訓練
「ほら、サーディ。これくらいの距離ならどうだい?」
キークが10メートル離れたところから、サーディに声をかける。
「そ、それくらいなら……」
サーディが、自分の腕の様子を確かめて、頷く。
「じゃあ、これは?」
キークが9メートル離れたところから、サーディに声をかける。
「ま、まだ大丈夫だわ」
サーディが、自分の腕の様子を確かめて、頷く。
「まどろっこしいね。あ、いいことを思い付いた!」
キークが声をあげて、側に立つ女官にニッコリと笑いかける。
キークの美貌に、女官が顔を赤らめる。
「サーディに目隠しをしてくれないか?」
「かしこまりました」
女官が頷くと、スカーフを取り出した。
用意周到である。
「何する気なの!」
サーディが叫ぶ。
「遠くならば大丈夫なら、目隠しをすれば、側まで行けるんじゃないかと思って」
女官が、サーディをベッドに誘導すると、目隠しを始めた。
「ど、どうしてベッドに座る必要があるの?!」
「いつかみたいに、サーディが卒倒して倒れたら困るから、ベッドの上が安全だろうと思うんだけど」
キークの言葉に、サーディは、確かにそうかもしれないと、納得した。
サーディの目の前は真っ暗になった。
「今、見えないのかい?」
そのままの距離で、キークに尋ねられ、サーディは頷く。
「見えないわ」
そう言った後、サーディは覚悟を決める。
もうキークとの結婚は逃れられそうにないからだ。
なんとかやって克服していこうと言うキークの言葉に従う他はない。
「サーディ、これでも鳥肌が立つかい?」
突然耳元で聞こえたキークの声に、サーディはビクリとなる。
「大丈夫そうだね」
キークがサーディの腕を撫でる。
確かに、鳥肌が立っている感覚はなかった。
「そうか、私の顔を見なければ……いいんだね」
哀しそうなキークの声に、サーディは少しだけ申し訳なくなる。
が、次の瞬間、申し訳なく思った気持ちを捨てたくなった。
キークがサーディに口づけを始めたからだ。
しかも、口びるではなく、首筋やデコルテと、なぜか体をなぞっていく。
「キーク!」
当然サーディは叫んだ。キークの動きが止まる。
「サーディ。これは訓練だよ。私たちは、子をなさねばならないからね。だから、どこまでサーディが大丈夫か、確認する必要があるんだよ」
そう言われてしまえば、サーディも黙らざるを得ない。
「それなら、仕方ないわね」
サーディの了承に満面の笑みを浮かべたキークの顔を見たものは、もう部屋に誰もいなかった。
サーディに目隠しをした時点で、部屋は人払いされてしまったからだ。
キークは、当然最後までするつもりだったからだ。
サーディが騙されたと気づくのは、翌朝、抱き潰されてしまった後のことだった。