第27話 女子会再び…?
前世よりも泣き虫になった私。
こんな時、見た目が5才児というのは、とっても気楽でいいと思う。
マナーの模範的な振る舞いが要求される皇女であっても、メソメソ泣いていたって「まだ幼いから仕方ない」が適用される。
これが前世での年齡での振る舞いであったら「皇女としての覚悟が足りない。皇帝が前線で戦っているというのに毎日泣き暮らしてばかり。毅然とされて貰わねば」とでも眉を顰められたお偉い方あたりに窘められるかもしれない。
それくらい、わあわあ煩く騒ぎ醜態を晒した自覚はある。
シュヴァリエに縋って泣き、シュヴァリエが戦へと旅立った後はアンナに縋って泣き……。
何という愚かで恥ずかしい修羅場劇場をやってしまったのであろうか。
その後、二日も寝室に篭もって出てこないという駄目皇女っぷり。
ご飯も飲み物も食欲が無い事を理由にほとんど摂れなかった私は、三日目になろうとした辺りで、心配し過ぎておかしくなったアンナがブチッと何かがキレたのか修羅顔でベッドでイモムシのようにシーツに包まった私を引きずり出した。
アンナにそのまま抱き上げられて椅子に座らされると、手ずからご飯を食べさせてくれたのだった。
食事を一口乗せて差し出されたスプーンをパクリと口に含んだ時、アンナが泣きそうな顔をしていたのを見て悲劇のヒロインぶってた私の目が覚めたのだった。
いやー、私、本当に駄目人間ですわ……。
大事な人達に何て顔させてんだと。
毎日心配させて気苦労をかけて、自己中過ぎだった。
アンナの目の下にとんでもない濃いクマが作られていて、寝れてないのが丸わかりであった。
シュヴァリエが戦争に行かざるを得なかったことは変えられないのに、行ってしまった後にもグスグズと。
未成年でも皇女でしょ、しっかりしなきゃ。
シュヴァリエと私しか皇族がいない現状では、私が皇帝が不在の間の留守番役なんだから。
体の幼さに精神が引っ張られたような気がしないでもないが、ここまで悲劇のヒロインぶれたのは、戦争が身近になかった日本人の私が命のやり取りがおこる場に身内が行くという現実において経験がなく、メンタル激弱だったという事だろう。
泣いて戦争が終わるのならいつまでも泣くが、泣き暮らした所で戦争は終わらない。当たり前だけど、その当たり前が分からずヒロインぶって嘆いてんだからお恥ずかしい。
いい加減メソメソするのは止める!
平和ボケしていた時代には戻れないし、今の私は血生臭い事が珍しくないココの世界の住人だ。
まして兄が命を張って戦ってるのだ。
留守を預かる皇女として、せめて周りに心配をかけないくらいに毅然としていないと。
――そう!戦争で消耗しているシュヴァリエを元気付ける妹になるのだ!
小さな胸の前で握り拳を作り、フン!と気合いを入れるクラウディアの姿を見ていたアンナは目尻を下げ嬉しそうに観察している。
「姫様、何かいい事でもありましたか?」
「うん! アンナにも皆にもとても心配かけちゃったけど、もう大丈夫だからね!」
アンナは「それはようございました。姫様に元気がないと月のない夜のように皆さん暗い顔でしたので。姫様が笑顔で過ごされていることが、お世話をしている私達の一番の喜びなのですからね?」と嬉しいことを言ってくれる。
「そうなんだ。ごめんね。悲しい気持ちだけで皆のこと考えてなかった。もう大丈夫だから」
「泣きたい時はアンナに仰ってくださいませ。姫様が泣ける場所をご用意致しますからね」
「うん……」
アンナがくれる言葉はいつだって私の心も守ってくれる。
転生して一番に得た特典って、もしかしたらアンナが傍にいてくれたことなのかも。
向けられる優しさに奢らず、大事にしないと。
皆のためにもしっかりしようと思うのだった。
――それから数日後、月の宮にある庭園にて。
競い合って芽吹き咲き誇った花々を愛でながら、クラウディアは皆とお茶を楽しんでいた。
クラウディアと一緒にテーブルを囲むのは三人娘とアンナ。
いつものメンバーだ。
テーブルには居ないけど、少しだけ離れた所に護衛が二人立っているので、警備もばっちりだ。
専属護衛の方達とクラウディアは殆ど会話していない。
それに、恋が始まりそうなキャッキャウフフもまだ観察していない。
悲劇のヒロインぶって泣き暮らすのに忙しくて。
これからは、元々楽しみにしていたイケメン観察とキャッキャウフフを目一杯観察するんだ!
