第22話 閑話 護衛騎士達との顔合わせ。
幼女姫クラウディア、只今、己の執務室、暇を持て余し中。
月ノ宮を案内された時に、扉だけ開けて貰って、ここが執務室ですと中を軽く見させられただけで室内にちゃんと入るのは初めて。
全体的にクリーム色? っていうのかな、真っ白より少し黄色があるベージュ色系統で統一されてる部屋だと思う。白もそこかしこにアクセントとして使われてるけど。私を表す色はどの部屋も余り使用されてないよね。
銀色なんてキラキラしいから駄目だし、私の瞳の色使うとムーディになるしで、どの色も使われないのかしら。
小物や髪飾りには紫を使用されてるから、実は前世から紫色好きだった私は文句はないのだけど。
執務室でドンっと存在感を放つ、クラウディア専用の優美な曲線を描く女の子らしい執務机と椅子を眺める。
執務机ってもっと四角くてガッシリした木製の机で色味は重厚感を持たす為に暗い茶色だったりをイメージしてたけど、いい意味で違うみたい。
つつーっと幼い指で机の角にしては丸みのある曲線を撫で、しっかりと艶出しをかけられた執務机を撫でまわす。
この艶々とした木の感触がたまらないのよね。
アンナが居なかったら、艶出しワックスの匂いをクンクンしたいくらい。
居るからしないけど、多分? 怒られるし。
撫でまわすにつれアンナの視線が突き刺さってくる気がしたので、とりあえずクラウディアは自分専用の椅子に座った。
「この執務室の家具って、元々月の宮専用家具? 女性的だし、想像していた物よりも美しくて、ところどころの装飾が可愛いね。
ほら、引出しの取っ手部分がね、花のような形でね――」
「いえ、こちらは―――シュヴァリエ様が全て選ばれました。」
えっ!? シュヴァリエが!?
女子が喜びそうな机や椅子を選んでくれたんだ…意外過ぎ。
「……そう。お兄様忙しいのにマメですよね…嬉しいけど、想像すると複雑。」
至れり尽くせりなタイプには見えないっていうか…
ゲームのイメージに全くそぐわないというか。
そこまで考えてふと気づく。
シュヴァリエは、もしかしたら自分が私の年齢くらいの頃に、親にして欲しかった事を、私にしてたりするのかも?と。
私が口にするからと、献立や毒味役の選定などを含む食事全般の管理だって、こうやって私の身の回りのドレスから下着…(そこは勘弁してほしい)から、何もかもを忙しいのに行商や仕立て屋と話をしたり、視察の際にも選んで買ってくれてるし。
今度は机や椅子なども選んでくれてるのが分かったしさ。
兄として当然というにはやり過ぎな訳で。
どうみたって親とかじゃない?
この世界なら、まして帝国の姫なら、お付きのメイドや女官が主人の趣味に沿ったの選び、了承を得て納品してると思うんだけど。
全部シュヴァリエらしいんだよね。アンナの話だと。
恐らくアンナづてに情報仕入れてそうだけど、私の好みそうな物をわざわざ選んで用意してくれてる。
出来た兄やーー。だけで済まないくらいの献身ぶりだと思う。
兄として大切にしてくれてるにしては、甲斐甲斐しすぎるし、
痒い所に手が届くというか…とても細やかな気遣いが多いし。
十歳そこらの子供が、ここまで気を遣えるのって…変じゃない?
