142話 帰還
異世界で暮らしていた俺だが、住んでいた都市がアンデッドの大群に襲われた。
かなりヤバい状況に、突然現れたのは、なんと――サナ。
神さまによって、この世界に送り込まれてきたらしい。
眼の前の亡者の大群を、彼女の退魔で一掃した俺たちが、次に向かったのはこの国の帝都。
他にも襲われていた都市もあったのだが、帝都が壊滅すると、この国の治安が悪化する。
この世界に住んでいるテツオ的にも、それは困るらしい。
彼の屋敷には、同居人やテツオの娘もいるからな。
眼の前で困っている人をスルーするのは心苦しいのだが、致し方ない。
シャザームに乗って、帝都上空にやってくると――案の定この国最大の都にもアンデッドの大群が押し寄せていた。
亡者の中に降り立つと、サナのターンアンデッドを3発ほどぶちかまし、敵の大群を退けた。
「ダイスケさん! 他の所も助けにいきましょう!」
「……わかった」
「ダイスケ、近くに知り合いの公爵領があるんだ。まずはそこの様子を見にいっていいか?」
「ああ」
俺たちは、テツオの知り合いという公爵領に向けて空を飛んだ。
「うう……」
サナがしゃがみ込み、背中を丸めている。
聖女の純白の衣装は、背中が開いており、そこから黒い翼のような聖刻が見えていた。
彼女は肩で息をしていて、かなり消耗をしているようだ。
「サナ、大丈夫か?」
「は、はい」
彼女はそう言うが、明らかに顔色も悪い。
「ダイスケ、サナちゃんの聖刻に……」
神の使徒となった俺は、彼女の聖刻に魔力を注ぎ込める。
「そうか!」
俺はそっと彼女の背に手を伸ばした。
漆黒の刻印に指先が触れた瞬間、微かな脈動が返ってくる。
まるで生き物の鼓動のように、静かで、しかし確かな存在感を伴って。
指をなぞるにつれ、聖刻の輪郭が淡く浮かび上がり、黒の中に深紫の光が滲み始めた。
俺は呼吸を整え、体内を巡る魔力を意識的に束ねる。
「ひゃぁぁぁ!」
サナが飛び上がって、のけぞった。
「あ、悪い! 強すぎたか」
「はぁはぁ……!」
顔を赤く染めた彼女は、一瞬だけ視線を彷徨わせ、それから決意したかのように、くるりと身体を翻した。 揺れた髪が頬をかすめ、熱を帯びた吐息が短く漏れる。
「サナ……?」
彼女がそのまま俺の胸元へ飛び込んできた。
細い腕が背中に回され、ぎゅっと力を込めて抱きついてくる。
布越しでもはっきり伝わる大きな胸の感触――彼女の体温は驚くほど高く、震える指先が俺の服を掴んで離さない。
「……しばらく、このままでいさせてください」
「……わかった」
本当は、元世界がどうなったのか、色々と聞きたかったところなんだが……。
まぁ、この騒ぎが片付けば、いくらでも時間は取れる。
しばらく飛ぶと、公爵領という場所が見えてきた。
延々と畑が続くのどかな場所にもアンデッドの群れが押し寄せていた。
その中に小さなお城がある。
城を囲む堀に架かる橋を上げて、辛うじてアンデッドを退けているようだ。
騎士団などは見当たらないが、全部が城の中に避難しているのかもしれない。
持久戦だろうが、相手は飯も食わない亡者だ。
「やっぱり、ここにも来てたか! サナちゃん! 頼めるか?!」
「復活しました! 大丈夫です!」
俺に抱きついたままの彼女だったが、パッと離れると、フンスと気合を入れている。
そのままシャザームで低空飛行をすると、乗ったまま退魔を使う。
「む~! 退魔!!」
再び、彼女の身体から聖なる光りが放たれて、アンデッド共を一掃する。
腐敗した皮膚は白い光に焼かれ、骨は内部から浄化されるように軋みながら崩れ落ちた。
「片付いたかな?」
亡者どもの叫びが収まると、眼下には、白く澄んだ大地と温かな余韻だけが広がる。
「よっしゃ! さて、公爵さまたちは無事か?」
テツオが、騒ぎの収まったお城を眺めている。
「テツオ! ここじゃ!」
彼の名前を呼ぶ声が聞こえる。
見れば、お城の窓から、ひとりの女性が手を振っていた。
編み込んだ金髪を銀色の髪飾りでまとめ、シンプルながら緑色の高そうなドレスをまとっている。
