プロローグ2
「工場がストップしてからもう一か月です。どうするんですか岡本社長、このままじゃウチは潰れますよ」
「そんな事は分かってるさ!」
部下からの問いに、岡本工業の社長である岡本和也は怒鳴るように返すと、苛立ちを表すようにぐしゃぐしゃと髪を掻き毟る。
岡本工業は現在、倒産の危機を迎えていた。
元々車や飛行機などのパーツを製造していた岡本工業は、1999年に起こった“大災害”を機に、魔道具製造メーカーへと舵を切った。
その方針転換が見事功を奏し、岡本工業は魔道具メーカーとして第一線の地位を築き上げる。小さな工場は規模を拡大し、中小企業ではあるがそれなりに大きな会社へと成長を遂げた。
さらに政府公認の民間軍事会社の中でも日本トップの大企業である帝国ギルドと専属契約を交わしたことで、業績もウナギ登りで会社の名前も大きく知れ渡った。
魔道具メーカーに方向転換し成功を収めた岡本は社員達や世間から先見の明があったと持て囃され、会社も順風満帆で将来も安泰だと思われていた。
がしかし、順風満帆なのは数か月前までの話だった。
突然、取引先である帝国ギルドから専属契約を切らせていただくと告げられてしまったのだ。
その理由は帝国ギルドが独自に魔道具を開発していて、“帝国式”というブランドを作る為にも完全内製化を図りたいからというものだった。
余りにも一方的な契約打ち切りに対し「冗談じゃない!」と岡本は帝国ギルド側に猛抗議したが、帝国ギルドは頑として打ち切るということだけを伝えてくる。
『お願いします! なんとかっ……なんとかなりませんか!? ウチと帝国ギルドさんは十年以上一緒にやってきた仲じゃないですか! それなのに、突然契約を打ち切るなんてあんまりですよ!』
『我が社の方針なので、申し訳ございませんがご理解ください』
『そんな事言わずに! これまで通り一緒に造っていきませんか!? お願いします! どうか……どうかこの通り!!』
『土下座ことされても無駄です。では、これで失礼します』
『待って、待ってください!!』
土下座して必死に頼む岡本に、帝国ギルドは無情な対応のまま去ってしまった。
そういった経緯があり、岡本工業は現在取引先がおらず仕事が無くなってしまい、このままだと倒産の危機を迎えてしまう状況に陥っている。
「他のギルドとの話はどうなっている?」
「駄目です……営業部の皆が懸命に目ぼしいギルドと交渉していますが、どこもすでに他社と契約しているか、ウチとは契約できないと言って断られています」
「そうか……」
悔しそうに俯いて報告してくる部下に、岡本はやるせない表情を浮かべてため息を吐いた。
この数か月間、岡本は何もしてこなかった訳ではない。
帝国ギルドにもう一度考え直して欲しいと直接訪ねに行ったり、会社と契約してくれそうな各ギルドに営業しに行ったりと手を尽くしていた。
だが今のところどちらも上手くいっていない。
帝国ギルドには門前払いを喰らってしまい、各ギルドへ契約をお願いしに営業に行っても全て断られてしまった。
岡本のたった一つのミスは、帝国ギルドと専属契約をしてしまった事だろう。
もし他のギルドと幾つか契約していれば、一瞬で仕事が0になってしまう事はなかった。今更他のギルドに仕事を持ちかけても、大手や中堅のギルドは既に他社と契約してしまっている。
だが岡本の判断も間違ってはいない。
大企業の帝国ギルドと契約すれば将来的に会社が安泰なのは間違いなく、ここまで会社を大きく出来たのもまた帝国ギルドと契約したお蔭だったからだ。
まさか十年以上一緒にやってきた帝国ギルドから無慈悲に契約を切られるなんて、誰が考えられるだろうか。
「どうするんです社長、このままでは社員全員が路頭に迷うことになってしまいますよ」
「くそ……何か手はないのか!?」
会社を生き残らせる方法が見つからず、岡本がドンッと机を叩いていると、バンッと突如扉を強く開かれ社員が慌てた風に入ってくる。
「社長! 大変です!」
「なんだいきなり……何があった?」
「そ、それが……帝国ギルドが尋ねてきたんです!」
「帝国ギルドが……?」
社員の口から放たれた衝撃の報告に、岡本は怪訝そうな表情を浮かべた。
◇◆◇
「私、帝国ギルド魔道具開発部“部長”の清水です」
「はぁ……それで、本日はウチに何の御用でしょうか?」
