133話 黄金の山
俺たちは、ダンジョン9層の攻略を続けていた。
9層の住人であるドラゴンたちを倒し、どんどんレベルを上げていく。
そのついでに、更に深層への入口を探していたのだが、見つからない。
次の10層で最後なのか、それすら不明だが、ここまできたら行くしかないだろう。
俺たちが怪しいと睨んだのは、9層にある巨大な裂け目。
以前、ここを訪れたときに、裂け目から恐ろしい雰囲気が漂ってきたことがあった。
裂け目の底に、最後の敵がいるのかもしれない。
十分にレベルも上がったということで、俺たちは裂け目を降りてみることになった。
普通なら、割れ目に降りるなんてことになれば、いったん地上に戻って準備をして――みたいな感じになるのだろうが、ここにはテツオがいる。
彼の相棒であるシャザームに乗れば、空を飛べるし、簡単に裂け目を降下できる。
ヤバい敵がいたとして、逃げ戻るときも、シャザームに乗ればひとっ飛び。
これはチートすぎる。
このチャンスを逃したら、10層の攻略なんていつになるか解らないだろう。
テツオの黒い穴からシャザームが出てきた。
皆で黒い絨毯に乗り込む。
一応、映像は残そう。
シャザームが映っているから、公開できないかもしれないが、これは貴重な映像だろうし。
「ギャースケ!」「ダイスケ!」
ハーピーたちがやって来た。
かなり危険だし、彼女たちを連れていっていいものか。
「ギギとチチは、ここに残っててもいいが……」
「そいつらにどこかに行かれると、あたいたちが帰るときに困らねぇか?」
「そうだなぁ……」
「ギャ!」
考えていると、ハーピーたちがシャザームに乗ってきた。
一緒に降りてくれるようだ。
「ありがとうな」
「ギュ~」
彼女たちの頭をなでてやると、目を細めている。
「テツオ、悪いが行ってくれ」
「ハイヨ~シルバー!」
俺たちを乗せた空飛ぶ黒い絨毯が、不気味な裂け目の上空で静かに旋回し、まるで何かに引き寄せられるようにして、ゆっくりと高度を下げていく。
裂け目の中からは、まるで地の底から漏れ出すようなひんやりとした風が吹き上がり、肌を刺すような冷気がまとわりついた。
「ちょっと涼しいですね」
サナが冷気の感想を漏らした。
裂け目は大地を食い破るようにして、どこまでも深く続いており、縁は不規則に割れてギザギザに崩れている。
下を見ると、裂け目が白く線になってきていた。
暗闇ではない。
「ダイスケさん、下はもしかして明るいのでしょうか?」
「ここからだとそんな感じに見えるが……」
その証拠に、暗闇が徐々に光に押されて、景色に色がつき始めていた。
岩肌にも影ができて、はっきりと形が解る。
真昼のような明るさではないが、洞窟の壁じたいがうっすらと光っていて、明かりがなくても見えるレベル。
「この階層だけ違うってことは、やっぱりここが最終決戦の場所かぁ?」
テツオの言うとおりかもしれない。
そのまま黒い絨毯がゆっくりと降下を続けていくと、視界がぱっと開けた。
まるで幕が引かれたかのように、目の前に広大な空間が現れる。
地面まではかなりの高さがあり、裂け目から落ちたらひとたまりもない。
壁らしきものは見当たらず、四方を包むのはかすかな靄と、空間を満たす淡い光。
まるで地下という概念を裏切るかのような広がりが、そこにはあった。
「うわ! なんだこりゃ?!」
突然広がる光景に、イロハが驚きの声を上げた。
「すごいですね……」「広い……」
カオルコとサナも、あっけにとられている。
「こりゃ……ロープなんかじゃ、降りられないぞ?」
「ああ、この空飛ぶ黒いのがいないと無理だな……」
姫も俺と同じ考えのようだ。
「ここがラスボスの間だとすると、到底到達できないんじゃないのか?」
「それでも、ダンジョンを開拓して、通路や階段を作って数十年すれば――あるいは」
姫の言うとおりで、シャザームというチートを使って降りてきた俺たちは、まったくの想定外ってやつなのかもしれない。
「ギャ!」「ギャギャ!」
ハーピーたちが、シャザームから飛び立つと、俺たちの周りを旋回している。
「おい、大丈夫か?!」
彼女たちが警戒していないってことは、敵がいないのか?
