第96話 帝国の歴史と、アンナの気苦労。
大国ヴァイデンライヒ帝国。
世界史の始まりの頃には既にこの国は建国されており、世界の勢力図で中心国として大きな存在感を放っていた。
建国当初は、ヴァイデンライヒ国であったが、血の気が多くずば抜けた戦のセンスを持っていた国は、世界史の始まり早々に、周辺に存在していたいくつかの小国に攻め入り属国として支配下に置いた。
いくつもの小国を手中に収めると、帝国へと国の形を変えた。
帝国の北には天を突く程に高い山々、南には対岸すら見えぬ広く大海原、西には鬱蒼とした樹海が広がり、穏やかな国民性を持つ隣国とは小さな小競り合いすら起こらない。
過去、恵まれた立地と豊かな土地を狙い、数多くの国から狙われて来たが、帝国への侵攻を国境から靴の先程も許した事がないのは、初代皇帝が神に愛され特別な瞳を与えられ、強大な力を持つようになったからだと、帝国の歴史には記されている。
その瞳はヴァイデンライヒ帝国皇帝の証。
その瞳を持って誕生した者だけが皇帝の座に座る事が出来る。
神に愛された皇帝が住まう皇城は高い丘の頂きに建てられた。
その丘に建つ巨大な城を中心としてぐるりと円状に取り囲むようにして街がある。
帝都“リヒトグナーデラント”は、皇帝のお膝元にある帝国一発展している街であり、帝国の人口の五分の一が集中している首都である。
現皇帝が即位してからあっという間に栄華を取り戻したが、
一時期、盤石であった帝国は斜陽の兆しが見え始めていた。
帝国を狙う国々、帝国の属国として不満を持つ国々が暗躍し始める。
危機感を持たない皇帝は享楽に耽る日々。
他国の間者が潜入し奸計を張り巡らせ、皇帝の欲を煽り堕落させる。
帝国の宝とも呼ぶべき優秀な配下は奸計によって場所を奪われ失意のなか帝国を去ったり、愚かな皇帝を見限って他国へと早々に流れた者もいた。
空いた席に、他国と繋がりがある者たちが我も我もと座る。
そうなれば、揺るぐ事のなかった強国も内部から簡単に崩れていく。
ギリギリ保たせていたのは、皇帝の弟であったアレスの力があってこそである。
そしてアレスは動き出す。
愚かな兄の息子である皇子は皇帝の瞳を持っている。
その貴重な瞳を持つ甥を有象無象の魑魅魍魎が手を伸ばす。
全てを払い退け、庇護していたのはアレス。
玉座に座れるのは兄だけではない。
皇弟は見限った兄を皇帝の座から引きずり降ろした。
桁外れの力を持った皇子と、権謀術数に長けた皇弟。
呆れる程にアッサリと粛清は成された。
新たにその玉座に座ったのは、勿論、ヴァイデンライヒ皇帝の瞳を所持する皇帝の息子。
帝国は力を取り戻した。
死にゆく獰猛な獣が息を吹き返したのだった。
今代の皇帝は少年とも言える年齢。
侮った国は仕掛けてくる。
返り討ちにされた国は、属国という名の実質植民地支配のようなものである。
帝国に一度も歯向かう事なく、小競り合いもする事なく、争いを嫌う穏やかな国民性を持つ隣国だけが帝国の唯一の友好国であった。
勿論、少年のような年齢の皇帝であっても、隣国は侮る事は一切なかった。丁重に慎重に成年を迎えた皇帝に対するように首を垂れる。
隣国は色々と弁えているのである。
また現皇帝の叔父である大公は宰相の座を与えられ、帝国は二強によって武も智も有した最強国となった。
その事実を知っても弁えぬ者、恐ろしさを知らぬ者は、強者の牙の餌食になるだけである。
「――――報告は以上です、陛下。姫様は、明日からは通常どおりにお過ごし頂く予定です。本日は食欲も戻ったようですので、お好きな果物もたくさん召し上がられました。陛下は(必要もないのに)三時間おきにいらっしゃっていたので、(報告など必要ないほどに)ご存じかと思いますが念のため追加報告しておきます。」
「そうか。視察に政務にで、鍛錬の時間が取れなくてな。久々にアンナに付き合って貰おうかと思うのだが、いいか?」
「明日も姫様のお世話が御座いますので、大変残念ではありますが、手合わせはマルセルで我慢なさって下さいませ。」
「マルセルは正攻法ばかりでつまらん。」
「正攻法も一つの型でございますよ。基本を侮るべからずでございます。」
「……たまにはマルセルの相手をしてやるか。気が向けば。」
口の端を少し上げた悪い顔でシュヴァリエは言う。
「陛下の腹心中の腹心ですから。大切になされますよう。」
「マルセルの話はいい。ディアの所へ今日は叔父上が見舞いに行かれたと訊いた。どうであった?」
「初めはいつものように緊張されておりましたが、すぐに打ち解けられ、楽しそうにご歓談されていらっしゃいました。
姫様も“宰相閣下様”から“叔父様”と呼ぶ許可を貰い、宰相閣下も“ディア”とお呼びになる許可を得ていました。
これからは交流を増やそうと嬉しそうに宰相閣下が申せば、姫様も恥ずかしそうに了承しておりました。」
「……ディアと叔父上には少し話をする必要があるな。」
「叔父上は、私のディアに対する思いを知っているハズ。何故わざわざ同じような――――」
「姫様はずっと宰相閣下との関係を気にされていましたし、それが今回解消されとても安心されておりましたよ。正直申し上げますと、姪と叔父の関係に介入されるのは、例え陛下といえど姫様が喜ばれないかと思いますが……?」
アンナは勇敢にもクラウディアの為に助言する。
「そうか、だからなのだな……今日はやけに刺繍の枚数が多いと……いや、ディアはそれで誤魔化すようなタイプでは……あるな?」
ぶつぶつ独り言を言い始めるシュヴァリエ。
聞いちゃいない。とアンナは思った。
毎度の事であるが、姫様に関連する事で陛下が暴走する事が多々ある。
むしろ暴走しかない。
それの舵取りは最側近であるマルセルが担わなければならないのであるが……。
暴走をお諫めする事も出来ず、殆どアンナにまわってくるのが腹立たしい。
マルセルの説教は大体レイランが負っているようだが、甘いのだろう。
せっかくいい方向に向かっている姫様と宰相閣下の関係が、悋気を起こされた陛下が介入して拗らせられても困る。
アンナは一度二人と話そうと思うのだった。
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