③3年ぶりの再会
あれはまだ12歳になったばかりの頃。
珍しく早く帰って来た父から、リリアは固い声でこう告げられた。
『リリア、お前は今日から皇太子殿下の婚約者となった。‥以後、慎んで行動するのだぞ。』
『‥‥はい。』
その時の感情は特にいやだとかそういったものはなく、ただ父の言葉に淡々と頷くだけだった。
もちろん恋愛結婚は夢みていたが、自分の身分を省みてほぼそれが無理だということは理解できる年ではあった。
諦めに近かったかもしれないが。
だから。
その時から、精一杯つとめてきたのだ。
皇太子の婚約者として。
(でも、無駄な時間だったわ‥。)
リリアは開かれた扉に足を踏み入れながら短くため息をつく。
たった5年。されど5年。
婚姻前の女性にとってはまさに貴重な時間だった。
後悔しても遅いけれど。
「‥久しぶりだな、リリア。」
そんなリリアの想いにまったく気付いていない目の前の婚約者は、国中の女性を虜にしている凛々しすぎるその姿で、柔らかく微笑んで迎える。
リリアは皺を刻みそうになる眉間を何とか堪えながら、スッと頭を下げて淑女の礼をとった。
「ごきげんよう、殿下。お久しゅうございます。」
別にリリアのせいで久々の再会になったわけではないが。
頭のなかで冷たくつけ加える。
反して、婚約者‥このアストレリア王国の第一王子であるディボルト皇太子殿下は、リリアの挨拶に少しだけ目を見開き、それを取り成すようにすぐに微笑んだ。
「何だか、他人行儀な感じだな。‥ご機嫌があまりよろしくないようだが‥。」
「まさか。殿下に馴れ馴れしい態度を取る事なんて恐れ多いですもの。ましてや、殿下がわたくしの機嫌を気になさる必要はございません。」
「‥‥‥‥。」
リリアは微笑んで返したが、何せ目は笑ってない。
そんなリリアにディボルトは遂に露骨に困ったように表情を崩した。
「‥急に呼び出して悪いとは思ってる‥。ただ、リリアから婚約破棄の申請が届いたって聞いて居ても立ってもいられなくて‥。」
「婚約については今さら必要ないと思ったからです。それは殿下の方が十分にお分かりでは?」
「‥どういうことだ?」
「言葉通りの意味です。殿下にはもっとお似合いの女性がいらっしゃるようですし。‥わたくしの耳にも最近の華麗な噂が届いております。」
リリアはキッと伏せがちの視線をディボルトに向けると、はっきりと宣言した。
「婚約破棄、改めて殿下に申し入れさせていただきます!」
ようやく話が進みそうです‥。