第77話 影たちは毎日必死に生きている。
「と、いう事で、陛下直々の命令だ。勅令ではない為、強制ではない――――が、どうする?」
冷酷非道で姫様至上主義の上官は、影達の仲間内では裏で「母性を拗らせたS属性の女王様」や、「実は私は任務の為に女装しているのだ」と言われても信じるとか、知られたら半殺しどころでは済まない軽口を言われている。
断固として日頃の鬱憤の解消の為の影口ではない、影だからといって。
そこだけはしっかりと否定したい影一同である。
横道に逸れたが……
人使いも荒く、出す要求は常に最上を求められ、正直離職したいと考えた事は一度や二度ではない。
要求してくる相手が、ずば抜けて優秀で「きっとこの方なら必ず完璧にやり遂げるのだろう」と分かりたくなくても分かってしまう為、誰も叶わないと理解しているから反感も持とうとも思えないが、能力が化け物級の上官と比べれば凡庸である自分達では、身体と精神が着いていかない……と疲弊する日々であった。
けれど、そんな疲弊など吹き飛ばす出来事が起きた。
今まであんなに辞めたい辛いと零していた癖に、もうこれからは離職するなどと愚痴すら零す事はなくなった。
ある任務を任される事になった、その日から。
それは、ヴァイデンライヒ帝国の至宝にして天使の再来と呼ばれている(影達の中で)、クラウディア皇女殿下の影として、護衛任務を任命された日。
誉れある名誉を与えられたその日から、我らの命は姫様だけの為に捧げると決めた。
控え目にいっても天使、控え目にしなくても天使。
どこをとっても天使。
優しく可憐でちょっぴり面白く、そして可愛いのに美しい。
もう全方位可愛いしかない姫様。
気さくな性分なのか皇女であるというのに、裏方の影達にまで差し入れをしてくださる慈愛に溢れたお方だ。
護って貰って当然ではないと感謝されて、もうこれ以上姫様に傾倒出来ない程に堕ちていたのに、さらに堕ちた。
なんて人たらしなんだろうか、我らの天使様は。
正直、差し入れを食べながら泣いた。
泣いてしまった事が恥ずかしくて周囲をこっそり伺ってみれば、皆も泣いていた。
やはり精神的にもう何か色々いっぱいいっぱいだったのかもしれない。
我らが天使、クラウディア皇女様を身命を賭して何が何でも守り抜く。
我ら影は、姿を見せない護衛である。
それゆえ、姿を見せずに守り抜かなければならない。
姫様の為ならば見えない盾にいくらでもなってみせる。
命が尽きるその瞬間まで。
それで盾として負傷しようが殉職しようが、姫様にその存在を知られる事がなくとも。
責務を全うする事が出来ただけで、報われると思っている。
大変な仕事であるが、天使という張り合いがあるお陰で毎日が楽しい。
仕事であり任務であり給金発生してるけど楽しい。
とまぁ―――影の者たちは姫様に大変に重い忠誠を誓っている集団なのであった。
そんな存在と離れるなんてありえない。
離職や転職なんてありえない。
配属先変えられたりしたら荒れる、人生終わる。
上官に直談判どころか、不敬と分かっていても陛下に物凄く抗議する自信しかない。
いや抗議する前に栄光から失脚しないように、担当を変えられないよう、常に影の中でもトップクラスの能力を維持し続けよう。
姫様担当の影達は互いを切磋琢磨してこの場所を誰にも取られぬように、しっかりと結束している。
皆のアイドルでありこの世に舞い降りた天使でもあるクラウディア姫様のお姿を見守れなくなる、その一点で毎日頑張っている影達なのだった。
それは鬼のような上官から下される地獄のような任務を前にしても、姫様を絶対見守り続けたい精神が揺らぐ事はないのである。
あの平民少女に対して、もう既に敵認定し蛇蝎の如く嫌いである影達。
天使を利用しようなんて、不敬どころか処刑だ処刑! と思っていた。
上官に緊縛され馬に揺られ色々と見苦しいものを垂れ流していたが、そんな状態で済ませてる事すら生温い処置であると思う。
休憩場所であった街を出発し、次の宿泊先へと無事に移動後、
天使も安らかに寝息をたて眠った夜半過ぎ――――
天使が眠った事を確認し報告を上げ、時間制で警護の交代を誰にするかと話していた。
夜間の場合、ずっと姫様を壁の向こうで気配探知をしながら見守れる為、専属の影達の中で人気の時間帯なのだ。
視察計画の時に誰が受けて誰と交代するかをしっかりと管理していた筈なのに、毎夜揉める。
前夜見守っていた者ですら立候補する始末、いや寝ろよお前。
姫様専属となって連帯感は強くなったが、仕事が好き過ぎて揉めるバカたちしか居なくなった。
その夜―――
鬼上官から突然「出て来い」と言われて集まってみれば、突然陛下と上官との会話の諸々を報告された。
最後まで聞き終え、皆が皆、首を傾げる。
あの平民少女は上官にたっぷり甚振られれば僥倖だが、それが……我らにどうするとは?
