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第三十一話 B級昇格

 




「ゴアアッ!!」


「くっつ!」


 モンスターが放ってくる拳を両腕で交差して受け止める。その刹那、左右から同じモンスターが頭部目掛けてハイキックをかましてきた。屈伸して間一髪で回避すると、態勢を整える為に一旦大きく後退した。


「ふぅ……ふぅ……流石にモンスターのレベルも上がってるな」


 B級ダンジョンを攻略してから二日目。

 俺と冬樹さんは順調に攻略を進めて行ったが、奥に進むにつれモンスターが強くなっていく。


 今俺が戦っているのは緑色の体色の鬼で、冬樹さん曰くハイオーガという名前らしい。ハイオーガはパワー、スピード共にレベルが高い上に、多対一であることから苦戦していた。


「坊主~、俺も加勢してやろうか~」


「まだ大丈夫です!」


 遠くで見守っていた冬樹さんが手伝うと言ってくれたが、俺はそれを断った。確かにハイオーガの群れと戦うのは厄介だが、一人でやれないことはない。


「ふぅ~、やるか」


 大きく息を吐き出すと、俺は器にある魔力を引き出し練り上げていく。


 今までは身体に負担を与えないように加減をしていたが、ここからさらにギアを上げてやる。身体に纏う魔力を増やし、魔力武装による強化を上げていく。


(坊主の魔力が上がった? まだ全力じゃなかったってのか!?)


「ガァッ!!」


 接近してきたオーガによる拳打を、左腕で受け止め掌握する。そして残った右手には、陽炎の如く揺らめく魔力が纏われていた。


「魔砲!」


「ゴアアッ――!?」


 引き絞った右拳をハイオーガの胸部に放つと、衝撃波を発生しながら肉体を消し飛ばした。


「よっしゃあ!」


 魔砲は、溜めた魔力を放出する冬樹さん直伝の魔闘マジカルアーツだ。強化ではなく放出してしまうので魔力の消費は激しいが、その分威力は絶大だった。


 残っているハイオーガが襲い掛かってくるが、魔力武装のギアを上げた俺の敵ではなく、数分の間に制圧した。



「はぁ……はぁ……」


「お疲れさん。ほら、これでも飲んで少し休憩しろ」


「ありがとうございます」



 魔力武装を解くと、ドッと疲労がやってくる。肩で息をしていると、近づいてきた冬樹さんがスポーツドリンクを渡してくれたので、ありがたく貰って一気に飲み干した。


「見事なもんだったぜ。魔力武装をさらに強化したのにも驚いたが、魔砲を使い熟しているのにも驚いたぞ」


「へへ、この一年で滅茶苦茶練習しましたからね」


 魔力武装で戦っても体が耐えられる為に基礎トレーニングで肉体を鍛え、魔力の放出も死に物狂いで習得した。


 まぁ魔砲に関してはやっと出来るようになっただけで、まだまだ練度は低く冬樹さんのようにはいかないけどな。


「今の戦いで坊主がB級ダンジョンに通用することがはっきり分かった。試験内容としては十分過ぎるぐらいだが、それでもまだ戦うか?」


「はい、ここまで来たら行けるところまで行きたいです」


 冬樹さんの問いに即答する。

 俺は自分の力がどれだけB級ダンジョンに通用するか知りたい。その為にはやはり、ガーディアンと戦ってみるしかないだろう。


「よし、そんじゃあちょっと休憩したら行くか。坊主も気付いているだろうが、ゴールはもうすぐだぜ」


「はい」



 ◇◆◇



「ダンジョンコア……そしてあいつが――」


「ガーディアンだな」


 草原のど真ん中に聳え立つ巨大な樹。巨大な幹の中央には見たことがないくらい大きなダンジョンコアが埋め込まれていて、クルクルと回転している。


 そしてその真下、大樹の近くに一体の黒いオーガが悠然と立っていた。


(強い……)


