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第四十三話 共通点

 



(なにこれ……)


 次の日、登校したアタシは教室の“異様”な光景に絶句する。


 ホームルームが始まる前の教室は、友達同士で喋っていたり、スマホをイジっていたり、寝ていたりと各々が違うことをしているのが普通だ。それに全員が登校している訳じゃない。遅刻ギリギリで来る生徒もいる。


 だけどこの日は違った。

 アタシ以外の生徒が既に全員登校していて、しかも自分の席に着席し無言で俯いている。

 担任の先生だってそうだ。気味が悪い光景に驚愕したアタシは自分の席へと向かうが、そこである事に気付く。


「アタシの席がない……」



 ――そう。昨日までそこにあった筈のアタシの机と椅子がどこにもなく、ぽっかり空いていたのだった。



「真衣っ」


「ごめん、ごめん鈴乃……」


 いったいどうなっているか真衣に尋ねようとしたが、親友は涙目で歯を食い縛りながら謝ってくる。

 そんな真衣の顔を見て呆然としていると、教室にあいつが入ってきた。


「あら、何しに来たのですか? ここに貴女の席はどこにもなくってよ。ねぇ皆さん、そうですわよね?」


「帝っ……これはアンタの仕業か!」


「なんのことかしら? 言い掛かりはよしてくださる?」



 しらばっくれる恭華に怒りを抱くが、それ以上にアタシは驚いていた。


 まさか“ここまで”やってくるとは思いもしなかったんだ。昨日の今日だというのに、アタシ以外の生徒全員にコンタクトを取って脅し、アタシの席を取り除かせた。


 その徹底したやり口に、恭華の狂気が垣間見える。


「ほら、いつまでもぼーっと突っ立ってないで教室から出て行ってくださる。でないと授業が始められないでしょう、ねぇ先生?」


「……はい」


「帝っ! アンタねぇ!!」


 激昂したアタシは居ても立っても居られず恭華に詰め寄り、ガッと胸倉を掴んだ。だが奴は全く怯むことなく、余裕綽々とした態度で口を開く。


「手を出すのは構いませんが、暴力で退学になってしまいますわよ? ここには先生もいらっしゃいますし、他にも沢山の証人がいらっしゃいますわ」


「くっ!」


「あと半年も経たずに卒業なのに、暴力沙汰で退学なんてこの先大変ですわよね。それとも、退学になってでも偽善を振りかざしたいのならどうぞやってくださいまし」


「っ……」


 ……完敗だ。


 帝恭華は、アタシが思っていた以上に残忍で狡猾な女だった。アタシがここでぶん殴ったとしても、この女の思う壺だろう。

 本当に腹立たしいが、ここは一旦出直すしかない。


 アタシは掴んでいた手を放し、恭華の横を通って教室から出ようとする。そんなアタシの背に、恭華がこう告げてきた。



「昨日言いましたよね? 私に楯突いたこと、後で後悔すると」


「……」



 後悔? そんなものしてたまるか。

 アタシは自分がしたことに後悔しない。例えアンタに何をされてもだ。


 それに、これで終わると思うなよ。

 今は引き下がるが、必ずアンタの思い通りになんかしてたまるか。そう意気込みながら昇降口を出ると、バッシャアアン! と大量の水が降り注いできた。


「……」


「あはははは!」


「そんなに濡れてどうしたの? よっぽど暑かったのかしら?」


 全身がずぶ濡れになったアタシが上を見上げると、廊下の窓から恭華の取り巻きたが顔を出して嘲笑っていた。


 その中から恭華も顔を出すと、アタシを見下ろしながらこう言ってくる。



「惨めな姿がお似合いですわね。どうかしら、貴女にチャンスを上げてもよろしくってよ。ポチとなって私に服従を誓うなら、貴女の愚行を許してもいいですわ」


「わ~恭華様お優しい!」


「なんて寛大なのかしら」



 服従だと? はっ、笑わせるな。誰がアンタにそんな事するか。死んでもゴメンだっての。


 アタシは取り巻きと一緒に嗤う恭華に何も言わず、首を掻っ切るジェスチャーをして踵を返した。



(今のうちに笑ってろっての)



