第三十六話 親子
「お呼びでしょうか、お父様」
「恭哉、会社でお父様はよしなさい」
「申し訳ありません、社長」
新田義侠が柊鋼太と手を組み、共に帝国ギルドに下剋上しようと誓ったその日の夜。
実の父であり、帝国ギルド社長 帝我園に呼ばれた帝恭哉は社長室に訪れていた。
「まぁいい、ヒイラギ製作所との契約はどうだった」
「何も問題はありません。滞りなく終了致しました」
「そうか、ご苦労だったな。あちらは何か言ってきたか?」
そう尋ねる我園に、恭哉は鋼太とのやり取りを思い出して嗤いながら答えた。
「惨めに泣きついてきましたよ。お願いしますから取引を存続して下さいってね。大の大人が土下座するんです。滑稽というか、笑っちゃいましたよ。
ああいう人達ってプライドはないのでしょうか、僕なら死んでもゴメンですけどね」
「ふっ、奴等にプライドなどないさ。全ては弱肉強食、弱者は強者に頭を垂れるしか脳がないのだからな。それで恭哉、泣きついてくる相手にお前はどうした? 温情などかけていないだろうな」
「まさか! しつこくウザったかったのでこう言ってやりましたよ。“あんたらの土下座なんかに価値はない。さっさと工場を畳んで違う仕事を探せ”ってね。砂粒ほどの慈悲だって与えませんでしたよ」
両手を広げながら愉しそうに説明する恭哉に、我園は満足そうに口角を上げた。
「素晴らしい、やはりお前を行かせてよかった」
「お褒めの言葉ありがとうございます、社長。でも何故僕をわざわざあんな汚い下町の町工場なんかに行かせたんですか?」
「お前を行かせたのは弱者の考えていることを知ってもらうのと、無能な企業を自分の手で切る経験をさせたかったからだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「いいか恭哉、今後も中小企業に甘い顔は一切見せるな。奴等は安い頭を下げればなんとかなると思っているクズの連中だ。一度でも許してしまえばつけ上がってくる。そんな無能でどうしようもない奴等など慈悲を与えず切ってしまえ」
「はい、承知しました」
「お前は私の後継者として、いずれ帝国ギルドを継ぐだろう。少しずつ経営も学ばせていくからそのつもりでいろ」
「はい、社長」
我園の言葉に返事をした恭哉は、ずっと気になっていたことを質問する。
「社長、一つよろしいですか」
「何だ?」
「そもそもなんですが、何故社長はあんな吹けば飛ぶような町工場と今まで取引をしてきたのですか? それも、向こうの先代の社長と個人的に契約していたようですし」
そう、恭哉はそこが引っかかっていた。
帝我園という男は怪物だ。
日本で最初のギルド――帝国ギルドを設立し、一代で大企業にまで押し上げた傑物。セイバーとしても、今では日本で九人しか存在しない最高位のS級セイバー。
冷酷にして残酷。威風堂々たる姿は如何なる者をも畏怖される貫禄がある。
実の父ながら、日本中を探して回ってもこれほどの化物は居ないと断言できる。
だからこそ解せない。
今まで容赦なく弱者を切り捨ててきた帝我園が、何故ヒイラギ製作所という弱小企業だけは切らず取引を行ってきたのか。
そんな恭哉の疑問に、我園は一拍置いてこう答えた。
「つまらん過去の柵だ。お前が気にすることではない」
「そうですか、ならもう聞きません」
「だがその柵もようやく今日で切れた。もう私の邪魔をする者は一人も居ない」
そう告げると、我園は豪奢な社長椅子から立ち上がり恭哉に近寄る。
「恭哉、ダンジョン攻略の方はどうだ? セイバーとして強くなっているか」
「それは……順調ですよ」
「そうか? 八剱常務から聞いた話だと、お前はモンスターに接近されると腰が引けてしまうようだが」
「……」
我園の話に、恭哉は気まずそうに顔を背けた。
図星だった。遠距離から魔銃で攻撃している分にはいい。しかしいざモンスターに襲い掛かってこられると、恐怖で腰が引けてしまうのだ。
その原因は、新田義侠から受けた暴力を思い出してしまうからだった。
トラウマというものだろう。恭哉はモンスターに襲われると痛みを思い出して恐怖を抱いてしまうのだ。
どうやらその事実が我園に伝わってしまったらしい。知られたくない人物に知られてしまった恭哉は、ギリリと奥歯を噛む。
そんな息子に、我園はこう告げる。
「お前は私に似て優秀だ。帝国ギルドを継げるだけの才覚と残酷さを持ち合わせている。だから経営については何の心配もしていない。
だがそれだけでは駄目だ、力無き者には誰も従わない。セイバーとしても力をつけろ恭哉、でないと弱者に喰われてしまうぞ」
「……はい」
「なに、それほど心配はしていないさ。お前はこの私の息子だ、生まれ持った器も大きい。後は自分次第だ、死を乗り越えなければ一流のセイバーにはなれんぞ」
「精進します」
「よろしい。ああそれと、咲桜君だったか? 八剱常務の娘だが、彼女はつい先日B級に昇格したようじゃないか。親に似て素晴らしい素質を持っているな」
「……っ」
「お前もいつまでもC級に居ないでB級に昇格しろ。期待しているぞ、恭哉」
そう言って肩を叩いてくる我園に、恭哉は目に怒りを募らせて「はい」と返事をしたのだった。
◇◆◇
「クソ! 折角お父様に褒めて頂いたのに、セイバーについて釘を刺されてしまったじゃないか! それもこれも全部あのクソ野郎のせいだ!」
社長室を出た恭哉は、少し離れた所で壁を殴りながら悪態を吐いた。
我園直々に任された仕事を忠実に熟し、中々褒めない父が褒めてくれて内心凄くれしかった。
そこまでは良かったものの、セイバーとしての実力不足を言及されてしまった。
こんな筈ではなかった。
偉大なる父の息子である自分は、セイバーとしても優秀で今頃B級に昇格して筈なんだ。
その予定が狂ったのも、全て義侠に植え付けられたトラウマの所為である。
忌々しい奴め……と義侠に怒りを募らせていると、コツコツと乾いた足音が聞こえてくる。そちらを振り向けば、眼前から八剱咲桜が歩いてきた。
「なんだお前、こんな時間でここで何をしている」
睨みながら問いかけると、咲桜は淡々とした声音で答えた。
「社長から呼ばれたんだ」
「お父様に? いったい何の用だ」
「私が知るか。急に呼ばれたのだからな」
お前に用はないと言わんばかりに恭哉の横を通り過ぎた咲桜は、足を止めて顔だけ振り返り、
「そういえば卒業式の時、お前は私にこう言ったな」
「あ?」
「“どうせ僕の部下になる”とかどうとか。どうした、まだ私はお前の部下になっていないぞ。というより、このままだとお前が私の部下になりそうだがな」
「き、貴様ぁあああ!! 誰に舐めた口を聞いているのか分かってんのか!? 先にB級に昇格したからって調子に乗るなよ!!」
煽られて怒声を上げる恭哉に、咲桜は「ふっ」と馬鹿にするように笑う。そのまま立ち去る咲桜を見送る恭哉は、再び壁を殴りつけた。
「クソ! この僕を馬鹿にしやがって……見ていろ、B級に昇格してお前をこき使ってやるからな」
屈辱を味わらされた恭哉は、拳を強く握り締めたのだった。




