第73話 謎の手紙。
本日の宿泊先に到着。
前回滞在したような宿では無く、そこは領主の別邸のようだった。
瀟洒な屋敷を前にうっとりするクラウディア。
(やっぱり巨大な城より、屋敷に住むっていいよね……。将来的に貴族と婚姻を結ぶだろうから、旦那様になる人の屋敷はこんな感じだといいなぁ。わんちゃんとか数匹飼ってさ、ちょっとした森が隣接してる屋敷だったらなおいいな。散歩とか森に連れてって―――旦那様と手を繋いだりして……)
屋敷を見ただけで大変妄想が捻るクラウディア。
森が隣接となると王都で仕事をするような貴族では難しいのではないか。
それとも辺境伯へ嫁ぎ希望ということか。
どちらにしろ、そんな未来はない。
このままいけば皇宮に一生住む事が確定している。
避暑地に休暇で行くというなら一時的に住む事は可能だが、必ず魔王も付きであるから外に出して貰えるかは時の運である。
馬車から降りて玄関へと向かう間もずっとキラキラした瞳で屋敷を見つめるクラウディアを見つめるシュヴァリエ。
「気に入ったか?」
「はい! とても素敵な屋敷ですね!」
妄想がテンションを上げているのか大きな声で即答である。
「そうか。クラウディアが好きそうな別邸でも作るか……」
小さな声でボソボソいうのでクラウディアには聞こえていない。
「お兄様?」
珍しくボソボソと独り言を話すシュヴァリエに首を傾げるクラウディア。
「ここがディアの屋敷だとしたらどんな風に飾りたい?」
「そうですねぇ……」
ああでもないこうでもないと妄想を語るクラウディアに「そうか、そういう物が好きなんだな。分かった」と相槌を打つシュヴァリエ。
この話の行き着く先の結果をクラウディアは分かっておらず、ただ話のネタとして気軽に尋ねられたと思っている。
妄想そのままを語っている。その為、予算度外視である。
夢見るような微笑みを浮かべるクラウディアが語る話を一言一句漏らさぬよう聞き、きっと全てを叶えるつもりのシュヴァリエ。
背後でアンナが低い声で「また甘やかして……警護をどうする気ですか。」と独り言を呟いた。
宛がわれた部屋に落ち着き、アンナにお茶を入れて貰ってホッとしていた頃。
席を外していたアンナが、一枚の封筒を携えて戻って来た。
「姫様、マリーナさんとは親しくされた記憶はございますか? 今度皇都でお会いしましょうですとか、手紙を書きますとか、そのような会話を私は聞いた覚えがありませんが、姫様はマリーナさんとなさいましたか?」
「マリーン……?」
はて、誰だったっけ……?
小首を傾げ「う~ん」と唸るクラウディア。
「マリーナさんです。生牡蠣食べましたでしょう。」
「えーっと……商会の?」
多分そんな名前だったかな?
その遣り取りだけでアンナには充分である。
名前を間違え、促さなければ思い出せもしない。
「その方がどうしたの?」
「そのような約束をしていない姫様宛に、そのマリーン改めマリーナさんからお手紙がこの別邸に届けられました。皇族の宿泊する別邸をご丁寧にも調べ上げてわざわざ送られて来ました。」
不敬で常識知らずで、身の程を弁えないと暗に言っている。
「そ、そう……何故かしらね?」
アンナが怒っている。
私にではないけど、マリーナさんに。
あの子、何をアンナにしでかしたのかしら……。
「読むべき、よね?」
「いえ、燃やしましょう。」
「えっ!? わざわざ調べて送ってきたのだから、生牡蠣に関する何かかもしれないわ! 多分……会長さんが忙しくて、ね?」
人の手紙を燃やすのは良くないと焦るクラウディアは、取り敢えず燃やさないで読む方向にしようと小さな可能性を話す。
生牡蠣に関する事ならクラウディアより別の者に送るであろう。
「私が代読しますので、この禍々しい手紙にはお触れになりませんよう。」
「禍々しいの? 中身見ないでアンナ分かるんだ……凄いね!」
私のアンナは凄いね! と純粋に喜ぶクラウディア。
アンナは「いや違います姫様。欲望に塗れた思惑が具現化した手紙なのでそう言っただけですけど」と言いたいが、ただ純粋に嫌味で告げた事をアンナの能力だと思って喜んでるのを見て、毒気が抜けてしまい何だか小物のマリーナにイライラしているのがバカらしくなってきた。