自分の自宅の庭で護衛が二人も付いて常時警戒しているのは、私としてはひどく大袈裟に感じてしまうのだけれど、アンナが最低でも二人は絶対付けると言ってきかないので、受け入れて付けている。
視界に確認出来る所で警護しているのは二人だけど、あと数名ほど視界には映らず誰にも見られることのない所でも配置されて、守って貰ってくれているらしい。
大げさぁぁ!? と思うけれども、現在この国は戦争中であるし、泣き暮らしてばかりだった情けない皇女だけど……人質には利用されそうな皇族だしね。
まだ皇女としての実績も皆無だし、一桁年齢だから体に流れるこの血かヴァイデンライヒ帝国の皇女という身分くらいしか価値というものはないけれど、シュヴァリエを揺さぶる何かには利用出来る可能性がある。
この国が平時であったとしても、各国の間者くらいは潜んでるだろう。
情報は武器になるし世界情勢を見極めるためには大国の情報はとても大切だ。
それくらい帝国も把握していて出してもいい情報しかとれないようにはしてるだろうけどさ、私程度の情報ならいろいろ筒抜けそうなんだよね。
何食べたとか散歩したとか刺繍したとかくらいしか抜ける情報ないだろうから、全く価値はないけど。
ただ、この時間帯にはいつも何処にいるを把握されてしまうと、攫われる時の計画に書き込む情報としては悪くない。
だから警戒してるのかも? 私はいつも呑気に暮らしてたけど、周囲はいろいろ気を張ってくれていたのかもしれない。
王族専用エリアに間者を潜らせるのはかなり骨が折れるだろうから可能性としてはないだろう。
――無いとは思っているけど。
アンナがとても警戒してピリピリしてるから、黙っていう事を訊いている。
何か起こってしまってからでは護衛の意味がないから、さまざまなパターンの仮想敵を想定しての布陣を組んであるそうな。(アンナ談)
全ての行動の先の先のそのまた先くらいを読んで配置するらしい。
考案者はアンナらしいけど、アンナって私の世話役ですよね……?
荒っぽい事なんて一切知らない清らかな世界で生きてきた嫋やかな淑女の手本みたいな見た目でいながら過去に色々してたんですかね……。
何か知ると戻れないパンドラの箱な気がして、過去の話は一切聞けてない。
私に接する時は、今のアンナで居て下さいね……怖いので。
さーて、恋バナ報告でもしてもらいましょうかね!
ウッキウキしながら、4人を順番に見つめる。
「スザンヌ、モニカ、バーバラ、護衛の方達とは打ち解けたかしら?」
私が世も末のようにメソメソ泣き暮らしてる間――――
「姫様大丈夫かしら…」
不安そうな顔で憂うモニカ。
「姫様が元気になる様に私達で何が出来るか相談しないか」
護衛Aさん。
「ええ…そうですわね。」
思い悩んでばかりでは現状は変えられないと考え同意する。
「明日は非番だから、市井で流行ってるカフェでお茶でもしながら姫様のことを考えないか?」
積極的な護衛Aさん。ただカフェでお茶しながら私のこと考えるとか、ダシに使われてる感が強くてちょっと不謹慎な気がしないでもない。
「まぁ素敵! いい考えが浮かびそうですわね!」
モニカさん……?
