第70話 そうなるってわかってた。
「陛下、この生牡蛎はお祖父様の商会しか取り扱う事の出来ない最高級品ですの。是非ご賞味下さいませ。きっと陛下の高貴な舌にもご満足頂ける筈ですわ。」
「……………」
「さぁ、陛下、最高級の牡蛎を私が選びましたのよ。」
孫娘さんは自信たっぷりな様子で椅子から立ち上がると、使用人が生牡蠣がこんもりと盛られた皿をテーブルへと運ぼうと持ち上げようとしたところで「陛下には私が直々にお持ちしますわ」と取り上げた。
(こんもりと盛ってるから皿重くない? 力強そうな感じでもない普通の女の子だけど持てるのかなぁ)
ちょっと心配になってクラウディアはハラハラした気持ちで見守る。
孫娘さんは危なげなく皿を持ち上げると椅子に座り不機嫌なオーラを出し始めたシュヴァリエの傍へと静々と歩み寄り――――
♦♢♦♢♦♢
私達が商会へ到着する前に、先触れを手にした護衛が先じて商会へと向かっていた。商会の方々も皇帝が来るということで大騒ぎだろうし、先触れを出すことは大事だと思う。
先触れには「こちらの商会に皇帝一行が生牡蠣を目当てに向かってくる」とお高そうな紙に記してある。
それを伝えられた商会は上や下への大パニックになった。
貴族が来店するというだけでもピリピリするというのに、殿上人の皇帝である。
元々この街道を皇帝一行が通り過ぎる予定であることは知っていた。
万が一何かが起こっても即座に対応できるよう留守がちな会長もその日は商会に常駐するとしていた。
その為、皇帝が来店することに大パニックの混乱はあったものの、どうにか落ち着いた後はテキパキと準備を済ませ、到着を待てる状態にもっていくことが出来たのだった。
商会が創業してから○十年、とびきり高貴なお客様をお出迎えする大切な日、会長に付いてきた孫娘が店にいた。
いい経験になるだろうと、お出迎えに一緒に加わる事になったのだった。
いい経験と思って参加させたはずが、人生が終わるかもしれないことになるとは思わずに……。
商会長を含め従業員一同が地面に額付くのではないかというくらい深々と礼をしてお出迎えされた皇帝一行。
商会の建物の裏手には商会の取引相手を呼んでガーデンパーティを開く事もあったので広く整備された大きな庭があった。
丁度いい場所だということで「目当ての生牡蠣はそこで召し上がって下さい」と、会長に案内されるままシュヴァリエ達は庭へと向かう。
そこには歓待を示すように、色とりどりの花で飾られたガーデンテーブルとベンチが用意してあった。
豪華な椅子が一脚置いてあり、恐らくそれは皇帝の為に用意したのだろうと思われた。
シュヴァリエだけに豪華な椅子が用意されてあったのは、我々は陛下を丁重に扱っておりますとアピールしたかったのかもしれない。
まず、その事でシュヴァリエの地雷を踏んだひと悶着があった。
その豪華な椅子に皇帝本人は座る事なく、クラウディアをその椅子へとエスコートして座らせた。
皇帝陛下をベンチに座らせるなど! と、慌てた商会長が「その椅子は陛下……」と口にした瞬間に、今まで穏やかな顔をしていたシュヴァリエが豹変した。
どろりとした濃厚な魔力がシュヴァリエから噴出するように漏れ出て、周囲の人間を誰彼かまわず圧倒的で重たい魔力の塊が伸し掛かる。
あ、地雷踏みかけてる!!と察したクラウディア。
今の何が地雷を踏んだかちょっと分からないが、ヤバいということだけは理解した。
「あ、あーー! お兄様、クラウディア喉が渇いちゃった!」とシュヴァリエの袖をくいくい引いて甘え作戦を決行する。
ためらってはいけない、堂々とあざとく甘えなければならない。
たくさんの人が見てる中で甘えるのはかなりの勇気がいるが、被害が出るまえにどうにかしなければと必死である。