だから、失った部分を埋めてるのかなと思った。
あの頃の寂しい自分がして欲しかった事をしてるから細やかなんじゃないのかと。
そして、あの頃の自分が欲しかった親からの気遣いや愛情を私に与える事で、過去の自分がこっそり慰められてたりとかするのかもしれない。
シュヴァリエと王と王妃の親子関係はどんなだったのか、アンナが語らないから、全く知らない。
魔力量で虚弱だったシュヴァリエを厭って遠ざけたという話は訊いたけど。
もっと色々あったのかもしれない。
全ては、私の頭の中の想像の範囲内の話。
けれど、王と王妃を断罪して処刑する事になった中心に居たのはシュヴァリエだった。
9歳の男の子が、両親を処刑する事を決意するなんて異常だと思う。
シュヴァリエを愛してくれる両親だったら、そもそもあんな愚帝と愚妃にはなっておらず、粛清などされなかったんだろうし。
シュヴァリエが望んだ愛も与えられず、存在を厭われ無視される日々は、とても寂しいものだったと想像するのは容易い。
私は半分だけ血の繋がった妹だけど、そんな妹を構う事でシュヴァリエが慰められてくれてるといいな。
――――あ、そういえばシュヴァリエの誕生日、明日だわ。
今年は血生臭い事があったから、何もしないと言ってたけど…
プレゼントくらいならしたいと思った。
いつもこれだけ尊重して貰っている。
少しでもお返しがしたい。
ヴァイデンライヒ帝国の皇子だもの高価な物なんて腐る程持ってるだろう。
そういう高価な物じゃなくて、安っぽくても心が籠もってると一目で分かるもので、胸がポカポカする様な物がいいな。
フム……と顎に手を当て考えるポーズを取るクラウディア。
そうなると、やっぱり手作りとかかなー。
皇子に手作りとか、普通なら微妙だけど、家族愛に飢えたシュヴァリエなら喜んでくれるだろう。
…たぶん。
不評だったら来年は、私が買える範囲の高価な物を送ろう。
ハンカチに刺繍とか一般的なんじゃないかなとは思ったけど、アンナがダメっていうだろうし。
アンナは何でも駄目駄目いうから……シュヴァリエと張り合える過保護っぷりだもん。
でも、すぐ出来て心が籠もってる様に感じる代物って、王道はハンドメイドだよね?
うーむ…。
やっぱり刺繍が私が思うイメージにピッタリだ。
気持ちも篭もるし安価だし、私だけのオリジナルだし。
…大掛かりじゃなくていいから、名前の頭文字だけとか…させてくれないかな。
後でお願いしてみよう。ズルイけど最終手段は泣き落とし付きで…
よし、そうと分かればサクサクと顔合わせを終わらせて、
アンナに縋り付いて泣き落として、ササッと始めよう。
皇帝であるシュヴァリエに刺繍した物を渡すのだから、素材だけは高価で上質な布にしたい。
アンナから許可貰えたら、高価な布を入手して貰おう。
執務机は素敵だけど、私には仕事がないので机の上には何も置かれていない。
―――暇よね…本当に…。
「アンナ、後でお話したいことがあるのだけど、いい?」
「承知しましたわ。姫様。」
アンナが頭に???を浮かべてたまま頷く。
――――コンコン。
その時、ノックが鳴り、扉前に居たアンナが問いかけた。
護衛騎士の方達だったらしく、アンナが扉を開いた。
ノックが鳴ったという事は、シュヴァリエではないね。と思いながら、扉が開くのを見ていた。
凛々しい美丈夫といった感じのカルヴィンさんが扉前に立っている。
そのままカルヴィンさんが一礼をして一番先に入室し、その後に他の騎士達が一礼しながらぞろぞろと続く。
皆礼儀正しく「失礼致します」と一声発しながら入って来た。
入る騎士の全身を素早く確認して、ふむ、ゴリマッチョは居ないな…と思う。
近衛騎士団に見学に行った時も、対戦を見させて貰った時にも、ゴリマッチョは目視では確認出来てなかったけど、なんとなく探してしまった。
猪突猛進が良く似合いそうな筋肉だるまみたいなゴリマッチョは、よわっちろいチビの5才児のお守りより、皇帝シュヴァリエの護衛が似合う。
瞳持ちで尊く、美貌の皇帝になるシュヴァリエをあらゆる誘惑と敵対心から守るのが、ゴリマッチョの崇高な役割なのだ。
いや、ゴリマッチョは居ないけどね?
