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人が咀嚼される音を聞いたことがあるか。

作者: よよまる

 人が咀嚼される音を聞いたことがあるか。

 人の骨が口内で容易く砕かれる音、肉を味わう口の動き、肉体が徐々になくなっていく光景を見たことがあるか。

 ついさっきまで話していた人間が物言わぬ物体になった瞬間を見てしまった。

 僕は口に手を当てて、万力で締め上げるように口を押さえつけていた。


 万が一にも声を出してしまわないように。

 震えて歯がぶつかり合わないように。

 泣き出してしまわないように。


 気の遠くなりそうな時間が過ぎで、周囲に僕以外に誰も存在しないと入念に確かめて口から手を離した。


「《解除》」


 正しく発音できたか不安だったが、装置は認識してくれた。

 僕の周りの黒い靄が晴れ、周囲の色が明確になった。

 そして、吐いた。

 胃袋の中がそのままアスファルトの地面にまき散らされた。

 機内で食べた栄養補給食とプロテインドリンクが噴水のように僕から出ていくのだ。嘔吐の苦しさと鼻に回った胃液の不快感で僕はそのまま気絶したくなった。

 でも、気絶できなかった。意識を失えばどれほど楽だろうか。逃避を許さない僕の体は意識を朦朧とさせながら、思考自体はクリアだった。

 食べつくされたかつての人間を極力見ないように、適当な段差に腰かけた。


「《端末》」

 ――はい。


 デジタルな声が僕の耳に届く。耳にはめたインカムが僕の話し相手だった。


「周辺情報は」

 ――安全指数14です。直ちに危険を伴う状況ではありません。

「チームメイトは?」

 ――3名死亡。5名不明。


 死亡、という言葉が重く僕にのしかかった。胃の辺りがまた痙攣している。しかし、どうにか嘔吐は堪えた。


「僕のバイタルサインは?」

 ――異常が見られます。精神に大きな負担が推測できます。

「僕が生き残る確率は?」

 ――17パーセントです。


 僕は秀でた人間ではない。

 人との協力なくしてはこの卒業試験に合格どころか、命を落とす危険だってある。

 今のこの瞬間、その命を落としかねない危険に片足を突っ込んでしまったのだ。

 頭ではわかっていたことだ。でも、体の震えは理性では押さえつけられなかった。


「さっき遭遇したのはライオン型で間違いないよね?」

 ――はい。事前情報では他にもサイ型、キリン型も周辺では確認されています。また、ハイエナ型が匂いにつられてくる可能性もありのでそろそろ移動を推奨します。

「わかった。行こう。《待機》」


 僕はふらつく体に鞭を入れて立ち上がった。

 顔を上げる。

 かつては栄えていた都市も今では廃墟だ。すべてのビルが無人であり、整備もされていない。いつ崩壊してもおかしくない危うさに加えて、昔はここを埋め尽くすほどの人間がいた、という事実がより一層現在の静寂に恐怖の拍車をかける。

 足を引きずるように歩く。アスファルトの地面はところどころ亀裂や陥没が目立ち、生命力豊かな植物が背を伸ばしている。

 あまり良好な路面とは言えない中、足を取られないように進まなくてはいけないのは難儀だった。


 ――バイタルサイン確認。


 幾分か移動すると待機中だった端末が知らせる。


 ――エネミー反応あり。

「戦闘中ってこと?」

 ――わかりません。先の十字路を右折、その後、一つ目の分岐を左折することで接触できます。

「わかった。《投影》」

 ――コスチューム起動(プレイ)


 僕の周りに黒い靄がかかる。光学粒子を体の周辺に展開し、周囲の景色と同化させる。

 この技術はマンガやアニメが好きで過去の作品をアーカイブから復旧させていた画像処理技術を転じたものだ。

 壁やスクリーンに立体的なホログラムを投影する技術は存在するが、リアルタイムで周囲情報を更新してポリゴンのように自分自身に映像を投影するのは僕くらいなものだろう。

 最初は好きなキャラクターになりきるつもりで作ったのにこんなことに使うとは思わなかった。


「エネミーの数と種類わかる?」

 ――1体。種類はライオン型です。推奨装備はブラスターのレベル3です。チャージを開始しますか?

「ブラスターレベル3をチャージ開始」

 ――了解。


 腰に付けていたブラスターの残弾モニターが点滅を始める。

 僕はブラスターを両手で抱えいつでも射出できる状態にした。

 僕の姿は見えずとも、匂いや音は発してしまうので、あまり慌ただしく移動できない。エネミーの中では嗅覚に特化した存在もいるからだ。


 ――到着予想25秒。ブラスターチャージは2発が発射可能。


 2発以内に仕留めないと僕もこの先にいる生存者も命を落とすかもしれない。

 そう思うのと同時にさっきの光景が脳裏をよぎる。

 一瞬、視界がブレた。

 足が震えてうまく走れない、と気づくのに少しかかる。

 恐れは確実に肉体に影響を及ぼしている。


 ――バイタルサインに変化あり。脈拍の上昇、呼吸が浅くなっています。精神に非常に大きな負担が推測されます。

「ブラスター制御の補正値を9にして」

 ――了解しました。


 端末の示した場所に到着した。元々は駅前だったようで、一車線の一方通行がビルの合間を縫う形だ。周囲にはお店だった廃墟が建ち並び、狭くてもそこそこ栄えていたのが伺える。

