第五十三話 協力会社
「もう限界です~」
「ちくしょう~俺が若い頃はこれぐらい屁でもなかったんだが、流石に歳には勝てねぇか」
「んだんだ……」
自分の持ち場でぐったりするヒイラギ製作所の従業員達。
フクさん、マサさん、シゲさんはここのところ働き詰めだったから、疲れるのも無理はないだろう。というより、普通に考えて五十代オーバーのお歳寄りにやらせる仕事量じゃないしな。
「悪いけど新田君、これ以上は無理かもしれない」
「……ですよね。身体を壊したら元も子もありませんし」
ヒイラギ製作所の社長であり、鈴乃の父親である柊鋼太さんの話に、俺はマサさん達の様子を見ながら頷いた。
ヒイラギ製作所は現在圧倒的な人手不足に陥っている。
ヒイラギ製作所が新たに開発した新型ジョイントパーツを搭載した新生ヒイラギ式魔道具は、俺のこれまでの伝手を使ってギルドやセイバーに宣伝すると瞬く間に広がった。
その成果もあり大量に買取の注文が寄せられたのだが、ヒイラギ製作所の従業員の数では生産が全然間に合わない。
それでも鋼太さんを初めマサさん達が頑張って製造してくれていたんだけど、ついに体力の限界がきてしまったんだ。
帝国式魔道具が度重なるクレームを受けているらしく、今がヒイラギ式を売り込むチャンスなだけに勿体ない気はするが、これ以上マサさん達に無理をさせる訳にもいかない。
そこで俺は、ふと思いついた打開策を鋼太さんに聞いてみた。
「ねぇ鋼太さん、従業員を新しく雇うってのはどうですか?」
「それは私も考えたんだけど、それでは今抱えている問題は解決できないんだよ。新型ジョイントパーツを作るのにはマサさん達のような優れた技術力が必要なんだ。新人を雇ったしても、技術力を身につけるのは数年かかるからね」
「そうですか……」
「それに悔しいけど、元々ウチのような小さな町工場の規模では今受けている注文を捌くことなんて現実的に不可能なんだ」
鋼太さんの話を聞いた俺は、項垂れながらため息を吐く。
新しい従業員を雇うのも駄目で、規模も駄目なら打つ手がない。もはや万策尽きた状況にどうすればいいんだよ~と頭をガシガシ掻いていると、鋼太さんが真剣な顔で口を開いたきた。
「そこで義侠君に相談があるんだ」
「何ですか?」
「他社に、魔道具を製造している他の会社に協力してもらうのはどうだろう」
「それってヒイラギ製作所以外の会社に、新型ジョイントパーツを作るのを手伝ってもらうってことですか?」
そう聞くと、鋼太さんは「うん」と頷いて、
「魔道具メーカーなら魔道具の知識もあるし、マサさん達にも劣らない優れた技術力を備えた人だっている筈だ。それにウチより大きな工場なら、製造ペースが早く大量の注文も捌ける。
ウチが生き残るにはこの方法しかないと思う。ただ、ウチは義侠君と専属契約を交わしているから、最終的な判断は君に任せるよ」
「何言ってるんですか鋼太さん、ナイスアイデアですよ! そうしましょう!」
ヒイラギ製作所の生き残る術を教えてくれた鋼太さんに、俺は勢いよく賛成した。
彼が言う通り、他社に協力してもらえれば技術力と人手不足の問題が一気に解決される。だったら迷う必要なんてどこにもない。
「ありがとう、義侠君ならそう言ってくれると思っていたよ」
「でも、当てはあるんですか」
「まだないけど、色々な魔道具メーカーにあたってみるよ」
「わかりました。お願いします、鋼太さん」
それから数日後、ダンジョンから帰ってきた俺に鋼太さんが協力会社の件について聞いてきた。
「義侠君、協力会社のことなんだけど……」
「見つかりましたか?」
「うん。目ぼしい会社を探していたんだけど、一社だけ条件が合うような会社があったんだ」
「なんて会社ですか?」
そう尋ねると、彼は資料を見せてくれながら会社名を告げる。
「岡本工業だ」