話している間に、黒い絨毯が地面に到着した。
皆で飛び降りる。
薄いモヤで覆われているので、明るく感じる。
高レベル冒険者の補正でそう感じているのかもしれないが。
とりあえず、ぐるりと撮影をしたが――なにもないので、カメラを止めた。
「さて、ハーピーたちがいれば、あの穴の位置には戻って来られるか……」
「心配なら、俺の魔道具を使うか?」
テツオが持っている、方向を示せるという魔法の道具のことだろう。
「いや、大丈夫だろう」
「桜姫! これからどうするよ!」
イロハが今後の指示を仰いでいる。
「ダーリン、この場所には戻ってこられるのだろ?」
「ああ、ハーピーたちがいるから大丈夫だろう」
「それでは、進んでみよう」
「わかった」
「よっしゃ! そうこなくっちゃな!」
イロハはやる気満々だが、カオルコとサナはちょっと心配そうだ。
「意外となにもなかったりな、わはは」
テツオの言うとおりこの場所の先には、小さな宝箱が一つあって終了とか――。
いや、裂け目から這い出てきそうだった悪意の塊のような存在がここにはいるはず。
今は、その気配は感じられないが……。
薄いモヤの中を皆で進む。
「ギャ!」
上からハーピーたちの鳴き声が聞こえる。
彼女たちもついてきているようだ。
ありがたい。
「マジでなにもねぇなぁ――あの縦穴もそうだけどよ~、こんなの普通じゃ攻略できっこないぜ?」
「「デキッコナイス」」
イロハの言葉に、オッサンたちの言葉がハモった。
「ああ?」「ダーリン?」
イロハと姫がこちらを見ている。
「はは、いや――なんでもない。オッサンギャグってやつだ」
「……」
俺の苦笑いに、姫が訝しげな顔をしている。
まぁ、さすがの彼女も、こんな場所じゃ不安があるのかもしれない。
「テツオ、ウチの親父が言ってたネタだぞ? よく知ってるな」
「ウチの親はクソだったからさ。ダチの家の本で読んだ」
つまらんネタで話し合っていると、ちょっと確かめたいことを思い出した。
「ちょっと、試したいことがあるんだが、いいか?」
「ダーリン?」
姫の横顔を見ながら、俺はアイテムBOXから小さな魔石と、剣を取り出した。
魔石には魔力が込められており、青い光が灯っている。
「ダーリン、何をするんだ?」
イロハは、俺のやることに興味があるようだ。
「いやなに、魔石を魔法で遠隔爆破できないかな~ってな」
「遠隔?」
イロハが訝しげな顔をしている。
「まぁ、とりあえず試してみるか――ちょっと離れてくれ」
皆を下がらせる。
まぁ、高レベル冒険者が揃っているとはいえ、怪我をしたら可哀想だからな。
「ダーリン、いいぞ!」
離れると、白いモヤで姫たちの姿が霞んで見える。
「よし! ナムサンダー!(小)」
スパークが飛んだあと、ちょっと間をおいて魔石が光る。
それを見た俺は後ろに飛んだ。
次の瞬間、乾いた音とともに、魔石が破裂した。
「おお! 魔石にそういう使い方もあるのか」
俺の実験に、テツオが興味深そうだ。
「シャザームがいるなら、手を伸ばして弱点にくっつけるとかできそうだが」
「そりゃ、面白いな!」
テツオがいる世界なら、魔法が発達しているので、色々と利用方法がありそうだ。
魔石の実験をしていると、上で飛んでいるハーピーたちが騒がしい。
「ギャギャ!」「ダイスケ!」
「来たか!?」
早速、魔石の攻撃が役に立つかもしれん。
「こんな場所にいる魔物ってどんなやつだ?!」
イロハも武器を構えているのだが、深層の魔物に興味津津って感じ。
これが狭い洞窟などなら、恐怖感みたいなものもあるかもしれないが、これだけだだ広い空間だとなぁ。
皆で武器を構えて顔を見合わせていると、地面を揺らす地響きが伝わってきた。
「こりゃ、でかいぞ?!」
「やっぱり、アレか?!」
姫のアレというのは、地面の裂け目から噴き出した悪意と恐怖の塊のような存在のことだが――。
近づいてきてはいるが、あの恐ろしさのようなものは感じない。
俺たちのレベルも上がり、戦闘の経験値を積み上げたせいだろうか。
皆が息を飲み、白いモヤの向こうからやって来るものに備える。
重く、腹の底に響くような振動とともに、地面がかすかに揺れ、あたりの空気が緊張を帯びた。
誰もが息をひそめて見つめるなか、モヤの奥がほんのわずかに明るく、そして金色に揺らめく。
「来るぞ!」
「なんだ?! なんか光ってないか?!」
「金色ですか?」
イロハとサナの言葉のとおり、金色のなにかが見える。
その眩しさは徐々に形を成し、ゆっくりとモヤの帳を突き破って、巨大な影が姿を現した。
広げた翼のようなものは風をはらみ、金属の羽音を響かせながら空をかすめる。
ついに、霧を割ってその本体が姿を現した。
「「「ドラゴン!?」」」
皆の声がハモる。
確かにドラゴンだが、ただの個体ではない――三つの頭を持つ黄金の竜だった。
全身は燦然と輝く黄金に覆われ、うろこ一枚一枚がまるで鍛え抜かれた宝飾のように光を反射して、霧を突き抜け、辺りの空間を仄かに金色に染めた。
「こりゃ、本物の金なのかい?!」
イロハの叫ぶ声が聞こえるが、本当の金なら柔らかいはずで、装甲には向かないだろう。
金色に見える未知の素材なんじゃないのか?