 白い二本の角。血色に染まった瞳。凶悪な人相に、上に伸びる牙。


 二メートルほどの巨躯ははち切れんばかりの筋肉で盛り上がっている。外見だけでもヤバいことが察せられるが、何よりもヤバいのはその身から溢れる重厚なプレッシャーだ。


 こんなに離れていてもその身から溢れる威圧感に鳥肌が立ち、冷や汗が噴き出てくる。


 戦わずとも分かる……あいつは俺が今まで戦ってきたモンスターの中でも間違いなく一番強い。日光東照宮で戦った、家康像よりも遥かに強いだろう。


 畏れ慄いていると、隣にいる冬樹さんが静かに口を開いた。


「あいつがこのダンジョンのガーディアンだ。オーガの王……グリニデと俺は呼んでいる」


「グリニデ……」


「坊主が勝てるかは分からねぇが、戦ったら死ぬかもしれねぇ。それでもやる覚悟はあるか?」


 冬樹さんの言う通り、あのモンスターと戦って無事では済まないだろう。最悪死ぬ恐れだってある。


 だけど、俺はここで退く訳にはいかない。ここでビビッて逃げたらこの先俺はB級やA級でやっていけないだろう。



(こんな所で立ち止まる訳にはいかねぇんだ)



 ダンジョンランキングで一位になる。

 その目的を果たす為にも、B級のガーディアンを一人で倒せるくらいじゃなきゃ駄目なんだ。


「やります、戦う覚悟はできてる」


「ふっ……そうか、なら存分に戦ってみろ!」


「はい!」


 冬樹さんに背中を押された俺は、グリニデに向けて歩み出す。それと同時に、奴も俺に向かってきた。


 徐々に近づくにつれてプレッシャーが増していき、身体が震えてしまう。


 恐怖……いや、これはそういうものじゃない。そう――きっとこれは武者震いだ。


 肉体に魔力を流し、魔力武装を行う。様子見はしない、最初っからトップギアだ。


 示し合わせた訳でもないのに、俺とグリニデはドッと地面を蹴り飛ばし敵へ駆け出した。


 そして――、



「おおおおお!!」


「ガアアアア!!」



 同時に放った二つの拳が、俺とグリニデの頬を打ち抜いた。


「はははっ!」


「ガハハッ!」


 口の中に血の味を感じながらも俺達は嗤う。それが戦いの合図ゴングだった。


「はぁああ!!」


 俺が放った拳は左腕でガードされてしまう。反撃に放ってくるストレートを首を傾けて紙一重で躱す。左フックでボディーを叩こうとするが手刀で弾かれてしまう。斬撃のように振り下ろしてくるチョップを腕を交差して受け止める。衝撃が重くズンッ! と地面に足がめり込んだ。



「おおおお!!」


「ガアアア!!」



 腹の底から雄叫びを轟かせ、眼前の敵を打ちのめさんと手を出し尽くす。俺とグリニデのスピードとパワーは拮抗している。が、拳を合わせる内に徐々に差が生じ始めた。


「ガアアッ!」


「――っ、はっ!」


「ゴハッ!?」


 顔面を狙ってきた拳打を、上体を後ろへそらすスウェーで躱しジャブを放つ。追撃にローキックを繰り出すと、グリニデは苦悶の表情を浮かべた。一瞬の怯みを見逃さず、渾身のボディーブローを放った。


