婚約破棄されたことを親友に伝えたら、その子に婚約を求められました……えっ、あなた、女装してたの?
私、ヘレナ・セラ・トゥーリアは、親友に今日あった出来事を話した。
「えっ、婚約破棄された?」
親友のアラン・ルフィナ・フェオドラは、私の言葉を聞いて目を見開いた。
この子はあまり表情を大きく変えることがない子だから、それくらい驚いたのだろう。
「そうなのよ……」
私は少し落ち込みながら、目の前に置いてある紅茶が入ったカップを手に取り、一口飲む。
ここは我が騎士伯爵トゥーリア家の庭園、色とりどりの花々に囲まれながら、私とアランはお茶会を開いていた。
私達が友達になってからずっとやってきたお茶会。
この二人きりのお茶会で、長年ずっといろんなことを話してきた。
その中でも今日の話題は、ちょっと愚痴っぽくなってしまうかもしれないけれど。
「ヘレナと婚約していたのは、第二王子のイェルド様じゃなかった?」
「そう、あのバカ王子!」
私の言い草に、アランは苦笑いをする。
一国の王子をバカと言うのはなかなかヤバいことだけど、私とアランの仲だ。
他の人に漏らすことは絶対にないと断言出来る。
「ヘレナはずっとイェルド様が嫌いだったね」
「当たり前じゃない、私という婚約者がいるのに他の女に手を出す男よ? それも一人とかじゃなくて、十人単位よ」
「あはは、僕にも声をかけてきたときは、さすがに驚いたよ」
「本当に、身の程を弁えてないのかしら」
「いや、第二王子だからね。そのくらいの身分はあると思うよ」
確かに身分に関しては何も言えないわね。
私は伯爵の貴族で、あっちは王族、どう考えてもあちらの方が身分は上だ。
「だけど貴女にも手を出そうとしたんでしょ? 『光の使い手』の貴女に」
アランも伯爵だけど、その力は国中に知れ渡るほどのものを持っている。
光魔法、それは天から授けられし才能と言われていて、周辺国をどれだけ探しても、アランしか使い手がいない。
攻撃も防御も出来る万能魔法、そして一番重要視すべきなのは治癒魔法が使えるという点。
治癒魔法が使えるのは本当に限られていて、この国でも数人くらいしかない。
しかもアランの治癒魔法の効果は破格で、致命傷でも治せるくらいの効果を持っている。
今はまだ私達は学校に通っているのだが、アランは卒業した後の進路は引く手数多だ。
すでにアランのもとにはいろんな団体が声がけをしている。
魔法省や魔法騎士団、国で一番大きな病院などなど。
「んー、その呼び方は恥ずかしいけど」
そう言って照れ笑いをするアラン。
いつも思うけど、アランはどんな顔をしても華がある。
光に反射して神々しく輝く金色の髪は、肩に触れるくらいの長さ。
とてもサラサラで綺麗なので、いつも「もっと伸ばせば?」と私は言うけど、いつもそのくらいの長さで切ってしまうアラン。
あまり長いのは好きじゃないみたい。
中性的な顔立ちで綺麗といわれるような感じで、目がぱっちりしていて、笑うと少し細めになるのが可愛らしい。
アランの笑った顔が綺麗で可愛くて、私は好きだ。
身長が高くてスレンダーで、スタイルもとても良い。
強いていうなら胸がほとんどないくらいだけど、うん、貧乳は希少価値だ。
光の使い手として有名になったアランだが、その見た目でも男性ファン、さらには女性ファンも多い。
見た目が中性的で綺麗でカッコいいので、女性ファンの方が多いイメージだ。
「ふふっ、カッコよくていい名前だと思うわよ」
「僕には荷が重い名前だね。僕はただのアランだから」
「そうね。貴女のファンの方々は、アランの一人称が『僕』ってことも知らないでしょうね」
「そりゃそうだよ。ヘレナと家族の前以外は、『私』って言うんだから」
光の使い手でファンが多く尊敬されているアラン。
外ではいろんな人の目が向けられるので、安心出来る場所がないのだ。
本当は一人称は「僕」だけど、貴族で光の使い手として有名なので、一人称を「私」にしていたりする。
それに服も、いつも外では綺麗なドレスを着ているのだが、今はとてもラフな服装だ。
親友である私や家族の前だけでしか言葉遣いを崩さないし、適当な服も着ない。
若干、優越感を感じてしまう自分がいる。
「それで、話を戻すけど。ヘレナは前から婚約破棄したいと思ったんでしょ?」
「そうよ、当たり前じゃない」
光の使い手という才能を持ち、見た目も麗しいアラン。
親友であるアランに、私の婚約者だった第二王子のイェルド様は手を出そうとしたのだ。
「それならよかったんじゃない? 婚約破棄出来たんでしょ?」
「私からしたかったの! だって形だけでいうと、あの男に私がフラれた、みたいになるじゃない!」
「な、なるほど」
