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第五十話 決戦

 



「それで、今更帝国ギルドさんがウチに何の用ですか」


「ふん、こっちだってこんな下町のボロい工場になんか来たくありませんでしたよ」


「ああん!? 喧嘩売ってんのかテメエ!?」


「ちょっとマサさん、落ち着いて!」


 ヒイラギ製作所の小さな応接室には八人の人間が居た。

 片側はマサ、フク、鋼太、シゲの順で椅子に座り、鈴乃とトメは端っこで立っている。


 そして対面側には、帝国ギルドの帝恭哉と真柴が座っていた。


 裾を巻くって飛びかかりそうになるマサを、隣にいるフクが制止させる。そんな彼等を見て、恭哉は下種な笑みを浮かべながら口を開いた。



「それにしてもまだ会社を畳んでいなかったんですね。驚きましたよ」


「ど、どの口が言っているんですか! 契約を一方的に切って、銀行やギルドにまで圧力をかけてウチを潰そうとしたのは貴方達だろう!」


「そーよそーよ!」


「さぁ、なんのことか分かりませんね。そちらとの契約は切りましたが、圧力をかけたなんて心外ですよ」



 恭哉の言葉にふざけるなと怒鳴った鋼太にトメが追随する。だが恭哉は、両手を広げて知ったことかととぼけた。


 喧嘩腰の恭哉の態度に、ヒイラギ製作所の全員が顔を怒りに染めた。


「もういいです、貴方達とは話したくない。早く要件を言ってください」


「そうですね、こちらとしても同じ気持ちです。おい、あれを出せ」


「はっ」


 恭哉に命令された真柴は、バックから小さな部品をテーブルの上に出す。


 部品を目にした鋼太達は目を見開く。その部品は、ヒイラギ製作所が開発した新型のジョイントパーツだったからだ。



「……何故それを貴方達が持っているんです」


「ここ最近、セイバーの間で話題になっている魔道具がありましてね。調べて入手したところ、どうやらおたくが製造した魔道具だということが判明しました。

 従来の物とほとんど同じ構造なのに、一点だけ違うところがあった。それがこのジョイントパーツです」


「だから何です」


「潰れかけのおたくがどうしてこんな物を開発できたのか、そして全国のセイバーに売り渡すことができたのかは非常に気になりますが、まぁ今は置いておきましょう。

 それでね、このジョイントパーツを弊社でも取り扱えないかと思ったのですが、どうやらこのパーツは特許品になっているそうじゃないですか」


(助かった……)



 帝国ギルドが無断でジョイントパーツを使おうとしていたと聞いて、鋼太は胸中で安堵の息を吐く。


 部品が完成した時に特許を取得していなかったら、今頃帝国ギルドに使われていただろう。それを未然に防げたのは、義侠が特許を取得しようと助言してくれたからだ。


 安心している鋼太達に、真柴が本題を告げる。



「そこでご相談なんですが、このジョイントパーツを特許ごと弊社に譲っていただきたい」


「ふざけんじゃねぇ! そんな事できる訳ねーだろうが!」


「んだんだ!」


 真柴のふざけた提案を聞いたマサとシゲが間髪入れずに却下する。だが真柴は想定通りという顔を浮かべていて、続けてこう言った。



「勿論タダでとは言いません。相応の値で買い取らせていただきます。そうですね、五千万でどうでしょうか?」


「お断りします」


「はっ! おたくも交渉が上手いですね。なら七千万でどうです? こんなちっぽけなパーツを一つ渡すだけで大金が手に入るんだ。こんなに美味しい話はないでしょう?」


「お金の問題じゃない。そのジョイントパーツは私達が毎晩徹夜で試行錯誤し、研究に研究を重ねてようやく完成した大切な物だ。例え一億積まれたって貴方達に譲るものか!!」



 大金で買い取ろうとしてくる真柴に切れた鋼太がドンッとテーブルを叩きながら怒鳴り声を上げる。鋼太の想いは、ヒイラギ製作所の全員が一致している。


 折角皆で造り上げたジョイントパーツを、帝国ギルドになんかに渡してなるものかと。


 鋼太は怒りをそのままに、真柴を睨みつけながら吐く。



「それだけじゃない。貴方は今このジョイントパーツを“ちっぽけなパーツ”と言ったが、そのちっぽけのパーツさえ造れなかったのは貴方達じゃないか。

 人から奪うだけで、自分達はもっと良いものを造りたいという気持ちはないのですか? 技術者としてのプライドが貴方にはないのか!?」


「くっ……」


「それとも、大企業の帝国ギルドが下町の工場が造る物を超えられないんですか! だから金で奪うと!? 天下の帝国ギルドが聞いて呆れる!」


「ぐぅぅぅぅ!!」



 気迫が籠った鋼太の言葉に、真柴は悔しそうに奥歯を噛み締める。


 ヒイラギ製作所から特許を買い取るという事は、帝国ギルドの技術力が下町の工場に負けたと自ら認めているものだ。

 真柴も一人の技術者として、ヒイラギ製作所に敗北したのが悔しくない筈ない。


 よく言ってやった! と皆がスカッとし気持ちが晴れる中、恭哉が突然パチパチと拍手をする。



「技術者の矜持……という奴ですか。けどね、そんなくだらない物で大金を棒に振るって本当にいいんですか?」


「何が言いたいんです」


「はっきり言いますと、ジョイントパーツ(これ)は貴方達にとって宝の持ち腐れでしょう。浮かれている内はいいかもしれませんが、本当にこんな工場で長続きすると思いますか?

