101話 角煮パーティ
ダンジョン4層にある鉄道の復旧工事を手伝った。
本当なら難工事で、計画から施工まで1年とかかかるところを1週間ほどで完了。
現場の作業は1日で終了だ。
現場責任者の小野田さんの段取りがよかったのもある。
本当に彼女は優秀みたいだ。
まぁ、優秀じゃなければ、省庁なんかには入れないとは思うが……。
いや、一緒についてきた役人の男は酷かったな。
散々皆の足を引っ張ったあげく、謝罪もなにもないまま、どこかに消えてしまった。
一体、なにを考えているのやら……。
姫の話では、良家のボンボンのようなのだが、ダンジョンじゃ身分とかそんなものは通じない。
力と運を持っているものが勝つ!
そう考えると、運が異常なほどよいサナが、最強ってことになるか?
嫌な役人のことなんぞ、どうでもいい。
俺はダンジョンでゲットしてきたオークの肉で料理を作るという大仕事があるのだ。
羽田で大型のコンロやガスボンベも買ってきたのだが、まさかホテルのあの部屋でコンロを使うわけにもいかない。
火事でも起こしたら、大変だ。
いくら、八重樫グループのお嬢様の懇意であそこにいられるとしても火事を起こしたりしたらヤバい。
いや――通路で銃撃戦をしても無問題だったし、いけるか?
少々心が揺らぐが、ホテル支配人のご厚意にあまり甘えるのもな。
――そんなわけで、特区内で調理のできる場所を探してみると――あった。
冒険者向けに厨房を貸している場所が結構あるんだな。
安宿に泊まっていたときにも、こういう場所を使えばよかったのか?
金を払えば、結構本格的な調理システムも使える場所もあるらしい。
俺はホテルを出ると、そこに向かった。
到着したのは、壁から沢山のダクトが出ているプレハブの建物。
引き戸を開けて中に入ると、質素で小さなカウンターがあった。
中も質素だ。
「ネットで予約した丹羽だけど」
「はい」
対応してくれたのは、若い男性。
まぁ、オーナーではなく、バイトだろう。
彼に本格的な調理器具がある部屋に案内してもらった。
引き戸を開けると、中には銀色のシンクやデカいコンロ。
他にも銀色の箱があったので、開けてみると――食洗機だった。
業務用だろう。
冷蔵庫などはないようだ。
まぁ、一時的に使うだけだからな。
「それじゃ、使わせてもらうよ」
「あざーす!」
金は時間単位で支払うようだ。
角煮を作るとなると時間がかかるから、それなりに支払うことになりそうだな。
まぁ、金ならあるし、それよりも――皆が喜ぶ顔が見たい。
オッサンは、若い子が美味そうに飯を食っている姿を見るのが、好きなのだ。
爺婆が、孫になんでも食わせたがるのも同じ感じだろうな。
アイテムBOXから出したオークのバラ肉を骨から剥がして、デカい圧力鍋で煮る。
業務用のコンロが2つあるので、一気に2つ煮ることにした。
全部角煮にしちゃってもいいんだろ。
若い子ばっかりだし、一瞬でなくなると思う。
「さて、俺のコンロも出すか」
アイテムBOXから、俺が買ったコンロも出すと、肉を剥がした骨を焼き始めた。
まだ肉がついているからな。
姫もこの肉を食べて、美味いと言ってたし。
そんなわけで、すべての肉を全部角煮にして、圧力鍋1個にまとめた。
まぁ、男飯のちょっと手抜き料理だが、これでも十分に美味い。
でき上がったものはアイテムBOXに入れたが――洗いものがある。
持って帰って、姫の魔法で……いや。
さっき見た食洗機があるじゃないか。
これを使わない手はない。
銀色の箱に、パウチされた説明書がぶら下がっている。
「ふむふむ……」
説明書を読む限り簡単そうだが――「およそ、2分で洗浄終了します」
「え?! 2分?!」
実家にあった市販の古い食洗機は1時間半以上かかるが……マジか……。
考える前にやってみればいい。
業務用で2分で終わるっていうのだから、マジで2分で終了するのだろう。
俺は、調理に使った圧力鍋などを入れた。
さすがに、1個しかはいらないが……。
銀色の蓋を閉じて――「ポチッとな」
すぐにモーターが回る音と、すごいシャワーの音がしてくる。
箱の中は暴風雨で、地獄と化しているのか。
――などと考えると、ブザーが鳴った。
終わったらしい。
「おおお~っ!」
銀色の蓋をあけると、中には綺麗になった圧力鍋が出迎えてくれた。
マジで2分で綺麗になるのかよ。
これは、ほしい!
