第74話 命知らず。
太陽が東の空から昇り始める、淡いピンクと薄い青、鮮やかなオレンジとそれに混ざるようにほんのり薄紫に彩られる早朝の空。
白と青の二色の空になるまでにもう少し時間がかかる。
二色の空になる前のさまざまな色彩が重なり合いを見せる空が、クラウディアは一番好きなのだ。
だってそれは、シュヴァリエの瞳のような空で。
パパラチアサファイアの継承の瞳を持つシュヴァリエ。
あの美しい瞳の中に夜明けの色を閉じ込めたのだと思うと、なるほど継承の瞳と呼ぶに相応しいと感じる。
クラウディアはシュヴァリエの瞳を特別な色というよりも、温かい愛情の色だと感じている。
ゲームでは情を失ったキャラクターだったが、クラウディアの知るシュヴァリエは愛情深い人だと感じているから。あの温かい色の瞳で優しく見つめられる度に、じんわりほっこりと胸が満たされるのだ。
ちょっとクラウディアのこととなると神経質で過保護過ぎるところはあるが、愛されて尊重されて慈しまれてると実感させられていた。
もうゲームのキャラクターだと思えない。血の通った生身の人で大切な家族だった。
夜明けを眺めるたびにクラウディアはそう思うのだ。
シュヴァリエの瞳の色は、クラウディアにとって世界で一番のお気に入りの色なのである。
早起きは正直苦手だったけれど、早朝の空の色が似ていると気付いた時から早起きを頑張るようになった。
空は一日として同じではなく、凄く似ている時とちょっとだけ似ているかな? の時があって、一日だって見逃せない気持ちにさせられる。
そして、とても似ていると感じる時には、つい前世のカメラが欲しくて堪らなくなった。
そんな時はいつもチクンと胸がせつなく鳴る。
戻ることのない遠い故郷を懐かしむ人も、故郷を思い出す欠片を知るたびにこんな思いをしていたに違いない。
クラウディアはこの世界に転移ではなく転生だった。だから戻れる事は絶対ないと思う。
転移ですら戻れない設定って良く読んでた話。
転生なら紛うことなきこの世界の住人だ、戻れないだろう。
たとえ戻れたとしても、戻る選択肢を選ばない気がした。
この世界にもかけがえのない大事な人がたくさん出来てしまったから。
♦♢♦♢♦♢
シュヴァリエと和やかな雰囲気のなか美味しい朝食を頂いて、その後は食後のお茶をゆっくりと飲んで寛いでいる。
何を語るわけでもないけれど、居心地がいい。
その空気感をお茶を飲みながら味わっていると、そろそろ出発の準備が整ったと知らせがきた。
何もせず全てをやって貰うという感覚に未だに慣れないクラウディア。
皇女という身分は傅かれる側なのだから、平然としていればいいと分かっているのだけれど、こういう“皆が忙しく休む暇なく頑張っている時に、何もしないで寛がせて貰っている”という状態の中ぼーっとするのは苦手だったりする。
今までそういうことは多々あって、いつものことではあるが罪悪感を感じてしまうのだった。
(前世の平民魂が骨の髄まで沁み込んでるのよね。働かざる者食うべからずという格言が脳内に浮かんでるよね……私がやったところで邪魔になるだけだって分かってるんだけど)
「ディア、行くぞ? もしかして体調が悪いのか? それなら一日滞在を延ばそうか。」
シュヴァリエの声が近くで聞こえ、考え事をしていた意識が戻って来た。
ぱちぱちと長い睫毛が瞬き、目の前のシュヴァリエに焦点が合う。
先程からクラウディアはぽやっとした目をして空中を見つめていた。
シュヴァリエが何度か話しかけてもそのまま反応が無かったのだった。
そんな様子を見れば、体調でも悪いのかと心配になる。
その時のクラウディアは「現世の怠惰なアレコレは、自分が皇女だから。おとなしく世話されてるのが仕事だから。余計な事される方が迷惑だとアンナに注意されたもの」と罪悪感と戦っていた。
そして気付いたときにはシュヴァリエが目の前に立っていて、エスコートの手を差し出していたという訳だ。
「体調は万全ですお兄様。視察先に着くまでまだいくつかの街を通られるでしょう? どんな街なのだろうと考えていました。」
前世の話を出して罪悪感に折り合いを付けてる等と説明も出来ず、何もしないのが申し訳ないという話をしても、アンナのような事を言われて終わるのは分かりきっている。
それに最近のシュヴァリエは特に注意しなければならない。
その場限りの適当な発言をすると、何をどう曲解しそこへ着地するのか皆目見当もつかないが、曲解したまま放置するとクラウディアを物凄く甘やかしてやろうというおかしな方向へと進むので、無難な返答をする事をクラウディアは覚えた。
(時々、目が物騒なのよね……私に関する事はすぐに魔力で威圧しようとするし。愛情深いのは嬉しいけれど、どうもやり過ぎというか……)
シスコンを拗らせ過ぎてもう手の施しようがない。
「少しでも体調に不安があれば休まさせるからな。隠しても無駄だぞ。」