苦笑いを浮かべるアラン、だけど気持ちはわかってくれるはずだ。
もちろん第二王子であるイェルド様に私から婚約破棄するなんてことは、ほとんど不可能だった。
だけどそれでも、あちらから破棄されるのはイラついた。
「そういえば、なんで婚約破棄されたの?」
「そう、それよ! 私が一番怒ってる理由は!」
「な、なに?」
「イェルド様が言うには、『自分よりも強い女と結婚なんてしたくない』ですって!」
「それは……酷い話だね」
「そうでしょ!」
今思い返しても、本当に失礼な話だわ。
確かに私は自画自賛になるかもしれないけど、強い。
騎士の家で幼い頃から騎士になるために育てられた。
私は魔法の才能も剣の才能もあったので、兄妹の中でも特に厳しく指導されてきた。
同年代の子と比べたら飛び抜けているだろう。
小さい頃から私は強かったので、婚約する時にイェルド様は私が強いと知っていたはずだ。
だからそれは了承済みだったということ。
つまり私が強いから婚約破棄というのは、おそらく嘘だろう。
どっかで聞いた話だけど、ある伯爵の令嬢と関係を持っていると聞いた。
多分その女と婚約したいから、適当に私と婚約破棄したかったのだ。
だけどその適当な理由が「強いから」というのはイラつくわ。
「『自分よりも強い女と結婚したくない』? それならあんたが強くなりなさいよ! 努力もしないくせに偉そうに!」
「一応、第二王子だから偉いんだけどね。まあ僕もそれには同意見だよ」
私とアランは親友になった一番の理由は、二人とも頑張ってきたからだ。
私は騎士として、剣と魔法のどちらもずっと磨いてきた。
騎士だから剣術だけを練習すればいい、魔法は必要ないと言う者が多い。
しかし私は女だから、男性と比べて筋力がつかない。
それを補うために、魔法も練習しないといけなかったのだ。
私のこの強さは、私の努力の結晶だ。
アランも光の魔法を扱えるようになるために、どれだけの努力をしてきたか。
光魔法を使える人が誰もいないので、独学で鍛えるしかなかったアラン。
それがどれだけ大変だったか、ずっと側で見ていた私はわかる。
私達は努力をしてきたから、自分達の強さに全く後ろめたい気持ちはない。
だけど……イェルド様に言われた言葉で、少し思ってしまう。
「はぁ……どうせ私は、結婚なんて出来ないのよ」
自虐するように、思わず言ってしまった。
「ヘレナは結婚したいの?」
「うーん、まあ少しは。うちの両親、アランも知ってる通り、恋愛結婚でいまだにあのラブラブ具合じゃない?」
もう四十歳近くになるのに、私の両親はいまだにずっと新婚かというくらいラブラブなのだ。
時々、食事の際に「あーん」をしあっているのを見て辟易する。
「ふふっ、そうだね。とても仲睦まじくていいじゃないか」
「……まあ、いい夫婦だとは思うわ。あの二人を見て、結婚もいいなと思ったからね。だからイェルド様に婚約破棄されたこと自体は嬉しいのよ」
イェルド様と結婚して幸せな家庭を築ける想像は全くつかない。
別居して、私は一人で暮らして、あっちはいろんな女性と遊んでいる暮らしが想像できてしまう。
「するなら、絶対に恋愛結婚がいいわ。もう今回みたいな婚約は絶対にお断りよ」
「そういえば聞いたことなかったけど、なんでイェルド王子と婚約していたの?」
「そりゃあっちが王子で、あっちから『気に入った、婚約してやろう』って言われたからよ。伯爵令嬢の私が断れるわけないでしょう?」
「そうなの? 僕は第一王子との婚約、断っちゃったけど」
「貴女は特別すぎるのよ」
アランは前に、第一王子のレガシ様から婚約を求められたことがある。
レガシ様はイェルド様と比べるのが烏滸がましいほど、素晴らしい男性だ。
顔立ちも整っていて、アランほどじゃないけど魔法も使えて、私ほどじゃないけど剣術も上手い。
普通の貴族の女性からすれば、喉から手が出るほど婚約者、妃という地位が欲しいだろう。
しかし、アランはそれを断った。
理由は前に聞いたら、「好きじゃないし、そういうのに興味ないから」だと。
普通なら王族からの婚約話を断ったら、いろんな貴族の人から非難や批判を受け、王族からも見捨てられる可能性がある。
私はそれを危惧して、第二王子のイェルド様との婚約を渋々受けたのだ。
だけどアランが断っても、特に何も起こらなかった。
むしろアランのファンは「さすがアラン様! 王族からの婚約も平気で断る! そこにシビ――」とかなんとか言っていた。
そして断られたレガシ様も素晴らしい人なので、それを受け入れて特に何も仕返しもせずに、普通に一緒の学校に通っている。
これがイェルド様だったら、もう喚き散らかして、断った者がどうなるかわかったもんじゃない。