――――的な流れを期待して問いかけた。
「ええ、皆さん熱心に職務を全うされて居ますので、有り難い事ですわ。」
私が訊きたいのは、護衛の方達と気易く打ち解けたかどうかの話なんだけど……真面目なモニカだし仕方ないか。
「姫様の専属護衛として責任と誇りを持ってらっしゃる姿勢は、尊い姫様を守護される護衛として申し分ないですわ。流石、陛下が選ばれた方達ですわね。」
いや騎士の査定の話ではないのだけれど。
ちなみに護衛ってアンナとカルヴィンさんが主導だった気がするけど。
過保護なシュヴァリエ参加してそう。そんな話を訊いた気がする。
スザンヌはまだ護衛騎士の方達にデートを申し込まれるほど打ち解けるには時期尚早なのかも。
「そ、そう……。素晴らしい護衛を付けて頂いて、私は幸せ者ね……。」
少し遠い目になってしまう。
最後は、一番何か有りそうだけど、キャッキャウフフとはちょっと毛色の違いそうなバーバラに聞こう。
「バーバラは、どう……?」
「はい。残念無念のひとことに尽きますわ。
カーティス様はあんな素敵な切れ長の瞳をしていらっしゃるのに、道端のゴミを見る様な目で睨まれるような方ではございませんでしたわ……。
アレでは、宝の持ち腐れですわね……。
とても穏やかな気質の方で、好青年の鏡のような紳士的な方ですわ。
非常に残念で仕方ありませんが、本人にその気がないのなら仕方ないですわね。
カーティス様がこうでしたら、一度しかお逢い出来ませんでしたがクライド様の方が素養がありそうでしたわ。」
……バーバラさん? 何の報告なんですか?
ドSの鬼畜系をご所望という事でしょうか。
ごめんなさい、私ドSは好物だけど鬼畜は遠慮します。
そして、私の護衛にはドSも鬼畜も必要ありませんので……。
「クライド様は規約上一度しか対面することが出来ませんものね。
護衛対象に姿は見せませんが、常に張り付き護衛されているのでご安心を。
再会するとすれば……想定外の事件が発生した非常事態になりますね。
それ以外の接触は規約上出来ないことになってますから」
アンナがやけに詳しく冷静に淡々と説明してくれた。
ん? いや、よく見ると若干イラッとしているな。
アンナと長い付き合いの私ならそれに気付く程度だけど、あちゃー……バーバラを見る目が凍てついた氷のように冷たいよ。
バーバラさん、今ですよ!
アンナが道端のゴミを見るように目でバーバラさんを見てますよ!
バーバラさんは鈍感なのか気付いていなかった。
「……バーバラのはいいわ。アンナはどう?打ち解けた?」
アンナって恋バナとかフワフワした世界とは、一番遠い位置に居たいタイプっぽいよねー……。
「そうですね。まだ圧倒的に経験値が足りない気が致します。
本来であればあのような未熟な者たちは姫様の護衛には付けられませんね。
数名は手練れがいますが、残りに不安しかありません。
徹底的に教育し経験をたっぷり積ませた完成された護衛の方に変えたいところですが、近衛騎士選出までの基準の高さを考えますと、元から絶対数が少ないのは否めませんし……。ワガママは言えませんね。
遺憾ではありますが、配属された未熟な近衛騎士を徹底的に鍛えに鍛え、姫様の最強の護衛として完成させなければならないと考えております。
私が足腰がおかしくなるくらい徹底的に直々に鍛錬させてもいいのですが、私には姫様を1番近くで護るという、最重要任務がございますので。
副団長のカルヴィン様には頑張って貰わねばなりませんね。」
「……………」
――アンナがわからない。
アンナは、一体どこを目指しているの……?
めちゃくちゃ戦闘能力の高い近衛騎士に訓練付けれる程アンナは強いんだ……。
アンナさん、私の世話役なんか辞めて現場復帰した方が、帝国に貢献出来るんじゃないですかね……。
「姫様の1番近くの任務を賜り、私の毎日はとても充実しております。
この素晴らしく尊い任務を誰にも譲る気はありません。」
今の発言に突っ込み所はあるし、色々と疑問は沸いているが、アンナの過去はパンドラの箱でしかないので、そこには触れないで置こうと思ったクラウディアだった。
「……ア、アンナは熱心ね。」
というだけ精一杯だった。
「じゃあ、他に無ければお兄様が凱旋して来た時のおもてなしを考えましょうか。」
「そういえば、今回の戦地には聖女様が同行したそうですわね。」
――聖女?それは、良くラノベとかに出てくる癒やしの魔法使えるとかそういう方かな?
でも、この世界の癒やしの魔法って適正さえあれば誰だって使えるし、適正している人もそこそこの人数いるから大して珍しくない。
わざわざ聖女って呼ぶくらいだから、特別な存在なのかもしれない。
どんな事をする職業の人だろう?