いきなりやってきた帝国ギルドの清水という者から名刺を受け取った岡本は、彼を客席に座らせるとすぐに本題に入った。
「話の前に、まずは岡本工業さんとの窓口だった“前部長”の真柴がした失礼をお詫びさせていただきたい。その度は誠に申し訳ございませんでした」
「は、はぁ……」
立ち上がって真摯に頭を下げて謝ってくる清水に、岡本は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべてしまう。
それはそうだろう。
いつも傲慢な態度でいた帝国ギルドが頭を下げてくるなんて滅多にないからだ。
今まで岡本工業とやり取りをしていたのは真柴という男だった。
だが真柴は帝国式魔道具の不具合や故障の責任を取らされ次長に降格し、代わりに清水が部長に昇格された。
真柴はずっと傲慢な態度を取ってきて嫌な人間だったが、この清水という男は礼節を弁えているような印象を受ける。
清水は再び着席すると、岡本に要件を伝える。
「今日私が訪れたのは岡本工業さんに仕事の話をしたいと思って参りました」
「それって……まさか!」
「はい、お考えの通りです。こちらから一方的に契約を切った身としては大変図々しくはありますが、我が帝国ギルドは岡本工業さんと是非もう一度取引をさせていただきたいと考えております」
「そうですかそうですか! 良かったぁ……帝国ギルドさんからそう言っていただけて大変ありがたいです!」
まさかとは思ったが、本当に契約をしてくれると清水から聞けて大喜びする岡本。
これで会社も倒産することもないし、従業員を路頭に迷わせずに済む。一安心した岡本は、ふと気になったことを尋ねた。
「でもどうして急にウチと契約してくれることになったのでしょうか?」
「我が社が開発した帝国式魔道具が、現在不具合を起こしている事は御存知でしょうか?」
「ええ……まぁ……」
清水の話に、岡本は小さく頷く。
同業の噂を聞く機会はいくらでもあり、岡本の耳にも入っていた。
何でも、帝国式が次々と不具合を起こしてしまい、ダンジョンを攻略する救済者達からクレームを受けていると。
「お恥ずかしながら、不具合の原因は我が社の社員の技術不足だったのです。そこで岡本工業さんにお願いしようと考えました。岡本工業さんは設備も整っているし、何より経験豊富な技術者が沢山いらっしゃいますからね」
「なるほど、そういう事でしたか……ウチとしましては技術力を買っていただいてありがたいです。是非、力を貸させてください」
「ありがとうございます。ですが岡本社長、御社と再契約するにあたって、実は一つだけ条件を付けさせていただきたいのです」
「……条件?」
上手く話しが纏まると思っていたところに、突然不穏な言葉を告げられて眉を顰める岡本が「何でしょう?」と尋ねると、清水は笑顔でこう言った。
「帝国ギルドの傘下に入っていただきたいのです」
「傘下って……ウチを買収するってことじゃないですか!? 何で再契約するという話で、ウチが買収されるという話になるんですか!?」
「我が社は完全内製化の為に岡本工業さんと切りましたよね? しかし再契約となると、内製化には至りません。ウチとしましては内製化に拘っていましてね、だからそちらを買収し、名前を変えていただきたいのです」
「それはそちらの都合だろう!? 何でウチが買収されなきゃいけないんだ!」
ふざけるなと怒鳴る岡本に、清水は「まぁまぁ落ち着いて」と制し、続けて話す。
「そんなに興奮しないでください。岡本工業さんにとっても悪くない話なんです。そちらは大企業である帝国ギルドとずっと仕事が行えますし、我々から経営なども一切口出しはしません。社長も貴方のままです。
これまで通りやってくれればいいのですよ。ただ、名前だけ変えていただければね」
「その名前が会社にとっての命なんじゃないか! あんたそんな事も分からないのか!?」
「では、この話は断ると?」
「ああ、断らせてもらう!」
断固反対する岡本に、清水はふぅ~と大きくため息を吐くと、
「でもいいんですか岡本社長? このままでは御社は倒産してしまうのではないですか?」
「どうしてそれを……」
「それぐらいリサーチ済みですよ。ねぇ岡本社長、冷静に考えてみてください。これは御社にとっても有益な取引だ。
名前を変えるだけで会社は更に成長し、帝国ギルドの恩恵を得られるんですから。それに、従業員を路頭に迷わせたくはないでしょう?」