 そんなお店の廃墟の一つ。ショーウインドーがすべて砕けてなくなった服屋らしき場所でライオン型エネミーがいた。

 四足歩行で、頭がミミズのように筒状だ。口は円形に並び上顎と下顎の境界がなく、ブヨブヨとしたゴム質の皮膚ととにかく醜悪な見た目をしている。

 首の周りにはびっしりと触覚が生えており、人によっては気分が悪くなるだろう。それが周囲の状況を感知する器官らしく、線虫のように無数の触手が蠢く様はより一層生理的嫌悪感を引き立てる。


「ブラスター発射!」


 狙いを定めて撃った。ブラスターの制御レベルを上げたおかげで、ライオン型の胴体へ風穴を作ることには成功した。

 しかし……。


 ――エネミーの損耗率19パーセント。致命傷には至っていません。


 端末の言う通りエネミーは体にレーザーで大きな穴ができているのにも関わらず、少しのけ反っただけで倒れもしなかった。


「くそっ」


 思わず悪態が出た。そして事態が悪化する。僕の周りに散布していた黒い靄、姿を消すために必要な光学チャフがブラスターのせいで一部穴が開き、エネミーに姿を見られた。

 案の定エネミーの標的が僕へと変わり、気持ちの悪い口を向けてきた。

 もう一発撃つか? でも、外したら今度こそ……死。

 そう思った瞬間、体が動かなくなった。思い出さないようにしていたのに人が食べられる光景が脳裏をよぎる。


 ――バイタルサインに変化あり。警告。精神に多大な負荷が推測されます。直ちに安静にしてください。安全な場所へ――。


 端末の声が遠くに聞こえる。頭が、脳が、動かない。思考ができない。


「こっちよ!」


 迫るエネミーの横を駆ける人影。

 僕と同じ服を着ている。ヘルメットとフェイスシールドをしているから容貌はわからないけど、同じ目的のために作戦に参加している仲間なのは確かだ。


「来て!」


 彼、もしかしたら彼女に腕を掴まれ一緒に走る。

 ライオン型の速度は最大で時速60キロだ。すぐに追いつかれてしまう。


「《エルモ》! 足止め!」


 僕と同じように端末に音声で命令をしている。

 声が高いからおそらく僕と同じくらいの女の子だろう。

 彼女の腰の辺りからいくつかの光源が発射される。爆竹のように小さな爆発がいくつも連鎖的に起きてライオン型の足が一時鈍くなる。

 あんなものじゃライオン型どころかエネミーには効果がない。しかし、現に足止めになっていることから威力じゃなくて首周りの感覚器官に作用するものだろうか。爆竹の煙から逃れるように進路をやや遠回りに取り直している。


「あと何発撃てる?」

「い、一発!」

「ならこの袋小路!」


 そう言って導かれたのは退路のない狭い路地だった。彼女の言う通り行き止まりがあって袋小路になっている。

 狭いところに隠れるにしては中途半端だ。ライオン型も普通に入ってこれてしまう。


「合図するから、そしたら撃ってね! 任せたわよ!」


 任されてしまった。命の危機なのにも関わらず、彼女は僕に命を預ける気なのだ。

 僕は袋小路の一番奥でブラスターを構える。


 ――バイタルサインに変更あり。脈拍が正常値付近まで回復しました。


 たった一言、任せた、と言ってもらえただけでここまで勇気がもらえるなんて僕は単純な奴だ。

 彼女はいくつかの機材を地面に放り投げる。1つ1つが手のひらに収まりそうな球体だ。

 ライオン型が走りながらこの路地へ侵入してきた。勢いはすさまじくぶつかったら只では済まないだろう。奴からしたら僕ら人間は簡単に殺せてしまう脆弱な生き物でしかないのだ。

 衰えない勢いのまま、少女が佇むところまでやってきた。


「《エルモ》! 拘束!」


 足元にあった機材が白光する。光は膜状に広がりライオン型を覆い、同時にスパークが爆ぜる。強力な電気でライオン型を拘束しているのだ。

 ただし、いつまでも持続しないだろう。

 ライオン型が動きを封じられるのを確認すると少女は路地の隅っこで小さくうずくまり僕に射線を明け渡す。


「撃って!」

「ブラスター発射!」


 強力なレーザー光線がライオン型を貫く。今度は縦に貫通して、串刺しになった。

 さすがのライオン型と言っても体の大部分を消失したら即死した。巨体を地面に投げ出し力なく横たわるのだった。


 ――ライオン型エネミーの行動停止を確認。


 勝った。

 僕の恐怖の象徴に。


「やったわね!」


 謎の人物は思った通り女の子だった。長い髪をヘルメットの中に収めていたらしく、外した際に広がっていた。フェイスシールドも一緒に外し、瞳の大きい可愛らしい顔があらわになった。