「アランは結婚したいとか、そういうのはないの?」
「うーん、今のところ、はないかな。恋愛というのも、あまりわからないしね」
アランはそう言って笑う。
確かにアランは第一王子のレガシ様だけじゃなく、本当にいろんな人に告白されている。
男性だけじゃなく、女性からもされているのを見たことがある。
「そうなのね。私も結婚したいって言ってるけど、相手はいないわね」
「いつか出来るといいね、ヘレナ」
「そうね。そうしたら一番にアランに報告するわ」
「ふふっ、ありがとう」
いつになるかわからないけど、私が心の底から結婚したいと思える相手が出来たら。
その時はこうして、どちらかの家の庭でお茶会を開いて話すのだろう。
「だけど私が結婚したら、もうこうして二人で会う機会も少なるかもしれないわね」
「……えっ」
私の言葉に、アランが目を見開いた。
「そう、なるのかな?」
「多分ね。結婚したら家での仕事も増えるだろうし、こんな気軽にアランとお茶会もできなくなると思うわ」
「……そっか」
さっきと比べて、明らかにアランの元気がなくなってしまった。
「それは、嫌だなぁ。ヘレナとの時間がなくなるのは、嫌だ」
「私もよ、アラン。私もこうしてアランと二人で話してるのは、とても楽しいもの」
「僕も、すごい好きだ。この時間を、失いたくない」
「そうね……だけどいつか、変わるのでしょうね」
カップに入った紅茶の水面をじっと眺める。
小さい頃はもっと甘い紅茶が好きだったけど、今は少し風味が感じられる紅茶が好きになった。
アランも昔は紅茶が飲めなかったけど、今では美味しそうに飲んでいる。
人の好みが変わるように、私達の関係もいずれ変わる時が来るのだろう。
そう思って顔を上げると、アランは心配そうに、不安そうに私を見つめていた。
なんだか捨てられる寸前の子犬みたいで、可愛いと思って頬が緩んでしまう。
「大丈夫よ、アラン。私達、友達なのはずっと変わらないわ。こうして気軽に会えない関係になったとしても、それだけは絶対に変わらない」
私がそう言っても、アランの表情はいまいち晴れない。
いきなり変な話をしてしまったかしら。
だけどアランが私とずっと友達でいて、ずっと一緒にいたいと思ってくれているのは、嬉しく思ってしまうわね。
「……僕は」
「ん? なに?」
「僕は、ヘレナ。君との関係が変わっても、君との時間を大切にしたい」
「へっ?」
真っ直ぐと私の目を見つめながら、何かを決心したような顔で告げたアラン。
いったいどういうことなの?
私との関係が変わっても、時間を大切にしたい?
そう聞こうとしたけれど、なんだかとても真剣な面持ちだったので、聞くのを躊躇ってしまった。
そのままその日のお茶会の時間が過ぎてしまい、アランは帰ることに。
「ヘレナ、次のお茶会は僕の家で開いてもいいかな?」
「ええ、もちろんよ。とても楽しみにしてるわ」
「ありがとう。またすぐに誘うから……それまで、待ってて」
最後の会話もいつも通りのような感じだけれど、少しアランの様子がおかしかった。
どうしたのだろうか。
もしかして私、何か気に障ったことを言ってしまったかしら?
ありえるかも……私が「一緒にいる時間も少なくなるかも」って言ったら、アランの様子がおかしくなったから。
今度のお茶会の時に、謝らないと。
そして、お茶会の日程はすぐに決まった。
いつもは一週間ほど、早くても三日ほど開けるのだが、なぜか今回はすぐ翌日だった。
な、なんだか緊張するわ……。
こんなに早くまたすぐにお茶会を開こうなんて、言われたことなかったから。
アランの屋敷には何度も招待されたけど、今回は初めて行った時のような緊張感がある。
馬車でアランの家の前まで着き、降りて家の中へと入る。
出迎えてくれたのは、アランのご両親だった。
「ご無沙汰しております、フェオドラ御夫妻」
「おお、よく来たね、ヘレナお嬢ちゃん」
「また一段と綺麗になったわね、ヘレナちゃん」
「ありがとうございます」
とても優しい御夫妻で、私はとてもお二人のことが好きだ。
私の両親ほどじゃないけれど、夫婦仲も良くて人柄もとても良い。
「今日もご招待、ありがとうございます。アランは中庭にいらっしゃいますか?」
「……ああ、そうだね」
「そうね……」
「? どうしました?」
フェオドラ御夫妻の様子がどこか少しおかしい。
何か私に言いたそうにしてるけど……。
「……ヘレナお嬢ちゃん。アランはこれから、君に大事なことを伝えると思う」
「大事な、こと?」
「ええ、アランにとって、いえ、私達家族にとって、とても大事なことを」
「えっと、よくわからないのですが……?」
大事なこと? アランにとって、そしてアランの家族にとって?