実家に帰ったら、買えないだろうか?
いや、東京で買って、アイテムBOXに入れて持って帰ればいいのか。
そっちのほうが早いな。
田舎でほしいものがあっても、手に入らないことが多々あったから、俺が飛行機に乗って東京まで買いにくればいいってことか。
圧力鍋を綺麗にすると、後始末をしてカウンターで金を払い、ホテルに帰った。
――たっぷりと角煮を作った数日あと。
俺たちの部屋に人を呼んで、角煮パーティをすることになった。
一仕事終わったので、打ち上げみたいなもんだな。
顔ぶれは、俺たちとイロハ、サナ、他には小野田さんを呼んでみた。
一応、行きたいと返事が来たので来るのだろうと思う。
オークの角煮に興味津津みたいな顔をしていたし。
アイテムBOXから角煮とリブ肉を出して並べた。
ご飯もたっぷりと炊いてある。
おにぎりも用意した。
「ダーリンの料理は私のものなのに……」
なんだか、姫がブツブツ言っている。
「今回仕事を頼んじゃったのは、俺だからな」
「む~」
ドアのチャイムが鳴った。
「はいよ~」
ドアを開けると、ドア枠からはみ出す巨体。
「ははは、来たぜ~」
「ダイスケ~!」
イロハだけかと思ったら、ミオが肩車されていた。
「あれ? 2人はすでに仲良しだった?」
「いや――1階のホールで会ったんだよ」
「ミオも行きたいと言うので……」
サナがイロハの後ろから出てきた。
「ミオちゃんなら、いいぞ」
「えへへ~、私たちは駄目ですか?」「ち、ちわ~」
その後ろから、申し訳なさそうに出てきたのは、イロハの相棒魔導師のコエダちゃんと、妹のカガリ。
「今回は大量に作ったから大丈夫だよ。さぁ、入った入った!」
「わ~い! ダイスケ、見て見て~! 天井に届きそう!」
ミオが手を伸ばしているが、この部屋の天井は少々高いので、届かないだろう。
普通の家なら、届いているな。
「角煮が食いたいってことだったから、角煮しか用意してないぞ?」
「へへへ!」
イロハがニコニコしているから、問題ないのだろう。
テーブルの上に角煮が入った圧力鍋と丼を出した。
おにぎりや焼いたリブ肉が盛られた大皿なども並べる。
大鍋で炊いたご飯と豚汁も出す。
あとは、紙コップやら烏龍茶だな。
どんだけ山盛りにしても、この顔ぶれだと、これだけあっても一瞬でなくなりそうだな。
「わぁぁ!」
コエダが歓声を上げた。
「こうやって、好きなだけ盛って食え」
丼の1つにご飯を盛って、圧力鍋の角煮を上に乗せて見せた。
「なんだそれ! 絶対に美味いやつじゃん!」
カガリもよだれを垂らしている。
「おっしゃ! 食うぜぇ!」
真っ先に手を出したのは、イロハだ。
俺が盛った丼は、ミオに渡した。
ちょっと少なめだ。
「……」
行儀もクソもないイロハに、姫が渋い顔をしている。
「なんこりゃ、んめー!」
「ヤバい! 美味い! 美味すぎて死ぬぅ!」
イロハ姉妹はやかましいな。
すごい勢いで丼をかき込んでいる。
「本当に美味しいですね! オークは美味しいですけど、いつも焼いてばっかりですし」
「美味しい!」
コエダとサナも美味しそうに食べている。
「そこにある骨の周りの肉を焼いたやつも、美味いぞ」
「いただきぃ!」
カガリが手を伸ばした。
「さて、俺も食うか」
自分の分を用意をすると、ソファーに座ると、ミオが俺の膝の上に座ってきた。
「ダイスケと一緒に食べる!」
「当然のように、そこに座るんじゃない!」
「はぐはぐ」
ミオは姫の抗議を無視して角煮を食べている。
この子は、大物になるかもしれない。
「美味しいかい?」
「これ好き~!」
どうでもいいが、膝の上に座られていると、俺が食いにくいな。
俺も角煮の柔らかさを味わっていると、玄関のチャイムがなった。
「はいよ~! ミオちゃん、ちょっとどいてな」
俺だけ立つとドアを開いた。
「お客さまをお連れいたしました」
外にいたのはいつも案内をしてくれるお姉さん。
その後ろにいたのは、私服の小野田さんだった。
「こ、こんにちは」
今日の彼女の服装は、黒っぽいゆったりとしたワンピースに、茶色のパンツを穿いて、小さなショルダーバッグを下げている。
「いらっしゃい~。本当に来てくれるか、心配でしたよ」
「あ、あの、オークの角煮の話を聞いたら、夢に出ちゃって……」
彼女が恥ずかしそうにしている。
「よぉ! ダンジョン以来だな!」
イロハがまっさきに挨拶してくれた。
こういうところが、彼女のいいところだ。
「こ、こんにちは、お邪魔いたします」
小野田さんが、ちょっと中腰で入ってきた。
「さぁさぁ、駆けつけ3杯」
