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第四十五話 謝罪

 



「話とはなんだね」


 次の日、安井教頭は話があると言って権田校長を校長室に呼び出した。


 機嫌悪そうに椅子に座っている権田に、安井は強張った顔で口を開く。



「校長、やはりイジメのことを公表するべきではないでしょうか」


「な、何を言うんだね君は!? そんな事できる訳ないだろう!」


「何故ですか? “帝国ギルドから多額の援助金を受け取っているからですか?”」


「“ああそうだ。我園様を裏切ったらどうなるか君もわかっているだろう!?”」



 興奮する権田とは打って変わって、安井は冷静に問いかけ続ける。



「“では、帝我園のお子さんの恭哉君と恭華君がこれまでにしてきたイジメを黙認しつ続けてきたように、今回の件も見て見ぬふりをするということですか”」


「“だからそうだと言っているだろう! さっきから君は何が言いたいのかね? 『イジメなんてなかった』。そういうことにすると我園様と約束したんだ”。

 今更取り消せる訳ないだろう。そんなことをしてみろ、学校どころか我々が消されるんだぞ」



 権田は椅子から立ち上がると、静かに安井に近付いて下卑た笑みを浮かべながら口を開く。



「なぁ安井君、今更正義感が芽生えたのかは知らんが、我園様と手を結んだ時に私達の退路は断たれたんだ。だったら一緒に甘い汁を啜らないか? ん?

 私はあともう少しで定年退職し、帝国ギルドの役員になれる。そして君はここの校長だ。これからも一緒に上手くやっていこうじゃないか」


「ではやはり、昨日のお金は甘い汁ということですか?」


「あっ、あれに深い意味はないよ。あのお金は援助金であって、それ以上でも以下でもない」


「では校長、本当に今回のイジメは公表しないおつもりですか」


「くどい! 何度も言わせないでくれ! イジメはなかった! それでこの件は終わりだ!」



 憤慨した権田はドンッと椅子に座ってしまう。

 これ以上はもう何を言っても無駄だろう。全てを諦めた安井は、ドアに向かって声をかける。



「どうぞ、入ってきてください」



 安井の声に反応したのか、ガチャリとドアが開いて二人の人物が入ってくる。

 その内の一人が、馬鹿にしたような口調で告げた。



「相変わらず我園の金魚の糞のようですね、校長」


「な、なんだね君達は!? ここをどこだと思っている!?」


「へぇ、校長室って初めて入ったけどこんな感じなんだ」



 安井に呼ばれて入ってきたのは、新田義侠と柊鈴乃だった。

 見知らぬ人物の登場に驚愕する権田は、二人に怒声を放つ。


「いきなり入ってきて失礼じゃないか! さっさと出ていきなさい!」


「校長、もしかして忘れてますか? 二年前、アンタに退学させられた新田義侠ですよ」


「――なっ!?」



 名前を告げられてようやく思い出す。

 帝恭哉に暴力を振るった件で、この場で我園と三人で話し合った生徒がいた。その生徒はあの我園を相手に一歩も退くことはしなかった。


 あの時の生徒が、眼前にいる新田義侠だったことを権田は思い出す。



「な、何で君がここに……」


「俺はここにいる鈴乃と知り合いでね、二日前に彼女がずぶ濡れで学校から帰ってきたんですよ。訳を聞いたら、帝恭華が行っていたイジメを止めたら報復を受けてしまったそうです。ここまで言えば、もう察せますよね?」


「じゃ、じゃああの動画は……」



 呆然とする権田の言葉を無視して、義侠は強い声音で告げる。



「なぁ校長、アンタはまた同じ過ちを繰り返すつもりなのか」


「な、なんの事かわからんのだが……」


「とぼけるんじゃねぇえ!!」


「――ひぃっ!?」



 突然怒声を放った義侠に、権田はひきつった声を漏らす。



「こっちは全部知ってんだぞ! 学校が帝我園から多額の援助金を受け取っていることも、それを条件に子供のイジメを黙認し全てなかったことにしてきたことも、全部知ってんだよ!!」


「な、何を言うのかね!? 言いがかりだ!」



「言いがかりだと? どの面下げて言ってんだクソ野郎! アンタは己の私腹を肥やし、自分の利益の為に我園と手を組んだ。生徒を守らなければならない校長のアンタが、非道なイジメを見て見ぬふりしろと教師達に脅すように言い聞かせ、加害者を守って被害者を見捨ててきたんだ!