胸の部分は大きく開き、豊かな谷間――いかにも貴族の婦人といった佇まい。
「フロリアーナ様、ご無事でしたか」
シャザームが窓に近づくと、女性が窓から飛び出し、テツオに抱きついた。
「あぶねぇ! 落ちたらどうする!」
「きっと、そなたが来てくれると信じていたぞぇ」
彼女の顔には、テツオに対する信頼の表情が浮かんでいる。
「公爵さまは?」
「一番上に、護衛と一緒におる」
彼女が上を指すと、声が聞こえてきた。
「テツオ様!」
見れば、窓から見を乗り出し、風に長い金髪がなびく美少年。
多分、美少年だ。
だって、声が男の子だし。
彼が公爵閣下なのか。
美少年の後ろに獣人の耳が見えるような気がする。
そう思っていると、本当にチラリと獣人が見えた。
護衛かなにかに、獣人を雇っているのかもしれない。
「テツオ、この方々は?」
女性がこちらに気づいたようだ。
「こちらは、我が神によって異世界より召喚された、イザルの聖女、それと私の友人の使徒でございます」
「なんと! イザルの聖女とな!」
「私はダイスケと申します。どうぞ、お見知り置きを。こちらの聖女様は、サナ様と申します」
多分、サナは現地の言葉が解らないはず。
俺の肘の当たりを掴んでいるのだが、紹介されたのが解ったのだろう。
ペコリと頭を下げた。
「フロリアーナ・フォン・マグナスゲートじゃ、よしなに」
――といいつつ、女性はテツオに抱きついたまま、離れない。
「テツオと貴族の御婦人がどうみても……」「さいてー……」
サナがテツオに白い視線を向けている。
「わはは! 離れてくれ、フロリアーナ」
やっぱり、ただならぬ関係のようだ。
貴族だろ? いいのか?
「あん! 恐怖で震えた女を慰めてはくれぬのかぇ?」
「他の都市もアンデッドに襲われているんだよ。助けにいかにゃならん」
「そうじゃ! この亡者どもはいったいなんなのじゃ!」
テツオが、女性に禁呪のことを説明した。
「なんと、禁呪とな?! 反イザルの連中どもめが! 愚かだと思っていたが、ここまでとは……」
「帝都も、アンデッドで溢れていたぜ」
「なんと、帝都も! それで、どうなったのじゃ?!」
「俺たちと、そこな聖女様の力で、綺麗になったぜ」
「なんと……」
ここにきて、テツオに抱きついたままだと失礼だと思ったのか、女性が正面に向き直ると、お辞儀をしてきた。
「そんなわけで、俺たちは他の都市の救助に向かうからな」
「そうなると! こうしてはおられん! 我々が帝都に上洛一番乗りをしなくてはのう! 誰かある!」
女性は、窓からお城の中に戻っていった。
「よし! さぁ、行こうぜ! 他にも襲われている都市があるからな」
「よっしゃ!」「はい!」
「ハイヨ~シルバー!」
「ここはいいのか?」
「ははは、大丈夫だ。多分彼女は、公爵家の力を持ってイザルの聖女を遣わし、帝都の危機を救ったとか吹聴するつもりなんだろ?」
「俺はいずれ帰るからそれでもいいが、テツオもそれでいいのか?」
「構わん構わん! こことは、持ちつ持たれつだからな、わはは!」
まぁ、詳しいことは聞かないことにしよう。
俺達は、空飛ぶ黒い絨毯に身を預け、夜空と焦土のあいだを滑るように移動しながら、次々と都市を襲うアンデッドの群れを討って回った。
シャザームの縁に立つと、眼下には瓦礫と化した街並みが広がり、崩れた城壁の隙間から、腐臭をまとった影の群れが這い出してくるのが見える。
最初の都市では、鐘楼が折れ、広場は骨と泥に覆われていた。
亡者たちは統率もなく、それでも数だけは無尽蔵に湧き上がり、黒い波のように通りを埋め尽くしていたのだが、聖女の聖なる光で、灰燼と化した。
次の都市へ向かう間、黒い絨毯は高度を上げ、雲をかすめて進む。
下では、まだ救われていない街が闇の中で喘いでいる。
塔の上に取り残された人々が、必死にこちらへ手を振るのが見え、蠢くアンデッドの群れの中に飛び込む。
「退魔!!」
都市ごとに戦いの色は違った。