それはそれで、未発見の素材としての価値がありそうだけどな。
武器を構えていると、突然3つの頭が大きく口を開けた。
「姫! カオルコを!」
「承知!」
「きゃあ!」
俺はサナを抱いて横に飛んだ。
皆が一斉に横へ飛び退いた瞬間、それを追いかけるように、黄金三頭竜の三つの頭が同時に咆哮を上げた。
それぞれの口から眩い光をまとった灼熱のブレスが放たれる――まるで太陽の一部をそのまま吐き出したかのような、金色の閃光。
息吹が着弾した地面は、爆音とともに瞬時に高熱に包まれると、岩盤が焼け爛れ、液状に変わっていく。
耳を劈く轟音とともに、あたりは白く煙に包まれた。
溶けた地面はまるで地獄のように泡を立て、焦げた土と蒸発した金属の匂いが鼻を突く。
鼻を刺激するにおいは、毒ガスのようなものだろうか。
マジで身体によくないにおいをしている。
岩が溶けて蒸発するってのは、かなりの高温のはず。
「ダーリン、こりゃヤベーぞ!」
イロハの顔が青い。
普段見せないような顔だが、ブレスの威力にビビっているようだ。
「これは、聖なる盾では、明らかに持ちませんよ」
カオルコの言葉も当然だろう。
オッサンとしては、こんな化け物と女の子たちを戦わせるわけにはいかん。
上空を見たが、ハーピーたちは避難したようだ。
「とりあえず、こいつがどのぐらいの強さか、解らん! 俺とテツオでやる」
「よっしゃ! それじゃ、オッサンもちょっと本気出しちゃうかぁ! シャザーム!!」
テツオが手を合わせて、パンパンと鳴らした。
彼の前にぽっかりと開いた、あの異様な黒い穴――俺も見えるようになったそれは、まるで現実の理を無視した虚無そのもののように、音も光も吸い込む闇の裂け目。
その虚無から、ゆっくりと何かが這い出してくる。
最初に現れたのは、異様に巨大な手――指は異様に長く、節くれだった黒い甲殻に覆われ、まるで樹の根と岩を融合させたような異形の質感。
地面を掴んだその手が、グワリと指を食い込ませた瞬間、大地が軋み、石が砕け、土埃が舞い上がる。
次に、その手に引きずられるようにして、穴からせり上がってきたのは――黒く、山のように巨大な本体。
ドラゴンよりでかい!