「このことはアランから言わないといけない。あの子がそう決心したから」
「私達が言えることはあまりないけど……あの子を、責めないであげて」
「責める? 私が、アランをですか?」
「ああ、そうだね。あの子にアレを強いたのは私達家族だ。だからアランは悪くないんだ」
「そうね。だからヘレナちゃん、あの子のことを、お願いね」
「……」
意味が、わからなさすぎる……。
お二人は何が言いたいのだろう? 全く話が見えてこない……。
「お父さん! お母さん! ヘレナさんを困らせないであげてください!」
私が二人の謎めいた話に困っていると、遠くの方からそんな声が聞こえてきた。
「ルアーナちゃん、いたのね」
私はその子を見て、笑みを浮かべてそう言った。
ルアーナちゃんはアランの実妹で、私達の二個下の年齢だ。
学校でも二学年下だけど、アランとの繋がりでよくお喋りをする女の子。
アランに似ているけど、アランの顔立ちは中性的で綺麗寄りだけど、ルアーナちゃんは天真爛漫な可愛さがある。
「お久しぶりです、ヘレナさん」
ルアーナちゃんは近づいてきて、満面の笑みでそう言ってきた。
うん、とても可愛いわね。
「久しぶリね、ルアーナちゃん」
「ヘレナさん、お父さんとお母さんのことはいいですから、早くアランにぃ――じゃなくて、あ、いや、もうヘレナさんに対しては、別に大丈夫なのかな?」
「何が大丈夫なの?」
「ううん、やっぱりなんでもないです。とりあえず、アランお姉様のところに行ってあげてください」
「わかってるわ。ルアーナちゃんも一緒にお茶会に参加する?」
時々、ルアーナちゃんも一緒に女三人でお茶会をすることもあるのだ。
「今日はいいです。お父さん達も言ってましたけど、お姉様からヘレナさんに大事な話があると思うので」
「そうなのね……どういった話なのか、少し怖いけど」
「お父さん達が怖がらせてしまったみたいですけど、全然怖いことじゃないですよ! ヘレナさんが少しビックリするかもしれませんが」
「うーん、わかったわ。とりあえずアランは、いつもの中庭にいるのね?」
「はい! あ、あと一ついいですか……?」
「何かしら?」
ルアーナちゃんは私のことを下からキラキラとした目で見上げる。
いつもキラキラした目をしているけど、今はより一層と輝いていた。
「私、お姉ちゃんに憧れてたから、ヘレナさんがお姉ちゃんになってくれたらすごい嬉しいです!」
「……へ?」
「あっ、こら、ルアーナ!」
フェオドラ御夫妻がルアーナちゃんの手を取り、私から引き離していく。
「今のはいったいどういう……?」
「なんでもないよ、ヘレナお嬢ちゃん。アランが待っていると思うから、気にしないで早く行っておいで」
「は、はぁ……」
私は何がなんだかわからないけど、とりあえず御夫妻とルアーナちゃんのもとを離れて、中庭の方向へ歩いていく。
「ルアーナ、ダメでしょ。アランから言わないといけないんだから」
「ごめんなさい、だけど我慢出来なくて……だけどお母さんも、ヘレナさんなら嬉しいでしょ?」
「もちろんそうだけど、まだ我慢しなさい」
ルアーナちゃんとフェオドラ御婦人の会話が聞こえたけど、やっぱりよくわからない。
お姉ちゃんに憧れてたってどういう意味だろう?
ルアーナちゃんにはすでに、アランという素晴らしい姉がいるはずなのに。
もう一人欲しかったってことかしら?
私も兄がいるけど、妹はいないのでルアーナちゃんが妹になったら嬉しいとは思うけれど。
いろいろと混乱しながらも、とりあえず何度も足を運んだことがある中庭へと着いた。
フェオドラ家の中庭は私の家と同じように、色とりどりの花が咲いている。
とても綺麗で、美しい。
その真ん中あたりに、用意してくださったテーブルと椅子がある。
そしてその側に立っているのが、アランで……。
「――えっ?」
あの方は、誰……?
いや、わかる、あの人はアランだ。
アランだというのは間違いない、ずっと親友だった私が見て、そう判断しているのだから、間違いない。
だけど、アランなの?
本当にあの方が、アランなの?