「……少し、考えさせてください」
「分かりました、良いお返事をお待ちしておりますよ。では今日はこれで失礼しますね」
清水を乗せた高級車が去っていくのを見送りながら、岡本は悩んでいた。
「どうればいいんだ……」
会社の命である名前を守るか、買収されて従業員達を守るか。
岡本工業の暗雲な未来とは裏腹に、青々とした空を見上げながら岡本は深く息を吐いたのだった。
◇◆◇
「大将、ビールもう一本」
「お客さん、それくらいにしておきな」
「これが飲まずにいられるか……いいから頼むよ」
「はいはい」
カウンターに突っ伏しながら促してくる面倒な客に、居酒屋の店主はため息を零しながら新しいビールを注ぐ。グッとジョッキを煽るその男は、ダンッと叩くようにジョッキをカウンターに置いた。
「何で私が……」
突っ伏しながら愚痴を吐くこの男は、帝国ギルドに所属するB級セイバーの武藤健司である。
何故彼がこれほどやさぐれているのかというと、自身の真っ暗な未来に嘆いているからであった。
元々自衛官であった武藤は、ダンジョンの脅威から市民を守りたいと考え、自衛隊を退職してから帝国ギルドに就職しセイバーとなった。
自衛隊であった為に身体も鍛えられており、銃の扱い方や戦闘能力も身についていたのでセイバーとしても優秀であり、早々にB級に昇格した。
順調な出世コースを歩んでいた彼は同期や上司達からも期待されていたのだが、とあるダンジョン攻略によって出世コースから落第してしまう。
そのダンジョン攻略とは、栃木県の日光東照宮に出現した難易度C級のダンジョンだった。
統率能力に長けた武藤は他のギルドやセイバーを纏めるレイドリーダーとなりダンジョンを攻略する。
初めは作戦通り順調に攻略していったが、武藤以外の帝国ギルドのB級セイバーとその部隊が勝手な行動を取り、ダンジョンコアを破壊しに行ってしまう。
恐らく自分で手柄を欲したためであったが、そのB級セイバーと部隊はドラゴン級の守護者によって全滅してしまった。
無所属のC級セイバーと各ギルドの懸命な戦いによってガーディアンを倒し攻略自体は成功したが、武藤は帝国ギルドに所属しているB級セイバーと多くのC級セイバーを死なせてしまった責任を取らされてしまう。
日光東照宮ダンジョンを攻略して手柄を上げればB級ダンジョン攻略部隊に配属される予定だったのに、それどころか処罰を下されてしまい二度と出世コースを歩むことが出来なくなってしまったのだ。
『残念だったな武藤! 俺はお前の『元自衛官上がりですから』みたいな真面目ぶってスカしている態度が前から気に食わなかったんだよ!
はっ、ざまぁみやがれ! あーそれと、お前が配属される予定だったB級部隊には俺が配属されることになったからな』
同期には散々馬鹿にされ、上司からは失望されてしまう。
それでも諦めずC級部隊の隊長として一から這い上がろうとしたが、突然本部からC級ダンジョン攻略部隊全体の業績が悪化しているからと達成ノルマを上げられてしまい、朝昼晩と一日中ダンジョンに出動する羽目になってしまう。
『もう限界ですよ武藤さん! こんなノルマ達成できる訳ないじゃないですか!』
『皆もう疲れ果てて、この状態でダンジョンに行っても死んでしまいます!』
『お前達の言いたいことは私も同じだ。だけど仕方ないんだ……私も頑張るからさ、もう少しだけ頑張ろう』
無茶なノルマに部下達から不満の声が上がるが、武藤も彼等と同じ気持ちだった。
こんな無茶なノルマを達成できる訳がない。本部は現場を何だと思っているんだ。こっちはセイバー達の命が掛かっているんだぞ。人を消耗品だと勘違いしているんじゃないか。
そんな愚痴を、ここずっと毎日酒を飲みながら吐いていた。
「私はもう駄目かもしれない……」
限界だ……自分についてきてくれる部下の為にも頑張ってきたが、これ以上はセイバーとしてやっていける自信がない。
そんな事を思っている武藤に、誰かが声をかけてきた。
「あれ、お前さん確か帝国ギルドの武藤って奴じゃなかったか」
「あ~言われてみれば。あの時は世話になりました」
「君達は……」
自分を知っている者は誰だと顔を向けると、二人の男を見た武藤は目を見開いた。
何故なら彼等は、日光東照宮ダンジョンを共に戦い抜いた山田ギルドの山田と、無所属のC級セイバーであった新田義侠だったからだ。




