第41話 鬼教師アンナ。
おはようございます!
投稿時間遅れました…
「姫様、背筋は頭上からピンと一本の糸が伸びるように真っ直ぐ、胸を張り肩の力は抜きます。全てに優雅さと気品を意識して下さい。伸びた背筋のまま腰を真っ直ぐ落として…。足を交差するように…はい、いいですね。頭を軽く下げて…いえ、そこまで頭をさげてはなりません。
茶会の場では、姫様は陛下に次ぐ高貴な身でございます。ですから、本当に浅く頷くように下げるだけにして下さい。
そう、それくらいで宜しいでしょう。ドレスの裾を摘まんだその指先まで、美を意識して下さいね。」
ひじょーにこまかーく、カーテシーの所作をアンナが指摘してくる。
これさ、前世で聞いたことある空気椅子ってやつじゃないの…?
しかも、プルップルする下半身をさらなる負荷を追加せよと脚まで交差させるんだから、キツさ倍増したバージョンの空気椅子。
腰を落とすのだって長い時間するのは辛いのに、美を意識しながら優雅さや気品を保つって、無茶ぶりも過ぎる気がするよアンナ…。
―――アンナ、スパルタだわ…
かれこれ二時間ほど初めの挨拶とカーテシーの練習をしている。
実は何でも完璧にこなす超人アンナは指導も己基準なのか、凡人だというのに私の能力を素晴らしい方へと過剰に評価してるのか、まったく休憩無しな為、前世でも甘やかされた今世でも経験の無い根性の無い私は逃げ出したい気持ちでいっぱいである。
お茶会行きたいなんて言ったの誰よ! 私だよ!
攻略対象のご尊顔をちらりと見たいなんて欲を出さなきゃよかった…。
元々筋肉皆無な幼児の我儘ボディに、恐らく大人でもキツイ体勢を保ち続けるだけで、間違いなく筋トレ並に筋肉を使っている。
実は、アンナのスパルタ開始30分程で、クラウディアの白い細腕もふにゃふにゃした幼児特有の小さくまあるい膝小僧も、生まれたての小鹿のようになっている。
そんな状態から一時間半後…小鹿は浜に打ち上げられるクジラのような状態だ。
腕も脚も腰も動けない。汗がびっしょである。
アンナに「もう無理なのぉ」なうるうるした目を向ける。
クラウディア至上主義らしいアンナには効果覿面だろう。
大事な姫がこんなに疲れてますよ! 見て!である。
可憐な美幼女の縋り付く眼差しをアンナはしっかりと受け止めた。
(よしっ、休憩よっ)
「さぁもう一度。」
アンナの厳しく無情な声が響いた―――
「有難うアンナ。」
スパルタレッスンが一段落つき、優しいモードに戻ったアンナがお茶を淹れてくれる。
華やかな花の香りがする…私の好きな香りだ。
…ああ癒されるわ。
カップに口をつけコクリと一口飲む。
勿論、指先まで優雅さを意識して。
「! アンナ、私の好きな薔薇のハーブティーだわ! 嬉しいっ! 有難う。」
最近、紅茶の代わりによく飲むようになったハーブティー。
アンナが「女性は身体の内側から綺麗になる努力を」と言いだし、肌に良いブレンドのハーブティーを出してくれるのだ。
実際、幼女で綺麗な肌なのは当然なのだが、クラウディアはそれに輪をかけて透き通る程に綺麗な肌質をしている。
そこがハーブティーやら何やら色々されて、さらに綺麗になって来た気がする。
元々モブとは思えない美貌だったのだ、手を入れればもっと光り輝くのは当然のことだった。
毎日飲まされるハーブティー、その中でも特に好きな薔薇のハーブティーを選んで淹れてくれた、その心遣いが一番嬉しい。
「どういたしまして、本当にお疲れ様でした姫様。」
アンナが柔らかく微笑む。
サクサクのショートブレッドが美味しい。
このお菓子の作成を提案したのは私だった。
帝国にはお菓子のバリエーションが隣国の乙女ゲームが舞台の国よりは乏しく、前世日本でスイーツパラダイスを経験していた私には残念な国だった。