 受注も間に合っていないようですし、すぐに力尽きてしまんじゃないですか。ほら、おたくの従業員に若い人は一人もいないどころか、爺さん……おっと失礼、ベテランの方が数人いるだけじゃないですか」


「「っ……」」


 恭哉の言葉に、鋼太達は初めて言い返せず黙ってしまう。

 図星だった。現在ヒイラギ製作所は受注に製造が間に合っていない。工場の規模も小さく、従業員も少ない上に鋼太達は皆が五十代以上だ。


 このままではいずれ倒れる者が出てくるだろう。現に、ベテラン達は満身創痍で倒れる寸前。恭哉の言う通り、早い内にヒイラギ製作所は力尽きてしまうかもれない。


 ――それでも。


「それでも帝国ギルド(あなた達)だけには渡さない」


「なんだと?」


 断固拒否する。

 それは鋼太だけではなく、ヒイラギ製作所の総意だった。そして鋼太は、恭哉にこう告げる。



「帝国ギルドがウチに何をしたか分かりますか? 貴方は覚えていなくても私はしっかりと覚えていますよ。一方的に契約を切り、助けて欲しいとお願いしても無碍にされた。

 このジョイントパーツだって、貴方がちゃんと見てくれたら改良の可能性に気付けたんだ。それを貴方は知ったことかと足で踏みつけた!」


「……」


「それどころか、ウチを潰す為に圧力までかけた。そんな非道な真似をしておいて、謝罪の一言も無しにジョイントパーツを売ってくれだと……?

