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「サーディ」
「ですから殿下。私のところに来なくてもいいですから」
「それなら婚約破棄してもよろしいでしょう?」
ライラの言葉に、サーディのイライラはマックスになる。
「何も知らないくせに、口を出さないでいただける?」
ライラをサーディがぎろりとにらむと、ライラが顔をおおった。
「ひどい方だわ、サーディ様に王太子妃になる資格などあるのかしら」
ライラが嘆く。
サーディは、首をふって口を開く。
「どうやっても、あなたには王太子妃になる資格などないわ」
「どこまで人をバカにすればいいんだ!」
ヘルマがカッとなる。
ライラがサーディに体当たりしてきた。その上、サーディの口許をおおった。
「サーディ・ルルック。お前との婚約を破棄する!」
ようやく言いたいことを言い切ったヘルマが、満足げにライラを見た。
ライラはサーディの口許から手を離すと、ヘルマに抱きついた。
「ヘルマ様! これで私たち……」
「そうだな、ライラ」
二人はみつめあう。
サーディは、ああ、と声を漏らして頭を抱えた。
「兄上、つまらないメロドラマはそれくらいにしてください」
カツカツと、美の化身とも言える男性が人垣を割るように入ってきた。
周りに集まっていた人々も、ほぉ、と声を漏らすほどの美男だ。
「つまらないとは何だ! キーク」
ヘルマが叫ぶ。だが、キークと呼ばれた美男は、ヘルマを無視してサーディの横に並ぶ。
「サーディ。ようやく私の願いがかなったね」
サーディを見るキークの目は、甘い。
だが、サーディは首を激しくふる。
「ヤダヤダ! 私、イケメンアレルギーなの! イケメン見るだけで、ほら鳥肌がたってるでしょ?!」
サーディの腕には、鳥肌がびっしりたっている。
だが、キークはにこりと笑う。
「でもね、兄上が婚約破棄をしたんだから、私しかあなたの隣にたつ人間はいないでしょう?」
「イヤよ! イヤだから、あんな女をつれてきた人でもいいと思ってたのに!」
サーディはまだイヤイヤと首をふっている。
「サーディ! あんな女とはなんだ! 未来の王妃に向かって何て口の聞き方をするんだ!」
ヘルマが怒りをあらわにする。
だが、おかしそうにキークが笑いだした。
「キーク、何がおかしいんだ」
ムッとした表情のヘルマがキークを睨む。
「兄上。兄上は今、王位継承権を捨てたではないですか」
キーマの言葉に、ヘルマが固まる。
「……何を言っているんだ!」
我にかえったヘルマが叫ぶ。
「兄上、今の王太子の地位は、サーディを妻にすることが条件です。サーディとの結婚を破棄した時点で、王位の混乱をなくすため、王位継承権も破棄したことになるのです。知らなかったわけはないですよね?」
キークの言葉に、ヘルマが顔面蒼白になる。
ヘルマはライラに心酔しすぎて、根本的なルールを忘れていたらしい。
「そのバカ女のお陰で、私の願いが叶ったわけですから、感謝しかありませんけどね」
キークがニコリと笑う。
サーディは激しく首をふって、イヤー! と叫んでいる。
サーディがヘルマで妥協したのは、本気でキークの隣に立ちたくないと思っていたからだ。
サーディは転生者だった。そして前世で美人系イケメンに貢いだあげく捨てられ、それを慰めてくれた美人系イケメンはヤンデレで監禁され殺された。
幼いころからキークを目にすると鳥肌が立つため、完全に避けていた。精神的に平穏な生活、それだけが望みだった。だからヘルマに側室OKと言ったのだ。しかも、キークはヤンデレの匂いがする。だから、絶対逃げ切りたかったのだ。
ヘルマが崩れ落ちる。
ヘルマは結局甘ちゃんだ。サーディと婚約破棄をしたって、今までの生活が壊されることなくライラとの愛が育んでいけるものだと思っていた。だが、王位継承権のないヘルマは、この城からも追い出されるだろう。
どうやって市井で生活していくのか、ヘルマには全く想像がつかなかった。
そしてライラは力なく表情をなくす。
王太子妃にそんな決まりがあるとは思っていなかった。だから単純にヘルマとうまくいけば王太子妃になれるのだろうと、幼い頃物語で読んだお姫様になれるのだろうと思っていた。貧乏な生活ともおさらばになると思っていた。
だが、そのもくろみは潰えてしまった。
キークだけが笑みを浮かべている。
キークは幼い頃からサーディのことを好きだった。だがサーディは王太子の婚約者と定められている。継承権が2位であるキークにはどうしようもないと思っていた。
だがサーディは顔がいいと鳥肌がたつ、という不可解な理由だけでキークを避けに避けた。逃げられると追いたくなるのが常というもので、この年になるとサーディに執着していた。
キークはあのバカ女と言ったが、そのバカ女ライラとヘルマがロマンティックな出会いをすることになったのは、キークが仕掛けたことだ。
真実を知るのは、キークとその側近だけだ。
完