妄想の中のゴリマッチョはシュヴァリエの側でこそ、躍動する筋肉の使い道がありそうなので。
シュヴァリエの天使と見紛う神々しい美貌の隣にむさくるしいゴリマッチョ、めちゃくちゃ引き立ててくれそうじゃない、シュヴァリエを。
男性にも狙われてそうだから、そこはゴリマッチョの威圧で…
「コホン、姫様っ」
アンナの大きな呼びかけで、脳内がゴリマッチョだらけから現実へと戻る。
あ、あぶなー、妄想が捻ってたわ。
「近衛騎士団副団長カルヴィン・エックハルトと申します。
本日は、姫様付きの護衛を私を含め10名紹介に上がりました。
今からそれぞれの名を告げ、騎士の誓いを立てたいと存じますが、宜しいですか?」
カルヴィンさんも私付きの護衛になったんだね。
副団長という素晴らしい肩書を持ってる上、私の護衛の責任者だなんて…激務過ぎる。それでなくても副団長職員は忙しいよね?いいのかしら。
護衛とか付いて業務滞らないの?
そもそも、副団長を務めるような、そんな凄い人の護衛に私なんかでいのだろうか…
カルヴィンさんは細マッチョで素敵ワイルドイケメンだけども。
眼福だけども。
ちょっと恐縮してしまいながら、是と頷いた。
アンナが「姫様こちらへ。」と護衛騎士の方達がズラリと並ぶところへ連れて行かれる。
チビの私には皆巨人の様です……
首を精一杯後ろへ倒しながら、背の高い騎士達を見上げる。
それからチラリと無言のカルヴィンさんを見た。
私の視線を受け止めたカルヴィンさんは頷き、
「有難うございます。では――――左から、姫様に名を告げよ。」
カルヴィンさんの良く通る声で促され、一番左の人がハッ!と返事をする。
(あれ…?この人、セクシー腹筋チラ見せイケメンの人じゃないの!?)
バッとアンナを見ると、アンナがいい笑顔で頷いた。
「この度、近衛騎士団から配属されました“エリアス・ラシュレー”と申します。
姫様の護衛の任につかせて戴く事になりました。
姫様とヴァイデンライヒ帝国に忠誠を誓います。」
そう言うとエリアスさんが跪き、帯剣していた剣を引き抜いて両手で私に渡す。
――――えーっとこうだっけ…
剣に指先でちょんと触れ、エリアスさんの肩に触れる。
そしてエリアスさんの額に…キスを…キ、キスを……っ!
「……。」
あわわわわ、無理無理!羞恥に悶える。脳内は右へ左へと大騒ぎだ。
あ、そもそも届かないや、背伸びしても少し足りない。
跪いたエリアスさんの方が立ってる私よりちょっと高い。
それに気付いたエリアスさんが頭を低くする。
――――やっぱりしなきゃダメですよねー…悶絶死しそう。
忠誠に祝福のキスだなんて誰が考えたんだ。
ただの羞恥プレイではないですか…
ギクシャクとしながら背を伸ばし、激しく鳴る胸を片手でギュッと抑える。
それでも勝手に赤くなる頬を感じながら、全身をプルプル震えさせて、エリアスの額にそっと触れるだけのキスをする。
焼けたアスファルトを裸足で歩いて熱さに飛び跳ねる猫のように、大きく飛び跳ねズサササッと後ずさりしてエリアスと距離を取ったクラウディア。
エリアスは可愛い小動物を愛でる様に目を細め微笑む。
え、かわっ…エリアスさん可愛い笑顔。
見惚れてる場合じゃなかった。
―――これ、このやり取り、後何人にするのおおおおぉぉぅぅ
胸中で絶叫しながら、イケメンは触れるでは無く見つめるだけが一番だと痛感した。
バーミリオンレッドの髪色のオーガスト・イエーリス。
パワータイプの様で引き締まった身体でスピードはあるが、体格差のある相手にも押し負けてなかった。
チャコールグレイのサラサラした髪に冷たい切れ長の目が印象的なカーティス・マイヤー。
俊敏性に長けて手数で勝負するタイプ。
三人娘のバーバラがやけに食いついていた騎士だ。
プルシャンブルーの髪色の騎士、アロイス・フィヨン。
エリアスに勝負で負けた相手だったはず。