 冗談じゃない! ふざけるのも大概にしろ! これは私達が造った大切な物だ! 例え会社が潰れたって貴方達なんかに渡すものか!!」


 鋼太は立ち上がると、出口に向かって指を指し、



「貴方達の顔など二度と見たくない! ここから出ていけ! 出ていけぇええええ!!」


「……」



 雷音の如く凄まじい怒声に真柴も身体を竦ませる中、恭哉は言われた通り立ち上がって出ていく――ことはせず、身体から魔力を迸らせる。


 恭哉から溢れる威圧感に鋼太達が息を呑んだ。



「言うじゃないですか。そっちがそのつもりなら、こっちも実力行使に出るしかなさそうですね」


「な、何をしようと……」


「な~に、少し痛い目に遭うだけですよ。まぁ、ウチに逆らおうなんて思い上がりを二度と出来ないようにするぐらいはね」


 そう言って鋼太に近付こうとする恭哉に、待ったの声がかかった。


「相変わらずだなぁ帝、あれから何も変わっちゃいねぇ」


「誰だ貴様?」


「はっ……俺の顔を忘れたのか?」


 突然割り込んできた漆黒の外套を羽織る青年に、恭哉はじっと見つめる。青年の顔を思い出したのか、恭哉は顔を驚愕に染めた。



「ば……馬鹿な!? 何故貴様がここにいる、新田義侠!!」


「ほう、顔だけじゃなくて名前まで覚えていたか」



 そう。部屋に入って恭哉に声をかけたのは、部屋の外でずっと待機して話を聞いていた義侠だった。


 三年ぶりに再会を果たした二人は、因縁の敵を睨めつける。僅かな静寂の後、最初に口を開いたのは恭哉だった。



「質問に答えろ。何故貴様がこんな所にいる」


「何故も何も、俺はヒイラギ製作所の関係者だからだよ」


「関係者ぁあ?」


「ああ。俺がヒイラギ製作所に投資して、柊さん達と一緒にこのジョイントパーツを完成させたんだ」


「貴様が!? 何故貴様如きがそんな金を持っている!」



 たかが一般人にそんな金を出せる訳がないと納得できない恭哉に、義侠は笑って答える。



「実は俺、セイバーなんだ。お前と同じでな」


「せ、セイバーだと!?」


「知らなかったようだな。まぁ俺のことはいい。おい帝、ヒイラギ製作所に手を出してみろ。もしそんな事をしたらその時は俺がお前を潰すからな」


「潰すだと……はっ笑わせるな! 貴様如きがこの僕に敵う筈がないだろうが! 貴様と僕じゃセイバーとしての格が違うんだよ!」


「格ねぇ……」


 威張る恭哉に、義侠はふんと鼻で笑う。その態度が気に食わなかった恭哉は「思い知らせてやる!」と吐き捨て義侠に殴りかかった。



「「――あっ!?」」



 突然の暴力に皆が驚愕する中、恭哉の拳が義侠の顔面を捉える――ことはなかった。


「こんなもんかよ」


「なにぃ……!?」


 恭哉が放った拳は、いとも簡単に義侠に受け止められてしまったのだ。


 そんな馬鹿な!? 僕のパンチを受け取められる筈がない! と言わんばかりの表情を浮かべる恭哉に、義侠はほんの少しだけ魔力を解放した。


「「っ……」」


 義侠の身体から溢れ出る魔力に、この場にいる誰もが息を呑む。恭哉のそれとは比べものにならない重苦しい圧力に、恐れを抱いて生まれたての小鹿のように足が震えてしまう。


 そして恭哉は鋼太達よりもそれを顕著に感じている。

 同じセイバーだからこそ理解わかってしまう。義侠のセイバーとしての実力が、自分より遥か高みにいることを。


 ビビッて固まっている恭哉の拳をぐっと握り締めると、義侠は鋭い眼光で睨みつける。



「先に手を出したのはお前だぞ帝。俺がやり返しても文句はないよな」


「ちょ待っ……それは……」


「けど今度は顔が腫れる程度じゃないぞ。顔が吹っ飛ぶかもな」


「ひっ!」


「それが嫌ならヒイラギ製作所に手を出すな。そして二度とその面見せるんじゃねぇ!」



 義侠は恭哉の拳を放り投げるように離すと、最後に一言。



「失せろ」


「ひぃぃいいいい!!」


「あっ、待ってください恭哉様!」


 義侠の圧力に悲鳴を上げた恭哉は、逃げるように部屋を出ていく。置いてかれた真柴も、這いずりながら去っていった。


 そんな情けない悲鳴を聞こえた義侠は放出していた魔力を消す。そして笑顔で鋼太達に声をかけようとしたが、どうやら彼等の様子がおかしかった。



「あれ、皆どうしたんですか」


「どうしたも何も、腰が抜けそうですよ義侠君」


「おい坊主、心臓に悪いことすんじゃねぇ」


「んだ……んだ」


「おしっこちびれちゃうかと思いましたよ」


「あ~、すいませんでした」


 鋼太達に責められる義侠は、やり過ぎたと反省して謝る。

 恭哉を脅すためとはいえ、ちょっとやり過ぎてしまったようだ。セイバーならともかく、一般人が恭哉の魔力にあてられたら平常ではいられないだろう。


 まぁそれでも、義侠としては本当に僅かな力しか出していないが。


「義侠さんって、本当に人間ですか?」


「おい鈴乃、それはどういう意味だよ。俺は人間だぞ」


「冗談ですよ。それより義侠さん、危ないところを助けてくれてありがと」


 笑顔で感謝を伝えてくる鈴乃に、義侠は「おう」と頷く。


「義侠君、私からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」


「いいんですよ。それより柊さん、めっちゃかっこ良かったですよ。帝国ギルドにはっきり言った時は感動しました!」


「そうだよお父さん、アタシも聞いててスカッとした!」


「ええ……そ、そうかい?」


 義侠と娘から褒められて鋼太がデレデレしていると、マサがこう言う。



「けど、これで完全に奴等を敵に回しちまったな」


「ええ……でも最初からそのつもりだったのでいいんです。義侠君、これから大変だろうけど、よろしく頼むよ」


「はい、勿論です」


 鋼太が差し出した手に、義侠はぐっと握る。

 まだ従業員の数の問題も解決していないし、やらなければならないことは沢山ある。


 それでも一緒に手を取り、帝国ギルドと立ち向っていこうと改めて決意したのだった。



 ◇◆◇



「全く、弱小企業如きに言い負かされてのこのこと帰ってくるとはな」


 帝我園は一面の窓ガラスから眼下を見下ろしながら吐き捨てた。


 逃げ帰るように帝国ギルドに戻った恭哉と真柴は、ヒイラギ製作所との交渉に失敗したことを我園に報告した。


 ヒイラギ製作所はどれだけ金を積んだとしても、特許は譲らないと断固反対されたと。


 だが、恭哉が実力行使を使おうとした事は伏せてある。たかが義侠セイバー一人に、脅されて帰ってきたなどと口が裂けても父親には話せない。なにより、恭哉のプライドが許せなかった。


 交渉失敗の件で恭哉はお咎め無しだったが、真柴は次長に降格。そして早急に、新型ヒイラギ式に劣らない物を造れと命じられる。もし出来なければその時はクビを覚悟するようにとも言われた。



「まぁいい、あそこは放っておいてもいずれ消える。あんな弱小企業より、世界に目を向けなくてはな」



 我園は一枚の写真を見つめながら、呟くように言う。



「待っていろ『ELF』共、必ず貴様等の喉元を喰い千切ってやる」



 帝我園の瞳は、野望の炎で燃え盛っていた。



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