「う、うん」


 まだ脈拍が正常に戻っていないのだろうか。胸の鼓動が聞こえるくらいドキドキして、僕は彼女の喜ぶ顔に相槌を打つのが精一杯だった。

 しかし、端末からはバイタルサインの異常は報告されなかった。





 科学の発展により人間が抱えるいくつかの問題が解消された時、タイミングを見計らったかのように新しい問題が現れた。

 人間たちはそれをエネミーと呼んだ。

 なぜならそれは科学を持ってしても人間の脅威になり、生存競争を戦う上でどちらかが排除されるまでやり合わなければならない、まさに敵だからだ。

 驚異的な生命力を持ち、醜悪な見た目、これまで地球上で観測されたどんな生物とも異なる生態系を持ったエネミーは人間の数を着実に減らしていった。

 人間の生息可能な地域が半分ほどに減った時、人間は攻勢に出た。

 それが僕らが所属するエネミー対策部隊ホープの発足と実戦投入だ。

 正確には僕たちはまだ訓練生で、正式部隊への配属前に卒業試験としてこの旧市街地に投入された。

 ライオン型と呼ばれる好戦的なエネミーの討伐数によって卒業の認定を得られ、優秀な生徒には希望する配属先と非常に高額な支援金が貰える。

 危険が伴うがみんなやる気に満ち溢れていた。

 僕らの希望を打ち砕くかのように卒業試験は開始3時間が経過した頃に地獄絵図に変わった。

 ライオン型エネミーの集団に襲撃を受けた。本来であればライオン型は単独行動を好む。想定されない事態に僕らの班は壊滅した。

 僕は命からがら、姿を消したことで生き延びることができたのだ。


「君、名前は?」


 いくつもある廃墟の一つに僕らは身を潜めながら対峙している。お互いにここまでの経緯を軽く話したところだ。


「アレクセイ=小林」

「私はジュリアンテ=佐藤。よろしくね」


 ジュリアンテと名乗った少女は同年代とは思えないほど落ち着いていた。整った顔立ちと僕よりも身長がやや高いため、大人びて見える。


「それじゃ、アレクセイくんもA92班だね」

「うん」


 僕ら訓練生はAIによって班を決められていた。各自の能力が発揮しやすいように計算されている。だから、ほとんどのメンバーは初対面だった。

 彼女もあの惨事の渦中にいたようだ。あのライオン型エネミーの1体に追われ、この旧市街地の駅前にまで追い詰められてしまったそうだ。


「ちょっといい?」


 そう言ってジュリアンテは手のひらをこちらに向けてきた。彼女の手のひらにはいくつものセンサーが付けられている。


「《エルモ》! 解析!」


 手のひらのセンサーから光が発せられ、僕の全身を包む。時間にして5秒くらいだ。


「やっぱりアレクセイくんにも変な数値が出てる」

「どういうこと?」

「あ、今共有するね。《エルモ》転送して」

 ――《ジュリアンテ=佐藤》よりデータを受信しました。閲覧しますか?


 僕の端末が即座に反応した。閲覧を選ぶと僕の身体データが数値化された物とそれのイメージエビデンスが付いていた。

 あの5秒程度の間にこれをしたのかと思うと、彼女はとても優秀なのだろう。ライオン型から逃げるとき、倒すときもそれぞれ別々の機能を有していたところを見えると、引き出しが多い。


「で、これが私のデータ」


 2つ目のデータはログが2つあった。作戦開始時の物とついさっきの物だ。


「私の方はデータの差分を付けたんだけど、なんか変な数値差があるのよ。緊張や疲労、場所の影響とか全部シュミレートしたけど、そんな数値が出ることがないから原因がわからなくて。

 それでアレクセイくんのデータもスキャンさせて貰ったんだけど、私が頭を抱えている数値の近似値が検出されたから何かわかるんじゃないかって」


 彼女は説明しているようで、半分くらい独り言だ。悩みを共有するよりは自分の頭の中の整理をしているように思える。

 頭がいい人ってみんなこんな感じなんだろうか。


「わかるんじゃないかって、何を?」

「ライオン型エネミーの集団行動の理由」

「そんな事考えていたの」


 正直、僕は不測の事態だとか、イレギュラーが起きた、くらいで片づけてしまっていた。というよりは、あの場面を思い出すことを極力避けるために考えないようにしていたのが正確かもしれない。