素早い対応は抜群の効果を発揮し、重たい威圧はアッサリと消えた。
クラウディアが気を散らす事に成功しなければ、魔力の少ない平民に耐えられる訳もなく、会長やその孫娘、商会の従業員達は失神くらいはしてたかもしれない。
不機嫌さを孕んだ暗黒オーラの威圧に気付いた護衛騎士たち。
そのうちの一人がスッと会長の前に移動して、青い顔をして立っている会長の補佐的な人に「同じ様な椅子をもうひとつ用意して下さい」と伝える。
護衛騎士が機転をきかせて教え、椅子を即座に持ってこさせなければ、理由が分からない商会の人たちはまた地雷を踏むかも知れず、二度目は面倒な事になっていた可能性があった。
ガーデンテーブルに額を付けて商会長がシュヴァリエに深く謝罪する。
言われた本人の眉間に皴が寄っている。
「誰に謝罪している。相手が違うだろう」と氷点下の声色で言われ、ガクガク震えなからクラウディアに謝罪し直す。
「わざとではなかったのでしょう? 謝罪は不要です!」と伝えるも、いつまでもシュヴァリエの氷点下モードが消えないので、うやむやにさせるのは駄目なのだなと察して「赦します。」と口にすることになった。
別に椅子くらいでクラウディアは少しも嫌な気持ちになってないが、シュヴァリエはクラウディアが下に見られることをやけに厭うのだった。
その初っ端の時点でクラウディアは生牡蠣を食べるのを諦めようかと悩んだ。
一連の面倒な修羅場展開に食欲が失せて食べるのを諦めようか悩んだ訳ではない。
商会長の隣に座っている孫娘のマリーナさんが、シュヴァリエにキラキラした視線を送っていたからだ。
失神しかけた事で怖がるかな? と思っていたが、全然怖くないようだ。
初対面からずっとシュヴァリエに向けていた恋する瞳は変わらずなのである。
あからさまな秋波を送る人っていうのは、自分にすごく自信があるタイプと相場は決まっているので、面倒なことになりそうな予感しかない。
マリーナさん、貴女が恋する瞳で見つめてる相手、怒らせたらヤバイ人ですよ、やめておきなさい! と助言したい。
しかし、クラウディアが何度となく視線を合わせようと見つめても、マリーナがこちらへと目線を合わせてくれそうにない。
この街の海の特産物やそれを加工した特産品の説明をされる。
「あ、それ食べたい!」とそれらに内心で大騒ぎをしながら、表情は皇女らしく神妙な顔を保ち説明を訊く。
シュヴァリエも黙って説明を訊いている。
マリーナさんから何か話しかけてくることもないようなので、トラブルの予感は杞憂に終わりそうだなと思っていた。
いよいよ目的の生牡蠣試食へと移る。
生牡蠣は少し焼いて半生にするらしい。
この庭で焼いてくれるそうなので「いよいよ七輪が!?」とクラウディアは期待したけれど、用意されていたのはバーベキューグリル器のような道具。
シュヴァリエ達が座るテーブルからも焼かれる牡蛎を眺める事が出来るように、バーベキューグリル器の距離は近い。山盛りの生牡蠣を次々と並べて焼き始めたので、
これ以外の焼く道具はなさそうだ。
きっと七輪はこの街にはないのかもしれない。
それとも一度に沢山焼かないといけないから、この大きさのバーベキューグリル器っぽいのにしたのかな。
白い煙を上げながら焼かれている牡蛎を眺め色々考えていた時、焼き上がりましたとシェフが告げた。
そして、冒頭のシーンである。
シュヴァリエも距離を縮められた事に気付いたのだろう、ジワリと魔力が漏れ出し始めた。
隣に座るクラウディアも、護衛兼使用人として護衛騎士たちと共に並び立っていたアンナもその事に気付いた。
(ち、近づいちゃダメ! エマージェンシーエマージェンシーよ!)
