第37話 閑話 シュヴァリエが反旗を翻すまで Ⅰ
――シュヴァリエ・ヴァイデンライヒ。
この世界に産まれ落ちた瞬間、ヴァイデンライヒ帝国の次期皇帝に決定した。
シュヴァリエは、皇帝と正妃の間に産まれた第一子だった。
正妃は帝国程ではないが、そこそこの大国の第一王女だった為、持参金も莫大で同盟強化も含んだ婚姻は重要視された。
そして、その国の有力公爵家と帝国の公爵家が婚姻で結ばれた親戚関係だった為、後ろ盾も大きく強かった。
けれど、彼が次代に決定したのは、正妃腹で産まれたという事ではない。
大国ヴァイデンライヒの後継として、必ず必要となる“皇帝の瞳”を所持して誕生したからだった。
シュヴァリエが次期皇帝に確定した事は、正妃といえど山程愛妾を抱える皇帝の寵愛の有無により、正妃より先に皇帝の瞳を所持した男児を産めばどうなるか分かったものではない。
次期皇帝は母の身分や子の能力の優劣ではなく、瞳で決定されるのだから。
大きな後ろ盾があろうが、祖国が持参金をたくさん持たせ同盟を強化しようが、皇帝が「コレを次期皇帝にする」と言うだけで簡単に瓦解する砂上の楼閣だった。
後継者を手の内に持っていてこそ、大きな後ろ盾も祖国の持参金含めた同盟も価値があるのだ。
正妃より先に男児が産まれ、万が一にでも優秀な子に育てば、正妃であってもいつ自分の地位が揺らぐか分かったものではなかった。
シュヴァリエを身籠り、第一子として産む事が出来、その子は皇帝の瞳を所持していた。それが全てだった。そして正妃の地位を決定的に盤石にした。
シュヴァリエは王妃にとって、権威の象徴になってくれたのだった。
他国から嫁いで来た正妃『アマルダ・アルメアン』は、アルメアン王国の第一王女であった。
ふわふわした金髪と儚げな雰囲気と華奢な体躯、そしてタレ目がちな澄んだ青い瞳は、深窓のお姫様そのもの。
帝国に輿入れ後の一ヶ月程は、愛妾の元に皇帝は一度も通う事なく正妃の元へ通い続けた。
正妃の庇護欲を唆る容姿は、皇帝の数多いる愛妾達とは毛色が異なっている。
その為、2日で飽きると噂されていた。
その期日を過ぎても、正妃の部屋へと毎日通う皇帝を見た者達は、皇帝の心を正妃が掴んだと、大層喜んだという。
膨れ上がる愛妾の数に比例するように、国庫を逼迫させる浪費の数々に、金庫番達は血を吐く思いで悩んでいたからだ。
色事にかまけて国政は宰相任せの愚かな皇帝。
自分の娘や妻を愛妾に差し出した貴族達以外の貴族達は、正妃を優先して愛妾を減らしてくれるかもしれないと期待を寄せていた。
正妃の元へと足繁く通った間にその提案をされ、「それもそうだな」と皇帝は愛妾を減らす事に同意した。
――が、後宮に差し出した娘や妻がいる貴族達の猛反対にあい、面倒ごとを特に嫌う皇帝は減らす事を後回しにし保留とした。
期待した者達は大きな溜息を付き失望したが、まだ正妃の所に通い続ける皇帝を見て「これはもしかしたらもしかするかもしれない。」と諦めなかった。
しかし、その願いも虚しく……
正妃の元に一ヶ月通うと、また今までのように愛妾の元へとも通い出す。
勿論、正妃の元へも週に一度は通っている。
それから更に一ヶ月後、正妃が懐妊した。
皇帝は正妃に「男児を産め」とだけ言って、正妃と閨を共にする事はなくなった。
妊娠の安定期を待って国内に「アマルダ皇妃懐妊」の知らせが帝国民にも届けられた。
皇帝の瞳を持つ男児であれば国は安泰だ。
国民は懐妊を喜び祝福した。例え愚帝の子供であっても帝国に住む以上は跡継ぎは喜ばしい。
その後、正妃は男児を産み、その男児は皇帝の瞳を継承していた。
皇帝は正妃に一言「良くやった。」と告げたという。
帝国の後継はこれで安泰である。
後はスペアを1人2人欲しい所だが、愛妾も正妃もなかなか妊娠しなかった。
――それから四年後、また側室を1人皇帝は迎えた。
皇帝がとある他国の夜会で一目で執着し半ば強引に側室に迎え入れた、誰もが目を奪われる絶世の美女だった。
小国の王女だった美女は、とある他国の王子の婚約者だった。
婚約披露の宴に王子と連れ立って現れた美女に皇帝は懸想したのだ。
クラウディアの母である。
小国の第二王女は他国の婚約者。それも披露したばかりの宴で見初めてしまう。
皇帝は大国の圧力と帝国からの莫大な援助金(慰謝料)を差し出し2国を沈黙させる。
そして、婚約を握り潰し、クラウディアの母を相手から強引に奪った。
恐ろしい程の執着をクラウディアの母に注ぐ。
愚帝だというのは噂だったのかと言わんばかりの手腕で外堀を埋め、準備を整えた。
正妃は庇護欲を唆る容姿を持つが内面は高慢で独善的であった。
シュヴァリエを産んでから、自分の権威の象徴であるシュヴァリエを可愛がっていた。
だがそれは、子供を可愛がる母というよりも、自分の所有物を大事にするようであり、個としてのシュヴァリエを認めてはいなかった。
皇帝は後継というだけの存在としてしかシュヴァリエを扱わない。
母親である正妃も機嫌に良し悪しで構ったり構わなかったりする。
シュヴァリエが魔力の器と魔力量からおこる体調不良に苦しむ時も、煩わしそうに扱った。
泣いて縋る子を看病する事もなく、シュヴァリエ付きの養育係に指示だけ出し、苦しむシュヴァリエの顔をチラリと見ただけで部屋を退室する。
誰に甘える事もなく甘えさせて貰う事もなく、寂しく苦しい幼年をシュヴァリエは過ごした。