 アタシが負けたままでいると思うな。

 親友の真衣にまで手を出したこと、絶対に許さない。必ず報いを受けさせてやる。



 ◇◆◇



「あれ、鈴乃じゃん」


「義侠さん?」


 学校から帰宅していると、義侠さんとばったり会ってしまう。何でこんなところに義侠さんが? と疑問を抱いていると、彼は怪訝そうにアタシを見て、



「学校はどうしたって……おいなんだそれ、ずぶ濡れじゃないか!? どうしたんだ!?」


(うわ~最悪だ)



 今一番会いたくない人に会ってしまった。

 こんな情けない姿、義侠さんにだけは見られたくなかったのに。


「ちょっとドジって川に落ちちゃっただけ。本当に何でもないから」


 心配されないようにあははと笑って誤魔化そうとするが、義侠さんは「何でもない訳ないだろ」と真剣な顔を浮かべる。


「話を聞きたいが、そのままだと風邪引いちまうな。一度俺の家に行くか」


「いいって! 本当に何でもないから」


「うるせぇ、ちょっと黙ってろ。舌噛んじまうぞ」


「えっちょっ、きゃ!?」


 義侠さんはアタシに近付くと、グイッと抱き寄せる。それどこか、ひょいと抱っこしてしまった。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


 周りに人が居ないからって道のど真ん中で何をしているんだこの男は!? と驚いていると、義侠さんは「目と口を閉じろ」と注意してくる。


 その刹那だった。

 ドンッと爆発みたいな音が聞こえたと思ったら、ジェットコースターに乗った時みたいな感覚が身体を襲う。


 なに!? なんなのこれ!? と慌てていると、「もう目を開けてもいいぞ」と義侠さんが優しい声音で言ってくる。ゆっくりと目を開けると、目に映る光景に絶句した。


「うわぁ……」


 アタシと義侠さんは今、空高くを飛んでいた。

 眼下にある人や家や街全体が小さく見える。なんて美しい眺めなんだろう。


 見たことがない景色に見惚れていると、義侠さんが微笑みながら聞いてくる。


「結構いい眺めだろ?」


「……うん。でも義侠さんって空飛べたの?」


「空は飛べねぇな。これはジャンプしただけだ」


「ジャンプ!?」


 ってことは、さっき物凄い音がしたのはジャンプした音ってこと?


 嘘でしょ……セイバーの身体能力は凄いって聞いたりはしていたけど、こんな高くまでジャンプできるものなの? マジでヤバいんですけど……。


 ちょっと待って。ジャンプしたって事はこれって……。


「落ちるじゃん」


「ああ、落ちるな。な~に心配するな、この服が衝撃とかを防ぐから」


「いや待って待ってうわぁああああああああああああああああああ!?」






「ここが俺の家だ、遠慮せず入れよ」


(うぇ……吐きそう)


 義侠さんの家に到着したみたいだが、アタシは既にグロッキー状態だった。空から落下する経験なんて今までになかったし、地面に落ちる時はマジで死ぬかと思った。


 ぶっちゃけた話、恭華にやられたことより精神が擦り減ったと思う。こう……寿命的な意味で。


 満身創痍なアタシは義侠さんの家にお邪魔する。

 それからシャワーを借りている間に、アタシの制服と下着はドラム式の洗濯機に入れて乾燥する。義侠さんにやり方を教えてもらって自分でやった。そこは義侠さんも気を遣ってくれたのだろう。


 乾燥するまでの間何を着るのかというと、義侠さんの服だった。彼は背が大きいから、かなりブカブカになってしまう。


 あとなんか義俠さんの匂いがするような……って何人の匂い嗅いでんだアタシ!

 流石に気持ち悪いって!