「岡本工業……この会社ならいけそうなんですか?」
「うん。元々は車や飛行機に使われるパーツを造っていた会社なんだけど、“大災害”後から魔道具メーカーに方向転換したんだ。それが功を奏して会社もどんどん大きくなって、会社の規模も従業員の数もウチなんかとは比べものないならないぐらい上だよ」
「へぇ~凄ぇな」
鋼太さんに説明してもらった俺は感心するように資料を読んだ。
確かにこの会社なら、ヒイラギ製作所が抱えている問題を解決できるみたいだな。
やったじゃないですか! と喜ぶが、ふと疑問が浮かんでしまう。
「そんな凄い会社なら、既に他のギルドと契約してるんじゃないですかね……」
「それがそうでもないそうなんだ」
「どういうことですか?」
「岡本工業の情報は私の知り合いから教えてもらったんだけど、どうもこの会社は今経営が傾いているらしい」
「そうなんですか?」
魔道具メーカーとしての実績も凄く会社も大きいのに、何故そんな事になっているんだろうか。訳を聞いてみると、鋼太さんは難しい顔を浮かべて、
「岡本工業は帝国ギルドと専属契約を交わしていたんだよ」
「帝国ギルドだって!? じゃあもしかして……」
「ウチと全く同じ状況って訳さ。完全内製化を目論んでいた帝国ギルドから一方的に契約を打ち切られて、倒産しかけているって聞いたよ」
「くそ……また帝国ギルドかよ」
あいつら、ヒイラギ製作所だけじゃなくて他所の会社も全部切りやがったのか。
マジで血も涙もねぇな。今までの恩や繋がりを切り捨てまで、完全内製化っていうのがそんなに大事なのかよ。
ん? でも待てよ……それってつまり――、
「こう言ってはなんですけど、俺達にとってはチャンスじゃないですかね?」
「その通りだよ義侠君。ウチと岡本工業は帝国ギルドに煮え湯を飲まされたという共通点がある。それに今は倒産しかけているほど仕事がなく、他のギルドとも契約していないみたいだし、きっとウチの誘いに乗ってくれる筈だ」
「ならすぐにでも連絡してみましょう! 他から誘われる前に!」
「わかった。岡本工業に連絡してみるよ」
話は纏まり、鋼太さんは岡本工業に連絡してみた。
すると向こうも興味があるらしく、直接話を聞きたいと言ってくれたので、翌日俺と鋼太さんは車に乗って岡本工業を訪ねたのだった。
◇◆◇
「岡本工業の岡本です、よろしくお願いします」
「ヒイラギ製作所の柊です、よろしくお願いします」
「リベンジギルドの新田です。えっと……すいません、名刺がなくて」
「いえいえ、構いませんよ。さぁ、おかけください」
岡本工業を訪ねると俺と鋼太さんは社長室に通され、岡本さんと挨拶を交わしながら名刺交換をする。だけど俺は名刺を貰うだけで渡せなかった。
しくったな……俺も一応社長だし、名刺の一つでも作っておけばよかった。後で安井さんに聞いてみよう。
俺と鋼太さんが客席に座ると、岡本さんが鋼太さんに尋ねる。
「本題に入る前に少しお聞きしたいのですが、柊さんはもしかしてヒイラギ式魔道具を開発したあの柊さんでしょうか?」
「はい、そうです。とは言っても、ヒイラギ式を開発したのは先代の……私の父なんですが」
「おお! やはりそうでしたか! いや、名前をお聞きした時はもしやと思ったんでけど、やはりそうだったんですね! 私も一人の技術者として、魔道具を開発した柊さんを尊敬しているんです。
柊さんが魔道具を開発してくれたお蔭で、しかもあれほど凄い技術を独占せず世に出してくれたお蔭でどれだけの魔道具メーカーが救われたことか。勿論ウチもそうです。いや~魔道具の生みの親である柊さんと出会えて光栄だ!」
「あはは…恐れいります」
魔道具の基礎を開発した会社が鋼太さんだと知って、岡本さんは興奮しながら鋼太さんの手をぐっと握る。
やっぱり技術者からすると、先代は偉大な人だったんだな。