 学校と教師が庇ってくれなきゃ、生徒だって立ち向かうことすらできない。そんな悪辣な環境を作ったのは、全部アンタの仕業だろうが!!」



 義侠の言葉を聞いた権田は、ドンッと机を叩いて言い返した。



「す、好き放題言いやがって! しょ、証拠がないだろう!? 私がイジメをなかったことにしたという証拠がさぁ! そこまで言うなら証拠を出してみなさいよ! ほら、ほらぁあ!」


「……」


「はっ、ないんだろ? そんな証拠なんて何一つないんだ。ったく、この忙しい時に余計な時間を取らせないでくれるかな? 目障りだ、さっさと消えたまえ」



 無言でいる義侠に、証拠がないと決めつけて勝ち誇る権田。


 そんな醜い人間を見て、義侠は哀れんだ眼差しを送りながら口を開いた。


「教頭先生」


「はい」


「な、おい……何をしている?」


 義侠に指示された安井は校長の机の裏に張ってあった録音機をピリッと剥がすと、それを義侠に渡す。


 受け取った義侠は録音機を操作し、再生した。



『何故ですか? 帝国ギルドから多額の援助金を受け取っているからですか?』


『ああそうだ。我園様を裏切ったらどうなるか君もわかっているだろう!?』


「あ……ああ……」



 録音された音声を聞いて動揺する権田を見ながら、義侠はさらに再生する。



『では、帝我園のお子さんの恭哉君と恭華君がこれまでにしてきたイジメを黙認しつ続けてきたように、今回の件も見て見ぬふりをするということですか』


『だからそうだと言っているだろう! さっきから君は何が言いたいのかね? 『イジメなんてなかった』。そういうことにすると我園様と約束したんだ』



 そこまで再生した義侠はピッとボタンを押して止めると、沈黙している権田を睨みながら現実を突きつける。



「これが何よりの証拠だ」


「安井ぃぃぃ……き、貴様……私を裏切ったなぁぁあああ!!」


「……」



 安井に嵌められたと理解した権田が彼の胸倉を掴み上げるが、安井はただ黙って口を閉じた。

 怒り狂う権田に、義侠は叫び声を上げる。



「権田ぁぁああああああああああああ!!!」


「ひぃ!?」



 怒鳴る義侠に臆した権田は、悲鳴を漏らしながら尻餅をつく。そんな権田に近付くと、義侠は見下ろしながら言い放った。



「これまでどれだけの人がアンタに苦しめられたか分かるか? 己の私服を肥やし、利益を得る為にアンタは今まで非道な行いしてきた。自分は高みの見物で、教師達に罪悪感を被せた。

