第31話 初めての謁見。
「今から此処へ現れるのは、魑魅魍魎の類だ。何を言われても動揺するな。魑魅魍魎というものが口にする言葉の真意を正確に探り理解する、そうだな……そうだ、練習だと思えばいい。」
シュヴァリエに言い含められように説明され、少し怯えつつ頷く。
そんな化け物のような凄いのが一杯来るって事ですよね…?
本物の魑魅魍魎なんて来ないよね?
貴族って人間だよね?
シュヴァリエが真顔で言うもんだから、人間だとは思うけど1パーセントくらい化け物かもしれない気がしている。
んな訳ないだろう!とお約束のパターンで一人ノリ突っ込みを心の中でしつつ、冷静になって、ちゃんと真面目に考えた。
シュヴァリエが心配する程って事は、貴族達の大半は私の事を歓迎していないのかもしれない。
――いや…かも? ではなく、確実に厭っていそうだ。
私を謁見へと突発的に誘ったものの、私が悪意に晒され傷つかないか心配なのだろう。
シュヴァリエがそこまで不安にならなくても、大丈夫なんだけど。
一応中身は成人前だから精神的にはそこそこ成熟している。
権力の中心に集る人間は綺麗なままでは居られない筈だ。
何某かの腹積もりくらいは持っているのが普通じゃないかと思う。
まして皇帝に請願しに来る訳だよ。それってただ顔を拝見するのが目的ではなくて、正式な場での交渉事だよね。
ちんまりとした幼女が横に座ってただ訊いてるだけでいい場なんかじゃない。
何も分からない子供が遊び感覚で顔を出す場じゃないんだけど、私は遊びで参加したいと言った訳ではない。
そう。何ごとも経験っていうし…参加させて貰えるなら是非参加して、この目で見ておきたい。
明晰な頭脳で政務をこなし、他の追随を許さぬ強さで戦で武勲を次々と立てる。
それだけで「幼いながら」という前置き無しで評価出来るくらい優秀だ。
見目麗しく民にも愛される皇帝陛下の横には……ちんまりした私。
パパラチアサファイアの瞳も持たない、側妃の娘。
魔力だけは有り余る程あるけれど、今は秘密にしているし…。
正直、第三者から見たら、今の私は無能感半端ない自覚はある。
だから、分かっているから、そんなに心配そうな目で見つめないで?
ホント、シュヴァリエは肉親には弱いんだから。
「お兄様、大丈夫ですよ。私にはお兄様が居ます。誰が悪意を持ち込んでもお兄様が私を見捨てたりしないのなら、何が起ころうと平気ですよ?
どうせお兄様の正妃の地位を狙う令嬢の父くらいですよ。私が疎ましいのは。
そんな悪意くらいは、ニッコリ笑って躱せます。」
ジッとシュヴァリエの瞳を見つめて大丈夫だと訴える。
この人、私の事になるとこんな顔するんだな。
こういう不安で仕方ないって顔されると、やっぱり年相応の顔つきになるね。
シュヴァリエの頭をいいこいいこすると、少しだけ目元を染めて微笑んでくれた。
「クラウディアは弱そうな見た目なのに強いんだな。
お前が傷つくのは嫌なんだ。
けど、言われてみればそうだと納得だな?
悪意を垂れ流したら、どうなるか。
見せしめには丁度いい。」
今さっきまで目元をほんのりと赤く染める天使なシュヴァリエは、
やっぱり魔王でした。
黒いオーラがシュヴァリエの背後で真っ黒な炎のように揺らめいた気がします…。
悪意を持った貴族までフォローするつもりはないので、私は静かにしておいた。
謁見かぁ…人と対話しながら持ち込まれた話の解決の指針を見つけるようなものなのかな。
あ、でもただ会うだけで報告を兼ねた雑談もあるし、商人も来るって言ってたね。
そこまで緊張して臨まなくても大丈夫なんだろうか…。
で、でも、私は人間観察《《だけは》》得意だよ。
表情筋や目線の動き、口角の上げ下げ、手で顔のどこを触るか。
人の心の動きを読むのは、前世から得意だったよ。
一時期心理カウンセラーになろうかな? なんて思ったりもしたんだから。
大学でも心理学の講義も取ってたし。
もっと深く学ぶぞって時に死んじゃったらしく、学べた記憶はないけれど。
その分、心理専門分野を学びたい欲求が、未だ消化不良で残っている。
当たり前だけど、魑魅魍魎は相手したことないからなー。分からないから心理学が通用するかなー。
そもそも魑魅魍魎って、幼い頃から感情コントロール方法を英才教育されてきたエリート達だもんね。
こんな小娘なんぞに簡単に心を読まれないだろう。
そうね…まずは顔色を読む事から始めようかな。
クラウディアがそんな事を考えていると、最初に拝謁する貴族の名が呼ばれ、入室を許可された。
皇帝であるシュヴァリエの横には、宰相のジオルド様が立ち、貴族に質問している。
