132話 ドラゴンゾンビ
俺たちはダンジョンの深層へのアタックを繰り返していた。
途中、休息のためにダンジョンの温泉に寄ると、そこで幽鬼たちのパーティーと鉢合わせした。
彼らも7層を巡回して、レベルアップをしている最中だ。
幽鬼たちをはじめ、他の冒険者たちも7層の階層主を撃破して、8層に進出してくるに違いないが――。
彼らには、深層の強い味方――ハーピーたちがいない。
彼女たちのナビゲーションがなければ、広大なダンジョンの中で遭難をするかもしれない。
テツオが持っていた、方向指示器の魔道具があれば帰還が可能だが……。
魔石を使った魔道具が実用化されるのは、かなり先かもしれない。
それまで、ダンジョンの攻略は8層で止まってしまうだろう。
いや、冒険者たちが、想像もしない攻略方法を編み出すかもしれない。
帰巣本能を利用したいなら、鳩や犬を使う手だってある。
切羽詰まればなんだってやるのが人間だ。
それはさておき、8層でのレベルアップをしてついに俺たちは9層に降り立ったのだが……。
俺たちの前に姿を現したのは、かつての威厳を微塵も残さぬ、巨大なドラゴンのアンデッドだった。
初めて見る魔物に、俺は撮影用のカメラを回す。
腐って溶けた魔物の体躯は今なお圧倒的な質量を誇っていたが、皮膚はところどころ腐り落ち、黒ずんだ骨があらわになっている。
鱗も全身を覆っていたはずなのに、今ではまばらにしか残っておらず、ひび割れたそれは古びた瓦のように脆く見えた。
それ以上に俺たちを襲ったのは、鼻腔を突き破るような異臭だった。
「グロロォォォォ!」
腐りかけた魔物の口から、黒ずみ、ところどころ崩れた歯の隙間から、ねばついた膿のような液体が垂れ落ちる。
その奥から漏れ出したのは、声とも唸りともつかない、不快な震えを伴う音だった。
それはまるで、腐葉土の中に閉じ込められていた空気が、無理やり押し出されるような音。
「おえぇぇぇぇ!」
我慢しきれず、イロハが嘔吐を繰り返す。
「くせぇぇ!」
テツオはシャザームの中に隠れてしまった。
ただの腐敗臭ではない。
死肉と硫黄が混ざったような、あるいは血と泥が腐った沼の底から湧き上がるような、あまりにも重く、湿り気を帯びた臭気。
空気そのものが濁っているかのようで、一瞬、肺が拒絶反応を起こす。
喉の奥が痒くなり、胃が反転するような感覚に襲われて、思わず息を止める。
「姫! 大丈夫か? カオルコとサナは?」
「うぐぐ……」
「うう……」「う~」
皆が口を押さえており、今にも吐き出しそうだ。
ドラゴンが口を開くたびに、その牙の隙間からさらに濃密な瘴気が吐き出され、それがあたりの空気をねっとりと侵す。
それは、足元の土すらじゅうじゅうと腐らせているように思える。
眼窩には瞳はなく、ただ赤く濁った光だけがぼうっと灯り、そこには生者への強い憎悪と怨念だけが宿っていた。
腐肉が骨に張り付いた翼を軋みを上げてゆっくりと持ち上げるたび、その臭気がぶわりと周囲にまき散らされる。
「うげぇぇ! こんなのどうするんだよ! ダーリン!」
さすがのイロハも、顔が真っ青だ。
「アンデッドなら、サナの出番だろ!」
「ぐぐぐ……や、やります!」
「皆、サナの時間を稼ぐぞ!」
「し、しかし、ダーリン、こんなのどうやって?!」
姫の言うとおりだ。
普通の斬撃などが効くとも思えん。
すでに死んでいるんだから、痛みも感じないし。
「ん?! 死んでいる!?」
そうだ。
すでに死んでいるなら、アイテムBOXに――って、どう見てもこいつは10m以上ある。
無理だ。
それでも、魔物の気をこちらに向けさせないと。
俺はアイテムBOXから、剣を取り出した。
なんの変哲もない、ドロップアイテムの剣と、最近俺が使っている剣。
「おりゃぁぁぁ!」
巨大なゾンビの肉に、くるくると回った剣が突き刺さった。
「グロロォォォォ!」
「喰らえ! ナムサンダー!」
閃光と稲妻が暗闇を裂いて、駆け巡った。
