第33話 クラウディア発言してみる。Ⅱ
「クラウディア、どこの国の書物にそのような事が書いてあったのだ。塩害で育つ作物があるなど、宰相ですら訊いた事が無いといっている。」
私も専門外っていうか…
お父さんの実家が農家で、お祖母ちゃんの趣味がプランター栽培で。そのうちのいくつかのプランターでトマトを育てていて…
わざわざ塩を水に混ぜて灌水するのを見たもんだから、ビックリして尋ねた時に訊いた話…。その程度の知識しかないんだけど……。
今、シュヴァリエに前世の話をした所で、間違いなく頭がおかしくなったと思われるだけな気がするし…。
6歳の私が違和感ない理由として本で見たくらいしか思いつかなかったのだ。
そういう専門的な本は6歳児が読まず、その時点で違和感があるとはクラウディア本人は気がついていない。
「塩水をトマトに与えるとトマトが甘くなるというような事が書いてあったのだけ読んだ記憶があります。その仕組みまではちょっと…
ただ、トマトを栽培している時に実が大きくなるように茎を太くするのは駄目で、細い茎に保つ事が大切だと書いてあったような…?」
説明すればする程に曖昧な言い回しになるのは仕方がない。
お祖母ちゃんの話を訊いて「凄いな塩水で作るトマトって!」って感想を持っただけだったもん。
その後、私もプランターで作る! とかなって栽培とかしちゃってたらなー。
ベランダ菜園みたいな規模でさ…
もっとちゃんとアドバイスとか出来たんだろうけど。
そう憂うクラウディアを余所に、一言も漏らさぬように3人はクラウディアの話に聞き入っていた。
クラウディアからすれば「こんな曖昧で申し訳ない」話でも、この世界の3人からすれば、塩害の土地を活用出来る目から鱗な画期的な栽培方法なのだ。
他国からとの話だが、そんな話訊いた事もない為、有名ではないのかもしれない。
塩害で栽培出来て味が良くなる野菜が他にもあるのか試験的に試してもいいかもしれない。
思考に沈み考え込む表情の3人。
皆の顔は全く違うのに、みんな顎下に手を添えて考え込んでいる。
その仕草も顎に添えるタイミングもほぼ同時で、クラウディアは吹き出しそうになるのを堪え、唇をキュッと引き締めた。
「なるほど…実が大きくなっては甘くならないのですか?」
伯爵がクラウディアに質問する。
「塩を加えた水を灌水すると、塩水として根から吸収されるのではなく、
根に含まれている養分の濃度と、塩水の濃度の浸透圧によって、吸収される水の量が決まっていると考えられます。
浸透圧は、濃度の濃いものと薄いものとの差があるときに、均衡の状態をつくろうとして起こる作用みたいなもので…
上手く説明出来ませんが、そんな感じです(適当)
後、茎を細く管理したほうが、維管束が小さくなり、水分、養分の吸収が少なくなり、糖度を安定して上げやすくなります。
塩害で元から塩がある状態でのトマトの栽培は、高糖度だけれど収穫量が少ない事が難点ではありますが、塩害で他の作物を育てる事が難しい場所を有効活用するのであれば、問題ないでしょう。他のトマトより高糖度で美味しいトマトなので特別商品として販路の開拓が出来れば…」
「高糖度と言うが、塩が多分に含まれている水分だろう? しょっぱくなるのではないか? 甘くなるというのは何故だ。」
私がお婆ちゃんにした質問と同じ質問をシュヴァリエがしてきた。
うんうん。それおかしいって思うよね。私もそう思った。
心の中でシュヴァリエに同意しつつ、お婆ちゃんに言われた事をそのまま言う。
「塩を混ぜて灌水しても、トマトの植物体内で塩を利用するわけではないので、トマトの実自体に塩が影響する事はないそうですよ。
植物の体内は、太陽の光を浴びて作られた養分があり、トマト自身が持つ濃度がある状態です。根から吸収された水は、植物体内の濃度を均衡状態にするため、濃度の濃い場所に向かって移動するのです。葉とか実に。
よって、塩水で栽培をするトマトはより高糖度に育つというわけです。」
専門的な事はわかんないし…色々試行錯誤して作ってもらいたい。
「私も専門家では無いので、トマト栽培をしながら試行錯誤して頂けると助かります…。
後、塩の濃度が強すぎれば、根腐れなども起きたりするので、強ければいいというものでもないという事もあります。
そこら辺は実験的に栽培して様子を見てからでもいいかと。」
「そうか。試してみる価値はあるかもしれないな。一度専門家にその外国の書物を熟読して貰って栽培に着手しよう。
クラウディア、その本の作者の名と本の名を教えてくれ。」
……どうしよう。そんな本なんて無いです…世界中探したらもしかたらあるかもしれないけど、私は読んだ事はないです。
だって適当に理由付けしただけだものぉーーー!