ジオルド様は透明感さえ感じる薄い水色の髪に、アクアマリンの様な水色の輝く瞳をしていて、一見すると女性的にも感じる麗しい見目をしているが、宰相という職から想像出来るように、中身は腹黒ドSだという事がもう分かっている。
大国ヴァイデンライヒの宰相だけあって、とてもとても腹黒く、国に利の無い事には表情筋がほぼ死滅している。
戦に出立したシュヴァリエが不在中に何度か顔を合わせる機会があり、ジオルド様が微笑む時は、何か裏があるって事を学んだ。
皇女で無ければ、かかわり合いになりたくないタイプである。
最初にお目通りが叶った貴族が話す内容は、領地の農作物がこの数年に渡り不作続きで、今年度は特に酷く領民が困窮しているようだ。
何が原因なのか調査するも、全くの不明で、その間にも土地が痩せて来ている。
土地が痩せた原因が分からないので、土魔法に長けた方に見て貰いアドバイスが欲しいとの事。
他の貴族の領地でも似た様な事があるらしく、調査をしなければとの事だった。
(こういう話も書面ではなく直接報告に来たりするんだね。)
近々この貴族の領地と、他に数年不作だと見られる土地へも調査に行く事を決定した。
次から次へと貴族名があげられる。そして入退室を繰り返す。
主に領地に関する事や、新しく作ったその土地の特産品の献上だったりと、多岐に渡り、様々な話が聞けた。
いくつかある大きな商会の商人も何人か来た。
他国でも手広く商売をしている商人は、帝国にとっていい情報屋でもあるらしく、自国に居ては知り得ない他国の詳細な新鮮な情報を掴み、帝国に報告する商人達。
宰相の的確な質問は切れ味が鋭く、時折商人もタジタジになったりしている。
シュヴァリエもいくつか質問をし、頷いていた。
宰相がジャンルも問わず様々な質問をし、時に和ませて気を緩ませ、緩んだ所で冷たい声で脅して揺さぶる。
それに答える貴族や商人を、シュヴァリエがジッと観察しながら時折言葉を挟むという交渉術らしい。
シュヴァリエも何だかんだとまだ幼い。
戦では圧倒的でも、経験がものを言う交渉事に強いとは限らない。
宰相という交渉事に一番長ける先生の元、交渉したりされたりなどを実地経験で学んでる最中なのかもしれない。
情報のお礼にと、シュヴァリエは光沢のある珍しい布地を色違いで大量購入し、何点か宝石も購入していた。
「お前も何か欲しいものがあるなら言え。」と言われたけど、
どうみたって物凄い金額であろう品々を前に、庶民の金銭感覚の私は「いえ…また今度にします…お兄様」と断るだけで精一杯だ。
二十人程の貴族に会い話を訊いたりした所で、少し休憩が挟まれる。
いつもは四十人程こなしから休憩らしいのだが、今回は私の為に半分の人数で休憩を入れたみたいだ。
シュヴァリエの気遣いが嬉しい。
私の大好きな苺のスィーツをさりげなくお茶と一緒に出してくれるのも嬉しかった。
休憩を終えると、謁見が再開された。
30組ほどの謁見を終えた。
謁見に来た貴族や商人と会話をしていたのは、シュヴァリエと宰相であるジオルド様だったのにも関わらず、ぐったりしてしまう情けない私…
ずっと薄い微笑みを浮かべ続けたせいか顔の表情筋が強張っている。
シュヴァリエなんて疲れ知らずで涼しい顔しているし…
いつもはもっと多い人数をこなすらしいから、皇族って大変なんだなって思った。
貴族は自分の領地運営だけど、皇族は国を運営しなきゃいけないんだもんね。
豊かで贅沢な暮らしの替わりに、国を正しく運営して行く義務と責任がある。
日本という国で平和ボケしてた私には、乙女ゲームの世界の癖して血生臭い事も普通にあるこの世界が時々怖い。
何かを忘れている気がするのよね…大事な事。
何だったっけと頭を悩ませていると、頭に手をポンと置かれた。
「疲れただろう。今日は頑張ったな。」
シュヴァリエに労われて、嬉しくなる。
「お兄様はいつもこの様な事を頑張っているのですね。勉強になります。お兄様もお疲れ様でした。」
「ああ。もう慣れた事だ。」
クラウディアの頭を撫で、そっと髪を梳きながらシュヴァリエは思い出したように告げる。
「――そういえば一週間後、隣国のソニエール王国から使節団が我が国へと来る。挨拶くらいはする事になるだろう。
緊張せずとも、今日の様な態度で微笑んでおくだけでいい。」
「はい、お兄様。」
ソニエール王国……乙女ゲームの舞台である王国から使節団が来る。
緊張しないでいるのは無理!
もしかしたら、年の近い王子が来たりとかするのだろうか――
もし逢えるとしたら、ゲームでは見る事のなかった攻略対象者の姿をじっくりと見るとしよう。
クラウディアは心の中でアレコレ想像してニンマリとした。