内心ギャンギャン叫んでいるが、どう言葉に出せばいいのか分からない。
来ないで! と言うのも、近づかないで! というのも何か違う。
止まって! が正解か!? と言葉を発しようとした所で、アンナが素早い動きでスッとマリーナさんから皿を取り上げる。
「申し訳ございません。皇帝陛下も皇女殿下も尊き御身。目の前で調理していた物であろうとも毒見を済ませた物しか召し上がる事は出来ませんので。」
とアンナさんが説明する。
「まぁ!? そうなのですのね、存じませんで申し訳ございません。」
マリーナさんは素直に謝罪し引き下がった。
あれ? 何かいい人? と思うクラウディア。
「陛下、問題ありませんでした。どうぞお召し上がり下さい。」
毒見チェックを済ませ、シュヴァリエの前にアンナが皿をそっと置く。
牡蛎の身はアンナさんがスルリと殻から外していた。
(殻から外されて身だけ置かれても、何かコレジャナイ感がするのよね……)
シュヴァリエは、その牡蛎の身をフォークで器用に持ち上げ、そのままクラウディアの口元に持って行く。
「さぁ、クラウディア。お前が食べたかった生牡蛎だ。口を開けろ。」
と、仰いました。
………道中の食事、何度かアーンをされたりさせられたりを経験済みのクラウディア。
恥ずかしいので止めて下さいと拒否しても許されず、食べるまで食べさせるまでずーっとこの羞恥プレイは続く。
しかし、今まで行われきた羞恥プレイの数々は、全て滞在先の宿泊施設でだったり、食事を取る場所であったとしても元々豪華な個室の中での事だったりしたので、そのこっぱずかしいアレソレを見られる相手は、見慣れた皆さん。
アンナか護衛騎士数人とかであったので、めちゃくちゃ恥ずかしいけど耐えられた。
今回この羞恥プレイを見られてしまうのは、初対面の人達。
何この公開処刑地獄、である。
「お兄様、冗談が過ぎますよ。私はもう赤ちゃんではありません。」
キッとした視線をシュヴァリエに送り「ここでは止めてくれ」と言葉にはしない思いをアピールする。
「ディア、いつもしてる事ではないか。今更であろう?」
まるで熱愛中の恋人のように甘い視線と言葉。
そして極めつけは蕩けるような微笑み付き。
ぐふっ……助けて誰か。
私のヒットポイントはゼロよ……。
「陛下、お戯れはお辞めください。クラウディア様のお顔が真っ赤になっております。そういう事は別な場所でお願いします。」
アンナがフォローのつもりでフォローになってない言葉で諫めるのが聴こえた。
(こういう場じゃなきゃいつもしてるってバレバレだわ……フォローって何だっけっていう話なのよアンナ)
「そうか。クラウディアを困らせるのは良くないな。また今度にしよう。」
シュヴァリエは残念そうに話したあと、そのままパクリと生牡蠣を食べた。
(最初からそうしてください。私は自分で食べられますからね!)
あまりごねずに引き下がったシュヴァリエに心中で文句をぶうぶう言いながら、熱を放つ頬を無視して自分もフォークを持つ。
「なかなか美味いぞ、クラウディア」
パクリと口に含むと半生だからかクリーミーな味が口に広がった。
懐かしい磯の香りが鼻を抜けた。
「お兄様、とっても美味しいですね!」
「ああ、お前が気に入ったのなら定期的に買ってもいいな」
クラウディアの頭を撫でてシュヴァリエは満足そうに笑う。
皇帝陛下と皇女殿下の仲睦まじい兄妹の触れ合いを静かに見守っていた商会の人達。
会長も「陛下と殿下は仲が宜しいのだなぁ」と微笑まし気に見守っていた。
ただ会長の横に座る孫娘だけが、剣呑な眼差しでクラウディアを見つめていたのだった。
その顔をアンナや護衛騎士達に見られているとも気付かずに。
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