だから、私が分かる範囲で食べたい物を作って貰おうと考えたのだった。
食べ物への執着は人一倍…いや二倍ある。
ただでさえ高貴な身分には行動が制限されるのだ、そんな所に非力な皇族の幼い姫なんて行動制限もきつくなって当然。
そんな制限だらけの生活の楽しみなんて、食べる事くらいしかない。
期待していた恋バナだって、あまり進歩してないようだし。
イケメン鑑賞もやりすぎるとシュヴァリエが何故か不機嫌になるので、週に3回の騎士団訪問も、週に1回になったし。
それだって、月に一度と提案されたのを粘りに粘って週1回を勝ち取ったのだ。
騎士団で眼福タイムも週1になったならばと、選りすぐりの美男揃いの我が護衛騎士達をニマニマして愛でていれば、
最初は同室内で護衛だった筈が、アンナと3人娘だけになり、いつの間にかイケメン達は室外扉前で警護にあたるになっていた。
私の視線に邪な想いがだだ漏れていたかもしれない。
幼女の癖に捕食者の顔を見せちゃったかしら…ギラギラ?
うん…気をつけよう。
とまぁイケメンの話で横道に逸れたけれど、今の私の楽しみが食しか残されていないのであった。
そんな訳で、色々思案した結果、この世界が、日本で制作された乙女ゲームの世界ならば、もしかしたら、日本で使用されていた食材も、そのままの名で存在する気がした。
試しにアンナに訊いてみたら、嬉しい事にそのままの名で存在していたので、色々提案して、いくつか作って貰った1つがこのショートブレッドなのだ。
分厚いクッキーのようなショートブレッドは、甘みを少なく設定している為、甘い紅茶に良く合う。
今日はハーブティーだから甘味は抑えているけど、悪くない組み合わせだ。
そうそう、このショートブレッドは、試食としてシュヴァリエにも口に押しこみ食べさせてあげたら、凄く嬉しそうに喜んでいた。
あまりに喜ぶものだから、もしかしたら甘いのがあまり好きじゃないのかもね?ショートブレッドくらいなら好みなのかも。とアンナに話すと「そういう事でいいと思います」と言われ、困った顔で微笑まれた。
…何故?
「ごちそうさま」
満足の吐息がふうっと漏れる。
身体はまだプルプルしてるけど、気力は回復した気がする!
「姫様、もうひと踏ん張りしましょうね」
アンナが良い笑顔で私を抱っこしてくれた。
「ひゃい……(はい)」
「アンナは鬼だと思うの…」
凝った筋肉を揉みほぐすという痛めのマッサージを終え、その後のお風呂から上がって、夜着グッタリタイム。
冷たい果実水をグラスに注ぎ私に手渡しながら、
「明日は隣国の情勢をサラッと説明しますからね。その他の所作もチェックしますから。」
「まだやるの…」
「ええ、まだやります。私の姫様が誰に軽んじられることのないようにします。
他国だけでなく自国の貴族も参加するのです。付け入る隙はない方が後が楽ですからね。」
「そういうものなの…?」
あんなに恐ろしい兄がバックにいるというのに。そんな命知らずが帝国貴族にいるのだろうか。
シュヴァリエなら、不敬を感じたらその場で首を撥ねそうだけど…
「シュヴァリエ様なら即刻首を狩りそうですが、他国もいますし。隣国の王子も参加しますから、なるべく血生臭い事はさけましょう。」
「そうだね……」
シュヴァリエって、血濡れ皇帝だもんね…
「さあ姫様、お肌の為に良く眠っておきましょうね。お肌のマッサージもしましたし、明日はますます綺麗になりますからね。」
「うん…アンナ有難う。おやすみなさい。」
「おやすみなさいませ、姫様。」
体が運動の後のような心地いい疲労を感じたせいか、枕に頭を乗せた途端にすぐに寝た。
姫業って真面目にこなしたら結構ハードよね。