 あっ下着どうする? と困りながら聞いてきた彼に、別になくても大丈夫と笑って答える。


「シャワーありがとね」


「おう、ホットココアあるけど飲むか?」


「うん、飲む」


 シャワーを済ませて髪をドライヤーで乾かし、義侠さんの服に着替えてからリビングに行くと、義侠さんがマグカップにお湯を入れていた。


 食卓の椅子に座る前に、アタシはあるものを目にしてしまう。それは棚の上に飾られている二人の写真立てだった。


「ねぇ義侠さん、ご両親は?」


「あ~見られちまったか。親はもう死んじまったんだ。父さんは俺が生まれる前に、母さんは三年前に病気でな。だからこの家は俺一人だ」


「そうだったんだ……」


 少し悲しそうに教えてくれる義侠さん。

 知らなかった。じゃあ今は、義侠さんはこの広い家で一人っきりなんだ……。


 家族を失った悲しみは痛いほどよく分かる。

 でもアタシにはお父さんが居た。けど義侠さんは一人も家族が居ない。寂しかったんだろうな。



「ねぇ、手を合わせてもいい?」


「ああ、全然いいよ。二人も喜ぶと思う」



 義侠さんに許可をもらったアタシは、彼の両親に手を合わせる。

 そして二人にこう誓った。



(絶対に義侠さんを一人にはしませんから、安心してください)



 そう心で伝えた後、アタシは椅子に座って気分を変えようと明るく話しかける。


「それで義侠さんはあそこで何をやってたんですか?」


「ああ、最近柊さんの仕事を手伝ってるからな、身体が鈍っちまったから軽くランニングしてたんだ。って俺のことはどうだっていいんだよ。鈴乃はどうしたんだよ」


 ちっ、やっぱりそこ突いてくるか。

 真剣な顔で聞いてくる義侠さんに、アタシはさっきと同じように誤魔化す。


「だから川に落ちただけだって。大したことじゃないよ」


「そんな訳ねぇだろ。川に落ちたぐらいで辛そうな顔しねーだろお前は。なぁ鈴乃、正直に話してくれないか。俺にできることがあるかもしれない」


(本当にこの人は……)



 なんてお人好しなんだろう。

 困っている人が居たら見て見ぬふりしない。真正面からぶつかってくる。こんな真っすぐな人、今まで出会ったことがない。


 折角心配させたくないと言わなかったのに、これじゃあ無理だよ。


 真剣な新田さんに、アタシは一つため息を吐いて、


「分かりました、話しますよ」


「おう」


 それからアタシはポツポツと語り出す。

 女子生徒がイジメに遭っていたこと。

 イジメをしていた女子生徒は大企業の社長の娘で、さらに社長が学校に多額の援助をしているから誰も逆らえないこと。


 アタシがイジメを止めたら、今度はアタシがその娘の標的にされてしまったこと。


「そうだったのか……」


 大体の事情を説明すると、義侠さんは立ち上がってアタシの頭に手をそっと置き、わしゃわしゃと撫でてくる。


「な、なんですか」


「よく頑張ったな、鈴乃。誰もできなかったことをお前はやったんだ。本当に立派だよ」


「……そうかな」


「ああ、何度だって言ってやる。鈴乃は正しいことをしたんだ」


 優しい声音で何度もよくやったと褒めてくる義侠さんに、アタシは嬉しくて仕方なかった。


 ああ……やっぱり間違っていなかった。

 あの時見て見ぬふりをしたら、胸を張って彼に会うことはできなかっただろう。


「それにしても大企業の社長の子供が、多額の援助金を盾に好き放題イジメをしているか。似たような話はどこにでもあるもんなんだな」


「えっ、どういうこと?」


 難しい顔を浮かべて話す義侠さんに聞くと、彼は「あ~」と言って、


「実は俺が高校の時にも似たようなことがあったんだ。社長の息子が援助金を盾に好き勝手イジメをしていてよ、ふざけんなっつって止めたんだ。けどまぁついカッとなって暴力を振るっちまって、結局退学になっちまったんだけどよ」


「それってもしかして、帝恭哉のこと?」


「えっ!? 何で鈴乃があいつの事知ってんだ!?」


(やっぱり……)