真面目で型通りの戦い方の為、変則的なタイプには弱い。
しかし、職務には忠実で忠誠心も高いのでそこが見込まれた。
ミントグリーンの髪色の、カミル・セリュリエ、中性的な美少年タイプ。
この中で一番年若い。真っ直ぐな髪を肩で切り揃えている。
クラウディアが幼いので若い少年が選ばれたと思われがちだが、
剣も魔法も上手く使いこなす万能型で、伸びしろがある事を見込まれた。
ターコイズグリーンの髪色のクライド・イステル。穏やかな印象を与える見た目とは真逆の鬼畜タイプ。
徹底的に叩く事をモットーとしている。
サフランイエローの髪をポニーテールにしている明るい印象を与える騎士、イェルク・ガリマール。
爽やかで好青年な美形イケメンに見えるのは見た目だけ。
敵認定すると容赦の無さは冷酷非道で、時々やり過ぎない様に注意を受ける。
クライドとイェルクは共に、暗部にも所属しており、いつもは私の影として護衛をするようだ。
今回は、顔見せの為に現れただけで、通常は接触は緊急時以外はしないとのこと。
イェルクは終始人懐っこい笑顔だったので、暗部に所属してると聞いた時はびっくりした。
暗部って影は勿論だけど、暗い部分を担う組織だよね?暗殺業とか破壊工作みたいな…
光が強ければそれだけ闇も強い的な奴?イェルクは怒らせない様にしよう。
カーマインレッドの燃える様な赤い髪色を持つ、ランベルト・コルトー。
10組目の大トリを務めた騎士の1人で、実力は近衛騎士団の中でも折り紙付き。
通常時によく同伴させるのはこのランベルトと、もう1人の10組目の騎士になる。
エメラルドグリーンの髪色を持つ、ウルリヒ・クラルティ。10組目の大トリの1人。
剣を交えて戦うというより、参謀タイプ。
計算しつくした戦い方で相手を翻弄させるのが得意。
いざっていう時に、次にピンチを打開出来るかを瞬時に判断し的確なアドバイスが出来る。
困った時のウルリヒといった風である。
「――――以上9名。そして最後に、近衛騎士団副団長カルヴィン・エックハルトと申します。
姫様付き護衛騎士として選ばれた事、大変光栄に思っています。
私は副団長も兼任している為、常にお側に居られる事は少ないですが、騎士10名で全力で守ります。
姫様と、ヴァイデンライヒ帝国に忠誠を誓います。」
カルヴィンさんのクロムイエローの髪がキラキラしていた。
捧げられた剣に触れ、カルヴィンさんの額にそっとキスをする。
精神に作用された身体はぐったりなのに、思考は冴え渡っている。
「皆さんの忠誠に有り難くお受けします。その忠誠に恥じぬ皇女となる様努めます。これから宜しくお願いします。」
アンナに仕込まれた台詞を5才児のお澄まし顔で述べた。
――――アンナに事前に注意を受けていた。
「時々仰られる、お巫山戯はダメですよ。姫様が幼いので略式になった忠誠の儀とはいえ、とても大事な場ですからね。」
「騎士の忠誠とは、貴方に命を預けると言ってるのと同義なのです。姫様の御身の為に、身命を賭して守り抜き戦いますと誓う儀なのですから。」
怖いくらい目が真剣だったアンナ…
――――あれは巫山戯てたのではなく、5才児としてあるべき姿と思ってたんだけどな…
実際、クラウディアは私の記憶が戻るまでは、あんな話し方だったよね…?
今の私で記憶が上書きでもされてるのかしら。
そして、覚えたての拙いカーテシーを騎士達に披露し、締めくくった。
正直、もうイケメンお腹いっぱいのクラウディアである。
しっかりと終えた私を見て、アンナが聖母の微笑みで喜んでくれたのでホッとした。
頑張ったご褒美?に、シュヴァリエの誕生日プレゼントの刺繍の件は、拍子抜けする程すんなりとオッケーが出た。
縋り付きも泣き落としも必要なかった。
これは素直に嬉しい!
とっても素敵な布地をアンナが用意してくれるとの事、頑張ってチクチクするぞー!