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きらびやかなドレスの数々に囲まれる中に、3人の男女が緊迫した様子で向かい合っていた。
一人はサーディ・ルルック公爵令嬢。青いドレスをまとったサーディは、美しいシルバーブロンドの髪を結い上げている。その顔つきは、少々きついが、美女と言って間違いなかった。最近では一部で悪役令嬢と呼ばれている。
向かいに立つのはブロンドでそこそこ整った顔を持つヘルマ王太子、そして、その隣にたつのは、淡いピンク色のドレスをまとったライラ・ワーグ男爵令嬢。ぱっちりとした目を持つ、ドレスに近いピンクブロンドの髪の可憐な少女だ。
1対2の構図のその場は、緊張感に溢れていた。
「サーディ」
「いかがしましたか、殿下」
にっこりとサーディが笑う。だが、その目はすでに笑っていなかった。ヘルマもサーディをにらむ。
「サーディ」
「私の名前を呼んでくださるのは、久しぶりな気がしますね」
サーディが冷たい目のまま、ヘルマの顔を見る。
「サーディ」
「ここまで呼ばれると、なんだか恥ずかしい気持ちになりますね」
サーディの照れた内容とは裏腹に、サーディの表情は能面のようだった。ヘルマの表情が嫌悪感に包まれる。
「サーディ」
「そんな顔をしても、怖くはありませんわ」
口角をあげてはいても、サーディの表情は冷ややかなままだった。
「こわーい」
ライラが、ヘルマにしがみついた。
「サーディ」
「熱烈な愛の告白みたいですわね」
フフフ、と声だけは笑っているが、サーディの表情は動かなかった。
「サーディ」
「いい加減、思い出してくださるかと思っているんですけど」
サーディの返事に、ヘルマが怪訝な表情になる。
「どうでもいいだろう。サーディ」
「私との婚約は、王が決めたものですわ」
サーディの言葉に、またヘルマが嫌悪感を滲ませた。
「そんなもの真実の愛の前には霞むのだ。お前のいじめに耐え抜くライラは、けなげで美しい。だから、サーディ」
「真実の愛だけじゃ、生きていけないと思うんですの」
サーディの言葉に、ライラが哀れんだ表情で首を横にふる。
「負け惜しみね。真実の愛こそが全てよ」
ライラがうっとりと告げる。
「そうだな、ライラ」
甘い雰囲気が、ヘルマとライラの間に沸き上がる。
「ですが、殿下。なぜ殿下が王太子と呼ばれているのか、思い出して欲しいのです!」
サーディが力強く告げる。
「そんなもの、真実の愛の前には些末なことだ。だからサーディ」
「殿下は、愛の前に全てを捨ててもいいと思っているのですか?」
サーディは、またもやヘルマの言葉を遮った。
ヘルマが、サーディをバカにしたように笑う。
「ああ、私はライラとの愛を貫けるのであれば、王位継承権すらも捨ててしまってもいい」
「ヘルマ様」
ライラがヘルマの言葉に、うっとりとしなだれかかる。
「あなたたち、バカなの?」
サーディがきっぱりと告げた。
そもそも、その表情から、サーディが最初から怒っていたのは、間違いなかった。
サーディだって、自分の婚約パーティに別の女を連れてくる相手と婚約などしたくはない。だが、究極の選択とも言える状況下で、ヘルマとの婚約破棄などしたくなかった。
だから、ヘルマがどうしてもと言うのであれば、ライラを側室に迎え入れてもいいと、妥協するつもりだった。
だが、ヘルマは執拗にサーディとの婚約破棄を目指している。
この国の婚約破棄の決まりとして、相手に遮られることなくフルネームで呼ばなければ無効というルールがあるため、ヘルマはサーディのフルネームを言おうと頑張っているわけだが、全てサーディに遮られてしまっている。
それが、この場面を作り出した背景だ。
「サーディ」
「私としては、側室については寛容に考えておりますわ」
サーディの言葉に、ヘルマもライラもムッとする。
「ライラを側室になどするものか!」
「私たちを引き裂こうとしているの?!」
サーディは、ヘルマの返事はかろうじてわかったが、ライラの返事には頭痛しかしなかった。
引き裂かない、といったつもりだが、理解してもらえなかったらしい。