だって……その姿は、まるで――。
「男性……?」
◇ ◇ ◇
僕、アラン・ルフィナ・フェオドラは、五歳の頃に魔法の才能に目覚めた。
貴族生まれなので魔法の適性があること自体は問題なかった。
だけど、その魔法の適正が……女性しか目覚めないとされる、光魔法であったのが問題だったのだ。
僕は、男だ。
生まれた時からずっと、五歳まで男として育てられた。
だけど光魔法の適性があるとわかって、両親はたいそう悩んだらしい。
このまま男として光魔法の才能が目覚めたと知れ渡ると、大騒ぎになる可能性が高い。
もともと、光魔法の適性がある人間が生まれたのも、百年ぶりくらいらしい。
その上で女しか適性がないとされていたのに、男に適性があった。
これが知れ渡ったら、僕は国の実験に付き合わされることが確実だったようだ。
そうすると両親の元から離れ、もう二度と家族と会えなくなる可能性があった。
両親はそれは絶対に阻止しないといけないと思い、五歳の僕に全部説明した。
幼いながらも物分かりがよかったので、とりあえず僕が男として光魔法の適性があると知られるのはマズイとわかった。
だけど光魔法の適性が出たというのをずっと隠しておくのは不可能。
だから両親は……僕に、女として振る舞うようにお願いした。
とても申し訳なさそうに、だけどそれしか方法がないと僕に説明してくれた。
特にその頃はどれだけ大変かなどわからず、ただ両親の言うことを聞いて、女装して、女として振る舞った。
それ以降、僕は本名はそのままだけれど、女として生きてきた。
一人称も変えて、「私」となった。
僕が八歳の頃、学校に入学した。
剣術と魔法を学べる学校で、貴族の子のほとんどが通う学校だ。
僕は入学する時、死ぬほど緊張していた。
もともとその頃は人見知りだったし、さらに僕は男なのに女装して、女として入学しているのだ。
やはり女の子として入ったから、女の子から話しかけられることが多かった。
だけどちょっと話が合わなかったりして、周りから少し敬遠されていた。
しかも僕は光魔法の適性があるということで、さらに周りからちょっと特別な目で見られることが多く、それがなおさら僕の周りから人をいなくさせた。
イジメなどは特に受けなかったが、ただただ友達が出来なかった。
辛かった、寂しかった。
なんで僕がこんな寂しい思いをしないといけないんだろうと、悩んだ。
その頃は両親にも、いっぱい心配をかけてしまった。
学校から帰ったら、僕は学校のことは話さずにずっと部屋で塞ぎ込んでいたのだから。
ある日、そんな僕に転機が訪れた。
学校は魔法学科と剣術学科で分かれていて、普通は一緒に授業をしない。
だけどその日は合同授業があり、それぞれの授業を体験してみる、というものだった。
稀にどちらも才能がある人がいるので、合同授業をしてそれを見分ける必要があるらしい。
僕は魔法学科なのでそこで初めて剣を持って振るったけど、特に才能はなかった。
しかし剣術学科で一人、魔法の才能があった人がいた。
それが、ヘレナだった。
まず剣術学科で、女性というのが珍しい。
いないわけではないと思うが、剣術はやはり体格差や力の差が大きく強さに関わってくる。
だけどその子は、剣術の才能も一際輝いていて、さらに魔法の才能もあったというのだ。
ヘレナはその授業で才能を開花し、いろんな先生に剣術や魔法について教わっていた。
先生も熱が入ってしまい、ヘレナはその時の授業で足を捻ってしまったのだ。
だから僕が呼ばれて、ヘレナの足を治すことになった。
そこで初めて、ヘレナと会話をした。
『お願いします、えっと……』
『……アラン、です』
『アラン様、私はヘレナです』
軽い捻挫だったのでものの数秒で、僕はヘレナの足を治した。
『すごいわ! もう痛くない! アラン様、ありがとうございます!』
『……うん』
とても眩しい笑みを見せる女の子、というのが第一印象だった。
その後、ヘレナは魔法の適性があるということで、魔法学科の授業にも度々参加することになった。
そして魔法学科に来るようになったヘレナは、なぜかいつも僕に話しかけてくれた。
『アラン様、一緒に食事をしてもよろしいですか?』
『アラン様、光魔法を使う時ってどういう感覚なんですか? 魔法を使えるようになりましたけど、まだあんまり扱えてないので教えてもらいたくて』
魔法学科にいる生徒達は僕のことを遠巻きにずっと見ていただけなので、こうして気兼ねなしに話しかけられるのは初めてだったのでビックリしたけど、嬉しかった。
僕は初めて、学校で友達が出来た。
だけどいつかの放課後で、魔法学科の生徒の数人が教室で、ヘレナの悪口を言っているのが聞こえた。
『剣術と魔法の才能があるからって、調子に乗ってるんだわ』
『どちらも才能があるわけじゃなくて、どっちも中途半端にしか出来ないくせにね』
『もともと女性なのに剣が得意ってすごく野蛮で、貴族の令嬢とは思えないわ』
多分その子達は、ヘレナの才能に嫉妬していたのだろう。
僕も最初のうちは、そんな才能があって羨ましいと思った覚えがあるので、気持ちはわかる。
だけどヘレナは才能だけじゃなく、努力をすごくしている。
この学校の授業は厳しく、一つの学科の授業受けるだけでもとても大変だ。
それなのにヘレナは二つの学科を行き来し、それをこなしている。
そんなことが出来るのは、ヘレナが凄まじい努力をしているからだ。
だけどその時、廊下にいた僕は教室の中に入れなかった。
教室の中に入って彼女達が話していることを否定したかったけど、勇気が出なかった。
気づいたら教室にいた子達はいなくなっていて、僕は廊下で一人立ち尽くしているところを、ヘレナに見つかった。