「ええ、枢機卿のご息女“ヴィヴィアーナ・アンブロジーン”様ですわね。
陛下がすげなく断ったにも関わらず、あの手この手で縋り付いて枢機卿自らが手を回してまで無理矢理同行を願い出たとか。
陛下は「戦地に赴くというのに強行したのはそちらだ。私の意思を無視するのであれば、それ相応の覚悟を持ってのことだろう。身の保証などしないと覚悟せよ。それで構わないなら勝手にするがいい。」と突き放して仰ったらしいですわ。」
――えぇぇ……。
皇帝がキッパリ断ってるのにそれを無視して強行突破とか出来るの? 出来たから参加したんだろうけど、物凄い根性だわ……。
「戴冠式で陛下の王笏を運ぶ役を任されてから、付き纏っているとお聞きしました。枢機卿のご息女だなんて厄介な方に気に入られましたね、陛下も。」
――えっ、あの可憐で清楚な雰囲気のあの子? これは見た目詐欺だね!
そんな肉食系な女子だと見た目だけでは分からなかったわぁ。
シュヴァリエ気に入られちゃったんだ……ふぅん。
周りでなされている会話を聞きつつ、フィナンシェに似た焼き菓子をもくもくと食べる。
口にいれるとバターの香りがフワッと鼻を抜けた。何とも食欲をそそる香ばしい香りだ。前世でも大好物だったけど、こっちの世界でも食べれて嬉しい。
喉を潤す為にカモミールティーをこくこくと飲んだ。
食べる姿も飲む姿もアンナの厳しいチェックがきっと入っているだろうから、出来るだけ優雅に静かに。
「どんなに陛下に執着しても枢機卿のご息女は皇妃には成れないでしょうね。
陛下と縁付いてしまえば国と教会をわざわざ乖離させている意味がなくなりますもの。
帝国内に居を構えながら自治権が許され、聖騎士団まで有しているんですのよ。
これ以上に力を持つような事は許されるべきではありませんから。
どんな手を使おうとも反対多数の貴族の突き上げにあって繋がる事など出来ませんでしょうね。民も勿論反対するでしょうし、婚姻など結べる訳がありません。」
「「「そうですわね。」」」
アンナが酷く辛口で厳しく断言した。
それに三人娘が当然の事だというように同意している。
あの可憐な見た目の肉食女子は、どんなにシュヴァリエの隣を望もうとも絶対に婚姻することが出来ないのね。
周囲の反対を押し切るにはシュヴァリエが皇位継承権を放棄して婿になるくらいしかなさそうだけど。
既に皇帝だし絶対無理だろう。
シュヴァリエが皇子だったなら臣下に下ることで、皇族としての身分も捨てればいけるのかなー。いや皇帝だから考えるのも無駄だけどさ。
皇帝が皇子に下ることはないうえに、シュヴァリエは瞳持ちの正統な血筋の皇帝だ。絶対無理な話を妄想しても仕方ないか。
「姫様、陛下のおもてなしの件について、お話しましょうか。」
脱線しまくりの会話を、アンナが元に戻す。
皆、脱線したのを分かってるので、素直におもてなしの話へと移った。
シュヴァリエってまだ十歳だから想像出来てなかったけどさ、この世界って王族も貴族もそのくらいの年齢から続々と婚約者が決まるらしいのよね。
ってことは、シュヴァリエは今が適齢期ってことかな。
アンナが言ってたことあったけど、皇族は一桁の年齢から婚約が決まった例もあったらしいから……。
まさか私の婚約者とか秘密裏に選定されてたりしないよね!?
シュヴァリエの婚約者は、私に意地悪しない素敵なお姉さまだったらいいな……。
アンナみたいに優しい人だったら、子犬のようにキャンキャン鳴いて懐く自信あります!!
シュヴァリエの妹の私がライバルには成りえないし、皇女の身分があるから虐めてこないとは思いたいけど、重たいシスコンがちょっとでも軽減されないと、シュヴァリエの私への態度から嫉妬とかされそう。
シュヴァリエの婚約とか結婚とかまだ現実味のない話を考えたせいか、心がもやもやっとする。
何かムカムカするな……。
ムカムカするので、つい脱線しがちで進まないおもてなしの案に集中することにした。