ある街では、狭い路地にアンデッドが折り重なり、火の魔法で焼き払っていた。
熱と腐臭が一気に吹き上がり、黒い煙が上空を覆い隠す。
別の街では、墓地から溢れ出た骸骨の軍勢が城門を叩き、聖なる光が降り注ぐと、まるで朝霧が晴れるように静かに消えていった。
戦いを終え、シャザームが再び空へと舞い上がるたび、地上には束の間の静寂が戻る。
瓦礫の中から生存者が顔を出し、信じられないものを見るように空を仰ぐ。
その視線を背に受けながら、俺達は次の都市へ向かった。
黒い絨毯は夜空を裂き、希望と絶望の境界線をなぞるように、休むことなく飛び続けていた。
「よっしゃ! 大方片付いたんじゃねぇか?」
「大丈夫そうか?」
「ああ、あとは個々の騎士団や、魔導師どもで処理できるだろう」
「はぁはぁ……」
サナがかなり疲れた様子で、俺にしがみついていた。
彼女を抱きかかえると、背中の聖刻に指を触れ、ゆっくりと魔力を補給する。
「サナ、平気か?」
「はい」
俺たちは、元の都市に戻ってきた。
空を覆っていた鉛色の雲が、まるで巨大な刃で切り裂かれたかのようにゆっくりと割れていた。
裂け目の向こうから降り注ぐ光は、長い戦いの重みを洗い流すかのように街路へと落ち、瓦礫と石畳を淡く照らし出す。
その光を合図にしたかのように、街は静かなざわめきを取り戻していった。
城壁の内外では、老若男女を問わず人々が総出で戦の後片付けに追われている。
折れた剣や欠けた盾は山のように積まれ、破壊された家屋から引きずり出された梁や瓦が、規則正しく並べられていく。
誰かが瓦礫を動かすたびに、乾いた音と埃が舞い上がり、光の筋の中で金色の粒となって揺れた。
負傷者を支えながら歩く者の顔には疲労が深く刻まれているが、その目の奥には、確かに生き延びた者だけが持つ安堵の色が宿っている。
一方で、街の片隅では、現実的な動きも始まっていた。
戦場に残された魔物の残骸、砕けた魔石の欠片――拾えるものはすべて拾い集められ、布袋や木箱に詰め込まれていく。
それらを換金できると知っている者たちは、目ざとく価値のありそうな物を選び分け、仲間同士で値踏みをしながら小声で相談している。
剣の刃に付いた欠けを指でなぞり、「これなら鍛冶屋が買うだろう」と呟く声や、魔石の輝きを確かめるために光にかざす仕草が、あちこちで見られた。
「アンデッドなら、もしかして魔石があるのか?」
「大きくないだろうけどな」
それらを集めただけでもかなりの稼ぎになるかもしれない。
この世界には魔法文化が花開いていて、魔石の需要は大きい。
天から差し込む光は、そんな混沌とした光景すべてを分け隔てなく包み込んでいる。
汗と埃と現実の営み――戦いが終わった後に必ず訪れるその時間が、この都市にも確かに流れ始めていた。
「ダイスケとサナちゃんのことが、英雄譚としてこの世界に語り継がれていくかもな! わはは!」
「それはちょっと勘弁してほしいところだが」
「人間をまとめるためには、英雄が必要なんだよ」
テツオの言うとおりかもしれないが……。
戦場の跡を見ながら、ぐるりと飛ぶと、シャザームでテツオの屋敷に戻ってきた。
屋敷の庭に降りる。
「ふう……これでしばらく落ち着けるか?」
――そう思ったもつかの間。
サナの身体が光り始めた。
「ダイスケさん!」
「え?! なんだ?!」
「元の世界に戻ります!」
「ええ?! いきなりか?!」
白銀の輝きとなって彼女を包み込み、足元から立ち昇った光は、霧が集まって形を得るかのように一本の筋となり、地を離れてまっすぐに伸びていく。
柱となった光は、空気を震わせながら上昇し、雲を貫いた。
光柱の周囲では、塵や瓦礫、舞い上がった羽根のようなものまでが引き寄せられ、ゆっくりと回転しながら昇華していく。
俺は、光るサナの身体に身を寄せ、テツオに叫んだ。
「テツオ! マジでスマン! どうやら、帰れるらしい!」
「わはは! オッケーオッケー! 神さまも気まぐれだから、帰れるときに帰らんとヤバいからな」