 そして何よりも、イジメを受けて苦しんできた多くの子供達を見捨ててきたんだ。アンタは教師として……いや、人間として最低最悪のクズだ! 恥を知れ!!」


「あ……ぅ……」


「まだやるべき事があるでしょう、校長」



 義侠に叱咤されて茫然自失となっている権田に、安井が告げる。



「新田君と柊君は私達の罪が生んだ犠牲者です。まずは二人に謝るのが筋でしょう」


「……」


「謝れぇえええええええええええええええええ!! 権田ぁぁあああああああああああああああああ!!」



 学校中に響き渡るような怒声を放つ安井に、権田は少しずつ身体を動かす。


 両膝をつき、両手をつき、最後に額を床につけ、



「も、申し訳……ございませんでしたぁぁぁ」


「「……」」



 義侠と鈴乃に土下座して謝罪する権田を見届けた後、安井も同じように土下座して、



「許されないことだとわかっています。ですが謝らせてください。新田君、柊君、君達を守るどころか見捨ててしまい、本当に申し訳なかった」


「教頭先生……」



 真摯に謝った安井に義侠が神妙な顔を浮かべていると、安井はそのままの状態で口を開く。



「行ってください、新田君。まだやることがあるんでしょう? 私も、私のやるべきことをします」


「わかりました。後は任せます、教頭先生。行こう鈴乃」


「えっ……あ、うん」



 義侠は鈴乃を連れて、無音の校長室を退室したのだった。



 ◇◆◇



「義侠さんってあんな風に怒るんだね、ちょっと意外」


「恐かったか?」


「ううん、全然。言いたい事全部言ってくれてスッキリした。ざまーみろって感じ」


 そう言って、鈴乃はへへっと笑う。

 本当はあんな風に糾弾するつもりはなかったんだがな。校長(クソ野郎)の態度に段々腹が立ってきて、つい熱が上がっちまった。


 反省しているが、鈴乃の言う通りスッキリしたってのはある。俺も校長には苦い思いがあったからな。


「ねぇ義侠さん、これからどうするの?」


 尋ねてくる鈴乃に、俺は真剣な顔を浮かべて答える。


「これからある場所に行って最後の大詰めをやる。今回の件で、まだ許せない奴が残っているからな」


「そうなんだ」


「やってくれましたわね!」


 廊下を歩きながら鈴乃と話していると、突然背後から怒声を浴びせられる。


 なんだ? と振り返ってみると、そこには一人の女子生徒が居た。ウエーブのかかった長い金髪の、気品のある顔立ちをした女の子。

 しかし綺麗な顔は、今は般若の如く怒りに染まっている。


 誰だこの子? と怪訝そうに観察したが、はっ! と思い出す。


 鈴乃に見せてもらった動画で、酷いイジメを行っていた主犯格の女の子。


 そうか……こいつが恭哉の妹、帝恭華か。


 眼前にいる女の子が恭華だと気付いていると、彼女は大股で歩きながら鈴乃に詰め寄り胸倉を掴んだ。


「あの動画、貴女の仕業ですわね!?」


「“なんのことよ? 言い掛かりはやめてくれる?”」


「何をとぼけてっ!」


(やべっ!?)


 煽るような態度の鈴乃に切れた恭華が手を振り上げようとする。だが鈴乃は全く動揺せず、余裕綽々といった態度で口を開いた。


「“手を出すのは構わないけどさ、暴力で退学になってもいいんだ? ここには証人もいるし、それにほら、また動画を撮っているかもしれないよ?”」


「くっ! このっ!」


「あと半年も経たずに卒業なのに、暴力沙汰で退学なんてこの先大変じゃない? 偉いお父さんにも迷惑かけちゃうよ? それでもいいなら殴ってみろよ、ほら」


「この女狐っ!! こんな事してタダで済むと思っていますの!? 貴女如き、簡単に――」


「お父さんに泣きつくんだ。ダッサ! 悔しかった自分の力でかかってこいよ」



 はっきりと告げる鈴乃に、恭華は怒りで身体を震わせる。

 しかし、これ以上は分が悪いと判断したのか、恭華は掴んでいた手を放して踵を返した。



「覚えておきなさい、柊鈴乃。この借りは必ず返しますわ」


「はっ、おとといきやがれってんだバーカ」



 吐き捨てるように去っていく恭華の背中に、鈴乃は中指を立てながら悪態を吐く。


(ええ……)