「これが、シャザームの本体か!」
俺たちの視界をまるごと遮ってしまうほどの濃密で重い闇の塊。
その輪郭はどこか人の形を模してはいるが、肩幅は長大で、首のない胴体の上に、のっぺりとした面のような顔が浮かぶ。
その“顔”には目も鼻もなく、ただ無数の光の点がちらちらと瞬いている。
まるで深海の底からこちらを見つめる、得体の知れぬ生物のように。
「シャザームパンチ!」
黒い巨人の拳が、3つあるドラゴンの頭部――その真ん中へと振り下ろされた。
重力すら無視するかのような、そのゆったりとした動きは、一見すると鈍重にすら映るのだが――次の瞬間、空気が裂けるような轟音とともに、拳がドラゴンの頭部に直撃した。
鈍い衝撃音が周囲に響き渡り、まるで山が崩れるような勢いでドラゴンの首がのけぞる。
その巨大な身体が、パンチの余波で浮き上がるように揺れ、金色の鱗が剥がれると、牙が砕け、血と破片が飛び散った。
時間が追いついていないだけで、実際はかなりのスピードがあるのだろう。
攻撃の瞬間、空間がゆがみ、風が一瞬逆流したものと思われる。
「すげぇぇぇぇ!」
喜んでいるのはイロハだ。
「怪獣映画か!」「もう、人間の戦いじゃありませんねぇ」
巨大な質量のぶつかり合いに、姫とカオルコが呆れている。
「聖なる盾」
サナが唱えてくれた防御魔法に、飛んできた破片がヒットした。
「おお、ありがとうな。サナ」
「はい」
「シャザームキック!」
シャザームの攻撃は終わらない。
今度はドラゴンの腹を巨大な脚が蹴り上げた。
黄金の山がもんどり打ってひっくり返ると、地面が揺れる。
こんな攻撃は、冒険者だけじゃ無理だよな。
姫が言っていたように、これじゃ怪獣映画だ。
「おっと! 見とれている場合じゃなかった」
ドラゴンがひっくり返ったら、俺の出番だ。
俺はアイテムBOXから、デカい魔石を取り出す。
さっき試した攻撃を、早速実戦で使うときがきたか。
成功するかは解らんが。
「ダーリン!」
姫が叫ぶ。
「離れていろ! ドラゴンが暴れるかもしれん」
魔石を両手で持つと、ジャンプ――ドラゴンの尻尾に飛び乗った。
そのまま、助走をつけて、再びジャンプ。
「おらぁぁぁ!」
大きく振りかぶると、ドラゴンのケツにそいつをぶち込んだ。
魔力を溜め込んだ魔石が爆発するのは解っている。
アイテムBOXから、剣を取り出すと、硬質な鱗がない粘膜の部分に突き刺した。
「ギョォォォ!」「ギェェェェ!」「ギャァァァ!」
3つの首から同時に違う音色の叫ぶ声が上がる。
「いけぇぇぇ! 必殺! ナムサンダー!!」
ドラゴンの巨体に、魔剣から放たれた稲妻が轟音と共に迸った。
雷光は鋭い閃光となって、鱗の隙間を貫き、肉の奥へと突き刺さる。
ドラゴンの叫び声が響き、痙攣する巨体から、俺は飛び退いた。
――次の瞬間。
ドラゴンの腰のあたりで、なにかが割れる音――その直後、鱗の隙間から閃光が漏れ、内側から膨れ上がるようにして肉が炸裂した
分厚い鱗ごと骨が弾け飛び、破れた皮膚の裂け目から熱と血が一気に噴き出す。
内臓――巨大な肝臓のような塊や黒ずんだ腸のようなものが、爆風に乗って空中を舞い、粘液まみれの肉片が地面や壁に叩きつけられていく。
強烈な鉄臭さと、生温かい血の霧が周囲を覆い、俺の顔にも何か生暖かいものがかかった。
ドラゴンは耐えきれず、苦悶の叫びをあげながらのたうつ。
「やったぜ!」
魔力を込めた魔石は魔法で起爆できる。
トリモチや接着剤を塗って、弱点に貼り付けてから、ライトニングで起爆――みたいなこともできるかもしれない。
巨大な金色の魔物はまだ生きているが、腹が内側から裂け、内臓が飛び出ている。
これではもう助かるまい。
「ゲァロロロロロ!」
そう思ったのだが――ドラゴンはのたうち3つの首をこちらに向けた。
口を開けると大量の体液が噴き出す。
最後っ屁でもかますつもりだろうか。
「シャザームチョップ!」
テツオの声が、まるで戦場の号令のように鋭く響く。
巨人が、黒い手刀をドラゴンの首をめがけて振り下ろした。
漆黒の影から形づくられた巨大な刀が、空気を切り裂いて振り下ろされる。
山が崩れ落ちるような圧倒的な質量――。
口を開けたドラゴンの首に叩きつけられると、鈍い破砕音が響き渡った。
まるで鉄塊を押し潰すかのように、分厚い鱗が砕け、筋肉と骨が一瞬でひしゃげる。
「おおっ! テツオサンキュー!」
俺は剣を握ると、地面を蹴ってジャンプ。
敵の懐――まさしく内臓がなくなって空になっている腹の中に飛び込んだ。
熱気と湿気、生臭いにおいが襲ってくる。
見上げれば、機械のように規則正しく動くデカい臓器――心臓だ。
「おらぁぁぁぁ! ナムサンダー!」
そいつに剣を突き刺すと、再びの電撃を巨大な魔物にお見舞いした。
焦げるにおいと白い煙が立ち込める。
「ゴァァァ!」
ドラゴンの叫び声が、臓物を伝声管のように伝わり、腹腔内に響く。
一度激しく、身体ごと内臓に揉まれてシェイクしたのだが、すぐに静かになった。
上を見れば、さっきまで拍動していた臓器もビクビクと不規則に震えている。
「ふぅ……うわっぷ!」
これで終わったのだろうか?