「ありがとうな! マジで助かったわ」
「いやいや、お互い様ってやつだ」
イキナリの帰還で、名残惜しんでいる暇もない。
テツオに感謝と別れを告げ、屋敷の二階を見ると、ニーニャの姿が見えた。
「ニーニャ! 逃げてなかったのか?!」
「ダイスケ!」
「ニーニャ! ありがとうな! 助かったよ! 金は、テツオに預けてある」
俺の言葉を聞くやいなや、彼女が真っ黒な身体を窓から乗り出した。
「元気で暮らせよ!」
「ダイスケェェ!!」
ニーニャの身体が窓から飛び出すと、ものすごいスピードで俺に向かってくる。
そのとき、俺とサナの身体がまばゆい光りに包まれて、地面から少し浮いた。
「おお?」
突然の浮遊に驚いていると、黒い毛皮が俺に突進してきて、そのまま衝突した。
------◇◇◇------
俺たちは、何の前触れもなく闇の中へと投げ出された。
視界は完全に閉ざされ、瞬きをしても黒が黒のまま貼り付いている。
上下も前後も判別できず、まるで世界そのものが塗り潰されたかのようだ。
思わず息を呑んだ次の瞬間、足裏に確かな抵抗が伝わってきた。
冷たくも硬くもない、しかし沈み込みすぎない感触――確かに、地面は存在している。
手を動かそうとすると、指先に異質な感触が絡みついた。
ふわり、と空気を含んだ柔らかさ。
撫でると指が埋もれ、戻るときに微かな反発がある。
生き物の毛皮特有の温もりと、ほのかな体温が掌に残った。
その感触だけが、この闇の中で唯一の現実味を伴っている。
転移――その言葉が脳裏をよぎる。
あの瞬間の光、引き裂かれるような浮遊感。
だとすれば、戻ってきたのか?
ここは日本なのか?
まさか、他の世界に飛ばされて、さらなる試練――なんてことにならなきゃいいが……。
「……ニーニャ?」
声は闇に吸い込まれ、返事はないが、掌の下でかすかな動きがあった気がした。
いや――震えている。
もしや、転移の勢いで一緒に飛ばされてしまったのだろうか。
そうだとすると、ちょっとマズいことにならないか?
獣人なんて、日本にただ一人だぞ?
俺以外言葉も通じないし、好奇の目にさらされるのは、間違いない。
……目が慣れてくると、うっすらと天井と壁が見えるような気がする。
漂うかび臭さと、コンクリートのにおい。
ちょっとした音でも、ビインという反響音が辺りから返ってくる。
「サナ!」
「は、はい」
彼女の声を聞いて、とりあえずひと安心。
「大丈夫か?」
「平気です。魔法の明かりを使いますか?」
「いや、ランプがあるから、ランプを使おう」
異世界で、魔法のランプを買っておいた。
ランプだけではない。
可能な限り、魔法のアイテムを買い漁ったりした。
まぁ、あまり高いものには手を出してないが。
俺がアイテムBOXから魔法のランプを取り出すと、すぐに青白い光りが辺りを照らす。
コンクリートでできた巨大な半円形の空間――下には線路、天井には鉄の枠と架線らしきものが見える。
「もしかして、トンネルか?」
「みたいですね」
とりあえず、危険はなさそうだが、明かりに照らされて、ニーニャの身体がはっきりと見えた。
「ニーニャ」
「にゃ~」
声弱く反応したが、やっぱり転移に巻き込まれてしまったようだ。
「無茶しやがって、なにかあったらどうするんだ」
「……」
彼女から返事はない。
「……その猫、どうするんですか?」
「猫じゃない。獣人、人だよ」
「じ~」
なぜか、サナの白い視線が突き刺さる。
「異世界で世話になったんだよ。一緒に転移してきたんだ。今度は俺が面倒を見てやらんとな」
「……いいですけど……」
彼女はなにか言いたそうだが――日本に帰ってきたのなら、この世界に獣人はいない。
本当に天涯孤独ってわけだ。
俺が面倒みなくてどうする。
「さて、どうやって脱出するか……」
自転車もあるが、3人は乗れんし。
いや、予備の自転車もあるから、2台で行けばなんとかなるか。
その前に、軽トラを出してみるか。
上手く線路を跨ぐように走れないだろうか。
いやいや、運転が面倒くさそうだぞ。