 当時誰も逆らうことが出来なかった帝兄に、たった一人だけ立ち向かう勇敢な生徒が居た。

 それがまさか義侠さんだったことに驚いてしまう。



(本当にこの人、かっこいいなぁ)



 嬉しかった。

 目の前にいるこのかっこいい男は、昔から変わらず自分の正義を貫いていたんだ。


 あの帝恭哉に立ち向かった人が義侠さんだと知って、アタシは心の底から嬉しかった。


「おい、何で自分だけわかった風な顔してんだよ。俺にも教えてくれって」


「だって、その帝恭哉の妹がイジメをしている奴なんだもん」


「はぁ!? 妹!? あいつに妹が居たのか。じゃあ待てよ、鈴乃って帝蘭高校だったのか?」


「えっ、気付いてなかったの? 制服とかでわかるじゃん」


「いや、見たことある制服だな~とは思ってたけどよ。そっか、じゃあ鈴乃は俺の後輩になるのか。いやでも、俺が退学になった時は鈴乃はまだ入学してないから後輩って訳でもないのか?」


 ぶつぶつと変なことを考えている義侠さんに心の中で笑ってしまう。


 後輩か……それもいいけど、義侠さんが三年生だったらめちゃくちゃモテてだろうな。それでアタシは、遠くからただ眺めているだけだったかもしれない。


「いや~驚いた、世界は意外と狭いんだな。それにしても、兄の次は妹かよ。本当にあそこの家族は全員腐ってやがるな」


「本当そうだよね。マジでムカつくんだよあいつら」


「それで鈴乃、これからどうすんだ? 俺も実際にやられた側だから分かるが、帝を相手にするのは結構厳しいぞ」


 心配してくる義侠さんに、アタシはふふっと笑いながら自分のスマホを彼に渡す。



「その動画見てみてよ」


「おう――なんだこれ!? こんな酷ぇことしてんのか……イカれてんだろ」


 スマホから流れる動画を見て唖然とする義侠さん。

 彼が見ているのは、恭華が女子生徒に酷いイジメをしている動画だった。


 ――そう。アタシはイジメを止める前に、こっそりとイジメの現場を録画していたんだ。


 アタシは無策で突っ込むほどの馬鹿じゃない。こうなった時の為に恭華にやり返すための保険をかけていた。



「アタシはその動画をSNSや動画サイト、あらゆるネット媒体に流すつもり。今の世の中はSNS社会、イジメの動画が出たら必ず炎上して拡散されるの。これであの女を地獄に叩き潰してやる」


(おっかねぇ……鈴乃は敵に回しちゃ駄目なタイプだな。でもそうか……暴力だけではなく、こんなやり方があったんだな。俺には思いもつかなかった)



 今に見てろ恭華。

 家に帰ったらすぐに動画をアップしてやる。吠えられるのも今の内だ。


 悪い顔を浮かべていると、義侠さんが神妙な顔で尋ねてくる。


「なぁ鈴乃、この動画を俺に預けてくれないか?」


「えっ何で?」


「俺もムカついているんだ。この妹のこともだけど、未だに帝に好き勝手させてる学校の奴等にもな。上手くいけば、そいつら全員叩きのめせるかもしれない」


 そう言う義侠さんの表情は凄く恐かった。

 確か前にも一度だけ、こんな顔を見せたことがある。それはお父さんが帝国ギルドに嫌がらせをされていると話した時だった。


 そうだ……義侠さんも帝家と因縁があるんだもんね。


 彼の心情を察したアタシは「いいよ」と頷いて、


「義侠さんに預ける」


「ありがとう、鈴乃」


 そう言うと義侠さんは立ち上がり、棚から名刺を取り出して誰かに電話をかける。


「あっ、ののさん? お久しぶりです、新田です。実はお話したいことがあって――」


 この時、アタシは思いもしなかった。

 まさか義侠さんが、あんな手を打つなんてことを。


次話から反撃開始です

一章のラストまで一気にざまぁします

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