第20話 戴冠式 Ⅰ
戴冠式は大聖堂で厳かな雰囲気の中執り行うのが、ヴァイデンライヒ帝国の古くからある慣例。
その為、皇宮から少し距離がある大聖堂で行われる今回の戴冠式を見る為には、移動時間がそれなりに掛かる。
「クラウディアが変装してこっそり参加すればいい。」
なんて簡単にシュヴァリエに許可して貰えたけれど…。
秘密裏にこっそりとする分、皇女の警護に堂々と護衛を使えない。
少数精鋭の馬車移動、馬車も目立つような装飾のない、貴族がお忍びに使用するようなシンプルな物を用意し、極力目立つ事を避けなければならない。
馬車での移動とはいえ、大聖堂まで距離がある為、腐っても? 皇女である私の護衛騎士の少数精鋭の人数での配置等の関係や大聖堂まで行く道のルート等々、アンナもカルヴィンさんも頭を悩ませていた。
私が軽い気持ちで「見たいなぁ」なんて思ってしまって、それが想像していたよりも大掛かりになってしまった。
――――私のワガママで皆に迷惑かけてる感が半端ない…っ!
平和な前世の感覚の平民がちょっとそこまでいってこよー、って感じでした、はい。
大変申し訳ありません…。
始終申し訳ない気分になりつつ、ガタゴトと馬車に揺られ向かうは大聖堂。
こんなに大変なら見たいなんて気楽に言わなければ良かったなー。
などと、何度か思ったのはシュヴァリエには内緒。
気楽に口にした発言が、あれよあれよと大掛かりなスケジュールが組まれ、
正直ビビっているのもある。
この国の頂点に立つ事になる皇族が、1番最初に迎える大事な儀式である戴冠式。
帝国民総出の大きなイベントである。
下手したらシュヴァリエの婚姻式よりも大きなイベントかもしれない。
皇帝の即位式なんてそうそうないものね。
そんな大きなイベントである戴冠式の主役は当然の事、早朝から準備で忙しい。
…というのに、わざわざ月の宮まで訪れたシュヴァリエ。
クラウディアの皇族と特定され易い髪色、そして(シュヴァリエの瞳の色程稀少ではないが)念の為にと瞳の色を変化させる魔法を行使して去っていった。
(時間の余裕が無いのに色々気遣ってくれて、いい兄なんだよね…過保護だけど。)
じぃーんと感動するクラウディア。
そんなクラウディアの様子を確認する余裕もないシュヴァリエは、クラウディアのついでとばかりに、カルヴィンさんとアンナにもパパッと魔法で髪と瞳の色を変えると、颯爽とした足通りで退室して行った。
余談だが、ヴァイデンライヒ帝国には白金の髪色は滅多にいない。
それには、魔力が多い者程、髪の色素が薄いという特徴がある。
茶色、紺色、黒など濃度が濃い者程魔力が少ないのだ。
逆に、ライトグレー、ベージュ、ライトブルーなど白が入り薄まった淡い色は魔力が多くなる。
濃い色は自然と平民に多く見られる。
桁違いに多い魔力量になってくると、最上で白金、次に金色として、地毛の髪色に反映される。
金色よりも色素が薄いのが白金なんだろう。
理由はよく分からないが。
皇族の初代は白金色の髪を持ち、莫大な魔力でヴァイデンライヒ帝国を築いた。
途方もない魔力持ちだった初代のその血が脈々と受け継がれ、稀にシュヴァリエのような最上の白金の子供が先祖返りで産まれる。
そう考えると、私も先祖返りなのだろうか。
皇族は金色が産まれ易い。
代々魔力の高い者が王妃として選ばれて居た為、歴代王妃に金髪が多いのも理由としてあるだろう。
勿論、先祖返りなぞ滅多に産まれない。
滅多に産まれづらいというのに、無事に産まれても、やはり魔力過多で亡くなる事もあった。
器が魔力を支えられる強さになるまでに、体の方が耐えきれずなくなってしまうのだ。
成人まで育ち、国を築いた初代は凄い。
膨大な魔力を小さな器に留める事は命をも削る。
生命力も体力もない赤子が命を落とし易いのはそのせいである。
その滅多に無い奇跡的な確率で産まれ、そしてそれすら克服して成長を遂げた。
それがシュヴァリエだった。
異常に強いのも納得である。
それにも増して更に異例なのは、その妹であるクラウディアも白金だという事。
クラウディアはシュヴァリエのように膨大な魔力を内包して居るが、今の所それだけの幼い女の子である。
何故、離宮奥深くに隠されるように生活していたのか。
あの側妃が喜々として王に報告しなかったのは何故か。
お茶を共にする事もあり、その姿を側妃付きの者達は見ていた筈だ。
産まれた時にすぐ分かっただろう髪色。
その事に気づかなかったのか。
側妃も側妃付きの者達も全員処刑された為、その理由を訊くことはもうない。
――実は、それはアンナの仕業なのだが、その事は誰も知らない。
クラウディアの髪色は産まれた当初は金だった。
側妃は金の髪を持つ類稀なる美女だった。
クラウディアが四歳を迎える頃、突然白金色に変化した。
――後天的に白金になるなど文献にあるのだろうか?