「参考程度に、アレクセイくんの考えを聞いてもいい?」


 そう言われても、考えを持ってなかった手前、何も言うことがない。


「う、うん」


 何か言おうと再びデータを確認すると気が付いてしまった。データはすべて身体情報が数値化している。身長や体重、もちろん胸囲も……。


「あ、そんなに肩肘張らないで。ちょっとした会話でヒントがあればいいなって感じだから」


 内心を見透かされたのかと思い冷や汗が止まらない。焦りから思考することよりも何か言うことが優先になった。


「あ、えっと、おいしそうな匂いでもしたんじゃない、かな」


 ジュリアンテが噴出した。


「おいしそうな匂いって」


 緊急事態だということも忘れジュリアンテはお腹を抱えて笑った。しばらく息をするのも辛そうなほど笑い続けた。


「ふぅ――」


 長い呼吸を吐いて笑いに終止符を打った。


「はー、笑った。アレクセイくん面白いね」


 笑わすつもりは毛頭なかったが、いい方向に働いたなら僥倖と言ったところだ。


「でも、わかっちゃった」


 ジュリアンテがすっきりした表情で僕を見る。


「ヒントどころからクリティカル。《エルモ》分析結果を共有して」


 再びデータが送られてくる。端末からよくやり取りをする相手なら確認のメッセージをOFFにするか問われたのでYESと回答する。


「今渡したデータは私とアレクセイくんに付着していた匂いを数値化したもの。この匂いがライオン型を呼び寄せるんだと思う」


 その言葉に僕は顔を青くした。


「待って、僕は自分の姿を消せていると思ってあの現場にいたんだ。もしも、そんな匂いを付けていた状態だったら何で僕は今無事なの?」

「姿を消す?」


 論より証拠ということで彼女の目の前で消えて見せた。


「どう?」

「すごいわ、これ」


 彼女には僕が見えていないはずだ。恐る恐る僕がいると思われる虚空を触ろうと手を指し伸ばして来る。


「消えた……!」


 どうやら彼女の指先が僕の散布した光学チャフに触れたようだ。指先だけ周囲の景色に擬態したのに驚き、途中で消えてしまった自分の指先を面白そうに眺めている。


「これアナタが作ったの?」

「う、うん」

「すごい。何度でも言うわ。これはすごいわ」


 すこぶる感心する。


「何もない空間に立体映像を映すために大掛かりな装置が必要ないのはもちろんだけど、本来レーダーやミサイルから狙いを逸らすために用いられるチャフを投影の道具にしてしまう考えが面白い。いけないわ。私はやっぱり頭が固いのね」


 また自分の世界に入ってしまうジュリアンテだった。


「あの、なんで僕が無事だったか、って話だよね?」


 はっとした様子で意識をこちらに向けた彼女は取り繕うように咳払いをして説明を続けてくれた。


「推測でしかないけど、ライオン型の感覚器官はその光学チャフで感知をシャットアウトできるんだと思う。

匂いの分子は残ったままだからライオン型エネミーからしたら別の匂いで上書きしたのかも、ちょっと自信ないけど人間の鼻よりも敏感なエネミーの感知から逃れられるんならかなり使えると思う」


 まさか趣味が高じて作成した機能にこれほどの有効性があるなんて驚きだった。

 ジュリアンテの聡明さを頼れば、僕らは絶望的状況から脱出する手だが見つかるのではないだろうか。


「さ、佐藤さん」

「ジュリアンテでいいよ」


 女子と最後に会話したのがいつかもわからない僕に名前呼びはハードルが高い。


「じゅ、ジュリア、さん」


 噛んで途中でさん付けをしてしまう。


「いいね、私友達にジュリアって呼ばれてるわ。発想が似てるんだね。仲良くなれそうかも」


 どうやら好意的に受け取ってくれたらしい。噛みました、と訂正するのもアレなのでこのままいくことにした。


「よ、よかったら、僕と協力しませんか?」

「うん、私もそのつもりだった。

 私は結構手数は多いんだけど戦闘用、とりわけライオン型みたいな凶暴なエネミーを倒す手段がほとんどないの。

 アレクセイくんの隠蔽とさっきのブラスターがあれば倒すことはできるのは証明済みだから、私はサポートに回ろうと思う。いい?」


 首を縦に振る。僕からしたら是非もない話だ。





 それから僕らはライオン型エネミーを潜んで、おびき出して、確実に倒す戦法を取った。

 驚いたのはジュリアの機能1つ1つの精度だ。

 例えば索敵能力は僕の端末が察知できる範囲を大きく上回る。それに僕は生体反応――バイタルサインを手掛かりに周辺を索敵するけど、ジュリアは他にも熱源、匂い、音など、数多くの方法を用いる。

 索敵で確実に先手を取り、有利を確定した上でこれ以上ない準備を行って狩りが行える。

 僕らのミスや想定外も作戦に組み込んでいるし、撤退のルート確保とその見極めラインも用意している多種多様な場面に対応できる応用力も舌を巻いた。


――ライオン型エネミーの行動停止を確認。


 10体目の討伐が終わった。

 作戦開始から30時間が進み、ジュリアの合格予想の討伐数をクリアできた。

 僕たち二人は廃墟の中で栄養補給食とプロテインドリンクを口にしていた。


「このヨーグルトって何だろうね」


 さすがに1日以上共にいると雑談もできるようになる。僕は栄養補給食の栄養表示欄に書かれた見知らぬ言葉に首を傾げた。


「牛乳を発行したものらしいよ」

「チーズとは違うの?」

「チーズとの違い……?」


 ジュリアは端末を使ってアーカイブを漁り始めた。気になったら放っておけない知的好奇心のお化けのようなところがあり、この短い間で何度もこんなことが起きた。さすがに僕ももう慣れた。


「わかった。菌、菌の違いだって!」


 目を輝かせて答えを教えてくれる姿はまるで子供だ。いや、年齢的には僕らはまだ未成年だけど。最初は大人びた人だと思っていたけど、好きな物に没頭できる姿はとても無垢だ。