ドラゴンに刺さった剣が避雷針となって、青白い魔法の稲妻を引き寄せてくれる。
「グロオォォ!」
腐敗した肉の塊に、剣から迸る雷光が直撃した。
鈍く重い衝撃音とともに、肉の内部まで電流が貫通し、ブチブチと爆ぜるような音が響く。
魔物が叫び声を上げたのだが、効果があったようにも見えない。
湿った腐肉が一瞬にして焼け焦げ、黒くひび割れながら崩れていき、その表面からは白い煙が立ちのぼった。
漂う白いもやは生臭く、焦げた脂の匂いと、腐敗の名残を混ぜたような、吐き気を催す悪臭を含んでいる。
「圧縮光弾! 我が敵を撃て!」
カオルコの魔法も闇を走ったが、そのまま腐った肉を突き抜けてしまった。
「くそ! こいつは厄介な……」
サナのほうをチラ見するが――まだ時間がかかりそうだ。
多分、このにおいのせいで、集中ができないのかもしれない。
どうしたもんかと、攻めあぐねていると――突然、空間の歪みすら感じさせるように、黒い「なにか」が地面から這い出した。
影とも煙ともつかぬその存在は、意思を持った蛇のようにうねり、まっすぐドラゴンゾンビの巨体へと突進する。
まるで音を飲み込むかのような沈黙の中で、それは寸分の迷いもなく、腐りきった鱗と骨を貫通した。
「シャザームか?!」
あまりの激臭に、影に潜ってしまったテツオだったが、彼の相棒を使って援護をしてくれたようだ。
鈍く裂ける音が一瞬遅れて響き、影が魔物の胸から尾の先まで一気に走り抜ける。
次の瞬間、ドラゴンゾンビの身体は真っ二つに裂け、内側から溜まりきった腐敗の膿と血が噴水のように噴き出した。
空気を刺すような刺激臭が辺りに満ち、どろりとした内臓の塊が地面に崩れ落ちる。
骨と皮だけで辛うじて保たれていた構造は、もはや原形をとどめていない。
千切れた肋骨の間から、まだ腐りきらぬ筋肉がびちゃびちゃと跳ね、死の気配を撒き散らしていた。
「おえぇぇぇぇ!」
「うぷっ!」「むぅぅぅ~」
女の子たちが口を抑えているのだが、指の隙間から吐瀉物が漏れ出している。
「いきます!! 退魔!!」
両手を胸元に組んだ聖女から、静かな祈りの言葉が紡がれると、その足元から白く輝く光が湧き上がった。
まるで精霊の息吹のように、淡いモヤが地面を這うように広がっていく。
その光は冷たく、しかし清らかな温もりを宿しており、触れた空気さえも聖別するかのよう。
白い光が腐敗したドラゴンの足元に達した瞬間、それはまるで硝子を砕くかのように崩れ始める。
骨の継ぎ目から、肉の腐敗した断面から、細かな光の粒が吹き出し、チリのように宙に舞った。
その身体は徐々に、構造を失った積木のように形を保てなくなり、砕けた破片が一粒一粒、白い光となって空へと昇っていく。
「おおっ! さすが、聖女!」
闇を満たしていたキラキラが去ったあとには、真っ白な骨だけが残っていた。
本当に真っ白に浄化されていて、標本みたいな感じだ。
「あっ!」
サナの身体が白い光に包まれた。
レベルアップだ。
辺りに――魔物の気配はない。
ハーピーたちも、どこかに避難しているようだ。
近くには見当たらない。
「みんな大丈夫か?!」
「うう……」「うぷ……」
姫とカオルコはまだ口を押さえている。
これは、一種の状態異常かもしれない。
「イロハは?」
「うわぁぁぁぁん! もうこんなの嫌だよぉ!」
デカい戦士が、地面にペタンと座りガン泣きしている。
虫に囲まれたときに、姫が幼児退行してしまったが、今度はイロハか。
まぁ、こんな極限状態じゃ仕方ない。
サナのほうをチラ見して確認――大丈夫か。
イロハの大きな身体を抱くと頭をなでなでしてやる。
「もう、大丈夫だから」
「うわぁぁん! ふぐっ! ふぐっ!」
マジで泣いてるよ。
イロハは、くさいのが駄目か。
今度アンデッドドラゴンが出たら、下がらせたほうがいいな。
それはいいが、こんなのターンアンデッドを持っている魔導師とか聖職者がいないと、絶対に無理じゃん。