「ガハッ」


 良い所に入ったのか、えずくグリニデの身体がくの字になって頭が下がってくる。俺は奴の頭を両手で鷲掴み、顔面目掛けて膝蹴りを喰らわした。



「はぁああ!!」


「グォォオオ!?」



 血反吐を吐くグリニデの胸部に正拳突きを放てば、奴の身体は地面をバウンドしながら吹っ飛んだ。



「ふぅ……ふぅ……どうだ」



 今の攻撃は手応えを感じたし、かなりのダメージを与えられただろう。


 何故拮抗していた筈の戦いで突然俺が有利になったのか。その正体は“技”だった。グリニデの攻撃は正に暴力といった感じで単調な攻撃だが、俺は違う。


 ボクシング、空手、ムエタイ、テコンドー。その他にも様々な武術を俺は取り入れている。


 この一年で鍛えたのは基礎トレーニングや魔力の扱いだけではない。ボクシングジムや空手道場などに片っ端から出向いて、師事してもらったんだ。


 自分が強くなる為にも、俺はやれる事をなんだってやった。それが己の糧となることを信じて。



「立てよ、まだ戦れんだろ?」


「……」



 グリニデは横になったまま動きが無いが、消滅していないから死んではいないだろう。油断せず様子を見守っていると、グリニデはのそりと立ち上がった。


 そして――、


「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!!」


「――っ」


 天に向かって吼えた。

 劈くような力強い砲声が空気を震撼させる。それだけじゃない……グリニデから発せられていた魔力がさらに上昇してゆく。



(おいおい……まだそんな力残していたのかよ)



 グリニデから感じられる膨大な魔力に驚愕する。奴の魔力量は俺が纏う魔力武装を遥かに越えていたからだ。

 グリニデは口元についている血を手甲で拭い取ると、ニィと嗤ってこちらに驀進してきた。


(――疾い!?)


「ガァアア!!」


「ぐぉっ!」


 一瞬で間合いを詰めてくるグリニデが俺の腹を抉り込むようにアッパーを打ってくる。回避が間に合わないと判断した俺は両腕でガードするも、グリニデは構わず強引に振り抜いた。


 その結果、俺は上空に打ち上げられてしまう。


「くっそっ!」


「ガハハハッ!!」


(こいつ、何で俺の上にいるんだよ!?)


 ジャンプしたのだろう。真下に居る筈のグリニデが何故か俺の真上に居て、両手を組んで振り上げていた。そして奴は、哄笑を上げながら両手を斧に見立てて振り下ろしてくる。


「ゴアッ!」


「がはっ!!」


 背中を強打された俺は、冗談では済まされない勢いで地面に激突する。

 ドオオオオオオオンッと轟音が唸り、地面が吹っ飛んでクレーターができた。


「ぐ……ぁ」


 身体に走る激痛に呻いてしまう。それに一瞬だが意識が飛んでしまった。自分がまだ生きていることを実感して安堵するが、呑気に寝ていられない。


 何故なら既に、落下してきたグリニデが俺にトドメを刺そうとかかと落としをしてきたからだ。


「ガアアッ!!」


 ズドンッ! と、キングオーガが踵を振り下ろす。しかし、そこに俺の姿はなかった。


「はぁ……はぁ……」


 俺はグリニデの場所から少し離れた所に居た。

 危なかった……咄嗟に瞬間移動をしなければ、今の一撃で確実に殺されていただろう。本当に間一髪だった。


「……」


 ぐっと拳を握り締める。自分の身体がまだ動けることを確認した俺は状況を整理する。


 グリニデはパワーアップした。きっとあれが真の実力なのだろう。そして今の俺では、あの状態のグリニデと戦っても手も足も出ないことは明白だ。


 ならば――、



「限界を越えるしかねぇだろ」



 今の俺で勝てないのなら、こちらもさらに強化するしか手段はない。その手段というのは、魔力武装のギアをさらに上げることだった。


 が、それをすれば俺の身体が耐えられないだろう。ただでさえ、身体が耐えられる限界ギリギリまで魔力による強化を行っているんだ。


 それを越えるというのなら代償は高くついてしまう。最悪、身体がボロボロになって動けなくなってしまうかもしれない。


 ――それがなんだ。


 奴に勝てるのなら限界だって越えてやる。身体がぶっ壊れても構うものか。


 ここで勝つ。今勝つ。負けらない、俺はこんなところで負けられないんだ!



