように。
その揺らめく姿は俺を魅了して、闇の中でさえ進む道は明るく、光の軌跡が俺を導いている。
「おお! 素晴らしい! 神よ……」
スプリンターごっこをして楽しむが――疲れないが腹は減る。
アイテムBOXから、煮た芋を出して口に入れた。
もそもそして喉に詰まるが、ほぼデンプンなので、すぐにエネルギーになる。
1層を突っ切って、そのまま連絡通路を下り、2層にやって来た。
「さて、あいつらはどこにいるかな?」
とりあえず、ライトに照らされているキャンプを見回してみたが、いない。
特にキララはうるさいから、すぐに解るはず。
――ということは、まだ暗闇の中にいるのか。
以前と違って、ダンジョンの中間辺りに煌々とした明かりが見える。
たくさんの人たちが集まっているようだ。
あそこが下層への通路が見つかったという場所だろう。
おそらく、下に向かう階段などを整備しているものだと思われる。
巨大なホールの天井に出たらしいからな。
そこから下りるためには、単管の足場などを組む必要があるだろう。
もう命知らずの野郎たちが、突撃しているのだろうか?
ロープなどで下りようと思えば、下りられないこともないし。
いや、それよりも――キララたちだ。
目を凝らすと、派手な閃光と連続した爆発音が聞こえてきた。
ダンジョン内なので、音が響く。
傍からは、こう見えているのか。
キララのレベル20が本当なら、2層ではオーバーキルだろう。
俺は閃光のほうに走った。
すぐに3人の姿が見えてくる。
やはり、さっきの魔法は、キララの魔法だったようだ。
音は光弾の魔法みたいだったが、高レベルだとああいう感じになるのか。
「お~い!」
「ダイスケさんですか?!」
「そうだ! みんな大丈夫か?!」
「はい」「平気、平気!」
「すごい音がしたけど……」
「それは、キララさんの魔法で」
見れば、狼が5頭ほどバラバラになっている。
燃えているわけじゃないので、多分マジック・ミサイルだな。
「ちょっ――これじゃ、売り物にならないぞ?」
「仕方ないでしょ」
魔法は強力だが、こういうことが起きる。
売り物にするためには、なるべく傷をつけないように、一発で仕留める必要があるってわけだ。
「これじゃ、魔石ぐらいしか取れないぞ。みんな魔石を抜いてくれ」
「は、はい」「うえ~」
「レンもできるようにならないと、冒険者として食っていけないぞ」
「わ、わかっているよ」
――と、そういう話をしているのに、まったく動かないやつがいる。
キララだ。
「キララ、お前もやれよ」
「いやよ、汚れるじゃない」
「洗浄の魔法があるぞ」
「そうじゃなくて」
「やらないと、ギルドから追い出すぞ?」
「うう……」
俺にそう言われて、彼女は渋々とやり始めた。
ベテランなんだから、やり方は知っているはず――というか、あちこちのギルドから追い出されているのって、こいつにも問題がありそうである。
お局様みたいになっていたんじゃあるまいか。
「この一頭は比較的、損壊がマシだな。これだけ金にしよう」
魔法が頭にかすったようで、そこだけえぐれている。
まぁ、これでも即死だろう。
獲物と魔石をアイテムBOXに収納すると、自転車に乗って移動を始めた。
俺が自転車を漕いで、サナは後ろだ。
3階のキャンプ地に到着すると、ちょっと離れた所でアイテムBOXから出した狼を担いだ。
「俺が換金してくるから、ここで待っててくれ」
「わかったわ」
「悪いが、ギルドメンバーには均等割だからな。多めに欲しかったら、自分で運んできて売ればいい」
「うう……」
俺が担いでいる狼の屍に、キララが嫌な顔をしている。
血まみれになって、そういうことはしたくないのだろう。
率先してそういうことをしないベテランに、誰がついていくというのだろうか。
それはさておき、獲物を担いでキャンプの中に――買い取りしている肉屋に聞く。
「魔法でバラバラになったのとかも買い取ってくれる?」
「そういうのは、血抜きが上手くできねぇからなぁ」
「ああ、やっぱり」
それに地面についた部分があると、雑菌が入ってしまうから食用にできないらしい。
とりあえず、狼を1匹売ったが、この稼ぎじゃ帰れないので、さらに深層に潜ることにしよう。
移動しようとすると、大声が聞こえてきた。
「ぎゃはは、BBAの魔導師だぜ」
「BBA無理すんなよ!」
「うるせぇ! ガキが!」
キララが追い払おうとしているようだ。
「おいおい、俺らを誰だか知ってるのかぁ?」
また、絡んでいる連中がいるのか。
「おい、ウチのギルドメンバーになにか用があるのか?」
「ああん?」
「おいおい、勘弁してくれよ~、こっちはオッサンかよ、ぎゃはは」