それゆえ、9層ってことなんだろうけど。
イロハを慰めていると、影から首が出ている。
ちょっと驚いてしまったが、テツオだ。
「もう、大丈夫か?」
「ああ、サナのターンアンデッドが決まったから、浄化されている。まぁ、若干においは残っているが……」
一帯は浄化されたが、周囲に撒き散らされて残っている腐臭もある。
それでも、あの腐った山があるよりはマシだが。
「ふぅぅ……ひで~においだったぜぇ」
テツオが影から全身を出した。
「助かったよ」
彼に礼を言う。
「こりゃ、聖女の退魔がないと、歯が立たない系か?」
「爆発系で吹き飛ばせるとは思うけど、メチャくせーだろうなぁ……」
「うわぁ、考えたくもねぇな」
テツオがひどい顔をして、舌を出している。
多分、とんでもない悪臭が撒き散らされて、皆戦闘不能になるだろうな。
「もう少し小型のアンデッドなら、アイテムBOXに入るんだが」
「そうだな。俺もアンデッドを魔法の袋に入れたことがあるぞ」
「アンデッド系の防毒マスクなどを用意したほうがいいかもしれないな……」
「おっ?! それはいいかもなぁ」
本当は化学防護服みたいなものがいいが、そういうのを着てしまうと、魔法系の防具の効果がなくなると思う。
俺はアイテムBOXを持っているからいいが、そうじゃない冒険者たちはキツイだろうなぁ。
「……」
姫も青い顔をしている。
「姫、悪いが、皆を集めて洗浄の魔法を使ってくれ」
「……わかった……うぷ……」
「いや、落ち着いてからのほうがいいか?」
「いえ、あの――このにおいで……うぷ……」
カオルコが自分の汚れのにおいで吐きそうになっている。
そうそう、つられゲロは、あのにおいのせいだよなぁ。
ちょうど、サナのレベルアップも終わった。
まぁ、アンデッドといえど、相手はドラゴンだ。
かなりの経験値が入ったろう。
もしかして、通常のドラゴンより上位種だったりするのか?
「サナ、大丈夫か?」
「は、はい……」
彼女が鼻を押さえている。
イロハの身体を抱えたりしたので、ゲロにまみれているし、ひどいにおいだ。
魔法で洗浄するために、皆で固まる。
「洗浄!」
魔法の青い光が広がると、吐瀉物まみれの冒険者は、皆綺麗になった。
やっと、においが薄まってきた感じがする。
汚れてないのは、テツオだけだ。
「オッサン! とっとと隠れやがって!」
元気を取り戻したイロハが、テツオの行動を非難している。
彼は自分の能力で敵の攻撃を躱したわけだし。
責めるわけにはいかない。
「ちゃんと援護してやったろ?」
「そのとおりだよ。マジで助かったし」
彼の言うとおり、時間を稼ぐことができなければ、サナのターンアンデッドも成功しなかったかもしれないし。
「うぐぐ……」
イロハもそれ以上はなにも言わなかった。
とりあえず、残った骨や鱗などを回収する。
骨はどうか解らんが、鱗は金になるだろう。
「おっ?!」
白い骨の山に埋もれた、でかい魔石を抱え上げた。
黒光りしている硬い塊は、バレーボールよりでかい。
こいつもアイテムBOXに入れた。
「サナ!」
彼女に渡そうとしたが、興味がないようだ。
まぁ、十分に稼ぎはあるしな。
それなら俺が使わせてもらう。
あとで、魔力をたっぷりと入れてやって、武器に転用しよう。
転ばぬ先の杖、備えあれば憂いなしってやつだ。
この先、どんな敵がいるか解らんからな。
とりあえず、やれることはやる。
「それにしてもまいったな。あんなデカいゾンビがいるとは……」
「あんなデカいアンデッドが、一発か――さすが、聖女だな」
テツオがウンウンとうなずいている。
「聖女になると、ターンアンデッドが使えるのか?」
「少なくとも、司祭とか神官クラスになれば使えるとは思うがなぁ。この世界の仕組みは、ウチの異世界とは少々違うみたいだし、よくわからん」
聖職者ってことは、ゴニョゴニョの経験あると駄目なわけだし、今後サナのような人材が現れるだろうか?
