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第23話 閑話 シュヴァリエの誕生日 Ⅰ

 アンナが持って来てくれた高級感漂う布は、正方形の純白の生地に銀糸で縁取りをしているハンカチだった。


 このハンカチなら、銀糸でイニシャルを刺繍するだけで、シュヴァリエにあげる為のハンカチっぽくなるよね?



 早速アンナにシュヴァリエのイニシャルを紙に書いて貰った。


 紙に描かれた“S.∨”のイニシャル…これって英文字なんだよね。

 私の前世に存在する英語圏で使用される文字な訳で。


 この世界で生きた時間と記憶が戻ってからの時間も、前世で過ごした時間より全然少ない。

 それなのに、とても懐かしく感じて紙の上の文字を指でなぞる。


 アンナから高級ハンカチを受け取り、銀糸と針を手に取った。

 慣れた手付きで針に糸を通し玉止めをすると、刺繍枠を布にはめてチクチクと縫い出す。


 文字わかんなーいでアンナに紙にイニシャルを記入して貰ったクラウディア。

 刺繍を今まで一度もしたことはない筈で。

 アンナは勿論練習用の布も用意して、刺繍を教えるつもりでいた。

 幼いクラウディアの刺繍だ、最終的には文字の判別出来ないレベルでも問題なかった。

 皇子も完成度より気持ちを汲み、とても喜ぶ事は分かっていたから。



 目の前の光景は、刺繍に慣れた人間の手付きなのだ。

 慣れた手付きに見合って、とても綺麗に施されていくイニシャル。


 誰かが刺繍をする姿を見て、見様見真似で…?と考え、それはないと心の内で否定した。

 目で見て盗んだ技術にしては完成され過ぎていた。


 ――――姫様…?


 大人びた口調や落ち着き…

 色々な事が頭に浮かぶ…が、アンナはそれ以上の詮索する思考をやめた。


 ――――姫様は、何かあれば必ず私に相談をしてくれる。

 産まれたあの瞬間から、私の命よりも大切に慈しんできた姫様。

 詮索など必要ない。意味もない。

 私は姫様が助けを求めて手を伸ばした時、必ずお側に居ればいいのだから。


 アンナはまた穏やかな目付きになり、刺繍に夢中になるクラウディアを見守った。




 そんなアンナの空より高く海より深い慈愛を知らず、物思いに耽るクラウディア。




 此処は異世界なんだろうけど、未だ信じられないけれどゲームの世界だから…

 普通に文字に英文字が使用されている。

 もっと言うなら平仮名もカタカナも漢字もある。

 ゲームを作成販売した会社が日本なので、日本で使われていた文字が主体なのだ。


 ゲーム脚本がよくあるご都合世界観だったので、それがそのまま反映されている。

 王国・王子様・貴族階級などが出てくるから、洋食中心かと思えば、日本人に嬉しい事に和食もある!


 隣国にいるだろうヒロインの攻略対象者への差し入れに和菓子とかもあった。

 学院の学食メニューにはカレーもオムライスも焼き魚もあったし。


 プレイしてる時は世界観度外視に出てくる日本感溢れる内容の数々に、

「最初から日本を舞台にすれば良かったのでは?」とプレイしつつ思った事もあったけど…


 転生した今は開発に携わった人達に心からのお礼を言いたい!


 ――――が、帝国はそこまで充実してないのよね…


 文字は王国と大差なく日本の文化を感じる。

 でも食文化は…辛うじてお米があるくらいではないだろうか。

 醤油・味噌などは無い!と思う。

 今まで出された料理の味付けに出て来たことがない。


 今はシュヴァリエの即位やら断罪劇等で貴族が粛清されて、色々と帝国内が騒がしい。

 この騒がしさが落ち着いたら、色々探してみよう。

 三人娘のキャッキャウフフ話の他にまた楽しみが出来た。



 チクチクチクチク....



 ――――よし、出来たぁー!


 我ながら綺麗な出来栄え!

 イニシャルの横に施したのは私だっていうシルシを残したくて、こっそり紫のスミレの花を小さく刺繍した。


 銀と紫。

 銀だけならシュヴァリエにもクラウディアにもある色。

 そこに紫を足す事でクラウディアになる事を本人は分かってない。

“これは私です”と常に持ちやすいハンカチに自分の色を刺繍をして渡すのは、この国では…


 ――――恋する令嬢が、想い人にプレゼントする物だということを。

 私をいつもお側に。の願いを込めて。


 勿論アンナは知っている。

 知っているが、敢えて黙っている。


 ニコニコと微笑みながら「とてもお上手です、姫様。」と声をかけたくらいだ。

 アンナにも褒められて大満足のクラウディア。

「有難うアンナ!明日アンナのも作っていい?」と無邪気に甘えた。


 アンナも頬を染めながら「勿論です、明日布をまた準備してきます。」と答えた。




「アンナ!今日はお兄様と夕食は共に出来るのかしら?」

「いつもの通りにそう伺っておりますよ、姫様。」


「でも明日が誕生日だもんね。今日渡すのはダメだなー、明日の予定を聞いてからにしようっと!」


 瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑顔で楽しそうにクラウディアは話した。






 夕食の後に移動した別室でシュヴァリエとお茶を共にする。


「お兄様、明日のご予定はどうなっていますか?」



 優雅な仕草でソーサーからカップを持ち上げ、口に運ぶシュヴァリエを見つめ返答を待つ。


 チラリと隣に座るクラウディアを見返し、テーブルにカップを置いた。


「明日は本来であれば、俺の生誕祭になるが今年は開催しないから、通常通りになる。

 どうした?ケーキでも欲しかったのか?」


 そう言って笑いながらくしゃくしゃと頭を撫でられた。


「お兄様、髪が乱れます!あ、ケーキは欲しいのでお願いします。」


 と、ちゃっかりお願いする。


「わかった。クラウディアが好きなケーキを用意しよう。」


 乱れた髪を手際良く直してくれるシュヴァリエ。


 ――――攻略対象者ってチートキャラなのかな…何でも出来すぎじゃない?


 直して貰うのをジッとしながら待ちつつ、シュヴァリエを伺う。

 視線が合うとフッと微笑ってクラウディアの前髪を指先で直してくれた。



「ケーキ、お兄様が執務の合間に休憩を取られる時にでもご一緒に食べませんか?」


 ――――攻略対象者だから仕草や態度がいちいち甘いんだろうか、さすが溺愛ゲーだ…

 兄だというのにドキドキが止まらない。


「ああ…ああ、勿論、一緒に食べよう。」


 シュヴァリエは一瞬目を丸くした後、とても嬉しそうに屈託なく笑った。


 クラウディアはその笑顔と笑い声を間近で見て、頬を染めはにかんだ。


 ――――ああ、このゲームに推しとか居なかったけど…今ならシュヴァリエを推せる。

 ゲームのあの冷たくて何考えてるか分からないシュヴァリエではなく、

 今のこの屈託なく笑うシュヴァリエなら、友達と一緒にキャーキャー言えると思う。


 皇帝になるのだから、周りに感情に左右されない面を見せる事は大事だけど…

 妹の、家族である自分の前でなら、こんな風に笑っていて欲しいなと思うのだった。


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