「味はどう違うんだろうね」


 そう聞くとしょんぼりした表情になる。


「わからない……。アーカイブじゃ味までわからないんだもん。両方とも酸っぱいらしいけど」


 エネミーのせいで失われた文化はたくさんある。ヨーグルトもチーズも僕らは食べたことがない。パッケージされた加工食品に付いたフレーバーでしか知らないのだ。


「ん?」


 会話の途中、ジュリアの表情が変わった。端末が何かを察知したそうだ。


「私たち以外の人のバイタルサインよ」

「散り散りになったチームメイトかな?」


 ジュリアの表情は厳しい。人間のバイタルサインがあったということは僕たちの関係者であることは間違いない。旧市街地は既にエネミーの領域だ。一般人がいることは考えにくいからだ。


「1人?」

「んーん、3人……」


 3人か。もしかして僕らのように散り散りになった後、合流したのだろうか。

 しかし、ジュリアの考えは違うようだ。僕のように楽観した考えではないことは表情を見れば明らかだ。残念なことに僕は彼女のように頭がいいわけではないので、何を考えているか察することも同じように思考することもできない。


「ごめんだけど、ちょっとすぐに合流しなくてもいいかな?」

「何か考えがあるんでしょ?」

「ふふ、さすが相棒ね。考えることはお見通しってことかな?」


 少し買いかぶりな気もするけど、悪い気はしなかった。


「まあ、ね」


 口下手故にあいまいに肯定だけしかできない自分がもどかしい。


「屋上や屋根伝いに接近しましょ」


 隣の建物まで高低差や人間の跳躍力では難しい幅があったが、ジュリアの端末はこういうところでも有効性を発揮した。

 ほんの一瞬だけなら人間1人を支えられる足場を作り出し、アーカイブで見たNINJAのように移動できた。


 ――バイタルサイン確認。


 待機中だった端末が知らせる。僕の端末でも察知できる距離になったようだ。


「《エルモ》。偵察」


 彼女の元から小さな虫のような無人偵察機が飛び立った。口には出さなかったけどゴキブリみたいだった。


「音声繋ぐね」


 僕の端末にも彼女の偵察機から送られてきた音声が繋がる。


『あークソッ』


 早速悪態だ。幸先が良い、なんてジョーダンを言ってやりたいが真剣に聞き入っているジュリアに言うのは憚られる。


『死んだの3人かよ』


 死んだ、3人、という言葉から連想できるのはあの惨劇だった。顔の血の気が引いていくのが自分でもわかる。ジュリアの横顔は険しさを増していく。


『このカートリッジ、いくらしたと思ってるんだ。支援金貰えなきゃ赤字だぞ』

『うるさい。お前が計画性ないからだろ。おかげで戻って誰が死んだか確認しなけりゃいけなくなったし、しばらく肉類は食えそうにない』


 これまで1人が悪態をつくだけだったが、他の仲間も会話に参加する。


『行けると思ったんだけどなぁ』

『おい、どーすんだよ』


 2人で話していたところに3人目に発言を促した。


『残りは見つけ出して殺す』


 耳を疑うような発言に僕は目を剥いた。


『はは、《ホープ》隊長のご子息様は発言が物騒でいらっしゃる』

『黙れ』


 3人目の声が凄むと他の2人は黙った。どうやらこの3人目がリーダーらしい。それにあの惨劇の主犯格だということもわかった。


『ジュリアンテ=佐藤、アレクセイ=小林。こいつらを優先して探すぞ』


 僕らの名前が上がり心臓が跳ね上がる。いやな汗を背中に感じながら耳は会話を聞き取るために集中する。


『なんで?』

『おそらくこいつらは組んでいる。ライオン型の討伐数が2人とも5匹、討伐した時間が近く、討伐記録が交互についている』

『へぇ、そんな情報もらえるんだぁ。まー何百人もいる候補生の中から俺たち3人を同じチームにしたりできるし、さすが《ホープ》隊長の息子――って悪い悪い、話を続けて』


 彼らの様子はわからないけど、リーダー格の男が軽口を叩いた男のことをにらみつけて黙らせたのはわかった。


『こいつら2人のことを知っているか?』


 取り巻きの2人がそれぞれ答える。


『佐藤は女だな。俺、候補生の女の子の顔全員覚えているんだよねぇ。めちゃ美人だぜ』


 その言葉に仲間の一人が「お前……」と呆れた様子だ。その後、補足するようにジュリアの話が深堀されていく。


『佐藤は座学1位だ。あと実技は10位には入ってないが、チームを組む課題なんかはいつも上位に入ってきている。おそらくサポートを得意としているだろう』

『小林の方は?』

『しらねー。男に興味ねーもん』

『俺も知らない。チーム編成のバランスを考えると俺たち以上に戦闘力は高くないだろう』

『ま、俺らバリバリリソースを攻撃に振ってるもんな~』

『ああ。だから、その小林って奴はよくて戦闘能力は並ってところだろ』


 沈黙。数秒の思考があり、リーダーの男が口を開いた。


『よし。いくぞ』

『どこに?』

『あいつらの最後にライオン型を狩った場所に』


 彼らの声や足音が遠ざかる。顔を上げるとジュリアが下唇を噛んで顔を真っ赤にしていた。


「聞いてたでしょ。アレクセイくん。私たち、狙われているみたい」