一息つくと、臓物まみれになっているのに気がついた。
慌てて外に出ようとしたのだが、身体が硬直する。
「つ?!」
続いて身体が光り始める。
久しぶりのレベルアップだ。
「ダーリン!」
外から姫たちの声が聞こえるのだが、身体が動かない。
「レベルアップしてて動けない。周囲を警戒してくれ」
「承知!」
「やれやれ……」
しかし――テツオとシャザームの手助けなしに、こんなデカブツとまともに戦って勝てるか?
こんな地面の割れ目の奥底で、逃げるのもままならんだろうし。
それでも、他の連中もいずれここまでやって来るんだろうか。
無謀な冒険者たちのことを考えていると、レベルアップが終了した。
ステータスを見る。
レベルは70を超えた。
「ふう……」
やっとドラゴンの臓物の中から這い出る。
「ダーリン!」
抱きつこうとしてきた姫を止める。
「姫、悪い――洗浄の魔法をかけてくれ。血まみれだから」
「わかった、洗浄!」
彼女の魔法が俺の身体に染み込むと、魔物の体液やら臓物などが乾いて、下に落ちていく。
魔法がなけりゃ、こんなの洗うなんて絶対に無理だな。
感染症やらの心配もしなくてはならなくなる。
魔法様々だ。
「ふう……」
やっと一息つくと、姫に抱きつかれた。
「ダーリン!」
「久しぶりにレベルアップしたわ」
「ダーリン、いくつになったんだい?」
イロハは俺のレベルが気になるようだ。
「70超えたよ」
「マジか~」
それはさておき、この大物を処分しなければならない。
「悪い、テツオ――カットを頼めるか」
「よっしゃ」
巨大なシャザームの手に乗っていた彼だが、徐々に黒い巨体が小さくなっていく。
「神さまのオッサン! それがその黒いやつの本体なのかい?!」
「まぁな。フルパワーなら、もうちょっとデカくなれると思うんだが……」
「マジかよ~」
「あんな大きなシャザームさんで、戦う敵がいるんですね……」
サナがつぶやく。
「そうだぜ~サナちゃん。我が神の敵ってやつだ」
ドラゴンも一発で屠るようなシャザームで戦う敵ってのは、どんなやつなのだろう。
俺が考えている間にも、テツオが黄金のドラゴンを解体していく。
黄金の3つの頭を落とし、尻尾を切る。
さすがに、三分割すれば、楽勝でアイテムBOXに入った。
「ダイスケさん!」
アイテムBOXをいじっていると、サナが叫んだ。
「なんだ?!」
辺りの白いモヤは、まるで意志を持つかのようにゆっくりと渦を巻き、その奥、濃淡を繰り返す霧の狭間に――なにか黒い影が揺れた。
モヤを押し分けるようにして、人影らしきものが、静かに、じわりと現れはじめたのだ。
輪郭がぼやけていて、顔も服もよく見えないが、人ならざる威圧感だけが先に伝わってくる。
霧の中から滲み出してくるような、冷たく硬質な気配。
「ついにこの聖なる地まで汚すつもりか。この不届き者め」
俺たちの前に姿を現したのは、裸にローブを羽織った、あの迷宮教団の女。
「やっぱり、仕留めてなかったのか」
「レンちゃん!」
突然、サナが叫んだ。
女の横に、小さなローブが現れたのだ。
サナが叫んだように、以前ダンジョンで行方不明になった、レンに見える。
彼女も裸にローブを羽織って、隣の女と似たような格好をしていた。
サナの呼びかけにも答えず、表情が固定したまま顔に張り付いているようだ。
まるでかき消す――いや、白いモヤに溶けるように2人の姿が消えると同時に、地面に振動が伝わってきた。
「また、ドラゴンか?!」
姫が叫んだのだが――俺の背中がざわざわしている。
嫌な予感がするのだが。
振動が地面を這うたびに、俺の胸の奥に嫌な圧迫感がじわじわと広がっていく。
まるで心臓を握られたまま、少しずつ力を込められているような——そんな不快な感覚。
その白いモヤの奥からやってくる気配は、ただの魔物のそれではない。
怒りや殺意といった生き物らしい感情すら通り越して、純粋な「悪意」——こちらの存在そのものを否定し、踏みにじろうとするような、底の知れない敵意が、モヤを通じて肌を焼くように伝わってくる。
音もなく迫るそれに、俺の本能が警鐘を鳴らしていた。
「逃げろぉぉ!!」
迫りくる恐怖に俺は、皆に叫んでいた。