 今まで見たことがない女の子同士の壮絶な口喧嘩に、俺はただ呆然としていた。


 こ、恐ぇぇ……えっ? 女の子の言い合いってこんなに恐いもんなの? なんかこう、とんでもないものを見てしまった感があるんだが。



「あ~スッキリした! 見た義侠さん? あいつの悔しそうな顔、超面白かったよね!」


「えっあ、うん……ソウデスネ」



 晴れやかな顔で聞いてくる鈴乃に、俺は機械のように同意するしかなかった。



 ◇◆◇



「編集長、証拠を手に入れたっすよ」


「マジか……すげ~なお前」


「ここにいる義侠さんが協力してくれたお蔭っす」 


 野々村ののから録音機を受け取った編集長は驚愕の声を漏らした。


 鈴乃と別れた後、義侠はののと落ち合い、出版社のダンジョンマガジン編集部を訪れていた。


 というのも、今回のイジメに関する帝国ギルドと帝蘭高校の癒着の暴露記事を世に出す為である。


 義侠が言っていた最後の大詰めとは、帝国ギルドの悪行を世間に公表することだった。


 だがそれには、帝国ギルドと学校が繋がっている確たる証拠が必要であった。その証拠を手に入れた義侠は、ののに託したのである。


 録音の内容を聞いた編集長は、静かに頷いた。


「これならイケるかもな」


「やりましょう編集長! ここでやらなきゃ駄目っすよ!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 ののが編集長を説得しようとすると、横から待ったの声を上げる者がいた。

 それは以前ののに嫌がらせをしていた、ダンジョンマガジン社長の息子である富樫とがし雄太ゆうただった。


「考え直してください編集長! 相手はあの帝国ギルドですよ!? 暴露記事なんて書いたらウチがどうなると思っているんです!

 この件についてはどの出版社も手を出していません。それは帝国ギルドが圧力をかけているからで、敵に回したくないからですよ。

 お父さ……社長だって、暴露記事なんて絶対に許しませんよ!」


「う~む……」


「構いません。やってください」


「社長!?」


「お父さん……なんでここに」


 富樫の反論に編集長が渋っていると、横から口を出す者が居た。


 それは富樫の父親であり、ダンジョンマガジンの社長だった。普段現れない社長の登場に社員全員が驚いていると、社長は微笑みながら皆に告げる。


「他社が出さないなら、ウチの一人勝ちということになりますよね。面白いじゃないですか、暴露記事、多いに結構。編集長、私が許可します。どうぞやってください」


「か、考え直してくださいお父さん! 帝国ギルドを敵にするんですよ!?」


「それがどうした?」


「へっ?」


 ポカンと口を開ける息子に、父は記者としての本質を説く。



「なぁ雄太。記者というのはね、真実を追求し、世間の皆様に本当の情報を伝える大事な仕事なんだ。時には一人の人生を潰してしまうこともある。マスゴミと揶揄されることもあるだろう。

 しかしね、それでも私達がやらなければならないんだ。悪が潜んでいるというなら、尚更暴かなければならない」



「で、でも……なにも帝国ギルドに……」



「帝国ギルドが何だ!! 大企業がなんだ! そんなものに脅えて記事一つ書けないなら記者などこの世に必要ないだろう!」


「ひぃ……」


「でも社長、本当にいいんですか?」



 もう一度確認する編集長に、社長は「構いません」と即答して、



「だって私、既に追い返してしまったんですよね。それに前々から帝国ギルドには腹が立っていたんですよ。大企業を盾に我が物顔で他のギルドやセイバーに迷惑をかけていますし、いつかやり返したいと思っていたんです」


「はは、やりますね社長。わかりました、記事を書かせていただきます。おい野々村、暴露記事はお前が書け」


「えっ、いいんすか?」



 こんな社運がかかるような大事な記事を自分なんかに書かせていいのだろうかと驚いていると、編集長は勝ち気に笑いながら告げる。


「これはお前が自分の足で取ってきた案件だ。最後までお前がやってみせろ。いいですよね、社長?」


「はい、お願いします。野々村さんが書く記事は私も好きでよく読んでいます。貴女なら大丈夫でしょう」


「わかりました! 引き受けるっすよ!」


「しゃあ、それじゃあ早速手にかかるか! 明日の朝には出すぞ! お前等今日は徹夜だ!!」


「「おおおおおおおお!!」」



 編集長の発破に、他の社員達もやる気を漲らせる。

 そんな中、ののが義侠にお礼を伝える。


「ありがとうございます、義侠さん。私、頑張るっすよ」


「俺の方こそ協力してくれてありがとう、ののさん。記事のこと、よろしくお願いします」


「はい! 大船に乗ったつもりで任せてくださいっす!」



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