第24話 閑話 シュヴァリエの誕生日 Ⅱ
翌日の午後、シュヴァリエの執務の合間の休憩時間に、シュヴァリエとクラウディアはお茶を共にしていた。
美味しそうな赤い苺が乗った、生クリームたっぷりのケーキを目の前にしてクラウディアは真剣に悩む。
――――先に苺を食べるべきか、最後まで楽しみに残すべきか…
「どうした?食べないのか?1番好きなケーキだろう。」
うんうんと唸り悩むクラウディアを見兼ねて、シュヴァリエが食べるように促す。
「先に苺を食べるか、最後まで残して食べるか…で、迷い悩んでるのです。お兄様」
その可愛い悩みにシュヴァリエは吹き出した。
「何だその可愛い悩みは。
…そうだな、今のケーキは苺から先に食べて、2個目のケーキで最後まで残したらどうだ?」
――身も蓋もないアドバイスだった。
一瞬でも「いい考えが!?」と期待した分、なんとなく損した気にすらなる。
もはやシスコンっぷりを隠しもしないシュヴァリエは、クラウディアに何処までも甘い対応をするのはいつもの事。
お付きの者達も見慣れた光景になりつつある。
しかし、そこでたった1人シュヴァリエの甘さに頭を痛め、半目になる者がいる。
クラウディアの世話係のアンナである。
クラウディアを絶世の美女にする使命に燃える者として、甘い物の取りすぎはどうかと思うアンナは、明日のおやつの量を減らす事を決める。
クラウディアは背筋が小さくゾクリとした事に気付いてアンナをチラと見た。
――――アンナが良くない事を決定した気がするわ…。
「それはいい考えね!」と言う前にアンナの視線がギラリとした気がしたのだった。
「お兄様、甘い物の摂りすぎはよくないのです…。
非常に有り難いご提案を頂いた所ですが、今回は『先に苺を食べる』事に致します。
次回、このケーキを食べる時は、苺を最後に残してみます。
そして、どちらが美味しかったか検証します。」
シュヴァリエはふうんと頷き、
「では俺のを食べるか…?」
と、フォークに苺を刺して、クラウディアの口元に持ってきた。
――――えっ!
(いやいやいや、それは………)
途端に挙動不審になるクラウディア。
「ほら、口を開けろ。」
唇をツンツンと苺で突付くシュヴァリエ。
己の顔が熱を持ち、ジワジワと真っ赤になっていくのが分かる。
シュヴァリエには羞恥心というものがないかもしれないが、私にはある!
「クラウディア、お前も苺みたいだぞ。…ほら、口に入れてやるから。食べないのか?」
ニコニコ笑いながら赤い顔をしたクラウディアをからかいつつ、どうあっても苺を食べさせる気なシュヴァリエ。
――――前も思ったけど…この人、シュヴァリエ・ヴァイデンライヒですよね…
冷酷無慈悲で恐れられた、血濡れの皇帝。
気に食わない者は簡単に切り捨てる人というゲーム内設定はどうしたんだ一体。
その片鱗すらなく、ただひたすら甘く優しい兄だ。
目の前には、私の唇を苺でノックし眩いばかりの笑顔の美少年。
稀少な瞳はキラキラと輝いて、クラウディアは魅了されたかのように見つめる。
超絶イケメンに苺…イケメンで…苺…いち……
あー! やめやめ!
沸騰した頭を軽くフルフルと振り、自分の苺にフォークを刺す。
「お兄様、お口を開けて下さいませ。今日はお兄様の誕生日です。苺、お兄様もお好きですよね?どうぞ。」
シュヴァリエへの口に苺を差し出し、開けるように左右に小さく振る。
「え……? 何で知って…。」
キョトンとした顔になったシュヴァリエがポツリと言葉を発した隙に、グイッと唇に苺を押し付けると、そのままパクリと食べてくれた。
「知ってます、お兄様の好きな物。私だってお兄様の事知りたいのですから。」
――――よし!食べたね!
「さ、お兄様のフォークこちらへ。」
と手をのばしたのを、フイっと上に躱された。
「クラウディア、口を開けろ。お兄様が食べさせてあげような。」
ニヤリと笑ってクラウディアの唇に苺を押し当てた。
パパラチアサファイアの瞳は、先程よりも輝きを増して眩しい程に輝いている。
(めちゃめちゃ楽しそうだね、シュヴァリエさん…)
観念してギュッと目を閉じ、差し出された苺をパクリと食べた。
途端に柔らかな果肉と甘酸っぱい味が口に広がる。
美味しい!
頬を染め、シュヴァリエを見る。
「お兄様、苺、とっても、美味しいです!」
美味しいものはやっぱり正義!照れとか一発で吹っ飛んだわ。
「………」
反応が無いシュヴァリエを見つめ首を傾げる。
(なんか固まっちゃった…?)
そのまま見つめ続けていると、シュヴァリエの白い頬が内側から、ジワリジワリと朱に染まる。
「……あ、ああ、美味しいな。苺…」
少し挙動不審になっていくシュヴァリエ。
「あ!お兄様、これ!」
突然クラウディアが大きな声を出し、シュヴァリエに手渡した。
それは昨日頑張って、誕生日プレゼントにと刺繍を施したハンカチだ。
「なんだ……?」
渡された物に目を向け、ハッとした様に凝視した。
白地の布に銀糸で縁取られたハンカチ、そこに銀糸でイニシャルが施してある。
それはシュヴァリエのイニシャルだ。
そして、そのイニシャルの横には…小さな紫色のスミレの花。
シュヴァリエは頬だけでなく顔全体を真っ赤にした。
「こ、これを俺に…?」
クラウディアに問いかける。
「勿論です。お兄様の為に私が刺繍を施しました。」
「えっ…凄いなクラウディア。見事な刺繍だ。」
5才のクラウディアが施したとは、にわかには信じられない程に綺麗な刺繍だ。
スミレの花の刺繍を親指でなぞりながら、ハンカチを持ってない方の手でシュヴァリエは左胸を押さえた。
「………有難う、クラウディア、大事にする。」
目を細め泣きそうな顔で、シュヴァリエは微笑んだのだった。
泣きそうな程喜んで貰えた事にクラウディアは大満足。
「また何か刺繍を施して欲しいものがありましたら、仰ってくださいね。」
と、気楽な気持ちで話すのだった。
それを聞いたシュヴァリエから、
翌日以降、刺繍を施して欲しい物が、続々と持ち込まれるとも思わずに。