「無理です!」
イロハの冗談だ。
酒は出していないし。
「ははは、肉は好きなだけ盛って。遠慮しているとすぐになくなるよ」
彼女にご飯を盛って上げた。
「じ~っ……」
「あ、あの、桜姫さんが睨んでいるんですけど……」
「ああ、俺が女性に少し優しくしていると、いつもああなんだ」
「ダーリン!」
「ご飯盛ってあげるだけだよ。はい、どうぞ」
「は、はい――いただきます……」
小野田さんが肉を盛って、ご飯と角煮を口に運んだ。
そういえば、ここにいるのは冒険者という、普通じゃない人間ばっかりだけど、彼女は違うな。
俺がソファーに座ると、ミオがすぐに膝の上に戻ってきた。
「どうかな?」
「はぐはぐ……なまらんまーい! んぐ!」
叫んだあと、彼女は口を塞いでいる。
「あれ? 小野田さん、もしかして試される北の大地出身なの?」
「は、はい」
「そうなんだ。俺も道南なんだよ」
「私、札幌です!」
彼女が意外という顔をしている。
「へ~! でも今じゃ、札幌から東京の大学って、大変じゃない?」
「あの、奨学生プログラムで……」
「やっぱり、優秀なんだ」
「そ、そうでも……ないですけど」
世界が静止して、人口が減り続けている。
企業も公務員も、優秀な人材の確保は急務だ。
もう年功序列も崩壊しているし、余計な人材を抱えている余裕もない。
とりあえず大学に入ったって、仕事は一次産業しかない。
それなら、学校など行かず最初からダンジョンに潜ったほうがいい――と、考えるのもむべなるかな。
イロハのデカい声が響く。
「桜姫! いつもこんな美味いもん食ってんのかよ! ズルいぞ!」
「別にずるくはないだろう。私のダーリンだぞ」
「いつも俺が作っているわけじゃないぞ。外の屋台から買うこともあるし、ホテルのルームサービスのこともある」
「ルームサービスってよさそう……」
コエダが漏らすのだが。
「お決まりの料理しかないから、一通り食べるとな……ちょっと変化球が食いたくなることもあるし」
「あ~、解ります」
小野田さんが頷いた。
「ジャンクなものも食いたいこともあるし」
「ハンバーガーとか」
「そうそう、おにぎりとウインナー、うずらの卵とか、遠足弁当みたいなもの、たまに食いたいし」
「あ~、食べたいです!」
俺と小野田さんが話していると、姫が機嫌悪そうにしている。
「そういうのは、食べたことがないんだが……」
「ええ? 2人とも、超お嬢様だから、そういうのは食わないかなぁ~と思って」
「わかるわかる! いつも、フランス料理とか食ってそうだよな、わはは!」
俺の言葉に、イロハが大笑いしている。
「そんなわけがないだろう」
「まぁ、ダンジョンの中じゃ食糧事情が厳しくなるから、姫とカオルコもなんでも食べるよね」
「背に腹は代えられないというか……慣れました」
カオルコが苦笑いしている。
慣れたってことは、最初はやっぱり抵抗あったんだろうなぁ――と、察せられる。
「はぁ~、でも――仕事から帰ってくるとお料理ができている生活っていいですよねぇ」
小野田さんがため息を漏らしながら、しみじみと語っている。
「お仕事大変そうだな」
「この、豚汁も丹羽さんが?」
「ああ、ウチの芋とオークの豚汁だ」
「北海道でお芋を作ってたんですか?」
「そうそう、地元は北海道メークイン発祥の地だからな」
「へ~そうなんですね~」
「そうそう、美味い食事中に嫌なことを思い出せちゃいますけど、あの男ってどうなりました? 途中でいなくなっちゃいましたけど……」
「作業員たちからの証言もあり、処分が言い渡されることになっていましたが――」
「なんかあったのかい?」
「どうやら、音信不通になってしまったらしく」
やつの上司も頭を抱えているらしい。
上から下から大変だな。
あいつも良家のボンボンみたいだし、そっちからの抗議もあるんだろう。
「逃げたか、引きこもっているのか」
彼女の話では、地方に左遷の可能性もあるらしい。
「まぁ、いいところのお坊ちゃんが、ダンジョンでプライドズタズタだろうしなぁ」
「ほっとけよ、ダーリン。あんなやつ。飯が不味くなるぜ」
話を聞いていたイロハが、嫌そうな顔をしている。
「ああ、スマン」
サナが大人しいと思ったら、黙々と角煮丼を食べていた。
「ミオも、ダイスケのご飯、毎日食べたい」
「んぶ!」
ミオの言葉を聞いて、姫が咳き込んでいる。
なんだ? まぁ、聞きようによっては、プロポーズのように聞こえんでもない。
俺が言ったら、100%プロポーズの言葉になるが、今どき「毎朝、君の味噌汁が飲みたい」なんて、言うやつがいるか?