ピキッと表情が固まったクラウディアは、脳内で素早く色々計算したが設定にムリがある話しか思い浮かばない。
ここは素直に答えるのが1番だと思った。
「忘れました。」
「忘れた? どこの国の本とかはわかるか?」
「トマトが塩害の土地でも育てられるっていう事に興味を惹かれて、その部分のみをサラッと読んだだけで…
どこの国のどの作者で本の名前は…まで見ていませんでした。
お兄様、申し訳ありません。」
「いえ、姫様。十分ですよ。塩害の土地で育てられる作物があり、さらに美味となれば敢えて塩を加えた水でトマトを育てる者も増えるかもしれません。
本の名前など些細な事。塩害の土地の一角で小規模のトマト栽培を実験し、栽培に成功すればトマトを大規模に栽培すればいい。
味が美味いと価値を高め売る事が出来れば、モンタギュー伯爵の領地の民もこぞって栽培するでしょう。」
宰相が私にフォローするように話してくれた。
あれ…なんかいい人?
いつもは怖い宰相が、私に優しい。
話す声も顔も優しい…嬉しいけれど怖いと思うのは何でだろう。
「はい!試してみます!これが成功すれば…領民も困窮しないですみます。姫様有難うございます。」
「補助金だが、国から一時的に出そう。トマト栽培が整い、美味い物が多く出来たら少し安価にして売ってくれるだけでいい。
帝国内で人気が出るなら国外にも販路を持つ商人を紹介してやる。
帝国は戦だけではなく物も最上だと知らしめてやれ。」
モンタギュー伯爵が一瞬驚いた顔でシュヴァリエを見た。
貴族らしくすぐに表情を消したけど、シュヴァリエの大きな補償と提案に頬を染めて喜んでいるのが分かった。
「ははっ、身に余る配慮、誠に有難うございます。
陛下の期待に全力で応えられるよう、昼夜兼行、全力で励みたいと思います。」
「期待している。」
シュヴァリエが口の端だけニヤリと微笑う。でも目は笑ってない……
モンタギュー伯爵が退室した後、初めての発言に緊張しすぎてぐったりする私を見て、シュヴァリエが休憩にすると告げた。
「お前は……いい子だな。先程のトマトの件もそうだが、帝国民の為になる知識をわざわざ読んでいたりするんだな。
小さい癖に童話ばかりを読んでいるのかと思えば、選ぶ本が専門的な物だとは……」
「………(もぐもぐ)」
今日は苺のミルフィーユがデザートだ。
サクサクのパイ生地がとても美味しいけど、いつもなら食べづらいケーキだ。
しかし、手ずからシュヴァリエが私の口にケーキを運んでくれる為、そういう煩わしさはない。
シュヴァリエは器用なのか、生地をボロボロにする事なくフォークに取り、私に食べさせてくれている。
ケーキは美味しい。
シュヴァリエも優しいし、この餌付けも宰相の前という事を除けば慣れた。
幼い妹を甘やかす兄の図は、クラウディアとシュヴァリエの側付きの者には見慣れた光景になっている。
だけどね? シュヴァリエの膝に乗せられて食べさせられるのは、やりすぎだと思うの……
前はたまにだったのに、最近は食事時の椅子は兄の膝みたいになってますよ?
私の兄でもありますが、皇帝陛下ですよね?
ジト目でシュヴァリエを見る。
その間もモグモグとケーキを食べさせられるクラウディア。
「頬が赤いぞ。熱でもあるのか? 宰相、残りの謁見人数は何人だ。」
フォークを一度皿に戻し、私の頬や額を触るシュヴァリエ。
この動きは発熱を心配しているのだろうか?
いやいや、熱はありませんって。この体勢がですね? 赤い顔の原因かと思うのですよ。
とは指摘出来ず、始終無言のクラウディア。
「残りは15人程ですか。クラウディア様の体調次第では、クラウディア様はお休みになってもいいかと。」
―――えっ、暇になるの嫌だ。
真っ赤な理由なんて察してよね…シュヴァリエはまだいいとして、宰相さん絶対分かってるでしょ!
私が言いたくないと思ってることが分かっていて、口で言わせたいんだ絶対。
「大丈夫です…。お兄様に赤ちゃんのように抱っこされてケーキを食べさせられているのを、宰相様に見られてるのが恥ずかしいのです…。
顔が赤いのは恥ずかしいからであって、熱ではありません。」
言い終え、シュヴァリエをジト目で見る。
「――慣れろ。」
端から訊く気などないシュヴァリエは一言だけ言うと、またフォークを持ちクラウディアの口へとケーキをせっせと運んだ。
膝抱っこ餌付けプレイ…慣れないと思う。
このプレイは続けても今年いっぱいで卒業したいです…
いつもより長めの休憩の後、待っていた15人を宰相さんとシュヴァリエが対応している間、私は表情筋を鍛える事に終始したのだった。
本日は一時間差で投稿しています。
次は20時投稿予定です。よろしくお願いしますm( _ _ )m