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第62話 叔父と甥。

スキマ時間の暇つぶしにでもどうぞ!

「・・・・・・・・・厄介だな。」


 晩餐後、移動したのは叔父の私室。

 柔らかい照明が照らす室内は、本好きを物語るように本で埋め尽くされている。


 シュヴァリエはまずは・・・とクラウディアの膨大な魔力とアンナから訊いた植物が種から一気に育つ話を語った。

 魔力を放出するのに合わせて周辺の花々が種からすぐに芽が出て葉を開き育ちきる様をアンナに訊いた通りに語る。

 そんな魔法など今まで見た事もなければ、訊いた事もない。


 ただ――――

 アレスは眉間に皺を寄せたまま考え込むように瞼を閉じた。


 目を開き、最初の一言が。冒頭の「厄介だな」である。

 クラウディアの能力があれば、飢えなど知らぬ国になるだろう。

 大国であっても莫大な民が居る。

 平民が誰ひとり一切飢える事のない国というのは存在しないのだ。

 それがクラウディアがたった1人居るだけで緩和される。

 世界中どの国も喉から手がでるほどに欲するだろう。



「ああ・・・・・・、我が国にそんな力など要らなかったというのに。

 ディアが可哀想だ。余計な力を得たせいで、あの小さくか弱いディアにどれだけの醜い思惑が絡みつくことか。

 全てを薙ぎ払ってみせるつもりだが、俺が傍に居れない時が――――」


 独り言のようにブツブツ言う甥に、叔父であるアレスは目を丸くする。

 施政者としては優秀に育てたつもりだが、情緒面は育っていないように感じた甥だった筈だが・・・妹という存在が心の成長に良い方向へと作用したらしい。


 魔力は桁はずれに膨大、魔法禁止での剣技もこの年齢で騎士団所属の中堅騎士など数人掛かって来ても簡単に斬りふせる程に強い。

 鍛錬相手は騎士団長レベルはないと務まらないだろう。

 もはや鍛錬というより実戦さながらだと報告があがっているが…


 戦闘センスがずば抜けて良い為、更なる伸びしろも期待出来る。

 これほどに力を持てばパワーに特化しがちな脳筋かと思いきや、しっかり戦略を立てて動いている。

 その頭脳は、あの兄から生まれた遺伝子とは思えぬほどに優秀だ。


(頭は叔父である私に似たかもしれないな)


 憂うべきは情緒のみだった。

 あの両親に育てられたなら心など要らぬ物として扱われただろうし、感情など持つだけ無駄だと排除思考に傾倒していく姿を歯がゆい思いで見つめるしかなかった。

 兄を退位に持ち込むまでは目立った動きは取れず、甥と接点を持ってる事も知られてはならなかった。

 特殊な秘密の遣り取りで互いに連携を取っていたが、それには私の甥への思いなど混じるわけがない。

 それでも、叔父と認識している為かシュヴァリエは私には他の者よりも気易いのは分かっていた。

 ただ叔父としての深い情を明かす事のないままに、甥は皇帝としての座を手にした。


 悲願は達成された。これから少しずつ叔父と甥としての情を育てていけばいいと思ってるうちに、気付けば数年が過ぎてしまった。


「陛下・・・・・・シュヴァリエ、お前にとって皇女がとても大切なのはわかった。

 あれだけ可愛いと、能力抜きにしても掃いて捨てる程にあの子を求める者が出てくるであろう事は想像に難くない。

 けれどな? ・・・暴走だけはしてくれるなよ。

 時に強引さは必要かもしれないが、女の心を掴む最短は優しさと気遣いだからな?

 ははっ、そう睨むな。執心なのは事実ではないか。」


 二人だけの時に陛下呼びをする事を嫌うシュヴァリエに、思わず陛下と呼びかけ訂正したアレスは、甥が姪に付くであろうまだ見ぬ虫に嫉妬する姿を見て思わず笑ってしまう。


「しかし、枢機卿に知られてしまったのが痛いな・・・。

 アレは狡猾だ。教会に強大な権力を築いた手腕は伊達ではない。

 じわじわと勢力を削いでやったとはいえ、それも数年後となればどうなるか。

 侮る人間を見誤ると痛い目を見るぞ。少しの緩みを付け込むのなどアイツには容易いことだからな。

 監視の目を強化してはいるとはいえ、治外法権を認めている故にこれ以上深い所まで探るのは厳しい。

 一度奪われた経験でアレも随分と慎重になるだろうしな。」


「いざとなったら教会を潰す―――」


「ははっ、短絡過ぎると足元掬われるぞ。教皇に咎が無いというのに潰せるものか。

 我が帝国に平民を含めた信者がどれほどいると思ってる? 治外法権を持たせたものの存在を潰すには、それ相応の大義が必要だ。

 シュヴァリエ、お前にクラウディア皇女を餌にする気はあるのか?」


「クラウディアを餌になどさせない!! 叔父上でもそのような事を言うのなら――――」


 シュヴァリエは吠えるような大声で叫ぶ。

 燃え上がるようにギラギラしたパパラチアサファイアの瞳に射抜かれて、アレスはフッと苦笑した。


(若いな。そうか、まだ十二・・・だったか。)