皆の顔を見る――明らかにテンションがだだ下がりになっている。
状態異常なら、ポーションが効くかもしれない。
アイテムBOXから出したポーションを皆に配った。
「いったん、引き上げるか? 防毒マスクなども用意したほうがいいかもしれないし」
「……そうだな」
ポーションを飲んだ姫が、即決断した。
「……」
いつもはイケイケなイロハも今回は、姫に賛成のようだ。
カオルコとサナも、同意した。
まぁ、今回のアタックの目的は十分に果たせた。
各人のレベルもかなりアップしたしな。
戻ってきたハーピーたちと一緒に、一旦地上に戻る。
戻りも、テツオとシャザームがいれば簡単だ。
あっという間にエントランスホールに到着した。
------◇◇◇------
――地上に帰ってから、1週間ほど英気を養い、俺は物資の補充を行う。
ドラゴン・ゾンビの動画は大バズリした。
はっきりいって、気持ち悪いと思うのだが、怖いもの見たさってのもあるのだろう。
コメント欄も、大賑わいだった。
『おぇぇぇぇ!』
『きめぇぇぇぇぇ!』
『ドラゴンのアンデッド?!』
『動画削除されないか?』
俺もそれが心配だったのだが、今のところは大丈夫だ。
まぁ、これで削除されるなら、魔物との戦闘は全部アウトだろうし。
『こんなデカいアンデッドがいるのか!』
『OMG! アンビリバボー!』
外国語のコメントも多い。
『ゾンビを一撃の白いモヤみたいな魔法はなに?!』
『ターンアンデッドみたいな魔法じゃないかと言われてる』
『そんな魔法もあるのか? まったく知られてないけど……』
『さすが、マジのトップランカーのパーティーだな』
『聖女? 聖女って聞こえたぞ?』
『たし蟹! そういうクラスがあるのか?』
『聖女なら、ターンアンデッドが使えるのか?』
しまった、聖女という言葉が入ってたのを消し忘れたな。
まぁ、大丈夫だろう。
皆がコメント欄で、キャッキャしてて、オッサンも嬉しい。
動画はさておき、今回は防毒マスクも用意した。
防護服は、ドロップアイテムの効き目がなくなってしまうので、見送った。
まぁ、においさえ防げればなんとかなると思うのだが……。
実際にマスクを装着してみると、呼吸が間に合わないことが解る。
ちょっと使うのは難しいか。
しっかりと休み、復活したメンバーと一緒にまたダンジョンに戻る。
もちろん、テツオとシャザームも一緒だ。
彼は、ダンジョンの最終地点に用事があるみたいだしな。
俺たちとしても、彼とシャザームがいれば百人力。
これほど心強い味方はいない。
まぁ、テツオの評価は女性陣からはあまりよろしくないが……。
それでもパーティを組んで9層へのアタックを繰り返す。
テツオの力は他に得難いからだが、彼はまだ本気を出していないと思われる。
シャザームの力もあんなものじゃないはず。
最終的に戦うかもしれない敵に備えて温存しているのかもしれない。
俺たちのアタックに協力してくれているだけでありがたいので、そのことについてはなにも言わない。
すでにこのメンバーでドラゴンも普通に倒せるようになっていた。
9層は、マジでドラゴンだらけだ。
いろんなタイプがいるが、とりあえずドラゴン。
レベルはおおよそで55前後か。
俺が最初にこのダンジョンにやって来てレベル49で、ヒャッハーしてたと思えば、皆が追いついてきた格好だ。
俺のレベルは70近いのだが、みんな同じ場所で巡回しているので、そのうち並ばれてしまうだろう。
オッサンとしては、若者の成長を喜びたい。
ここにいる連中は、間違いなく世界でトップのメンバーだからな。
倒したドラゴンを片付けて、一休みする。
巨大な魔物はアイテムBOXに入らなくて、以前は切るのに苦労したが、今回はテツオがいる。
彼の黒い穴の力で、硬いドラゴンの鱗もなんのその。
マジで一刀両断。
「収納!」
巨大なドラゴンの身体と尻尾がアイテムBOXに吸い込まれた。
本当は解体して魔石を取り出したい所だが、そんな暇はない。
アイテムBOXに入れる前に、尻尾の肉を切って焼いて食う。
ダンジョンでは火は使えないが、今回はテツオの魔導コンロがある。
ジュウジュウと、肉の焼ける香ばしいにおいが辺りに充満する。
「ギャースケ!」「ダイスケ! ダイスケ!」