そもそも、今は味噌汁も作らんだろうし。
「ちょっと毎日は無理かな~」
「今日は、キララちゃんも食べたいって言ってたんだよ」
「キララが? あいつは関係ないだろ。図々しいやつだな」
人に「死ね」とか言っておいて。
「ん?」
スマホに連絡が入った。
買い取りのオッサンからだ。
どうやら、鱗がエメラルドでできたドラゴンの買い取り相手が決まったらしい。
「サナ」
「なんひぇほう?」
彼女は角煮を頬張っていた。
「あのエメラルドドラゴンの買い取りが決まったようだぞ」
「んぐんぐ! 本当ですか?」
「ああ、あんなの買うやついるんだな」
バラバラで売るのか、どこかが一括で買い上げたのか。
「ダーリン、ありゃまだ売れてなかったのかい?」
「ねーちゃん、あれだけのもの、今まで市場に出たことがなかったから、値段をつけるのがむずかしかったんだよ」
これは、イロハ姉妹の言うとおりかもしれない。
「そうなんだよ。ものがものだからな~」
「ダイスケさんが行くなら、私も行きます」
「もちろん、君も当事者だからな」
「はい」
「ああ、以前に言ったとおり、魔石は俺にくれよな」
「大丈夫です。覚えてますから」
「む~!」
姫が不機嫌そうだ。
「姫もついてきてもいいけど……」
「え~? 桜姫さん、関係ないじゃないですかぁ」
俺の言葉にサナが不満を漏らした。
「ダーリンが行くなら、私も行くのが当然」
「え~?」
「わはは! 面白そうだな! あたいも行くかな? 見てみたいしな」
どうやら、イロハも見学希望らしい。
いいけどさ。
それはさておき、オークの角煮パーティは好評で終わった。
――皆で角煮を食べた数日あと。
俺たちは、羽田にいた。
一緒にやって来たのは、姫とイロハ、サナ。
「いやぁ、ひでぇ目に遭った」
イロハの黒い革のジャケットが海水に濡れている。
「ほらぁ! 桜姫さんがいると、魔物に襲われるんですよ!」
また、海上で魔物に襲われたのだ。
今回の魔物は魚――と、いっても普通の魚ではない。
トビウオのように空を飛んで襲いかかってくるのだ。
いや、襲いかかるというか、ただ飛んでいるだけなのかもしれないのだが、空を飛ぶためのヒレが刃物のように鋭い。
普通の人間なら、切られて大怪我をするだろう。
「うぐぐ……」
もしかしたらと思っていたら、その可能性が高いのかもしれない。
これで3回目か、4回目だっけ?
特区外で湧きなんて、そうそう起こらないのだが、単なる偶然ともいい難い。
「運のいいサナと一緒なら、エンカウントしないんじゃないかと思ったんだが……」
「桜姫さんから、魔物を呼び寄せる変なにおいでも出てるんじゃないですか?」
「うぐ!」
「こら!」
俺が怒ったら、サナがイロハの陰に隠れた。
本人に言うなって言っただろう。
サナの言うとおり、姫のあのにおいが魔物を引き寄せているのだろうか?