「はぁぁあああああああああああああああああ!!!」



 絶叫すると同時に、からだに残っている魔力を捻り出す。体内に魔力が駆け巡り、魔力武装の強度を限界以上まで上げた。


 その途端に身体が悲鳴を上げる。時間はかけられない……もって数分。それ以上はマジで死んじまう。



「さぁ、最終ラストラウンドだ……来いよ!」


「グハハハ!!」


 ()が強くなったのが嬉しいのか、グリニデは高らかに嗤った。

 そして俺達は、最後の戦いに臨むべき敵に向かって駆け出した。


「はぁああ!!」


「ガァアア!!」


 俺とグリニデの拳が重なり合う度に、激しい衝撃が空気を震わせる。


「がはっ」


「グハッ」


 俺が顔面を殴り飛ばせば、グリニデも負けじと殴りかかってくる。この世界(速度)の中じゃ技の駆け引きなんか無意味だ。互いに敵をぶっ殺すことだけを考えて、どちらかが倒れるまでただひたすらに殴りかかる。


「おらぁ!!」


「ガハッ!?」


 俺が放った拳打がグリニデの頬を打ち抜いてぶっ飛ばす。渾身の一撃ではあったが、それでもグリニデが倒れることはなく、しぶとくと立ち上がってきた。恐るべし耐久力に、俺は心の中でため息を吐く。



(はぁ……はぁ……やべぇ、身体が限界だ。後一発出せるかどうかだ)



 まだ戦えそうなグリニデと比べて、俺は既に満身創痍だった。限界を越えた魔力武装は思っていた以上に消耗が激しく、身体が言うことを聞かない。


 あと一度でも攻撃を受けてしまえば、俺は二度と立ち上がることはできないだろう。


 ならば、最後の一撃に全てを託すしかない。


「煉……」


 覚悟を決めた俺は、全身に巡らしている魔力を右拳の一点に集約する。腰を深く下ろし、ぐっと拳を弓引いた。


「獄……」


 拳に漆黒の炎が灯る。これが本当の最後だ、全てを出し尽くてやる。


「……ガアアアア!!」


 次が最後の勝負と理解したのか、グリニデが思いっきり大地を蹴って突進してくる。雄叫びを上げながら、速度を上乗せした渾身のストレートを放ってきた。


 その攻撃に対し、俺も溜めていた魔力を全て解き放つ。



「――魔砲!!!」



 放たれた拳と拳が重なり合う。衝撃波が迸り拮抗する中――、



「ああああああああああ!!」


「グアアアアアアアアッ!?」


 さらに魔力を上乗せし、拳を振り抜いた。漆黒の炎が舞い上がり、グリニデの総身を焼き焦がしながら吹っ飛ばした。


「はぁ……はぁ……やったのか? ぐっ!」


 立っていられず、膝を崩して地面に這い蹲ってしまう。

 くそ……マジでもう身体が動かねぇ。魔力もすっからかんだ。


 お願いだからもう終わってくれと願いながらグリニデの様子を窺うと、奴の身体が末端からポロポロと崩れていき、灰となって消滅した。



「か……勝った……勝ったぞ……俺の勝ちだぁあああああああああああああああ!!」



 強敵に勝てたことが心の底から嬉しくて、両手を上げながら叫ぶ。


 刹那、燃え上がるような感覚が身体を襲う。それは痛みとかではなく、力が湧き上がってくるような感覚だった。恐らくグリニデを倒したことでべセルアップを果たしたのだろう。


「はっはっは! マジで一人でB級ガーディアンを倒しちまったな。驚いたぜ」


「冬樹さん」


 遠くで戦いを見守っていた冬樹さんが、いつの間にか近くにいた。彼は嬉しそうに笑いながら、俺のことを褒めてくる。


「へへ、ギリギリでしたけどね……」


 本当に紙一重だった。何か一つでも狂っていたら死んでいたのは俺の方だろう。

 だが、それでも俺はこの手で勝利を奪い取ったんだ。



「ギリギリだろうが何だろうが関係ねぇ、お前はグリニデに勝ったんだ。おめでとう坊主、いや――新田義侠。文句なくB級試験合格だ。今日からお前はB級セイバーだ」


「はは……やっ……た」



 冬樹さんから合格を言い渡されて気が緩んでしまったのか、ギリギリ保っていた意識が遠くなっていく。

 心配する冬樹さんの声を聞きながら、そのまま意識を失ってしまった。


 こうして、俺は晴れてB級セイバーになったのだった。



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