「上官、発言をお許し下さい。」
「話せ」
アンナ鬼上官が気だるげに椅子の背に寄りかかる。
この人の姫様を前にする時と、自分らを前にしてる時の姿の落差はとんでもないといつも思っている。
もはや全くの別人の域に達しているのではないか。
何故だろう。見た目すら違う人間に見えてくるのが不思議である。
発言を許可された影は、キュッと真剣な顔を作り話し出した。
「どうする、とは……? 上官のその説明ですと、教育を陛下から期待され直々に任されたのは上官でありますよね?」
命知らずの勇者が上官に疑問を投げかけた。
確かに陛下との会話では上官が担当する風に聞こえるが、それを我々に話す上官の真意を読めないでどうする! と、心中で勇者に手を合わせた。
「ほう、そう捉えたか」
「陛下はきっと大変優秀である上官ならば、あれほどに愚かな者でもやり遂げられると思ってのお話だったと思っております!」
恐らくこの勇者は平民少女と絶対に接点を持ちたくないのだろう。
俺もだ、気が合うなと心の中で頷くが……お前いいのか、ヤバイぞ?
この背筋に震えが来るような空気を感じないのか?
こいつのコードネームは確か「琥珀」だったな、命知らずめ。
お前は上官の瞳が冷たさを帯び、段々と非情モードに移行しているのに気づかないのか!? 鈍感な癖によく影やれてるよ!
この命知らずに説明するのは後にして、今は上官がこいつを配置換えする事を避ける為にフォローに入るか……。
「上官、その任務、私達影が請け負います。使い物にならなければ処分をしていいのであれば、現在の任務に支障も出ないかと。教育プランを後ほど書面にして提出しますので、そこで何か問題があれば指摘して頂けると助かります。」
琥珀が『えっ、あの平民を鍛えるの? 勘弁してくれ』って視線を送ってきたが、無視だ無視。
お前は後で確実に俺に土下座して涙を流しながら感謝するだろう。
上官の瞳から無能と判断する時に見せる虫を見るような視線と冷気が消え、穏やかな目付きになった。
心なしか「よくやった」と言われているような気がする。
上官に気に入られる事が出来れば、また姫様の刺繍品を頂けるかもしれないからな! 頑張るよ、俺は。
正直、平民少女は嫌いだけど、俺一人担当って訳じゃないし。
他の者と総出でちょっとずつ見てやれば、精神的にも楽だろう。
最悪、処分も検討していいらしいから。
「それでは、お前らにあの少女に対しての全権を委ねる。委ねはするが教育プランはちゃんと提出しろ。時々報告も上げるように。」
「了解しました!」
俺は琥珀の首根っこを掴み引きずると、影の中へと姿を消した。
その後、琥珀は涙と鼻水を垂れ流しながら俺に土下座して感謝した。
生きがいを無くす所だった、と震えていた。
全く手がかかる男だ。
影の皆で必死でプランを練り、上官の許可を得る事が出来た後、
何度も始末してしまいたい衝動と戦いながら、あの平民少女マリーナをどうにか仕上げ、後に枢機卿の元へスパイとして送り込む事になるのはまだ先の話―――
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