第三十三話 出会い
――2020年 秋――
「ふぅ……ふぅ……」
「おいおい冗談だろ……何キロ持ち上げてるんだよ」
「人間じゃねぇだろ……」
「やばい、惚れそう……」
持ち上げていたバーベルをゆっくりと下ろす。ふぅ……今日はこれくらいにしておくか。
トレーニング器具を片付けた俺は、椅子に腰かけスポーツドリンクを口に含んだ。
「ぷはぁ……ん?」
飲んでいる最中、ふと周りにいる人達の視線に気付く。男性も女性も、多くの人が俺を見ていた。
それは好意的なものもあれば、変人を目にするようなものもある。俺が気付いたことに気付いた彼等は、慌てて顔を逸らした。
なんなんだよ……居心地悪いな。
はぁ、ここのトレーニングジムも人が結構増えたよな。
初めて入会した時は人が少なかったから割りと自由気ままにやれたが、今ではトレーニング器具を使うにも順番待ちだし、いざトレーニングを始めればジロジロと見られてしまう。
今度から違うジムに行ってみっかな~と考えながら、ジムに備わっているシャワールームで汗を流す。
「もう一年か……」
頭からシャワーを浴びながらぽつりと呟く。
B級セイバー昇格に合格し、念願だったB級セイバーになってから一年半。
俺はまだ、自分のギルドを作ってはいなかった。理由としては、資金などの準備をせずにギルドを作っても上手く運営できないと思ったからだ。って、結賀さんにそう教えられたからなんだけどな。
ならばこの一年半何をしていたかというと、ひたすら資金の貯蓄と経験を積んでいた。
E級~C級のダンジョンを攻略するのは勿論、B級ダンジョンが出現すれば全国各地に瞬間移動で向かい攻略する。
だがB級はC級下位ダンジョンとは全くの別物。ダンジョンごとに世界観が全く違くて、遺跡や森林、墓地や北極みたいなダンジョンもあった。
それにモンスターも色んな奴がいて、C級下位とは比べ物にならないくらい強く驚異的だ。
別物なのはダンジョン攻略だけではなく、段取りもそうだ。
B級を攻略する時は、他ギルドと合同してレイドを組む。数は少なくとも二十人からで、多くて五十人。レイドが決定したら各ギルドの代表や個人のセイバー(と言っても個人はほぼ俺だけだったが)で集まり、ブリーフィングで連携や報酬の分配などを決める。
報酬の決め方はその時で様々だ。均等に分けることもあれば、活躍した分だけ与えられることもある。俺は一人だから、割り当てられる報酬は少ないことが多かった。
それにレイドは人の集まり。
人が沢山居れば揉め事が起きることも多々あった。頑張る者もいれば怠慢する者もいる。魔鉱石などをちょろまかす奴も居た。
正直言って、レイドを組むより一人で攻略した方がマシだと思っているんだが、一人じゃ魔鉱石を採掘しきれないのが痛いところだ。
こういう時、セイバーの人員が多い大手ギルドは羨ましいと思う。
ただ、レイドは悪いことばかりではない。
レイドには様々なギルドが募るんだが、攻略の度にギルドと沢山知り合えることができた。色んなギルドが存在して、補給を専門としたギルドや、魔鉱石の採掘を専門としたギルドもあり、彼等がいるからこそ攻略も捗るんだ。
そういうギルドはサポーターギルドと呼ばれているらしい。
個人的にも仲良くしてもらって、多くの人脈を作ることができた。タイミングが合えば、俺+サポーターギルドだけで攻略したこともある。その時はめちゃくちゃ報酬が良くてウハウハだったな。
サポーターギルドだけではなく、戦闘専門のアタッカーギルドとも友好を築いている。バトル漫画と一緒で、共に困難を乗り越えながら攻略すると友情が育まれるんだよな。
ただ、中には馬の合わないギルドも結構いたけど。そういう奴等とはできるだけ攻略しないようにしている。気分悪くしながら攻略するのも嫌だしな。
因みに帝国ギルドとは一度もレイドを組んでいない。C級下位のダンジョンだと時々遭遇するが、B級だとあいつらは全部自分達でレイドを組むからな。妬ましいが、そこが大手の強みだろう。
この一年半は、土台作りの時期だった。
B級ダンジョンの適応。レイドの段取り。他のギルドとの人脈作り。お金に魔石や魔鉱石などの資金作り。
それだけじゃない。基礎トレーニングで肉体を鍛え、魔力の扱いや魔力武装の練度に励み、己自身の実力も高めた。
「そろそろだな……」
準備は整った。ようやく自分のギルドを作る時が来たんだ。
「ん? ダンジョン警報か」
身体を拭いて着替えていると、スマホからダンジョン警報が鳴り響く。すぐにギルド協会のHPを開いて詳細な情報を確認すると、難易度E級のダンジョンが東京の市街地に出現したとのことらしい。
「E級か……」
C級はまだしも、E級とD級はあんまり攻略したくないんだよな。単純に旨味が無いというのもあるんだが、B級セイバーである俺がC級下位のダンジョンを狩り尽くす訳にもいかないんだ。
C級セイバー達の仕事を取ってはならない、成長を妨げてはならないと、B級セイバーは下位ダンジョンの攻略を慎むべきだというセイバー達の中で暗黙のルールがあった。
そのルールもレイドで他のギルドから教えてもらったんだよな。
(ただ今回は市街地なんだよなぁ)
今やセイバーは金のなる木、一攫千金を狙える職業という認識だ。
だがセイバーの本来の役目は、ダンジョンとモンスターの脅威から民家人を守ることである。その使命だけは、絶対に忘れてはならないんだ。
「様子見だけ行ってみるか」
既にC級セイバーが居たら攻略は任せて、民間人の避難に徹しよう。
そう決めた俺は、黒衣の転移マントを羽織って瞬間移動したのだった。
◇◆◇
「ここは……廃墟か?」
瞬間移動してやってきたのは、工場の廃墟らしきところだった。
まだ警察は来ていないようだし、一先ず周りに民間人が居ないか確認し、居たら避難させよう。流石に廃墟の中には居ないだろうしな。
そう判断してぐるっと廃墟の周りを確認したのだが、民間人は既に避難をし終えたようだった。
っていうか、警察とセイバーはまだ来ないのか? なんならもう攻略しちまうぞ。
「うわぁあああああああああ!?」
「――なんだ!?」
心の中で愚痴っていると、突然廃墟の中から悲鳴が聞こえてくる。まさか廃墟の中に民間人が居たのか?
