第85話 岩山。
足場は悪いものの、歩けないという程でもなく。
開墾してから五年程だという場所。
作物を育てるには土の面積が少ないのではないだろうか。
岩をどかせたら問題ないんだろうけど、魔術師を派遣を要請しているらしいけれど、順番待ちさせられてるらしい。
他にも問題を抱えている領はあって、魔術師の派遣が急務な所もある為、後回し
になってしまうのは仕方ないです、と伯爵様は苦笑していた。
今こそアレス叔父様の虎の威を借る狐になればいいのではと思うんだけど、そういう事をしない方だからアレス叔父様からも信頼されているんだろう。
急務ならアレス叔父様は喜んで手を貸すだろうけど、急務じゃなければそれは余り褒められた事じゃないだろうから。
他に困ってる所を優先されず、急務ではない伯爵の所を優先させて貰うって何か違うもんね。
緩やかな下り坂を降りきった先に広い拓けた場所。そこが作物を植えて畑にする予定地であった。
「小さな岩山のようだな。水をここまで引いて来る事は可能なのか?」
シュヴァリエが伯爵様に問うと、
「水を引く事は可能なのです。少し先に小高い丘がありまして、その丘の上には池がありますので、そこから落差を利用して水流を強めここまで引いてくる予定なのです。」
ふむ、という風にシュヴァリエは顎に指先を当てた。
「それなら水は問題ないか。どちらにしろ岩が邪魔だな。」
「はい……。魔術師の派遣要請を毎年出していますが、緊急性が無い為に順番待ちを五年程しています。」
嫡男のセドリックさんが苦笑しつつシュヴァリエに説明していた。
「岩を壊せば問題なく畑が出来そうなのか? この土壌で育ちそうな作物の選定済みか?」
シュヴァリエが作物に興味を持っている!
クラウディアはシュヴァリエの脳筋成分が薄まっている事を内心喜ぶ。
(何かシュヴァリエが国を考える王様っぽい! いいよいいよ~どんどん賢帝に振り切れちゃって!)
シュヴァリエと伯爵様たちの話を横で静かに訊きながら、息子の成長を喜ぶ母のような心境になってジーンと感動するクラウディア。
「いくつか試しに植えて、候補が三種類程あります。」
「そうか……では壊すか。」
シュヴァリエが何ともないような口調でぽつりと口にする。
(――え?)
岩に向かって腕を上げたな……と思った瞬間にシュヴァリエの掌から何かが放たれ、ドンっと空気が揺れた。
鼓膜がどうにかなりそうな音。
空気を最大限に圧縮したような重い音……
ロックバンドのライブで感じるドラムを叩く音のような? 心臓にドンって来る感じだった。
「へ、陛下、今のは、何でしょうか……?」
伯爵様が恐る恐るシュヴァリエに訊く。
「風魔法を最大限に圧縮して放ってみただけだ。」
「……岩は一体何処へ」
目の前の光景が信じられないような衝撃に、シュヴァリエ以外の全員呆然とする。
少し先にあった筈の岩の塊が消えていたのだ。
「ああ、砕く程度なら畑を作るには取り除かなければならなくなるから、粉々に磨り潰し粉砕したな。」
シュヴァリエさん、何でもないように語ってますけど、すごい事ですよ。
「後はアレと――――」と独り言を呟くように、片手をあちらこちらに向け、その度にドンっ、ドンっと空気が大きく揺れる。
ひとつふたつを粉砕ではなく、そこ一帯を粉砕するので、魔術師何人分を何でもない様にこなしている。
岩を粉砕して見晴らしが良くなったなぁ…えへへってクラウディアが遠い目をしていると、手を地面に置くシュヴァリエ。
土がどどどっと盛り上がり、ダンスを踊るような動きで見通しが良くなった広場を動き回ると、その動きで地面がぐるぐると撹拌されている。
ボールの中の卵が泡だて器で滑らかにされていくようだ。
土が盛り上がってはくるくると周囲を回って地面に戻り、また別場所で土が盛り上がってくるくると回りながら通った場所の土が掘り起こされ混ぜられていく。
(……スゴイ。)
目の前で繰り広げられている土のダンスを、シュヴァリエ以外が呆けた様な顔で眺め続けた。
「陛下…………お蔭様で、この土地への魔術師の派遣要請は必要なくなりました。至急取り下げておきます。陛下の貴重な魔力を使用して頂いて大変恐縮であり、凄い光景を見て益々陛下のお力の素晴らしさを実感しておりますが……。いえ……本当に有難うございました。」
申し訳なさと感謝とこんなことさせてしまって大丈夫なのかというような不安が混ざった、大変複雑な表情をして伯爵様とセドリックさんは、シュヴァリエに土下座せんばかりに深く深くお辞儀をしている。
「魔力もたいして減ってはいない。気にするな。これで候補の作物を植えて育ててみるといい。」
(何か、シュヴァリエがいい人に……)
決して悪い訳ではないけど、いい人でもないという失礼なイメージだったクラウディアは、感激してるハズなのに先程の件の衝撃を引きずっており、気持ちが上がる事が出来ず、ただ静かな湖のように凪いだ気持ちでいる。
「ディア、お前は何も言ってくれないのか?」
未だ無言のクラウディアに、とうとうシュヴァリエが待ちきれずに催促する。
「えっ……はい、陛下凄かったです! 流石は陛下です!」
「陛下、よりも……お兄様と呼んでくれ。」
え、一応人前ですけど。伯爵様たち居ますし……。
「ダメか?」
ダメかダメじゃないかで言うならダメじゃないの!?
無言で考えるクラウディア。
背後に控えるアンナを振り返るが、アンナも困った顔をしている。
(わかる。私もひじょーに困ってますよ。)
それでも退かないシュヴァリエを不憫に思ったのか協力してあげたいと思ったのか、伯爵様とセドリック様が顔を逸らしてこちらを見ないようにしてくれた。
「あのー……、はい。いきますよ。」
華奢で細い腕を限界いっぱいまで上に持ち上げ、足りない高さを踵を持ち上げて対応する。
サラサラで艶やかな髪にタシッと手を置いて、
「お兄様、偉いですーっ! 流石はお兄様! 凄い凄い! よしよしいいこいいこっ!」
と、わっしゃわっしゃと撫でてあげた。
ここで「子供扱いするな。」と怒りそうかなと思ったけど、
シュヴァリエは撫でられた猫のように気持ち良さそうに目を細め、嬉しいと口にするかのように唇が弧を描いた。
もっと近づいてとばかりに、シュヴァリエの腕がクラウディアの腰に回り引き寄せる。
真上を見上げれば、シュヴァリエの睫毛の長さを確認できる程に近い位置。
腰を引き寄せて密着後に、クラウディアの体を軽く持ち上げてくれているようで、限界まで伸ばしていた腕が辛くなくなった。
そして、踵も地面から離れた事で楽に……。
それにしても―――
(顔も体も距離が……ちかーい!)
これは物理的に距離を取れば終われるのか、それとも満足するまで終われないのか。
ナデナデをいつ止めればいいのか、止め時を失ったクラウディア。
「お兄様……?」
ナデナデしながら問いかけるが、気持ち良さそうにしているばかり。
(これって、まだ撫でておかないとダメなの!?)
クラウディアの羞恥心が限界突破を迎えるまで、他の者からすれば何ともむず痒くなる兄妹の触れ合いは続いたのだった。
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