第三十八話 ジョイントパーツ
「魔石と魔鉱石を持ってきましたよ」
「おお! ありがとうございます! 助かります!」
「それと柊さん、ジョイントパーツのことをもう少し詳しく教えてもらえませんか」
「いいですよ、こっちに来てください」
ヒイラギ製作所社長、柊鋼太さんに五千万円の投資をすることを決め、共に帝国ギルドに下剋上しようと誓った次の日。
俺はリュックサックに詰めるだけ魔石と魔鉱石を入れて、朝早くにヒイラギ製作所を訪れていた。
ヒイラギ製作所は資材が底を尽きかけていた為、早めに持ってきた方がいいと思ったんだ。
じゃないと、ろくに魔道具を開発できないからな。因みに俺は魔石と魔鉱石の蓄えが十分にある。
モンスターを倒すと手に入れられる魔石と、B級ダンジョンで採掘できる魔鉱石はギルドに納品すればお金に変えられる。
大半のセイバーは使い道がないのと、ギルド本部へ納品しなければならないノルマを達成する為にギルド本部へ納品するだろう。
だが帝国ギルドや他の大手ギルドは魔道具製造工場と直接契約を交わしたりして、ギルド本部に納品せず自社で所持し取り扱っているんだ。
それは俺も同じで、いつか魔道具製造工場と契約するために取っておいた。家に置いておけないほどの量を持っているため、とある場所に隠している。
瞬間移動を使わなければならない場所なので、誰かに見つかって盗まれる恐れもない。
鋼太さんに資材を渡しながら、俺はジョイントパーツについて教えてもらいたいとお願いする。昨日鋼太さんから軽く説明されたが、早口で何を言っているのか半分も分からなかったんだよな。
きっと倒産の危機が去ったことで、興奮していたんだろう。一日経った今日なら、落ち着いて教えてくれると思う。
鋼太さんに工場の中に案内され、ジョイントパーツを見してもらう。
「これがウチが製造しているジョイントパーツです」
「へぇ、これがそうなんですか」
鋼太さんに渡されたのは小さく部品だった。
これがジョイントパーツか……このパーツは何の役割を果たしているんだろう。気になって尋ねると、鋼太さんが説明してくれる。
「ジョイントパーツは、魔石から魔道具に魔力を送りこむ役割を担っています。言うなれば、魔道具の心臓とも言えるべきパーツなんですよ」
「えっ、この小さなパーツがそんなに重要なんですか?」
「ええ、そうですよ」
へぇ、そうなのか。全然知らなかったな。
こんな小さなパーツが魔道具の心臓ねぇ……とジロジロ眺めていると、鋼太さんが魔銃とサーベル型の魔剣を持ちながら聞いてくる。
「セイバーの誰もが使っているこのスタンダードタイプの魔道具の仕組みは、弾倉の役割として加工された魔石が使われているのはご存知ですよね?」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「あれ? 新田さんはご存知ないのですか?」
曖昧な返事をする俺に、鋼太さんはキョトンと首を傾げる。俺は「それが……」と頭を掻きながら訳を話した。
「実は俺、モンスターと戦うのに魔道具を使っていないんですよね」
「えっ!? そうなんですか!? じゃあいったいどうやってモンスターと戦っているんですか!?」
驚きながら聞いてくる彼に、俺は拳を突き出して「これで」と言う。一瞬ポカンとされてしまったが、何を意味しているのか気付くと唖然としてしまう。
「まさかモンスターと殴ったりして戦っているんですか?」
「ええまぁ……俺は魔道具を使うより、そっちの方が性に合うんですよ」
「はぁ……魔道具を使わないなんて聞いたことがありません。そんなセイバーもいるんですね」
「数は少ないですけどね」
ぶっちゃけモンスターと素手で戦うなんて、俺と冬樹さん以外だと片手で数えるくらいしか居ないしな。
まぁ一応セイバー試験の時にざっと魔道具のことを冬樹さんに教えてもらったから、なんとなくは覚えている。
「なるほど、そういう事でしたか。じゃあ簡単に説明しますね。魔道具を使うには、魔力が込められている魔石を使用します。その際、こうやって加工されてある魔石を魔道具にセットします」
そう言うと鋼太さんは魔銃を置いて、代わりに魔石を持って魔剣の柄の下にある空洞にカチャリと差し込んだ。
「これでセット完了です。後はトリガーを押せば――」
鋼太さんが柄のあるトリガーを押すと、柄からヴインと光りが伸びて剣になった。
「このように、魔力の剣が出来ます。魔銃の場合は魔力の弾が発射されますね。基本的な魔道具の仕組みはこのようになっています」
「なるほど」
うんうん、思い出してきたぞ。
「肝心なのは、魔道具は魔石に込められている魔力を使用するということです。ではどうやって魔石から魔道具へ魔力を伝えさせ、剣を発生させたり弾を発射させたりすることができるのか。それがこの――」
「ジョイントパーツって訳ですね」
「そうです。新田さん、こちらに来てください」
鋼太さんについて行くと、大きな机の上にショーケースが置いてあった。ショーケースの中には、恐らく先ほどの魔剣と魔銃が分解されたものが並べられている。
魔道具の構造を知って感心していると、鋼太さんが設計図を広げて説明してくる。
「これが魔道具の設計図と、分解したものです。新田さん、ジョイントパーツがどこに使われているか分かりますか?」
「え~と~……あっ、この真ん中にあるやつがそうじゃないですか?」
「当たりです。ジョイントパーツはその名の通り『繋ぐ、連結する』という役目のパーツです。魔石に込められた魔力を魔道具に使用するための接合部品が、ジョイントパーツなんです」