クソ、しくった。廃墟の中には人が居ないだろうと勝手に決めつけて中を確認しなかった。
判断を見誤った自分に叱咤しつつ、俺は急いで廃墟の中に入る。
「居た!」
すると、今にもモンスターに襲われそうな人を発見する。俺は一瞬で間合いを詰めると、背後からモンスターを蹴り殺した。
「大丈夫か?」
「えっ……」
俺が助けたのは可愛いらしい女の子だった。
肩まである黒い髪は中と毛先が赤に染まっている。目はパッチリ大きく、睫毛も長い。鼻筋はスッと通っていて、小さな唇。染み一つない白い肌。どちらかと言えば可愛い系の顔立ちだが、化粧をしているのか大人っぽく感じられる。
白いパーカーを羽織っているが、上着の下は学生服らしき服装だった。
ギャルっていうか……今時の女の子って感じだな。
(魔銃? 随分型の古い魔銃だが……ヒイラギ式か)
旧式ではあるが、女の子は魔銃を持っていた。魔銃を持っているって事は、彼女は一応セイバーなのだろうか?
俺が言うのもなんだけど、こんな学生がセイバーをしているのかと呆れてしまう。まさかバイト感覚でセイバーになったんじゃないだろうな。
「なぁ、君はセイバーだよな?」
「えっあ……」
(駄目か……)
脅えているのか、女の子は身体を震わせている。きっとモンスターに襲われて錯乱しているのだろう。
(それにしてもこの子、駆け出しにしてはやけに魔力が多いな)
女の子から感じ取れる魔力量は、駆け出しのセイバーにしてはかなり多い。べセルアップして魔力が増えたのか、元々器が大きかったのか。
恐らく後者だろうな。べセルアップしてこの魔力量なら、駆け出しではないだろうし。
「君の他に人はいるか?」
「えっと……そこに」
「ん? ちっ、遅かったか……」
女の子が恐る恐る指した方に視線を向けると、若い男が地べたに倒れていた。近づいて生死を確認すると、既に死んでいることが分かった。腹が貫かれているし、即死だったのだろう。
死体を見るのはこれが初めてではない。俺はこれまで何度も人が死ぬところを間近で見てきた。
C級でもそうだったが、特にB級ダンジョンで不測の事態が起きると死傷者が出てしまう。だから死体を見ても取り乱すことはなかった。
ただ、犠牲者が出てしまったこと、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。C級セイバーの到着を待たずに俺がさっさと攻略に乗り出してさえいれば、彼を死なせることにはならなかった。
心の中で犠牲者に謝っていると、女の子から声をかけられる。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございます」
「ああ、いいよ。それよりさっさと攻略しちまおう。俺に離れずついてきてくれ」
「あっはい」
お礼を言ってきた女の子にそう言って歩き出すと、彼女はピッタリと俺の後ろについてくる。
一人で帰らせても良かったんだが、この状態でモンスターと遭遇してしまったら殺されてしまうだろう。だったら俺について来させたほうが安心だ。
一度引き返す手もあるが、さっさと攻略してしまいたい。それはきっと、自分が犯したミスを早く消したいという醜い感情があったからだろう。
「ギャア」
「ギャア」
「どけ」
「「ギャ――!?」」
「え、強……」
女の子を連れて奥に進むとモンスターが湧き出てくる。雑魚を蹴散らしていると、再び地面に倒れている民間人を発見した。
それに今度は二人で、残念ながらどちらとも既に死んでしまっている。
クソったれ、民間人を三人も死なせてしまった。
失態をした自分に怒りを覚えながら二人の犠牲者に謝り、さらに奥へ進むと、ダンジョンコアとガーディアンを発見した。
「ギャア!」
「失せろ」
「グハッ!?」
「やっば……」
自分に対する怒りをぶつけるように、襲い掛かってくるガーディアンを殴り殺した。そのままダンジョンコアに近づき破壊すると、俺は後ろで呆然としている女の子にこう言ったのだった。
「出ようか」
やっとメインヒロイン登場です…