 声は平静を装っているが、平静ではいられないようだ。


「ジュリアさ――」

「アイツらがフュリスを殺した……」


 怒気に満ちた瞳に殺意がこもった一言だった。


「ごめん、アレクセイくん。ここから別行動」


 僕の顔を見ずにジュリアは立ち上がった。背中を向け、廃墟を下りるため階段の方に向かっていく。


「アレクセイくんはあの隠蔽を使って期日まで隠れてて。ライオン型の感覚器官を掻い潜れるなら卒業試験は無事にクリアできるよ」


 僕の呼びかけは耳に入っていない。


「もし、私が死んだら今の音声を評議会の匿名投稿で音声データを送って貰えると嬉しいな」


 僕はジュリアの手を掴んだ。

 自分でも驚く。こんなに強引に人の腕を握ったことに。


「やるなら二人だ。僕らは相棒だろ」


 そして、こんなセリフを迷わずいえるような自分人の変化に。





 僕とジュリアは再び廃墟で対峙していた。お互いの顔がよく見える。


「ありがとう」


 改めて彼女はお礼を口にした。


「まず、私の事情を全部話そうと思うの」


 初めて会った時のような大人びた印象やアーカイブで知的好奇心を満たそうとしている子供らしさとも違う、彼女の奥底にある素の部分が顔を出していた。

 時間を置いたおかげでジュリアの激昂は収まり冷静になっていた。


「私は評議会から送り込まれた監査役なの」


 エネミーが現れ、人類の数が減り、居住できる土地が失われたために国や人種などの境界が失われ、国際連合に変わり新たに発足されたのが評議会である。いくつかの機関のトップの合議によって今現在の人類の行く末を決めている。世界最高の意思決定機関だと言ってもいいだろう。

 エネミー対策部隊ホープも評議会に属した組織だ。


「言っても内情調査が主な任務ね」

「訓練生でできる調査なんてたかが知れてるんじゃない?」

「そうでもないわ。どこの世界にでも不正をしている人間がいるもの。現にさっきの連中の話聞いたでしょ?」

「まあ、そうだね……」

「私が監査するのは訓練生。組織の監査はまた別にいるの。


 で、彼らのことは監査チーム内では大きなトピックになっている。今回だけじゃない、通常訓練や日常生活を含めると指折りじゃ追いつかなくなるくらいには問題を起こして、それが表ざたになっていない」

つまり、結果的にこうなったわけではなく、ジュリアとしてはこうなることがわかっていた、と言いたいようだ。


「私の友達、同じ監査役の子も訓練中に命を落としたわ」


 その言葉を聞いて、先ほど彼女が口にした名前を思い出す。


「……フェリスって子?」


 ジュリアはハッとした表情になる。


「もしかして私、さっき口にしていた?」


 首肯する。

 するとジュリアは額に手を当て、反省する。感情的になった自分を恥じているようだ。


「――そうよ。フェリスは彼らと同じ訓練に参加している最中に事故によって命を落としているわ。そして、それが決して事故ではない、と思っている」


 あの地獄のような光景が他にもあったと思うと肝が冷えた。人為的に起こされた、という人間という生物の業の深さに人間不信になりそうだ。このままエネミーに人類は滅ぼされた方が世の中はうまく回るのではないかと考えてしまうくらいに。


「私が本来与えられた任務は不正の証拠を掴むこと」


 ジュリアは彼らの音声を収集させに向かった小型デバイスを手のひらで転がす。

すでに中身はデータ化された。

 電子の世界に保存されたものは並大抵の方法では抹消できない。

 彼女の任務は完了したようなものだ。あとは無事に卒業まで彼らと出くわさないようにすればいいのだ。


「でも、私は彼らを罰する。それが正しい事だと思ってない、完全な私怨よ。

改めて聞くわ。アレクセイくん」


 僕の目をジュリアは真っすぐに見る。大きく丸い瞳が僕を映している。瞳に映る僕は真っすぐにこちらを見ていた。


「君は選べる。私とここで別れる。私と一緒に戦う。どうする?」

「言っただろう。相棒だって。一蓮托生、一緒に戦う」


 ジュリアは嬉しそうに笑った。背伸びをしていない、等身大の表情だった。

 さあ、始めよう。

 アイツらにも体験させてやるんだ。


 ――人が咀嚼される音を。

 ――肉体が徐々になくなっていく光景を。


 あんな地獄を作り出すような人間は、もう人間ではない。敵だ。地獄に帰ってもらおう。





 ――エネミー反応あり。


 端末がインカムを通して教えてくれた。これで必要な準備は全部揃った。

そして、ジュリアの仮説が正しかった。


『アレクセイくん』


 ジュリアの声が聞こえる。今は別行動のため通話でのやりとりだ。


「うん。反応あった。間違いないみたい」

『よかった。それじゃ、予定通りに』


 通信が終わった。

 僕らは復讐を誓った時から準備を始めた。

 必要な場所と物を探し、仮説を立てて検証する。そして、あいつらの行動パターンを把握する。

 僕の《投影》ならライオン型やあいつらに接近することもできて調べごとや検証は容易だった。ジュリアは僕が思いつきもしない仮説を立て、計画を綿密に作り出した。二人の力を合わせることで不可能を実現可能なところまで持ってくることができた。