それにしても岡本さんって結構熱い人なんだな。
イカつい顔立ちに、身体が大きくてぽっちゃり体型。最初会った時は熊みたいな人だと少し恐いイメージを抱いたが、情熱があって良い人そうだ。
「あ~すいません、つい興奮してしまって」
「いえ、お気持ちは凄く分かります。私も一人の造り手として先代を尊敬しておりますから」
「そうですよね。じゃあ本題に入りましょうか。確か、ウチに仕事を頼みたいというお話でしたよね」
そう聞いてくる岡本さんに鋼太さんは「はい」と頷くと、
「現在ウチは新型のヒイラギ式魔道具を開発したばかりなのですが、従業員が少なく注文に全く追いつかない状況でして……」
「おお、それは羨ましい悲鳴ですね。なるほど、それでウチに白羽の矢が立ったという事ですか」
「はい。岡本さんのところはウチなんかよりも大きいですし、優秀な技術者さんも沢山いるでしょうから、是非力をお貸していただけないかと」
「そうですねぇ……」
鋼太さんの話を聞いた岡本さんは、腕を組んで背もたれに深く身体を預けながら考える。迷っていそうな彼に、俺は追随するようにあの事について話す。
「失礼ですが、岡本さんの事情はこっちの方で少し調べさせていただきました。帝国ギルドとの専属契約を切られて、困っているみたいですね」
「お恥ずかしい、その事を知っていましたか。まぁ仕事を頼もうとするんですから調べるのは当たり前ですよね。
新田さんの言う通り、現在ウチは帝国ギルドに契約を切られて、次の取引先も見つからない状況です」
「でしたら俺達と一緒にやりませんか? 帝国ギルドに切られたのはヒイラギ製作所も同じです。共に力を合わせて、帝国ギルドに下剋上しませんか?」
真剣に説得するが、岡本さんは「う~ん」と悩むと、
「そう言っていただけるのは大変嬉しいんですが、この話……返事を待ってもらえませんか」
「そんな……どうしてですか?」
「義侠君、無理に言っちゃ失礼だよ。会社の未来がかかっているんだ、そんなすぐに決断はできないよ」
「っ……すいませんでした」
鋼太さんに窘められた俺は岡本さんに謝罪する。
引き受けてくれると思っていただけに、つい焦っちまった。そうだよな……そんなすぐに返事はできないよな。
「構いませんよ。こちらこそ今すぐに返事をできなくて申し訳ない。そうだ、折角遠いところから来ていただいたのですから、工場を見学していってみてははどうですか」
「いいんですか?」
「勿論ですよ」
という事で、俺と鋼太さんは岡本さんに案内されながら工場を見学する。
分かっちゃいたけど、岡本工業はヒイラギ製作所よりも規模が大きくて従業員の数も圧倒的に多い。それに工場内が綺麗だし、設備も充実していた。
立派な魔道具の工場を見学する俺は、「お~!」とつい子供のようにはしゃいでしまう。
見学を終えた後、岡本さんが俺と鋼太さんを見送ってくれた。
「今日はお話を聞いてくださりありがとうございました」
「こちらこそ、遠いところありがとうございます。柊さんの話はこちらで検討し、一週間以内にはお返事させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
「工場を見せてくれてありがとうございました。凄い楽しかったです」
「あはは、ありがとうございます」
最後に別れの挨拶をして、俺達は岡本工業を去る。
車に乗っている時、運転している鋼太さんに話しかけた。
「引き受けてくれるといいですね」
「そうだね。岡本さんも情熱がある人だし、できるなら私も一緒にやりたいよ」
鋼太さんの言う通り、岡本さんは熱い人だった。
工場を見学していた時も、熱く語りながら俺に色々教えてくれたし、仕事に情熱を持っている人なんだろう。
俺は窓の外の風景を眺めながら、岡本さんと一緒にやりたいと強く思ったのだった。




