第21話 戴冠式 Ⅱ
今まで正面を向いて居た貴族の視線が引きつけられる様に背後に向けられた。
冷酷無慈悲の悪魔、血塗れの皇帝などと呼ばれていたゲームのシュヴァリエ。
そのイメージで行くと漆黒が似合いそうな気がするけれど……
その布地はまっさらな純白一色で作られていた。
――――な、なにアレ…天使感が増してる…。
高めの詰襟にヴァイデンライヒ皇国の紋章の装飾が施された金釦
両肩には金の礼肩章
前身頃部分には、様々な形の勲章がいくつも飾られている。
――――まだ武勲という武勲は立てていない筈よね?まだ十歳だし…。
一応、ヴァイデンライヒ軍部の最高司令官になるからかな?
勲章の横には金の釦が左にも右にも縦一列にずらっと下まで並び、左右の釦の間を銀の飾緒が繋いでいる。
また別の金の長い飾緒が、右肩から伸びていて帯剣してある宝剣へと続いていた。
白と金と銀。
シュヴァリエの色を彷彿とさせて、神々しさすらあった。
―――すっごい存在感だわ…十歳の貫禄じゃない。皇帝になるべくしてなる人のオーラが出てるわー。
クラウディアに普段見せるシュヴァリエとは全く違う表情を作り、近寄り難いオーラを纏っている。
その姿に少し怖くなったクラウディアだった。
真っ赤な絨毯を一歩一歩力強く踏みしめて進む、新皇帝シュヴァリエ。
この大聖堂内に居る全ての人の目が吸い寄せられる。
誰もがシュヴァリエの姿に魅せられ、一瞬も目を逸らす事が出来無いようだ。
シュヴァリエが祭壇に着くと同時に、厳かなパイプオルガンの音色が余韻を残しつつ止む。
大教皇は祭壇に辿り着いたシュヴァリエにひとつ頷くと、右手には十字架 、左手には先端に大きなクリスタルが輝く権杖を持つ。
“偉大なる大帝国ヴァイデンライヒの…”から始まる、言祝ぐを述べている様だ。
(お爺ちゃん過ぎて何言ってるのか小声で良く聞こえないんですけど…。)
クラウディアは罰当たりな事を思う。
大教皇の言祝ぐが終わり、二人の司祭がそれぞれ大教皇の斜め後ろへと進み恭しく膝をついた。
白い祭服に身を包んだ司祭の1人は、大教皇に宝冠を差し出す。
赤地に金の縁取りが装飾された豪華なミニクッションの上に丁重に乗せられ、眩いばかりに光る宝冠。
輝く黄金で作られた精緻な宝冠で一際主張するのは、大小様々なサファイアだ。
中央に鎮座するのは、ピンポン玉ボールくらいのバカでかいパパラチアサファイアだった。
(前世でこんなのあったらいくらするんだろう……小国なら買収出来るレベルじゃないの…凄く輝いてるもん)
それを大教皇がそっと手に取り、シュヴァリエが少し屈む。
例え大教皇であろうとも、皇帝は膝を着いてはダメなのだ。
シュヴァリエは、大教皇から宝冠を頭に戴くと、スッと背筋を伸ばした。
1人目の司祭が下がると同時に、二人目の司祭が進み出て、大教皇にモッフモフした白い毛の縁取りが首周りにたっぷりと縫い付けてある真っ白いマントを渡した。
それを大教皇がシュヴァリエの肩にかける。
――――うわぁ!凄い素敵!豪華!眩い宝冠に白いモフモフマントを羽織ったら、天使感より皇帝感が出たね!
これで終わりか…と思ったら、更にもう1人後ろに控えてたみたい。
シュヴァリエが神々しすぎて気付かなかった。
年はシュヴァリエよりちょっと上かな?くらいの、華奢で可憐な雰囲気の女の子だった。
白地に赤の刺繍が、フード、襟口、袖口、裾にまで細かく装飾してある。
薄いベージュ色の髪を背中に垂らし、頭の上には黄金色の花冠が飾られていた。
“某ゲームの白魔道士みたい…”と思ったのは秘密。
その子が両手でそっと白い絹を大教皇へと差し出した。その上には王笏と呼ばれる杖が乗っている。
大きなパパラチアサファイアが先端で輝いた王笏を大教皇が受け取り、両手でシュヴァリエに渡す。
それを両手でシュヴァリエは受け取り、キリッとした顔で正面を向き、貴族達をパパラチアサファイアの瞳で見据える。
貴族が全員恭しい仕草で頭を垂れた。
それに倣って私達3人も頭を垂れる。
大教皇と枢機卿だけは頭を垂れない。
王家と教会は解離した存在でなければならず、王家に迎合していない証の為に頭を垂れては駄目なんだそうだ。
――大教皇と枢機卿……教会独自の騎士団の聖騎士団も枢機卿がトップらしいし。
大教皇は人のいいお爺ちゃんって感じで好感持てるけど、
枢機卿は何だかとっても腹黒いおじさんって感じだ。
なんとなく…表情が怖かった。
大教皇が「ここに新皇帝“シュヴァリエ・ヴァイデンライヒ”が誕生した。ヴァイデンライヒ帝国に栄光あれ!」と、
さっきの言祝ぐの小さな声は何だったの?かと思うくらいの大声で宣言する。
その瞬間、全員が下げていた頭を上げ大歓声を上げた。
その声を聞きつけ、外に居るたくさんの民衆も大歓声を上げる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
鼓膜が破れる!と思うくらいの大歓声に、兄がちょっと気になりチラと視線を向けるクラウディア。
そこそこの距離があったが、クラウディアの視線に気付いたのかバチッと目が合った。
クラウディアを見つめながら、唇の端でニヤリと微笑ったシュヴァリエは、そのまま目が離せない魔性の美しさだった。
――悪そうな顔してる…ああ天使…いや堕天使…。
妄想広がるクラウディアの脳内で、黒い翼がバッサバッサと羽音が聞こえるようだ。堕天使のシュヴァリエ…似合いすぎる。
皇帝に即位したシュヴァリエの姿は、その豪奢な衣装が怖いくらい似合って、本当に神々しい。
そんなシュヴァリエの妹であり、そんな兄に瞳を潤ませて見惚れるクラウディアも天使の様に愛くるしいのだが。
―――あの衣装を着たシュヴァリエをカメラで撮りまくりたい…。
カメラを誰か作って下さい…資金はシュヴァリエが出します…(人頼み)
誰かに頭撫でられて見上げると、アンナだった。
皆が騒がしいこのタイミングで、そろそろこの場を移動するらしい。
アンナに手を繋がれ、熱狂する人たちの間を縫う様に移動して抜け出した。
カルヴィンさんは?と振り返ると、ちゃんとクラウディアの背後に立って着いて来ている。
シュヴァリエもそろそろ退出するのだろう。
大教皇と枢機卿は退出を始めていた。
――ああ、もう少し、あの衣装の神がかったイケメンシュヴァリエを観察(視姦)していたかったな…。
若干の変態臭が漂う思考を垂れ流しながら、アンナに手を引かれ戻るクラウディアだった。
退出するシュヴァリエを、王笏を大教皇に渡したあの女の子が、すぐ近くでシュヴァリエに見惚れながら頬を真っ赤に染め、熱の籠もった眼差しをずっと注いでいる事に私は気付く事は無かった。