それとも、やっぱり幸運値が著しく低いのか。
においの件は、姫も気にしているとはいえ、自身が洗浄の魔法を覚えて、それも薄れたと思ったのだが……。
「ここじゃ、もう魔法も使えないしな。濡れ鼠のまま行くしかないか」
被ったのが海水なので、潮くさい。
特区に戻れば、姫の魔法が使えるが。
「もうここまで来ちゃったら、仕方ないぜ」
「イロハの言うとおりだ。行こう」
「……」
心なしか、姫の元気がない。
気にしているのだろうか。
「気にするな」
「大丈夫だ」
まぁ、このぐらいで折れるような姫ではないと思うが。
俺たちは、歩いて倉庫街までやって来た。
なん回かやって来ている、巨大な魔物の解体施設だ。
「ダーリン、このデカい倉庫で解体しているのかい?」
イロハは背の高い建物を見上げている。
「そうなんだよ。俺が大物を持ち込むので、作ったらしい」
「ははは! そりゃ、ダーリンのアイテムBOXがなけりゃ、大物といってもせいぜいトロルぐらいのもんだしな」
デカい倉庫の小さな扉を開けると、冷気が外に漏れ出してきた。
「ちわ~!」
「ん!? おお! 兄さん来たか!」
「ちょっと遅れたかな? 海で、湧きに遭ってしまってな」
「はは、そりゃ災難だったな」
「へ~、こりゃすげーなぁ!」
イロハが天井を見上げている。
「おお! ゴーリキーのお姉さんじゃねぇか」
「オッス!」
まぁ、彼女も魔物やら魔石を売買しているから、知り合いでもおかしくはない。
「イロハ、服が濡れているが、大丈夫か?」
冷凍庫ではないが、倉庫の中はちょっとひんやりしている。
「大丈夫だ」
「お~、今日はべっぴんさん揃いで、景色がいいぜぇ。ここは野郎しかいねぇから、潤いがなくていけねぇ」
俺が買い取りのオッサンと話していると、白い防護服のようなものを来た女性が走ってきた。
「丹羽さん!」
「おお、センセ――こんにちは~」
「サナ、こちらは魔物の研究をしている大学の先生だよ」
「こ、こんにちは」
「こんな女の子も冒険者なんですか?」
「彼女は上位ランカーだよ」
「へぇ!」
全然違うところから、反応があった。
オッサンたちが、聞き耳を立てていたんだろう。
「それよりも、こういうのもゲットしたんですよ」
俺はアイテムBOXから、今日海で穫れた魔物を出した。
「魚ですか?」
「トビウオのように飛んできたんですが――ほら、ヒレが刃物のようになっているんだよ」
「うわ~! すごい! これは見たことがないタイプですねぇ!」
「でしょ?」
センセが、魚のヒレを広げて喜んでいる。
「兄さん、その魚も売るのかい?」
「いや、こいつは帰ってから焼いて食ってみようかと。サンマみたいじゃん?」
「ははは!」
ワイワイとやっていると、奥から声が聞こえてきた。
「お~い! そろそろ始めてくれや~」
「おっといけねぇ! 大事な仕事を忘れていたぜ」
俺のアイテムBOXからドラゴンを出す準備をする。
なにしろデカいから、作業員たちにも怪我をしないように、配慮しなければならない。
「よ~し! 兄さん、いいぜぇ!!」
「出すぞ~! 召喚!」
青白い蛍光灯に照らされた薄暗い倉庫の中、突然、きらめく緑色の光をまとった巨大なドラゴンが空中から落下してきた。
その姿はまるで宝石のようにきらめき、全身を覆う鱗は翡翠を思わせる深い緑色――妖艶な輝きを放っている。
着地すると、コンクリートの床に硬い石をぶち撒けたような高い音が倉庫の壁にこだました。
作業員たちはその場に立ち尽くし、まるで時間が止まったかのように呆然としている。
「「「おおお~っ!」」」
静けさの中に石を投げ入れたように、周りにいた作業員から歓声があがった。
「きゃぁぁぁぁ!」
突然、黄色い歓声があがった――センセだ。
「は~! こいつはいつ見てもスゲーもんだなぁ」
オッサンが感心している。
「それはいいけど、買い手が決まったって、バラで? それとも丸ごと?」
「丸ごと全部よ!」
突然倉庫内に、聞いたことがある高い声が響いた。
「カコ?!」
その声に姫が反応した。
そうだ、カコさんの声だが……。
声をする方向を見ると、白いパンツ、派手なジャケットを着てハイヒールの彼女が歩いてきた。
え? もしかして、八重樫グループで丸ごとお買い上げ?