レールに乗っかったら、ガタガタ言いそうだし、壊れたら大変だ。
長年の相棒だから、壊したくないしな。
「やっぱり……よし、自転車召喚!」
アイテムBOXから自転車を2台取り出した。
「サナ、その服で自転車は乗れそうか?」
「た、多分、大丈夫だと思いますけど……」
「こっちは、ニーニャと二人乗りをする」
「ぶ~」
なぜか、サナがムクレている。
「ニーニャ、移動するぞ」
「……ダイスケ、怒らないにゃ?」
「なにを怒るんだ。一緒に来ちゃったもんは、しゃーないだろ」
彼女は俺が怒っていると思っていたらしい。
「それよりも、こんな無茶をして。この世界には獣人なんていないんだぞ? 世界にお前一人だ」
「……ダイスケと一緒にいたかったにゃ……」
そう言って、ニーニャは俺にしがみついているのだが、無茶しすぎだろう。
「サナ、彼女の言葉は解るか?」
「ニャ~ニャ~で、全然わかりませんよ」
「やっぱり、サナは言語の加護を貰わなかったのか――仕方ない」
とりあえず、ニーニャに自転車に乗るように指示した。
「どのぐらいの距離にゃ?」
「わからん、数リーグだと思うが……」
異世界の単位で、1リーグは約4kmだ。
トンネルの先に目を凝らす。
視界のすべてを呑み込む漆黒が、巨大な円筒状の空間を形作り、トンネルは果てしなくまっすぐ、意志を持たないまま永遠へと伸びている。
どれほど目を凝らしても、出口を示す光はどこにもない。
トンネルの先がどれほど遠いのか、あるいは本当に終わりが存在するのかすら解らない。
ただ一直線に延びる闇だけが、静かに、しかし圧倒的な存在感で迫ってくる。
それにしても、随分と傾斜がついているように思える。
「それなら、ウチは走っていくにゃ」
「ああ、そうか」
獣人たちは、走るスピードが早く、スタミナもすごい。
数十キロを走るのも平気だ。
夜目も利くので、この暗闇の中でも問題ないだろう。
「それじゃ、サナは俺の後ろに」
「はい」
まぁ、サナも納得したようだ。
幸い下はコンクリなので、自転車でも走りやすい。
坂道なので、上るか下るか迷ったが――上ることにする。
普通なら自転車を漕ぐのが大変なので下りを選択するところだが、今の俺には無問題。
そんなわけで、トンネルの中を走り始めたのだが、数分で駅のような場所にたどり着いた。
ここに駅名標があれば、この場所が解るはずだが。
「ダイスケさん! なにか書いてありますよ!」
彼女が指す場所に向かうと、白い看板に文字が書いてある――駅名標だ。
「海底駅?!」
「海底? 海の底ですか?」
彼女の世代だとあまりピンと来ないのかもしれない。
ここは、内地と我が故郷を繋いでいた、海底トンネルだ。
上り方向に俺の知っている地名が書かれている。
ここが海底トンネルなら、最深部は水没しているかもしれん。
やっぱり、上って正解だった。
「しかし、ここはダンジョン化してたはずだが……」
「あの、ダンジョンがなくなってしまったので……」
「そうか!」
俺が東京ダンジョンの大ボスを倒してしまったので、ここにあったダンジョンも消えてしまったのか。
ここが海底だとすると、あと20kmぐらいあるのか?
うろ覚えだが、このトンネルはそのぐらいの距離があったはず。
「いまさら、東京に戻っても仕方ない。俺の家に帰るか……」
結構な長距離になるが――まぁ、サナと二人乗りでも、今の俺なら問題ないのだが……。
それよりも、トンネルが破損して、水没などをしてなくてよかった。
本州側に出てから海を渡るとなると、中々大変だからな。
連絡船も、すでに廃止されているし、海峡を繋いでいるのは貨物船だけ。
ここにいても仕方ないので、俺たちは再び上り始めた。
「でも、やっと落ち着いて話せるな。俺がいなくなったあと、どうなった?」
「もう大変だったんですから!」
俺も大ボスを倒すことだけを考えていて、そのあとどうなるか、まったく考えてなかったからな。
俺が漕ぐ自転車の後ろ、サナがダンジョンが消えたあとのことを話し始めた。