『アラン様、どうし……!? ほ、本当にどうしましたの!?』
『えっ……?』
僕はその時、泣いていたらしい。
ヘレナにどうしたのか聞かれて、僕は泣きながら話して、ヘレナに謝った。
『なぜアラン様が謝りますの?』
『だって……ヘレナ様の悪口を言われてたのに、私は、何も出来なくて……』
涙を流し、嗚咽混じりに言う僕に、ヘレナは優しい笑みで首を横に振る。
『いいえ、アラン様は私のために、怒ってくれたじゃないですか。それだけで十分です。ありがとうございます、アラン様』
『ヘレナ様……!』
自分が情けなかった。
だから僕はヘレナのように、優しくて、強くて、カッコよくなりたいと、強く思った。
それから僕は授業だけじゃなく、家でも自主的に魔法の練習を頑張った。
もともと光魔法の適性があったからか、才能はあったのですぐに強くなれた。
魔法の勉強や練習はきつかったけど、ヘレナが一緒にやってくれたから頑張れた。
成績だけじゃなく、見た目や言動も頑張って変えるように努力した。
そのお陰でヘレナだけじゃなくて他にも友達と呼べる人が増えて、学校はさらに楽しくなった。
だけど僕にとって、ヘレナは特別だった。
だからある日、僕は人生で一番の勇気を出して、ヘレナに言ったのだ。
『あの、ヘレナ様……』
『なんですか、アラン様』
『その……私達、友達、ですよね?』
『はい、とても仲が良い友達です』
『うん、ありがとうございます。だけど、僕はその、友達の中でもヘレナ様はすごい特別で、すっごい友達って感じで……』
『まあ、とても嬉しいです! 私も、アラン様のことは友達の中でも特別な友達だと思っていましたわ!』
『っ、じゃ、じゃあ僕達、親友になりましょう! 友達の中でも、特別の友達の!』
『親友! いい響きですね! アラン様と親友になれたら、とても嬉しいです!』
『うん、私も! その、親友だから……ヘレナ、って呼んでもいいですか?』
『ふふっ、もちろんです。私も、アランって呼んでもいい?』
『うん!』
そうして僕達は、親友になった。
それからというもの、僕達はお互いの家に招待して、一週間に一回ほど、二人だけのお茶会を開いた。
特別なことを話すわけでもない。
ただ親友と話すということが、特別だった。
僕はヘレナと出会って、ヘレナと親友になれて、これ以上なく幸せだった。
ヘレナと出会ってから、約十年ほどが経った。
今日はいつも通り、ヘレナとお茶会を開いた。
ヘレナは子供の頃もとても綺麗でカッコよかったが、成長してその美しさは磨きがかかった。
漆黒の長い髪を風に揺れると、夜空のような美しさがある。
騎士として戦う時にその髪を結くのだが、その姿も美しくカッコいい。
スタイルもとても良く、女性にしては高身長で凛とした感じだ。
……ぶっちゃけ、数年前まではヘレナの方が大きかったから、僕の方が大きくなって安心した。
女として生きている僕だけど、本当は男だからね。
そんなヘレナだが、伯爵家なので第二王子と婚約をしていた。
しかし、その第二王子は結構なクズで、婚約者であるヘレナがいるにも関わらず、いろんな女に手を出す奴だった。
僕にも声をかけに来た時は、魔法でぶっ飛ばしてやろうかと思った。
第二王子との婚約が破棄されたと聞いて、内心喜んだのはヘレナだけじゃなく、僕もだった。
いつも通りのお茶会、ちょっとヘレナの愚痴が多い日だったけど。
だが……ヘレナの一言に、僕は心を乱された。
『だけど私が結婚したら、もうこうして二人で会う機会も少なるかもしれないわね』
たった一言、ちょっとした未来の予測。
だけどそれは、当たり前のように起こりうることだった。
僕達は成長し、もう来年には学校を卒業することになる。
今は一緒の学校に通い、クラスは違うけど同じ授業を受けることもある。
そしてお茶会を開いて、二人きりで話すことも出来る。
だけどそれは、いつか途切れる可能性が高いんだ。
ヘレナが結婚したら、とかじゃない。
もしかしたら卒業したらすぐに、こうして会う機会は少なくなる。
僕はまだ卒業したらどうするかは決めてないけど、ヘレナはおそらく騎士団に入る。
前に聞いた話だと、騎士団の団長に直談判されたと言っていた。
その評価は至極当然で、ヘレナはそれだけ強くなるために努力してきたのだ。
剣術学科史上、最高の騎士と噂されているヘレナのことだ。
騎士団に入れば今よりもっと忙しくなり、連絡が取れなくなるだろう。
ヘレナと二人で会う機会が減る……絶対に嫌だ。
今でも、お茶会をもっと開きたい、もっと一緒にいたいと思っているのに。
だから僕は、決心をした。
ヘレナに、僕の秘密を話すということに。
十年ほどの付き合いだけど、今までヘレナには僕が男だということを伝えていない。
ヘレナに言っても誰にも言わないと確信はしているけど、ただ僕が怖かった。
会った時から僕はヘレナを騙していて、嫌われたらどうしよう、と。
だけどまた、勇気を出そう。
ヘレナの悪口を否定出来ない、以前の僕じゃないんだ。
翌日、両親にはすでにヘレナに話すということを伝えて、ヘレナが来たらいつもの中庭に来るにように言っておく。
いつもの女性の格好をせず、両親に用意してもらった男物の服を着る。
すぐに用意してくれて、本当に助かった。
ヘレナに初めて見せる姿は、やはりカッコよく、綺麗でいたい。
僕は昨日から、なぜこんなにもヘレナと離れるのが辛いのか、考えた。
ずっと親友だった。
かけがえのない、親友。
そう思って、思い込んで、本当の気持ちを隠していた。
だってその気持ちを言ってしまったら、もう親友じゃいられなくなる。
だけど……親友のままだったら、僕達は離れ離れになってしまう。