異例の事態にアンナはそれを隠す事にした。
静かに過ごすクラウディアを今頃になって注目されるのを厭ったのだ。
隠密時に使用する精巧な鬘を用意し、誤魔化した。
素直なクラウディアには「これを付けないと駄目だそうですよ」と説明する。
クラウディアはアンナ以外には全く懐かない為、アンナの言葉だけを素直に信じてその通りにしてくれる。
他人と話すのも怯え、他の召使いを一切寄せ付けないのも功を奏した。
シュヴァリエが最高権力者になり、クラウディアをとても気にかけているのがクラウディアに会う前から承知していなければ、今も髪色を隠し続けていただろう。
アンナが隠すにしろ隠さないにしろ、どちらにしろバレていたのだ。
クラウディアに会わせる前からこっそり会いに行っていたらしいから。
同じ髪色を持つ二人…
ヴァイデンライヒ帝国が建国されてから、先祖返りが稀に産まれて来た。
それが二人というのは、文献にすら無い。
シュヴァリエは理解している。
クラウディア程の膨大な魔力を持つ王女は、他国からは喉から手が出る程欲しいだろうことを。
自国に膨大な魔力を持つ次代が手に入る。
そんなクラウディアは王女であり、後ろ盾はヴァイデンライヒ帝国。
どこの国も欲しがるだろう。
しかし、シュヴァリエはクラウディアを外交カードにするつもりは毛頭ない。
クラウディアは自国から出すつもりはなかった。
自分の目の届かない場所など置くものかと思っている。
常勝の魔王は皇帝という最高位の身分を手に入れた。
シュヴァリエが望まない事は、ただのひとつも叶う事はないだろう。
――大聖堂で戴冠式を見守る人達の中、大聖堂関係者の列にコッソリ居る私達。
司祭に擬態したカルヴィンさんと修道女のアンナ…の傍に居る修道女見習いの私。
修道女がベールとか被れる訳じゃないみたいだし、シュヴァリエの魔法はとても助かった。
3人とも全員茶髪に茶色の目、平民に一番多い色。濃い色が多いこの場に上手く溶け込んでいる。
大聖堂を埋め尽くさんばかりの貴族達。
大聖堂の外には更に多数の民が押し寄せている。
口々に「新皇帝万歳!帝国に栄光を!」と叫ぶ声が、貴族溢れる大聖堂の中まで聞こえてきた。
――――お兄様は期待されてるんだなぁ…。でも、期待するよね、前皇帝が酷すぎたもんね…。
大聖堂の聖なる鐘の音が鳴り響き、戴冠式の始まりを告げた。
壮厳な式典が始まる。
鐘の音と共に外の民衆も静まる。
厳かなパイプオルガンの調べが流れる。
大聖堂の中央から上座である祭壇まで真っ直ぐ敷かれた赤い絨毯。
その最初の入り口にクラウディアは目をやる。
両開きの重厚感満載の重そうな扉を、聖騎士がそれぞれの把手を片方ずつ持ちタイミングを合わせて開いた。
先頭に総白髪のこれぞ教皇様って感じのイメージ通りの人が立っていた。
ゆっくりと歩を進めるお爺ちゃんを眺めていたら、
アンナが小さな声で「大教皇様です。」と教えてくれた。
やっぱり教皇様なんだね!うんうんと頷きながら見守っていたら、大教皇様が上座にある祭壇に到着した。
祭壇には6人の聖騎士と枢機卿が居るそうだ。
今、大教皇様に少し近づいて一礼した、淡いベージュっぽい長い髪の男性がそうなんだろう。
周りの聖騎士達は、胸に手を当て膝を付ける頭を下げる最上の騎士の礼をしていた。
枢機卿って教皇の助言者たる高位の聖職者って前に騎士団の話の時に説明されたけど…
聖職者っていうより、ムッキムキの軍人だよね…あの人。
筋骨隆々として枢機卿と呼ぶより将軍様の方がしっくり来る。
意外だわー…と思いつつ、アンナをチラリと見ると、アンナも頷いて小声で教えてくれる。
「先程、大教皇様に礼をしたのが、枢機卿です。」
「ムキムキ……」アンナが期待していた答えではなかったので、クラウディアが呟いた。
「聖騎士のトップですしね。聖職者というより軍人寄りです。」
騎士団長みたいなモノかしら…。
ふぅん、何か血生臭い人達って聞いた気がする。それだけでも、聖職者っぽくないね。
パイプオルガンの調べはまだ続く。
そして、新皇帝になるシュヴァリエが扉前に立った。