「今、『俺らが誰か知ってるのか?』みたいな雑魚っぽいセリフが聞こえたんだが、どこの誰なんだよ」
「おいおい、俺らはギルド・踊る暗闇だぞ?」
なんだよ、またこいつらか――と、思ったのだが、それを聞いたキララが俺の後ろに隠れた。
「踊る暗闇のやつが、PKやってダンジョンでグールになってふっ飛ばされてたな?」
「う!」「そ、それがどうした!」
俺の話を聞いて、男たちの顔が青ざめた。
「あいつをボコって、グールになったあいつを吹き飛ばしたのも俺なんだが」
「なんだと!」「てめぇが?!」
「グールになりたくなかったら、俺らに絡んでくるな。これ以上からんでくるなら、踊る暗闇の本拠地に殴り込むぞ? これは、ギルド同士の戦争だからな」
「お、おい! まずいぞ?」「お、おう……」
それでも、つっかかってくるのかと思ったら、大人しく引き下がった。
虎の威を借る狐――末端の冒険者だ。
騒ぎを起こして、本拠地まで押しかけられたら、確実にあいつらのほうが制裁の対象になる。
実際、俺をPKしようとしたやつも、すぐに切られたしな。
「大丈夫か?」
怖がっている皆に声をかけた。
「大丈夫です」「なんだあいつら!」
「踊る暗闇っていう、たちの悪いギルドみたいだな」
「あ、ありがと……」
「ギルドメンバーだからな。守るのは当然だろ」
いつものキララとはちょっと違う。
「……」
黙って俺の服の裾を掴んで離さない。
かなりしおらしくなっている。
やつらが、踊る暗闇の名前を出した途端に様子がおかしくなった。
「なんだ? 踊る暗闇とも、なにかトラブルがあったのか?」
「コクリ……」
彼女が黙ってうなずいた。
それ以上なにも言わない――まぁ、俺も詳しく聞くつもりはないが……。
「気分的に乗らないなら、今日はここで切り上げるか?」
「だ、大丈夫だから」
彼女が気合を入れ直した。
「そうか……魔法は残っているのか?」
「大丈夫よ」
「2人は?」
「全然大丈夫です」「あたしも!」
「それじゃ、もう少し潜ってみるか」
暗闇に紛れて自転車を出すと、下の階層を目指す。
3階はパスして、4階。
ここのオークは当たりだが、ホブゴブリンは勘弁してもらいたい。
「ギャギャ!」
上のほうからハーピーの声がする。
「ハーピーよ!」
キララが上を見て警戒しているのだが、彼女も暗闇も見えるというから、ハーピーの姿が見えているのかもしれない。
「俺の知っているやつなら大丈夫だから。ちょっと様子を見てくれ。それよりも先に進むぞ」
「え?! どういうこと?」
「いいからいいから。襲ってきたら俺が対処するから」
「ええ?」
先を急ぐ。
モタモタしていると、敵とエンカウントしてしまう。
今日は5層を見てみたいのだが。
レベル20以上という魔導師もいるしな。
4階層と5階層の間には、もう公式なキャンプ地はない。
煌々とダンジョンを照らす光ファイバーもないし、エレベーターもない。
将来、ここまで伸びてくるかもしれないが、ここから先の魔物にあまり資源的な旨味がないのだろう。
レベルが高くないとここまでは来られないし、そういう冒険者は数が少ない。
公式なキャンプはないが、キャンプをしている連中はいる。
そいつらを横目に、5階層につながる坂道を下った。
「ひゃっほーい!」
はしゃいでいるのはレンだ。
それと正反対にサナは黙っている。
来たこともない階層なので、萎縮しているのかもしれない。
「ちょっと! こんな所まで来て大丈夫なの?!」
キララも心配しているようだ。
そりゃそうだ。
5層の想定レベルは30辺りだからな。
「とりあえず戦ってみて、駄目ならすぐに引くからな」
「まぁ、それなら――私もちょっと興味あるし」
5層に到着したので、自転車を降りた。
ここにはもうキャンプしている連中すらいない。
そういう場所なのだろう。
「光よ!」
サナの魔法で辺りが明るくなる。
4人で、辺りを警戒しながら進んだ。
俺は、アイテムBOXにある撮影用のカメラを用意した。
「後ろにも気をつけてくれよ」
「は、はい」「任せろ!」
「ふ~」
さすがのキララも緊張しているようだ。
「ギャッ! ギャッ!」
上からハーピーの鳴き声がするのだが、あいつは、ここまでつけてきたのだろうか?
「上のハーピーは大丈夫なんでしょうね?」
「襲ってこないってことは、やつなんだろう。大丈夫だよ」
「ええ? 信じられないんだけど……」
「ははは」
笑っていると、前方になにか現れた――デカい。
縦にひび割れた太い胴体から枝のようなものが多数出ている。
ワサワサと生き物らしくない動き。
「なんだ?! なんだか植物のような……葉っぱも見えるし」
「トレントよ!」
キララが敵の正体に気がついた。
トレントっていうと、木の化け物だったような……。