それだったら僕は、親友じゃなくていい。
僕から親友になりたいと言ったけど、訂正させて、ヘレナ。
あの時の僕は、君と親友になりたかった。
いや、ちょっと違うかもしれない。
君の、特別になりたかった。
それは今も同じ気持ちだ。
君の、特別になりたい――。
ヘレナが、中庭に現れた。
僕に気がつき、目を見開いた。
ヘレナの驚いた顔は何度も見てきたけど、その顔は一生忘れないかもしれないね。
「アラン……なのよね?」
ヘレナが驚きながらも、確信を持ったような声で聞いてきた。
やっぱりヘレナにはわかるか。
僕の容姿が少し変わっても、ヘレナがわかってくれるのが嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
「そうだよ、ヘレナ。見ての通り……僕は、男なんだ」
ヘレナが息を飲んだ。
さすがに予想していなかっただろう。
怖い……次に、なんて言われるのかが。
いや、まずどんな反応をするのか。
気味悪がるだろうか、今まで騙していたことを知って怒るだろうか。
少しヘレナの方を見れずに、目線を逸らしてしまう。
「……ふふっ」
そうしていると、静かにヘレナが笑った声が聞こえた。
笑うとは思っておらず、ヘレナの方を向くと、いつもと変わらない綺麗で優しい笑みを浮かべていた。
「アラン、その格好になってもあなたはあなたね。いつもと変わらないわ」
「えっ?」
「不安になると右下を見る癖は変わらないわ」
「っ……」
「何が不安なの? もしかして、私があなたを侮辱するとでも思った?」
「い、いや、それは……」
「それなら心外だわ。私があなたを貶したり、蔑ろにすることなんてありえないのに」
ヘレナは僕のこの姿を見ても、何も変わらない様子で笑った。
……ああ、やっぱり君は、そういう人だったね。
だから僕は君の親友になりたくて、特別になりたいんだ。
これからもずっと、君の特別に――。
◇ ◇ ◇
アランの男の姿にはとても驚いた。
いつもの美しい女性姿と服と髪が変わっただけだけど、全く違う雰囲気だ。
髪はもともと女性にしては短かったので、前髪を上げるだけでどこか男性的に見える。
服は二人きりの時はズボンだったけど、上の服が男性っぽくなるとここまで変わるのか。
メイクもいつもと違うかも? キリッとした感じだ。
もともと中性的な魅力を持った女性だったのだが、今は完全に男性に見える。
こう言ってはあれだけど、ものすごくカッコいい。
とりあえず私達は落ち着いて話すために、いつも通り椅子に座って向かい合い、お茶会を始める。
アランはなぜ女性の姿をずっとしてきたのか、まずはそれをアランから説明された。
そして私をずっと騙していた、ということで謝ってきた。
「ごめん、ヘレナ。君にだけは言っても大丈夫と思ってたけど、君だからこそ、君が大事だから言えずにいた。嫌われたら、どうしようって思って……」
「そうなのね……アラン、逆に私こそごめんなさい」
「えっ、何が?」
「貴方の苦しみに気づいてあげられなくて。もっと私が早く気づいてあげれば、悩ませることなんてなかったのに」
「い、いや、それは違うよ。僕がずっと臆病だから言わなかっただけで、ヘレナは悪くないよ」
だけど私も気づいてもよかったはずだ。
小さい頃からずっと一緒にいたのに、アランの着替える瞬間を見たことがない。
多分バレないようにしていたんだろう。
……あれ? 私はアランの前で脱いだこと、ある気がするんだけど?
外でこうしてお茶会をしている時に、強烈な豪雨がいきなり降ってきて、服が濡れたからアランの前で脱ぎ始めた時があった。
アランはその時、顔を赤く染めてすぐに私の前からいなくなったけど……。
「ヘレナ、どうしたの?」
「えっと、私、アランの前で下着姿になったことあるわよね?」
「っ、それは、本当にごめん。そういうのは気をつけてきたんだけど……」
手で口元を隠し、頬を少し赤くしながら目を逸らすアラン。
確か数年前だから、お互いにそこまで成長してない時のはず。
だから恥ずかしくない……ってわけでもないわね。
「だ、大丈夫よ。しょうがないと思うし、私もいきなり脱ぎ始めてしまったから、ええ」
「そ、そう言ってくれるとありがたいよ」
私もちょっと顔が熱くなってきてしまった。
話を変えよう。
「そういえば、どうしてこのタイミングで私に言ってくれたの?」
私が今、一番気になっていることはそれだ。
今まで十年近く、親友である私にもずっと隠し続けていたこと。
もしかしたらアランから言ってなかったら、私は一生気づかなかったかもしれない。
それなのになぜ、いきなり私にそんな秘密を話してくれたのだろうか。
私の質問に、アランは真剣な表情で私を見つめる。
「……昨日の話を聞いて、考えたんだ」
「昨日の話? 私が婚約破棄されたことかしら?」
「いや、まあそれもあるけど、ちょっと違うかな」
「じゃあ何かしら?」
どんな話をしたかは大体覚えているけど、どの話から秘密を話すことに繋がるのか。
「君が結婚したら、僕達がこうして会う機会は少なくなるっていう話だよ」
「ああ、確かにそんな話をしたわね」
ずっと一緒に過ごしてきたアランと、もう気軽に会えない時が来てしまう。
自分で言ってても、とても寂しく感じた。
「その時、僕はとても恐怖したよ。僕にとって君と過ごす時間は、何事にも代えがたいから」
「私もよ、アラン。親友の貴方と離れ離れになるのは、とても辛いわ」
私がそう言うと、アランは笑みを浮かべて続ける。
「だから僕は、君の親友をやめる」
「えっ……?」
その一言に私は目を見開き、心にぽっかり穴が空いた気分に陥る。
私と、親友じゃなくなる?