「おい、お前」


 見つかった。

 第一フェイズは接触だ。僕は一人で旧市街地を彷徨うふりをして奴ら3人に見つかる。


「き、君たちは――」


 こちらの殺気を先に気取られてしまうことは避けたい。僕は徹底して何も知らないフリを貫く。今はジュリアとはぐれてしまった一人では何もできない訓練生に擬態する。


「よ、よかった、他にも人がいたんだ」

「……お前だけか?」

「もう一人いたんだけど逸れたんだ」


 三人は顔を見合わせ、リーダーと思われる一番大柄の男が一歩僕の前に歩み出る。

奴らとの距離は約30メートル。周囲が静かなおかげで会話が成り立つギリギリの距離だ。


「猿芝居はいい」


 リーダーの男は腰のブラスターをこちらへ向ける。


「俺に嘘は通用しない」


 ブラスターの銃口が赤く熱を持った。

心臓が激しく脈打つ中、この数日で体に沁み込ませた動作を行った。


 ――外部アクティビティを起動します。


 端末からの音声が聞こえ、僕の体は真横に引っ張られた。準備をしていたとは言え、相当な負荷が体にかかった。

 路地へと緊急回避したことで僕がさっきまで立っていたところをブラスターのレーザー光線が通過した。


「避けたぞ⁉」


 三人組の誰かの声が聞こえる。

 ジュリアから借りたサポートデバイス。これが僕のことを引っ張ってくれた。地面に設置してあったデバイスを回収し、路地を走る。

 地の利はこちらにある。

 後ろからは複数人の足音が聞こえた。


「アイツら追ってきてるよね?」

 ――三名の追跡を確認。


 第二フェイズは逃走。用意していたプランがいくつかあったが一番手っ取り早く彼らに追われる形になった。

 でも、後ろを振り向く余裕なんてなかった。僕の徒競走は訓練生の中でもドベに近い。

いつ背中に衝撃がくるかわからない不安に苛まれながら足を動かし続けるのは思ったよりも体力を消耗する。


「待てコラ!」「止まれ!」


 取り巻きの二人の声が聞こえた。もう向こうも体裁を気にしていないようだ。僕のことを殺すつもりなのは明白だ。


 ――70メートル後、右折です。


 地図を暗記して、予行練習までしたが本番がこんなに頭が真っ白になると思わなかった。


 ――三名との距離が開きすぎています。


 端末の誘導で正確な道を進み、ペース配分を調整していく。きっと不器用な僕一人だけだったらこんな作戦うまくいっていないだろう。


「いたぞ、あっちだ!」


 つかず離れずの距離を保ちながら旧市街地を駆けまわる。

 僕の体力が限界を迎えそうところで、目的地へとたどり着いた。

 ここはジュリアと初めて出会った車が一台通れるくらいの駅前道路だ。


「うわっ」


 道路の亀裂に足を取られ、人一人が収まる程度の空間に落ちた。


「はは、まるで棺桶だな」


 追手の一人が嘲る。

 さすが自称武闘派。僕は立つのもままならないのに、三人は多少息が上がっている程度だ。まだ余力があることがうかがえる。


「女の場所は?」


 リーダーの男が問いかけてくる。手にはもちろんブラスターが握られている。


「答えれば命だけは助けてやる」


 白々しい言葉に思わず吹き出してしまう。


「何がおかしいんだコラ」


 取り巻きの軽薄そうな方が唾を飛ばしながら怒声を放つ。

 第三フェイズは既に完了している。奴らは網にかかった。


「嘘がわかるんだろ? 自分に使ってみたら?」


 リーダーの男の眉間に青筋が浮かぶ。僕は人を怒らせる才能があるのかもしれない。


 ――自動制御により、外部アクティビティを展開します。


 胸部に仕込んでおいたジュリアからの借り物デバイスが盾のように僕と奴らの間に壁を作る。

 直後、ブラスターのレーザー光線がその壁にぶつかり、凄まじい量のエネルギーが放散されていく。レーザーのエネルギーは音や光、熱に変換されて効力を徐々に落とし終息する。