「……姫様はずっとそのままで居て下さいね。」
外に放逐するなら危険な世間知らずも、魔王に何重にも守られた皇城でなら問題ない。私も命を懸けて守るつもりだから尚更問題ないな。
「では、失礼して代読致します。
親愛なるクラウディア姫様へ
本日はお爺様の商会にお立ち寄りくださり有難うございました。
クラウディア姫様や陛下に生牡蠣が気に入って頂けました事、祖父ともども大変光栄に思っております。
視察からお戻りになる道中、私どもの商会の街を通過する事がございましたら、
また是非お立ち寄り下さいませ。
お爺様の商会は皇都にも本店がありますの。
品揃えも豊富でクラウディア姫様のお眼鏡に適う品々を取り揃えていると自負しております。ご興味頂けましたら是非いらして下さいませ。
勿論、陛下もご一緒にお立ち寄り頂けるならこれ以上の幸せはございません。
従業員一同、そして私も心よりお待ちしています。
貴女の友、マリーナより」
「……お店の勧誘かな?」
「手紙の内容として、不敬罪が適用されますが如何致しますか?」
「どのあたりが!? 丁寧な手紙だったと思うけど……」
まだ皇族しての自覚は育ち始めたばかり。
平民と貴族の身分差も、前世平民だらけの記憶のせいで境界線がない。
「皇族である姫様から名を呼ぶ事を許していませんのに書いている所が一点、視察帰りに通るなら立ち寄れと促している所も気に入りませんね。それだけに飽き足らず皇都でも交流を持ちたいという欲望が透けていますし、何より陛下も連れて来いと暗に言ってる所も呆れます。終いには友ですか……いつから? と、突っ込みたいですから。まして平民のマリーナさんと皇族の姫様。姫様側から働きかけて接点を持ちたがるなら感心はしませんが有り得ない話ではないですけれど、平民側からですからね。不敬罪です。」
「な、なるほど……アンナ落ち着いて。お茶でも飲む?」
息継ぎ無しの怒涛の会話。
アンナの修羅のような形相と、ところどころ吐き捨てるように語る口調。
(マリーナさん、アンナにめっちゃ嫌われてるう……)
サッと立ち上がり、アンナをもうひとつの椅子まで背を押して誘導する。
「アンナ、はいどうぞ。」
ティーカップをもうひとつ用意して、そこへポットからお茶を注ぐ。
箱入りクラウディアもお茶を注ぐ事は出来る。
茶葉を入れたりお湯を適温に温めたり等の難しい事は出来ないが、出来た物を注ぐくらいなら余裕である。
「姫様、私は任……職務中です。」
任務中と話そうとしたが、今は侍女モードであった。
「主からの命令です。アンナは私とお茶を共にして少し休憩します。」
いつもの三人娘もいない。
訳の分からない手紙が届いた事を陛下に報告はしたが、まだ内容を報告していない。断るアンナにクラウディアは強引だ。
クラウディアの顔には「あまり怒らないで」と書いてある。
小さな子猫が親猫の機嫌を取るように、すりすりと身体を擦り付けてくるような風情である。
「ふぅ……仕方ありませんね。姫様一杯だけですよ?」
苦笑しながら了承するアンナ。
「うん! 一杯だけね。あ、このお菓子美味しかったよアンナ。口に含むとシュワっと溶ける感じなの! さぁ、どうぞ」
自分が先程食べて気に入ったお菓子を勧める。
「はい。頂きます、姫様」
勧められた菓子を口に入れる。
言われたようにシュワっと口の中で溶け、後味にスッキリとした甘みが残る。
食べた事のない食感が面白く、とても美味しい。
「美味しいですね、姫様。食感が面白いです。」
少し驚き、正直な感想が口から零れる。思わず笑ってしまう。
「良かった! もっとあるから一緒に食べようね」
アンナの笑顔で機嫌が直った事にホッとして、満面の笑顔になるクラウディア。
手紙の件は厳重に対処するとして、ひとまずアンナはクラウディアとのこの時間を楽しむ事にしたのだった。
翌日、出発の朝にマリーナが現れる事など想像もせずに。
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