「冷静になれ。何の為に私がいる。お前の大事な子を餌になどさせぬよ。

 アレは狡猾だが、それだけだ。

 アレが相手をするのはお前ではない事を知らない。

 私がアレだけを失脚させればいいことだ。権力を作る手腕は見事だというしかないが、枢機卿としてのアレの代わりなどならいくらでもいる。

 帝国に居候させてやってるんだ、イイコで居てくれないならトラブルの種だけ出ていって貰えばいいんだ。そう熱くなるな。」


 優しいトーンで宥めるように話しかける。

 大丈夫だ、と。


「はーっ、お前なぁ・・・叔父相手に魔力で威圧するな。息が苦しくなるだろう。」

 シュヴァリエには威圧したつもりはなかったのだが、興奮して魔力が漏れ出ていたのかもしれない。


「・・・冷静になった。叔父上、すまない。」


(ほう、素直になったな。これはこれは。何という僥倖か。姪に感謝せねばな。)

 アレスは甥を見て微笑む。


「さぁ、まだ話は終わりではないだろう? 茶がぬるくなったな、淹れなおしたら続きに戻るとしよう。」


 叔父上はこんな風に柔らかく笑う人だったか? と意外に思いつつ、シュヴァリエは頷いた。





「・・・・・・他にもう特大の厄介ごとはないか?」


 クラウディアの母親の不貞の可能性(ほぼ確定ではあるが)、その不貞相手が失われたとされていた種族の男だという話。

 かつて世界で争奪戦が起こった魔力無限供給の能力は、その種族だけが持つ特殊能力で、間違いなくクラウディアもその能力を引き継いでいるであろう事。

 最初にアレスに話した、アンナから訊いた魔力によって食物が育つという能力も、その失われた種族の特殊能力である。

 見た事も訊いた事もない魔法の可能性より、特殊能力の線の方がよっぽど信憑性があった。

 それらを合わせると、やはり不貞相手はその男しかありえない。

 そして、ハッキリとした証拠こそないが、側妃が不貞を働いていた事は間違いないと思われる。と、追加で話したのだった。



「ああ、これで全てだ。」

 少し掠れた声でシュヴァリエは答えた。


 もしかしたら、シュヴァリエが物心つく前から他国へと行き来が激しかった叔父なら、そんな魔法や似た様な能力を知ってるかもしれないと一縷の望みを抱いていた。

 が、今のアレスの反応から、やはりクラウディアはその種族の男の子供で間違いないと確信してしまった。

 想像が現実になりシュヴァリエの顔色は悪くなる。


「厄介ごとどころではないな・・・これは何といっていいのやら。

 植物が育つという事に関しては、精霊や妖精の悪戯説も訊いたことあるが、信憑性はない。お伽噺のようなものだ。

 ―――だが、種族はお伽噺ではなく現実に存在していた」

 アレスの声のトーンは重苦しい、力の抜けそうな体を椅子にしっかり預けなければズルズルと床に伏してしまいそうだ。


「とりあえず、これは今すぐどうこう決められる事ではない。

 警護も見直さなければならない。狙う者は数多と来るだろう。

 奪われない為には徹底的にじっくりと策を練らねばいけない。

 待つだけではなくこちらから仕掛ける事も視野にいれなければならないだろうな。

 ああ、これはもう絶対に枢機卿は狙ってくる、間違いない。

 あの種族に異常に執着していたのは有名な話だよ。」


 アレスに言われて、シュヴァリエは頷いた。

 アレの力を削ぐ時に知り得た情報で、あの種族が亡くなっている場に駆け付けたアレは、その亡骸を発見すると、その亡骸までをも手に入れようとしたとか。

 だが、亡骸が発火して跡形もなく灰になった事で、しばらく気の抜けたように日々を過ごしていたらしい。


 知った時は「己には過ぎたる力を望み、手に入れる事は叶わぬのは、神に仕える身でありながら欲にぬれる枢機卿への神罰だろうな。」と皮肉ってやったものだが。


 神とは何と気まぐれか。

 アレの近くに切望した存在を誕生させるとは。



「では、今度は私の話だ。」


 アレスが暗く澱んだ場の空気を変えるように、ハキハキとした口調で切り出す。


「シュヴァリエへの婚約の打診と共に各国から釣書が・・・「燃やしてくれ」」

 アレスが最後まで言い終える前に遮られる。


「そう言うだろうと思ったから、受け取ってはいないよ。話は最後まで訊くように。」


「ふん・・・どうせ香水臭くベタベタ触ってくるような気持ちの悪い女しか居ないのだ。見るだけ無駄だ。」


「皇帝の義務のひとつなんだけどね? 令嬢の誰かを娶って子を成さないと。次代が生まれないでしょう?」