なんで? どういうこと?
「い、いったい、どういう……?」
「君の、婚約者になる」
「……ん?」
私の空いた心に、何かよくわからない言葉が入ってきた。
いや、意味はわかる言葉なんだけど、意図がわからない。
「いや、婚約者なんて曖昧な関係じゃダメだ。もっと深い関係にならないといけない」
「え、えっと……?」
私が混乱して話についていけなくなったところで、アランが私の目を真っ直ぐと見つめて告げる。
「ヘレナ、結婚しよう」
「……ええぇぇ!?」
その言葉に、思いっきり驚きの声を上げてしまった。
「君と結婚すれば、学校を卒業しても離れることはなくなる。親友じゃなくなるけど、もっと深い関係になれる」
「ちょ、ちょっと待って、アラン」
「結婚して同居すれば、今までよりももっと一緒にいられる。もともとお茶会の時間だけじゃ足りないと思ってたんだ、いい機会だね」
「待ってって! まだその先にいかないで!?」
まだ全然話についていけてないから!
「え、えっと、なんでいきなり、私と結婚なんて話が?」
「ヘレナとずっと一緒にいたいからだよ。学校の卒業や違う職業に就くくらいで、離れたくないから」
「そ、それは私もだけど、いきなり結婚っていうのは……そもそも、一緒にいたいから結婚っていうのもちょっと違う気がするし……」
「僕は、ヘレナのこと好きだよ」
「わ、私も好きだけど、それとこれとは話が……」
「一緒だよ」
私の言葉を遮って、アランは話を続ける。
「僕の気持ちは、ずっと変わらない。君の特別になりたい。昔は親友という特別になりたかった。そして今は、君と一生一緒にいられる特別になりたいんだ」
「アラン……」
「だからヘレナ。僕と結婚して」
そう言ってアランは立ち上がり、目の前で座っている私のもとまで来た。
見下される形になり、私はほぼ真上を見上げてアランの顔を見る。
とても綺麗で美しい瞳が、私の視線を掴んで離さない。
まさかほんの数時間前まで女性だと思っていた親友に、求婚されるなんて考えてもいなかった。
だけどアランとは長年親友だっただけにすごい気が合うし、二人で一緒に暮らしたら絶対に楽しいのもわかる。
それでも、いきなり結婚してと言われても、少し返事に困る。
「拒否なんて、絶対にさせないよ」
どうしようかと考えていたら、アランにそんなことを言われた。
「そ、そんな強引な……」
「ヘレナは、強引なのが好きなんでしょ?」
アランは薄く笑みを浮かべ、私の手を取り引っ張った。
「あっ……」
座っていた私はいきなり立ち上がらせられたので、バランスを崩して前のめりになり……アランの胸に飛び込んでしまった。
い、いけない、騎士としてこんな簡単にバランスを崩すようでは……じゃなくて!
「ヘレナとは恋バナをいっぱいしてきたからね。君の好みは知ってるよ」
「うっ……ずるいわね」
「君の親友の特権だ。だけどその特権は手放して、次はもっと特別な権利を得たいな」
思ったよりも大きな胸板に寄りかかりながらも、私はアランの顔を見上げる。
こんな至近距離で見つめ合ったことがないので、心臓の鼓動が早まる。
「君と生涯、一緒にいたい。僕と結婚してくれ、ヘレナ」
「っ……」
抱き締められながらそんなセリフを言われて、私は言葉が出なかった。
アランの綺麗な顔を見上げる、するとアランの顔がスッと近づいてくる。
「昔、遊んでたら、こんな体勢になったことあった気がするね」
「そ、そうだったかしら?」
「僕が押し倒しちゃって、ヘレナの顔がこれだけ近くにあって……」
私もなんとなく思い出したけど、その時はこんなに近くにはなかったと思うわ。
「あの頃はしようとも思わなかったけど、今は――」
近くにあったアランの綺麗な顔がさらに近づいてきた。
「あっ……」
私はか弱い声が出てしまい、そして――。
お読みいただきありがとうございます!
5〜6000文字くらいで書けるかな、と思っていたんですが、3倍くらいになってしまいました笑
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