なるほどなぁ、確かにジョイントパーツが魔道具の心臓部分と言われてもおかしくない。
「それにしてもこれを設計したお爺さんは凄いですね」
この魔道具を一から開発したのがお爺さんなんだよな。よくこんな物を作れてましたねと感心すると、鋼太さんは難しい顔を浮かべた。
「実は父が一から開発したものではないんです。父は魔道具を開発する際に、誰かからノウハウを授けられたと言っていました。世間では父が全て開発したことになっていますけどね」
「えっ、そうだったんですか? それってもしかして『ELF』だったり?」
「誰に授けられたのかまでは教えてくれませんでした。ただ、魔道具を誰にでも使える物へと開発したのは紛れもなく父なんです。本当に、同じ技術者として尊敬しますよ。私なんかには到底真似できません」
「柊さん……」
鋼太さんはお爺さんを尊敬している。
だが俺にはどこか切なそうにも見えてしまう。同じ技術者として父に敵わないと劣等感を抱いているんだろう。
俺は話を変えようと、気になっていたことを尋ねた。
「柊さんはこのジョイントパーツを改良しようとしているんですよね?」
「はい」
「改良したらどうなるんですか? 俺は魔道具を使わないんでよく分からないですよね」
申し訳なさそうに言うと、彼は「ははは」と笑い二つのジョイントパーツを手に持ち、楽しそうに俺に見せてくる。
「新田さん、例えばこっちのジョイントパーツを使った魔銃が魔石一つで十発分撃てるとしたら、こっちは何発撃てると思います?」
「同じじゃないんですか?」
「違います。こっちはニ十発分撃てます」
「ニ十!? 二倍も差があるじゃないですか!?」
正解を聞いて愕然とする。何で同じ部品でそんなに差が出てくるんだ? 鋼太さんに両方のジョイントパーツを貸してもらいよく観察してみるが、全く同じだ。
それなのに何故性能が二倍も変わってしまうんだろうか。
「魔石の魔力はジョイントパーツを介して魔道具に伝えます。効率良く魔力を伝えさせるには、より正確に製造しなければなりません。
1ミクロンのズレや誤差で性能が大きく変わってしまう。ジョイントパーツとはそれほどの精密部品なんです」
「そうだったんですか……すげーな」
「因みに十発分の方は見習いが造った物で、ニ十発分のほうはベテランが造った物なんですよ。勿論全て手作業で仕上げています」
「手作業!?」
「そうです。魔鉱石自体の良し悪しでも性能は変わってきますが、完璧なジョイントパーツを造るには技術者が培ってきた技術力と長年の経験が必要なんです」
造る人が違うだけでそれだけ性能が変わってくるのか。なんか今日は驚いてばっかだな俺。
「自慢のような感じになって申し訳ない。でも新田さんには私達が造っている物を知ってもらいたかったんです」
「いえ、教えてもらってよかったです。このジョイントパーツがどれだけ凄いかってのを知れて、凄く感動しました」
「ありがとうございます。そう言っていただけると技術者として嬉しい限りです」
素直な気持ちを伝えると、鋼太さんは誇らしげに微笑んだ。
「でも柊さん、今でも十分凄いジョイントパーツをこれ以上に改良できるんですか?」
「パーツ自体の形を変えようと思っています。魔力の伝導効率をもっと上げられる形がないかを試しています」
「なるほど、形ですか……。それってもう完成してるんですか?」
「それがまだ試作段階なんです。あともう少しというところまではきているんですが、その前に魔鉱石の在庫が尽きてしまって……。完成すればなんとかなると帝国ギルドの人に見せて食い下がったのですが、踏みつけられてしまいましたよ」
悔しそうに俯く鋼太さん。必死に開発した試作品を蔑ろにして悲しかっただろう。帝国ギルドめ、血も涙もねぇな。
俺は鋼太さんの肩に手を添えながら励ます。
「頑張りましょう柊さん。新生ヒイラギ式ジョイントパーツを完成させて、帝国ギルドを見返してやるんです」
「新田さん……はい、なんとしてでも完成させます!」
「お父さ~ん、バイト行ってくるね~ってあれ、義侠さん来てたんだ」
「まぁな。それより鈴乃、学校はどうしたんだよ」
「やだな~義侠さん、土曜日は学校休みだよ」
鋼太さんと話していると、遠くから鈴乃に声をかけられる。
そっか、今日は土曜日だったか。高校を退学になってから曜日の感覚とかなくなっちまったんだよな。
因みに鈴乃とは下の名前で呼び合うことにした。柊は二人居てややこしいから、鈴乃に名前で呼んで欲しいと頼まれたんだ。
いつの間にか鈴乃も俺を名前で呼んでるけどな。
「やっばい、このままじゃ遅れる。じゃあ義侠さん、お父さん、行ってくるね!」
「いってらっしゃい、気をつけてな」
「は~い」
鋼太さんに返事をした鈴乃は慌ただしそうに去っていく。
それにしてもこんな早くからバイトに行くんだな。なんのバイトか気になって鋼太さんに聞いてみる。
「鈴乃は月に一度、読者モデル? みたいなバイトをしているんですよ」
「モデルですか? へ~それは凄いですね」
「それだけじゃありません。鈴乃は他にもバイトを掛け持ちしています。ウチが貧乏で十分なお小遣いをあげられないばっかりに、鈴乃には苦労をかけてしまっているんです。本当に不甲斐ない父親ですよ」
「そんなことないですよ」
そっか……鈴乃も必死に抗っていたんだな。
俺も高校に上がって、母さんの治療費を稼ぐ為にバイト三昧だったし。ちょっと親近感を感じるな。
「なおさら頑張らないとですね」
そう言うと、鋼太さんは「はい」とやる気に溢れた声で頷いたのだった。