「そうですね……昨夜ちっとも眠気がこなくて、目を疲れさせたら眠れそうだと刺繍を刺してたのです。遅くなって寝たのが良くなかったのかもしれません。夜更かししちゃうので、しばらく刺繍はお休みします。」
「…………」
途端に無言になるシュヴァリエ、大変分かりやすい。
その刺繍は俺へのだよな? 欲しい。と思っていそうだが、クラウディアの体調も心配で心中で色々と葛藤している。
「ほどほどにしてくれ」
心中の葛藤は引き分けだったらしい。
体調は心配だが刺繍はして欲しい、だからほどほどである。
「ふふっ、承知しました。お兄様」
クラウディアはそれをちゃんと察してしまい、思わず笑ってしまった。
そんなクラウディアの笑い声をあげて笑う姿をシュヴァリエは満足そうに見つめる。そして、可愛い過ぎて仕方ないというように頭を撫でるのだ。
クラウディアの手を取り、馬車までエスコートするシュヴァリエの足取りは軽い。
その軽やかな足取りは、シュヴァリエの無意識下に放つ威圧を随分と和らげる為、息がし易くなっている周囲にもとても分かりやすい。
それが陛下の掌中の珠であるクラウディア皇女が理由だと、皆しっかり理解しているので、こんな二人を見守る視線は大変生温い。
マルセルが愚痴ったように、陛下ご機嫌な視察の旅である。
クラウディアの好みドンピシャの屋敷の玄関をシュヴァリエと共に出た時、耳に一度聴いた事のある声が耳に届いた。そして、それに気付いた。
少女の幼さを含んだ甲高い声に。
「クラウディア姫様にお会いしたいの! 手紙も出し合う仲なのです! クラウディア姫様に取り次いで貰えればすぐにわかるわ!」
護衛騎士に止められる事に納得がいかない様子で、どうにか強硬突破出来ないものかと左に右にと身体を動かすも、相手は騎士でありあっさりガードされる。
あの人何してるの……。
どうみてもトラブルになっている。
「燃やすか」
「えっ?」
左隣真上から聴こえた低い声。
左真上を思わず見上げるクラウディア。
確認するもシュヴァリエの様子は一切変わっていない。
あれー? 幻聴かなー? と、首を捻る。
(でもあれは、地底奥深くから轟いたような声だった……何か怖かった。)
そのまま馬車までシュヴァリエにエスコートされる。
「あ、お兄様、あそこにいらっしゃるの……」
「俺には見えないが。さぁディア座って。」
馬車の扉がパタンと閉まる。
キン!とした硬質な音がしたような?
(この音たまにするのよねぇ、特にシュヴァリエと居る時とか。今まで亡き者にしてきた者たちの亡霊が鳴らすラップ音とか……? ひぃ、無理無理。怖い……そっち系はいりません。うん、亡霊じゃない。ただの音よ音。)
シュヴァリエが防音と守護、認識阻害の魔法を無詠唱で唱えていたことをクラウディアは気付きそうで気付かない。
シュヴァリエの隣に座り、顔を青くしたり白くしたり頷いたり今朝もクラウディアの表情筋はたくさん仕事をする。
表情筋に仕事をあまりさせないシュヴァリエは、ころころ変化する表情を楽しむようにそっと横目で観察している。
外でのゴタゴタが落ち着くまで、静かな馬車の中クラウディアを見つめて目の保養をしている。
昨夜の報告で商会の孫娘の報告を受けていた。
勿論、不敬罪適用だとアンナが憤っていた手紙の内容も確認済みであった。
昨日の今日に行動を起こすとは想定していなかったが、平民とは皆――――命知らずなのか? と思う。
城で働く下働きや下級文官、兵士にも居るし、そこから出世して騎士になった者にも平民はいる。
武勲を立て一代限りの男爵位を授かった者の中に元平民もいる。
それらは平民の中でも優秀な者たちだ。
ということは、命を粗末にするくらいに酷使して頑張った者たちという事なのだろう。無鉄砲さが功を奏した結果だったりするんだろうか。
という事は、あの女の命知らずの行動も平民だからと言うことなのだろうな。
手紙の内容や今朝の行動を見て、シュヴァリエなりに納得したのだった。
最近はクラウディア以外に興味がないので、皇帝としての仕事やクラウディア関連以外を考えるのは久しぶりである。
ちょっと思考が明後日気味なのはご愛敬。
守護された静かな馬車の中で二人が面白い想像をしている中、外ではアンナのブリザードが吹き荒れていた。
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他サイトさまにアップしている話を最近の話数は少々改稿して出しています。
他サイトさまをご覧頂いた方がいましたら「あれ?」となってしまうかもしれませんが、
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次は、明日の朝7時に投稿致します。
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