 どうやら僕はまだ人間の形を保っているらしい。


「――チッ」


 攻撃を凌がれて更に苛立ちを募らせていく。


「虫けら風情が抵抗してんじゃねぇよ」

「ブラスター3つならどうだ?」


 左右の取り巻きもブラスターを構え始めた。


「アーカイブに蜂って虫が記録されてるんだ」


 僕は思いついた言葉を口にする。銃口を3つ突きつけられている状況にも関わらず、身体が疲労で動けないにも関わらず、頭はかつてないほどクリアだ。


「蜂は外敵が近づいてくると警鐘フェロモンという物質を分泌して仲間を呼ぶんだ」

「何言ってんだお前?」

「この状況が受け入れられずにいるんじゃないか?」


 取り巻きの二人が首を傾げている中、リーダーの男だけが厳しい表情でこちらを見ている。


「お前たちが使ったカートリッジも同じ原理が働いている」


 カートリッジという単語に三人は明らかに反応を示した。


「《僕ら》はカートリッジの原理を解析した。


 それに、お前たちが企んでいる事はわかってる。音声データ付きで記録してある。

 もしも、まだ良心があるって言うなら自分の行いを認めて悔い改める気はない?」

 取り巻きの二人は口を閉じる。視線はリーダーである男へ注がれる。僕も倣って視線を向けた。


「良心だと?」


 リーダーの男の嘲笑。ブラスターのトリガーにかけた指に力が入るのがわかった。


「お前らが死んだところで何も思うわけないだろ。雑魚が」

「交渉決裂だね」

「交渉になってない」


 実を言えば交渉が決裂したことに安堵した。


「《残念だよ》」

 ――設定されたキーワードが音声入力されました。予約されたアクティビティを開始します。


 第四フェイズ、最後の作戦が動き始める。

 奴らの足元から霧状になった液体が散布された。これも事前に設置していたジュリアの外部デバイスによるものだ。僕に注意を払っていたおかげで不意打ちとしては成功だ。三人共面くらっている。


 ――アクティビティの正常終了を確認。次の予約されたアクティビティを開始します。


 僕の背後の景色が歪んだ。《投影》によってスクリーンのように空中に廃墟が並ぶ風景を映していたのが消えた。

 これは視覚的な情報の隠蔽と端末の感知を妨害、そして、化け物たちと僕らを遮断するための壁、3つの意味を持つ最後の舞台装置だ。


「なっ――」


 まず先に気づいたのは軽薄そうな話し方をする男だった。僕の背後に視線を向け、驚愕した表情で硬直している。

 遅れて残りの二人も気が付いたようだ。


 ――アクティビティの正常終了を確認。次の予約されたアクティビティを開始します。


 僕の周囲に黒い靄が発生し、周囲の風景が《投影》されていく。周りにいる人間には僕の姿が急に透明になっていくように見えるだろう。

 姿がすべて消える寸前、三人へ告げた。


「楽しんでいってね」

「馬鹿な、《端末》には何も――」


 取り巻きの一人が言葉途中で吹き飛んでいった。


「うああああああああああああああああああ⁉」


 ライオン型エネミーがのしかかっていた。

 リーダーの男は事態が呑み込めずに僕の後ろで唸り声をあげる複数のライオン型エネミーを前に茫然としていた。

 ライオン型の群れが奴らの方へ走り出した。

 生き残った二人がブラスターで撃退を試みるが一体や二体がやられただけではどうしようもない。圧倒的な物量と凶暴な野生に成すすべなく奴らは蹂躙される。

 どうだ人が咀嚼される音は? 人の骨が口内で容易く砕かれる音、肉を味わう口の動き、肉体が徐々になくなっていく光景は?

 地獄のような光景を眺めながら、僕はアーカイブにあったアニメの悪役のように笑うのだった。

 しばらくするとライオン型エネミーの集団は各々好きなように散っていった。

 効力が切れたらしい。

 僕らが使った罠や奴らカードリッジの中身にはライオン型エネミーを呼び寄せる匂い、フェロモンなような成分が入っていた。

 その成分の正体はライオン型エネミーの死体だ。

 首の気持ち悪い感覚器官が死体から栄養を吸い取り植物のように成長し、果実のようなものを作る。これがフェロモンを分泌する。

 ジュリアが僕らの衣服に着いた成分を解析した。そして、その出所がライオン型であることと仮説を立て、作戦決行までの準備期間は倒したライオン型の死体を調査していたのだ。


「周囲の危険は?」


 《端末》に尋ねるといつものように機械的な音声が耳に届いた。


 ――安全指数8です。直ちに危険を伴う状況ではありません。

「《解除》」


 地面の亀裂から這い上がり少し前まで人間だったものを見下ろす。

 ジュリアの仮説は正しかったことが証明できた。


「ざまあみろ」


 アーカイブに残っていたコミックでは復讐は虚しいだなんて言っていた。けれど、復讐を終えた僕はすっきりした気持ちだった。

 悪役のように笑うのは癖になるかもしれない。通信が切れていることを確認してやらないと病院を紹介されるかもしれないけど。


 ――《ジュリアンテ=佐藤》のバイタルサインを確認。こちらへ接近してきます。


 彼女は僕が彼らを引き付けている間、ライオン型エネミーをここまで誘導する役目を負っていた。

ジュリアが廃墟の屋根から屋根を伝ってやってきた。僕の元までやってきてフェイスシールドを外した。 この時の彼女の表情は生涯忘れることはないだろう。


「……」

「……」


 しばらくの間、お互いに見つめ合う。

 どちらが先かわからない。たぶん、同時だっただろう。

 お互いが手を頭の高さまで上げて、合図もなしにハイタッチが行われた。手のひらに感じる痺れるような感覚にこれが現実なのだと痛感した。

 そして、ジュリアは両手を広げ飛びついてきた。

 彼女の体温や匂いを感じる。自分が生きていることを証明された気がした。


「……終わったね、相棒」


 ジュリアの鼻をすする音が聞こえた。


「流石私の相棒だね」


 涙を浮かべた笑顔がアーカイブで見たどんな映像よりも綺麗だった。


 End

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