 アレスとしてもこの小言も恐らく無駄ではあると分かっているが、言うだけは言っておく。


「アテはある。」

 ぼそりとシュヴァリエが口にする。


「アテ・・・? 婚約相手の目星はたってるのかな?」


「ああ、無理な関係であったから諦めていたのだが、最近になって分かった事で憂いなく決められる事になった。」


「なるほど。思う相手が居たけれど、色々無理かもしれないと思っていたら、最近になってその無理な事が解消されたという事か。

 では、その令嬢の名を教えくれ。早急に確保しないと他の令息に先を越されるかもしれないだろう? 流石に婚約の決まった令嬢を皇帝権限で奪うのは宜しくないからね?」


「万が一にも奪われる事など絶対に、絶対に、ない。

 我が命が尽きたとしても絶対にさせないから、平気だ。

 だから令嬢の名はまだ言えない。」


(根回し済みって事か? 余程執心しているとみえる)

 アレスは思案しながら甥を見つめる。


「そうか。なら今は訊かないでおこう。戦が控えてる事もあるし時期が悪い。

 落ち着いたら、早々に婚約を結ぼう。

 婚姻はシュヴァリエとその令嬢が成人してからにはなるけれど、何年後になろうとも婚約だけは結んでおかなければな。

 皇帝に婚約者が居ないと、シュヴァリエと近い年齢の令嬢達が婚約を結ばなくて行き遅れになるのも偲びない。」


 婚姻の辺りで、シュヴァリエの白皙の頬に朱が差すのに気付く。

 初めて見るシュヴァリエの年相応の照れにアレスは内心で驚嘆する。


(―――かなり惚れてる相手か。皇帝としてのパワーバランスを考慮して釣りあいの相手ではないということか? まだ言えないっていうのは身分差か?

 それなら些末な事だ。どうとでもしてやれる。)



「後、言いづらい内容ではあるが、皇女であるクラウディアにも釣書が・・・「それも燃やしてくれ! この世で一番不必要なものだ」」


 先程よりもかなり早口で強く遮られ、アレスは目を丸くする。


「能力を考えたら、受け取った釣書は返却せざるをえない。

 他国にこの力を渡すのは危険だから、この帝国内で相手を探す事になるだろう。

 皇女の身分も考え、かなり力のある貴族で、皇女と年齢が釣りあい、なおかつ皇帝派であり、その中でも力がある者――――」


「全部必要ない。」


 ひとつひとつの条件を指折り上げていくアレスに、ムスッとした顔でシュヴァリエが断言する。


「私は、女性の幸せが婚姻だけだとは断じないけれど、人生のパートナーを持つという事は心を豊かにする。子供は可愛いしね。

 絶対に婚姻させるとは言わないが、クラウディアが望むならさせてあげたい。

 姪っ子には幸せになって欲しいと思っているよ。勿論、甥っ子にもね。」



「ディアは必ず幸せにするし、間違いなく帝国一幸せになる。勿論、ディアが隣に居るだけで俺も帝国一幸せになれる。」


 謎かけのような、シスコン極まる発言のような・・・?

 アレスは内心で首を傾げたが、まだ二人とも成人してもいない事もあるし一先ずこの話は引き下げる事にする。



「さて、長話になってしまった。視察の件まで話したい所だったけれど、それはまた明日に打ち合わせをしよう。

 シュヴァリエも、皇帝である前にまだ成長期の子供だ。

 しっかり睡眠をとるように。」


 急に大人風を吹かせた上、子供扱いをしてくる叔父。

 一度執務室へと足を運べば、陛下と呼び忠臣の鏡のような態度になる叔父。

 でも、シュヴァリエをこのように子供扱いしてくれる存在もまた叔父しかいない。


 だが、その扱いをこの叔父がするのならシュヴァリエは悪くないと思えるのだ。



「わかった。叔父上も寝酒は程ほどにして、就寝して下さい。」


「・・・誰にそれ訊いたのかな? ああ、マルセルかな? いや、これはレイランだな?」

 苦笑しながらシュヴァリエに問う。


「全てハズレです、正解はアンナですよ。では、おやすみなさい。」


 シュヴァリエは静かに立ち上がると、してやったりと小さく微笑み颯爽と部屋を退室した。


「・・・アンナか、苦手なんだよな、あの子・・・」


 シュヴァリエが退室した後の静かな部屋に、アレスの独り言が響いた。

拙作をご覧頂きましてどうも有難うございました。


叔父キャラ、個人的に大好きです。

叔父出てくるとシュヴァリエを書く時、何故か幼くなってしまう…

多分、シュヴァリエにとって父のような存在だから?と思っています。

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