美味そうなにおいに、ハーピーたちが騒いでいる。
「こいつらなら、少々生でも大丈夫なんだろ? うるさいから先に食わせてやるか?」
テツオがハーピーたちの鳴き声をうるさそうにしている。
「そうするか……」
彼女たちは、普段は調理などをしていないから、生肉を食うんだろうな。
それなら大丈夫か……。
猛禽類も生肉をもりもり食うしな。
「ギャギャ!」
ハーピーたちにドラゴンの肉をやると、よろこんで食い始めた。
「その魔道具ってやつは、やっぱり便利だよなぁ」
肉を食いながらイロハがため息をつく。
「八重樫グループが頑張ってくれれば、そのうち日本中で使えるようになるかもしれないぞ」
「ダンジョン以外でも使えるってことですよね?」
カオルコの言うとおり、そうなれば日本の生活が激変するかもしれない。
ドラゴンの肉を食いつつ、今後の作戦を練る。
――というのも、9層をウロウロしたのだが、次の階層への入口がないのだ。
フロアボスがいる気配もない。
ハーピーたちもぐるぐると飛び回っているのだが、ある場所を気にしている。
「姫、どうする? 怪しいのは、あの裂け目だと思うのだが……」
迷宮教団によって、この階層に飛ばされてきたとき、地面の裂け目から恐ろしい気配が漂ってきたのを覚えている。
やはり、その気配の元が、裂け目の先にいるのではなかろうか?
「う~む……やはり、あそこが一番怪しいか」
「壁沿いを進んでみても、次に進むための入口も見つかりませんし」
カオルコの言うとおりだ。
「普通なら、あの裂け目に降りるとなると、また多大な準備が必要になると思うが――俺たちにはテツオとシャザームがいる」
空を飛べるシャザームなら、あの裂け目も安全に降りることができるし、なにかあったときにも飛んで逃げることができるだろう。
最強だ。
「おれはいいぜ。おそらく、神さまからのお使いの行く先もそこにありそうだし、わはは!」
「イロハとサナは?」
「もちろんいいぜ! せっかくここまでレベルを上げたんだ。10層ってやつを拝もうじゃないか」
「私も行きます!」
ふたりとも、やる気まんまんだ。
彼女たちは、あの恐怖の気配を経験していないからなぁ。
あれはマジでヤバい存在だと思うのだが……。
このダンジョンにラスボスがいるとすれば――アレなのだろう。
多分な。
「「「……」」」
俺は姫とカオルコ、3人で顔を見合わせると、黙って頷いた。
覚悟完了ってやつだ。
食事を終えると、出発の準備をして、皆でシャザームに乗る。
「ハーピーたち! 地面の裂け目に案内してくれ!」
「ギャースケ!」「ダイスケ!」
空を飛ぶ彼女たちのうしろを、シャザームでついていく。
ここは天井が高いので、ハーピーたちも飛びやすそうだ。
覚悟を決めて、どこまでも続くかのような暗黒の空間をひたすら飛び続けていた。
光の一切届かぬ虚無のなか、羽ばたく音だけが微かに耳に残る。
重たい沈黙と、見えない圧力に心がすり減っていくような感覚の中、前方を飛んでいたハーピーたちの動きに変化が現れた。
彼女たちは急に速度を落とし、宙を舞うようにくるくると旋回を始める。
どうやら見つけたようだ。
旋回するハーピーたちの輪の中へ近づくにつれ、空気が変わった。
ぬるりとした冷気が肌をなで、胸の奥に得体の知れない不安が染み込んでくる。
ふと視線を落としたその先――。
黒く硬い地面が、まるで呻くような音を立てながら、ゆっくりと裂けていた。
大地に走った亀裂は徐々に広がり、不規則な曲線を描いて不気味な口のような形を成す。
まるで生き物が顎を開くかのように、そこは深く、底知れぬ闇を孕んでいた。
裂け目の奥から、低く唸るような音が聞こえた気が――それは風か、あるいは……何かの呼吸なのか。
「ここか――前に来た場所と同じ場所のような気がする」
「うむ! よし! 降りるぞ!」
姫が即断した。
「テツオ、いいか?」
「もちろんいいぜ」
「よっしゃ!」
イロハが拳をパチンと鳴らす。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
「ダーリン、なんだいそれは?」
イロハは、このフレーズを知らないようだ。
まぁ、今の若い子は知らないか。




